クラシックCD通販ショップ「アリアCD」へようこそ
トップページへ

規約などはこちら・・・

お買い物の方法  

注文方法:
 ご希望商品のチェック・ボックスをクリックし、最後に 「かごに入れる」ボタンを押してください(enterキーを押してもかまいません)。
 新店内のほかのページのお買い物がありましたら、そちらもすませ、一番最後にページ下の「
注文フォームへ」のボタンをクリックして、注文フォーム・ページへ進んでいただいて、そこで注文を確定してください。
 (チェック内容を変更したら、必ずもう一度「かごに入れる」ボタンをクリックしてください。変更内容がかごに反映されませんので)

注文フォームへ



廃盤になってしまった!
聴かずにすむのなら聴かないでいたい、そういう傑作
音楽史上最も悲惨な精神過程をたどった

アラン・ペッティション
交響曲全集
ALLAN・PETTERSSON 1911−1980 スウェーデン
CPO(12CD BOX)\15000→¥8990
海外在庫限り 〜7/7(火)午前9時




 
 まさか廃盤にするとは。
 このcpoの金字塔的録音を・・・

 ただ、まだ在庫はあるようなのでそのあいだは手に入るらしい。
 とはいえ手に入れるかどうかはあなた次第ですが・・・。


**************************


 「音楽史上最も悲惨な精神過程をたどった」と言われるスウェーデンの孤独な作曲家ペッティション。

 その苦悩の音楽を聴いてみますか?
 CDにして12枚。遺されたのは2番から12番までの交響曲。
 前衛とかだったらまだ言い訳して逃げられるのですが、なまじ聴きやすい近代の傑作だけに逃げ場がないです。

 聴いたあとどういう精神状況になるか、保証の限りではありません。

 ただ・・・
 店主のように一生のうちに一度くらいこの作曲家にはまる時期があっても・・・いいのではないでしょうか・・・。


///////////

 「私の音楽の素材は、祝福され、呪われた私自身の人生そのものである。」とペッティションは語ったが、まさしくこの言葉が彼の作品のすべてを物語る。
 これほどまでに「私小説」ならぬ「私音楽」的な作品を書いた作曲家はいないのではないか。しかもその全編が「苦悩」であるような。

 少年時代の極貧生活と虐げられた思い出、そして青年時代に音楽家として味わった疎外感・孤独感、さらに晩年にわずらった数々の重い病気。これらのさまざまな苦悩を糧に、彼は作品を書きつづけた。
 おそるべき悲観主義者。
 晩年、あれだけ地位と名声を得たにもかかわらず、「いやいや、人生は不幸で絶望的なものだ」、と主張しうる卑屈極まりない頑固さ。
 こんなにも救いようのない作曲家がいるだろうか。
 自分の不幸を認識することでしか自分の存在を確認できない人というのはたまにいるが、ペッティションもまさしくそういう人物だったのだろう。「自分が幸せになれるはずがない」という刷り込みの下、彼は70年の生涯を送ったのである。


 知的好奇心とかなりの勇気のある方、覚悟して、どうぞ。





 人生の悲痛な苦しみと、そしてその苦しみといやでも対峙せねばならぬ人間の悲しき性を音楽に表したペッティション。

 彼は、酒乱で暴力的だった鍛冶屋の職人の4番目の息子として生まれる。
 1歳のときに家族はストックホルムの南部にある労働者住居区(スラム街のことか)に移り住む。生活は絵に描いたような極貧状態で、無神論の父親に対して、賛美歌をいつも歌っている異常に信仰ぶかい母親の歌う歌だけが、唯一彼の少年時代の文化的と呼べるものであった。

 ただ、もちろん音楽教育など受けられる道理もなく、そのような環境の中で彼が音楽の道にすすもうと思ったということは奇跡に近い。
 しかしその奇跡は起こった。
 彼は10歳のとき、どうしても欲しかったヴァイオリンをクリスマス・カードを売って手に入れ、独学で練習、いろいろなところで開かれる集会でその腕前を披露していたらしい。
 そしてその情熱は止むことなく、彼は、数年間の浪人生活の後ついにストックホルム王立音楽院に入学する。
 入学してからも何回か落第しているようだが(ピアノの単位が取れなかったらしい)、とりあえずヴァイオリンとヴィオラ、そして作曲法を習得して卒業。さらに20代後半にはヴィオラの勉強のためにパリに留学、戻ってきてからはストックホルム・フィルのヴィオラ奏者を10年以上務めた。

 その頃オットー・オールソン(あの残酷なまでに美しいレクイエムを書いた人)に対位法、前衛の旗手ブロムダールに作曲法、トゥール・マンに管弦楽法を学び、作曲の基礎を身につけた。そしていよいよ作曲家として’50年に「オーボエとクラリネット、ファゴットのためのフーガ」でデビュー。

 といってももちろん誰からも見向きもされなかった。

 ただすでに本人はヴィオラ奏者としてではなく作曲家としての道を進む決心を固めていた。
 ’51年、ついにオーケストラに長期休暇を申し出て、パリに作曲のために留学する。すでにそのとき彼は40歳を迎えていた。

 パリではオネゲル、ミヨー、レイボヴィッツらに師事。そこで多くのものを学んだとされるが、皮肉なのはその誰にも彼の作品は似ていないこと。
 そうして3年間の修行を終えてストックホルムにもどった彼は、休職していたオーケストラに復帰することなく、作曲家として独立することになる。

 当時はおそらくひどい困窮生活だったと思われる。
 そしてまったく理解を示さない聴衆と批評家。
 さらにリューマチが悪化し(それがヴィオラ奏者を諦めざるを得なかった原因のひとつでもあると思われる)体調も最悪。
 少年時代の虐げられた記憶と、この頃の作曲家としての疎外感・孤独感が、生涯彼の作品の根底に流れつづける。交響曲第1番が破棄されたのもこの時期か。

 それでも’54年には交響曲第2番がオーケストラ作品としては初めて演奏された。
 その複雑なオーケストレーション、特異な構成、近代的な作風もあって、少しづつ彼の評価は高まっていった。
 そしてそれ以降の彼は体調のことをおいておけば、こんなに幸せな作曲家がいるだろうかと思われるほど順調な人生を歩む。

 交響曲第5番はエクスプレッション賞を受賞、第6番はストックホルム栄誉賞を受賞。そして極めつけは大指揮者ドラティが彼の作品を取り上げ、第7番を特集で取り上げた。これが聴衆にも批評家にも熱狂的に受け入れられる。そののち発売されたそのドラティ指揮による第7番のレコードは大きな評判を呼び(入手不能)、’70年にはスウェーデン王立音楽アカデミーのメンバーに迎え入れられる。’75年にはアッテベリ賞、’76年にはアンデション賞、’77年文学芸術賞を受賞、さらに’77年にはストックホルム大学名誉教授となる。

 これが作曲家として幸せでなくてなんであろう・・・。

 しかし、すでに彼の身体は癌に蝕まれており、余命幾ばくもないことを彼自身感じていた。
 それでも彼は最後の最後まで作曲への執念を燃やしつづけ、安定した(夫婦生活もひじょうに円満だったらしい)生活とは裏腹に音楽への野心は決して失わなかった。
 彼の音楽とはすなわち「人生の苦痛」・・・。
 そんな安定した生活の中でも彼の音楽だけは苦しみと絶望とを深く深く描きつづけていたのである。

 そして未完の第17番を残してこの作曲家の人生は終わりを告げる。

 結局、少年時代の極貧生活と虐げられた思い出、そして青年時代に音楽家として味わった疎外感・孤独感、さらに晩年にわずらった数々の重い病気。これらのさまざまな苦悩を糧に、彼は作品を書きつづけた。
 なんとおそろしい悲観主義者。
 晩年、あれだけ地位と名声を得たにもかかわらず、「いやいや、人生は不幸で絶望的なものだ」、と主張しうる卑屈極まりない頑固さ。
 こんなにも救いようのない作曲家がいるだろうか。
 自分の不幸を認識することでしか自分の存在を確認できない人というのはたまにいるが、ペッティションもまさしくそういう人物だったのだろう。「自分が幸せになれるはずがない」という刷り込みの下、彼は70年の生涯を送ったのである。

 その彼の作品は17曲の交響曲で代表されるが、第1番は破棄されて現存しない。また第17番も未完成である。ということで15曲の交響曲を探訪して、彼の作品を概括したい。
 ただどこかの誰かが言っていた。
 「聴かずにすむのなら聴かないでいたい、そういう傑作」。
 うーむ・・・それは言えているかもしれない。


 交響曲第6番の全曲が聴けるみたいです。
 勇気がある人はどうぞ。
https://youtu.be/Wm83O4_Y5rg





(12CD BOX)
\15000→¥8990
ペッテション(1 9 1 1 - 1 9 8 0):<交響曲全集>
 [9 9 9 2 8 1 - 2]交響曲第2番/交響的断章
 [9 9 9 2 2 3 - 2]交響曲第3番/同第4番
 [ 9 9 9 2 8 4 - 2]交響曲第5番/同第1 6番
 [ 9 9 9 1 2 4 - 2]交響曲第6番
 [ 9 9 9 1 9 0 - 2]交響曲第7番
 [9 9 9 0 8 5 - 2]交響曲第8番
 [9 9 9 2 3 1 - 2]交響曲第9番
 [9 9 9 2 8 5 - 2]交響曲第1 0番/同第1 1番
 [7 7 7 1 4 6 - 2]交響曲第1 2番「広場の死者」
 [9 9 9 2 2 4 - 2]交響曲第1 3番
 [9 9 9 1 9 1 - 2]交響曲第1 4番
 [9 9 9 0 9 5 - 2]交響曲第1 5番
ルツィカ:ペッテションのオマージュ
トーマス・ザンデルリンク指揮、
ペーテル・ルツィカ指揮、
マンフレート・トロヤーン指揮、
ヨハン・アルネル指揮、
ゲルト・アルブレヒト指揮、
アラン・フランシス指揮、
マンフレッド・ホーネック指揮、
ベルリン放送響、
ベルリン・ドイツ響、
ハンブルク州立フィルハーモニー管、
ザールブリュッケン放送響、
B B Cスコティッシュ響、
ハノーファー北ドイツ放送フィルハーモニー管、
スウェーデン放送響、
スウェーデン放送合唱団、
エリック・エリクソン室内合唱団、
ジョン=エドワード・ケリー(アルト・サクソフォーン)


交響曲
 第2番

公に出た最初の交響曲、第2番。パリで学んだレイボヴィッツの影響が最も色濃く出た作品。そう言う意味ではペッティション節はそれほど聞かれない。
アラン・フランシス指揮
BBCスコットランドSO.
交響曲
 第3番
 第4番

パリから戻り、レイボヴィッツの影響から実験的な色合いを見せながら、けっして前衛への安易な道へは流れないペッティションの強烈な個性。第3番、第4番ともに、ひょっとして大作曲家になれるかも、という片鱗を見せてくれるのが嬉しい。実際は全く認められなかったが。
アラン・フランシス指揮
ザールブリュッケン
 放送SO.
交響曲
 第5番

第6番からはじまる大悲劇交響曲シリーズの前奏曲とも言うべき作品。第4番までの実験的な作風から、ついにペッティション節が聞かれ始める。まだ「悲痛」というよりは「哀しみ」といった程度だが、一般の方はこれくらいの作品で止めておいたほうがいいかも。でも「哀しみ」も、全曲ずっと続くと喜劇か。
アラン・フランシス指揮
ザールブリュッケン
 放送SO.
交響曲
 第6番

これぞペッテション。60分にわたってこれでもかとこれでもかと人生の悲痛さを訴えかけてくる絶望的な作品。これが単一楽章だから逃げ場はない。
マンフレート・トロヤーン指揮
ベルリン・ドイツSO.
交響曲
 第7番

その第6番の悲痛さを絵空事に変えてしまうほどさらに絶望の底の底に潜り込んでいく第7番。どうしてこの作品がドラティの指揮で批評家からも聴衆からも熱心に受け容れられたのか・・。「人生の苦しみと正面向いて立ち向かえ」と半狂乱になって説得しておきながら、結局救いは与えてくれない。
ゲルト・アルブレヒト指揮
ハンブルグ州立PO.
交響曲
 第8番

第7番の大成功の後に書かれた、彼の交響曲中最高傑作と呼ばれている第8番。彼の作品としては珍しく、透明な抒情性をたたえた音楽。
トマス・ザンデルリンク指揮
ベルリン放送SO.
交響曲
 第9番

ペッティションの交響曲に人気のランクをつけるとすれば(何人が投票してくれるかわからないが)、第1位はこの第9番か?本来演奏不能と言われ(100分近くの単一楽章交響曲など一体誰が演奏するだろう)ていたが、実際はCD1枚に入る長さだった。しかし、第6、第7、第8と続いた「人生の悲劇」への哀しみ絶望が、ここへきて突き抜けて・・・・いくはずもなく、さらにパワーアップして眼前に露出してくる。
「ほら、こんなに苦しいんだ、苦しいだろ、でも逃げるなよ、逃げるなよ、どうせ逃げられないんだから、逃げたって無駄なんだから、どうせ負けるんだから」と。・・もうやめろ。
アラン・フランシス指揮
ベルリン・ドイツSO.
交響曲
 第10番
 第11番

晩年多くの病気に苦しめられたペッテションだが、70年の始めには重い腎臓病を患った。その入院期間中に書き始められたのがこの第10番と第11番。苦しみ・哀しみへの怒りが外に向かって爆発したのが第10番で、それらが内に向かっていって昇華を遂げたのが第11番、ということらしいが、いずれにしても暗く沈痛な作品であることに変わりはない。
アラン・フランシス指揮
北ドイツ放送
 ハノーヴァーPO.
交響曲
 第12番
「広場の死者」

合唱を伴う第1 2番は1 9 7 3年に委嘱された大作で、政治的なテキストも話題となった作品。チリの左翼系詩人パブロ・ネルダのテキストを引用。全9楽章、延々と悲痛で神秘的な歌が歌われる。打楽器もすごい。
マンフレッド・ホーネック指揮
スウェーデン放送響
スウェーデン放送合唱団
エリック・エリクソン室内合唱団
交響曲
 第13番

またもやペッテション節炸裂。70分間ノンストップの悲劇の押し売りにあなたはどこまで堪えられるか。よほど体力に自信のある方でなければ全曲聞きとおすことは不可能。家族のいる方はやめたほうがいい。(ただ途中ちょっといい感じのところがありますが・・)
アラン・フランシス指揮
BBCスコットランドSO.
交響曲
 第14番

少し穏やかにきこえた第15番と同じ年に作られながら、対象的に、「いや、やはり音楽は悲痛でなければならぬ、私が一見幸せそうに見えるのは実は錯覚なのだ、実際私は癌と戦いとてつもない悲劇に見舞われているではないか」と、精一杯自らの悲劇性を搾り出しているかのような作品。
ヨハン・アルネル指揮
ベルリン放送SO.
交響曲
 第15番

死の2年前、といっても彼にとっては最も創作意欲が盛んだった’78年の作品。スウェーデンの作曲家としては最高のランクに位置付けられていた頃の彼の、さすがに穏やかで、聞いているものに多少の安らぎを与えてくれる音楽。
ペーテル・ルツィカ指揮
ベルリン・ドイツSO.
交響曲
 第16番

完成した最後の交響曲。中期から続いた「ペッテション節大悲劇シリーズ」は第14番で一段落し、この作品ではこれまで聞かれなかった軽い勢いのようなものすら感じさせる。死を目の前にしてして人生の苦痛から逃れることを察知しようやく安らかな境地に至ったか。完成したのは死の前年である。ちなみにサックスの超絶技巧部分があり、この楽器を演奏する人からは恐れられている難曲でもある。
アラン・フランシス指揮
ザールブリュッケン
 放送SO.





ページ内の商品チェック・ボックスをクリックしたら、最後に 「かごに入れる」ボタンを押してください。
新店内のほかのページのお買い物がありましたら、そちらもすませ、最後に「注文フォームへ」ボタンを押して注文フォームで注文を確定してください。
(チェック内容を変更したら、必ずもう一度「かごに入れる」ボタンをクリックしてください。変更内容がかごに反映されませんので)


注文フォームへ


アリアCD トップページへ



Copyright(C) 2014 ARIA−CD.All rights reserved.08