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ベルギーの高品質レーベル
FUGA LIBERA特価セール
その1
1CD\2800→\990/\1290/\1890
〜6/2(日)


 代理店の消滅に伴い入手困難に陥っていたベルギーの名レーベル Fuga Libera。
 ようやく入荷可能に。しかもこれまで¥3000近い価格だったのだが、今回はとんでもない超特価でご紹介できることに。
 廃盤を省き、現状取れそうなアイテムを列挙。どういう基準かは不明だが、それぞれのアイテムによってセール後の価格にばらつきはあるが特価であることに間違いはない。いくつかは¥990にまで下がっている。


 ブリュッセル近郊で2003年にスタートしたベルギーのレーベル Fuga Libera 。元 Cypresだったプロデューサーが立ち上げた超本格派のレーベル。
 ルネサンスから近代まで、マニアックなように見えて、実はかなり正統派の内容。
 演奏家には大野和士、アリス・アデール、ゼフェリン・フォン・エッカルトシュタイン、ヴァルター・ヴェラー、パウル・ドンブレヒト、エル・バシャ、パウル・バドゥラ=スコダ、アルテミスSQのナターリャ・プリシチェペンコ。そして新星プラメナ・マンゴヴァ、古楽集団ドルチェ・エ・テンペスタなど才能豊かな新進ミュージシャンたちも発掘してくる。

 多くの音楽誌で絶賛され、すでに多くのベストセラー・アイテムを誇る・・・というのは下記アイテムをご覧いただければお分かりいただけると思う。

 また紙装丁の美麗デジパックも目を引く。CD自体がひとつの芸術品として存在しているのである。



Johann Sebastian & Carl Philipp Emmanuel Bach - O Suser Clavichord!
FUG508
\2800→\1890
J.S.バッハ&C.P.E.バッハ 鍵盤作品集
〜おお、甘美なるクラヴィコード〜
 C.P.E.バッハ:組曲Wq62-12, H66 
 J.S.バッハ:イタリア風のアリアと変奏 
 C.P.E.バッハ:ファンタジア Wq59-6, H284 
 J.S.バッハ:ファンタジアBWV 996
 C.P.E.バッハ:
  「スペインのフォリア」による変奏曲 Wq118-9, H263
ジョスリーヌ・キュイエ(クラヴィコード)
使用楽器A:エミール・ジョバン(フリーデリツィ1773年モデル)
使用楽器B:パトリック・シュヴァリエ(フーベルト1785年モデル)

 “強烈なクラヴィコード”なんて、聴いたことない!!こんなに激しく、クラヴィコードで歌い狂えるのか?名曲と秘曲で綴る、通念を覆す至高のバッハ演奏!! 「フォル・ジュルネ」の本拠地として知られる中仏の古都ナントで活躍する古楽アンサンブル・ストラディヴァリアの通奏低音奏者、ジョスラン・キュイエのバッハものアルバム。全編クラヴィコードで弾いているのだけれど、とにかく弾き方が絶妙にアグレッシヴ! 要所要所で爽快に激しいのである。…と、念のため楽器説明を少し。クラヴィコードはピアノの正当な前身楽器で、チェンバロが弦を「弾く」ところ、こちらは小片で「つっつく」ことで音を得るため音量は驚異的に小さい。しかし楽器のアナログな構造ゆえ、強くキィを押すと弦をゆがめ特殊な音響効果も得られる。
 ジョスリーヌ・キュイエはこれを最大限に生かして表情をみごとにつけ、かつ「フォルティシモ」的な打鍵をすばらしく絶妙のタイミングで織り交ぜながら、ただでさえ感情表現の強烈な“大バッハの次男”エマヌエルの作品の持ち味をユニークな方向に突き進ませ、「孤独と憂愁のロマン派の先駆け」的に鬱々とした美を追求するタイプの演奏とは一線を画した、「フランスの」「女性」ゆえにか?と思われる独特の境地を体現しているのだ!エマヌエル・バッハ作品がそんな感じゆえか、交互に現れる大バッハの作品もそうした感情表出的な側面が美しく強調されていて、なんとも聴き応えある、およそクラヴィコード゙らしからぬ…いや、しかしクラヴィコードであるがゆえ辿りつけた絶品解釈が打ち出されている。
Shostakovich: Piano Sonata No. 2 in B minor, Op. 61, etc.
FUG517
\2800→\1890
ショスタコーヴィチ:
 1. ピアノ・ソナタ 第2番 作品61
 2. 24の前奏曲 作品34
プラメナ・マンゴヴァ(ピアノ)

 ブルガリアのソフィア出身、今回別盤をご案内しているエル=バシャの弟子で弱冠27歳そこそこ(といっても1980年生まれ!)ながら、すでにヴァディム・レーピン、イザイ四重奏団、オーギュスタン・デュメイ、ナターリャ・グートマン、テレサ・ベルガンサ…と国際的な名手たちとどんどん共演を重ね、トゥーレック、ヴィルサラーゼ、バシキーロフ、シフ、メナハム・プレスラー…と世界の巨匠たちに教えを乞うてきた気鋭の名手、プラメナ・マンゴヴァ――。
 モネ劇場のコンサートマスター、タチヤーナ・サムイルとプロコフィエフのヴァイオリン・ソナタ全集でぴりっとした演奏を聴かせてくれた(CYP1646)彼女が、今度は堂々ソロで登場!しかも、アシュケナージの録音以来それほど新録音が出てこないショスタコーヴィチのピアノ・ソナタ第2番を聴かせてくれるというからうれしい限り!
 端麗にして柔らかな独特のタッチを武器に、その音楽はあくまで柔軟にして知的――ガツンガツンと叩きつけたりせず、かといって柔和な繊細さとも少し違う、さらっとしているのに、ずっと聴いているとズブズブ深い世界に引きずり込まれてゆく…独特の魅力は女性ならではなのだろうか、それとも彼女の音楽性そのものだろうか? 曲目は上述の大作ソナタ(1943年の静養中に書かれた曲)と、その10年前の記念碑的曲集「24の前奏曲」からなり、ピアニストとしてのショスタコーヴィチを印象づけるアルバム内容にもなっている。叩きつけるピアニズムでも、醒めきって皮相に徹するでもなく、淡々と、とほうもなく澄み切った音色で連ねられてゆく音楽にただよう、この底知れぬ知的感性のゆらぎ…何度も聴き確かめたくなる一枚である。マンゴヴァがベルギーで急に注目されはじめたのも頷けるだろう。
Arriaga: Symphonie & Ouvertures
FUG522
\2800→\1890
アリアーガ:交響曲と序曲
 1. 序曲「幸福な奴隷たち」
 2. 序曲 作品1
 3. 序曲 作品20
 4. 交響曲 ニ短調
パウル・ドンブレヒト指揮
イル・フォンダメント(古楽器使用)

 若々しさと鬼気せまる迫力、すばらしい叙情性に裏づけられた3曲の弦楽四重奏曲も傑作だが、まず本盤では上述の序曲のほか生前出版された2曲の序曲、そして古典派語法と初期ロマン派的スピリットが相半ばする志向の名作「交響曲 ニ短調」――現代楽器版ではロペス=コボスの往年の名盤があった――といった管弦楽作品を、なんとピリオド楽器で聴ける!スケールもまばらな同時代作品を集めたコンチェルト・ケルンのアルバム(Capriccio)とは違い、こちらは端的にアリアーガの代表作2曲を味わえるうえ、演奏と録音の充実度はまったく驚くばかり。アリアーガの天才的な構築感覚がくっきり浮かび上がるだけでなく、古楽器演奏らしいエッジの効いた解釈、ブイブイと鳴る管の迫力、細やかな弦…と文句のつけようもない。それもそのはず、演奏陣はレオンハルトやブリュッヘンの一党だった伝説の古楽オーボエ奏者ドンブレヒト率いる名団体・イル・フォンダメント。古楽大国オランダの名奏者が目白押しなのはダテじゃない――どこをとっても、作品の偉大さ、アリアーガの至高性を印象づけてやまない傑作録音なのである。
Shostakovich: Piano Trio No. 2 in E minor, Op. 67, etc.
FUG525
\2800→\1890
アルテミス四重奏団の創設メンバーたるプリシチェペンコ
ショスタコーヴィチ:
 1. ピアノ三重奏曲 第2番 ホ短調 作品67(1944)
 2. アレクサンドル・ブロークの詩による七つのロマンス 作品127(1967)
プラメナ・マンゴヴァ(P)
ナターリャ・プリシチェペンコ(vn)
ゼバスティアン・クリンガー(vc)

タチヤーナ・マリニチェンコ(S)

 『レコ芸』特選はダテじゃない、とにかくウマい、このピアニスト!
 豪華な共演者は アルテミスSQの女将プリシチェペンコ、そしてバイエルン放響首席チェロ、クリンガー。個性はぶつかり、調和する。
 歌曲伴奏もお手のもの。息をのむ静けさから強烈なアクセントまで、興奮必至の11トラック ! 
 ブルガリア期待の星、若き俊英プラメナ・マンゴヴァによるショスタコーヴィチのピアノ・ソナタと『24の前奏曲』のアルバム(FUG517)は立派な表現力を誇る名盤で、めでたく『レコ芸』特選に輝いてくれた。この盤、実はフランスでも意外と出し渋られるレビュー賞のひとつ「ディアパゾン・ドール」(フランスの『レコ芸』的存在の『Diapason』誌の金賞です)をみごと獲得している――その勢いを逃すなかれ!とレーベル主催者が思ったか思わなかったか、今度は同じピアニストの次なる新譜が登場。今度はピアノ・トリオと連作歌曲で、負けじと劣らず強烈な音楽性を持った弦楽器奏者たち&スラヴ的美質全開の歌手と見事なアンサンサンブルを聴かせる。
 プロコフィエフのVnソナタ盤(CYP1646)といい、近代ロシアの室内楽が確かに彼女にはしっくりくるような。
 大作トリオでは「あの」アルテミス四重奏団の創設メンバーたるプリシチェペンコ(vn)、現ヤンソンス時代のバイエルン放響で首席チェロを勤めるクリンガーという「濃い」共演者たちと個性をぶつけ合い、息をのむ静謐な瞬間も容赦ない強音の応酬もみごと曲のドラマ的構成のうちに織り込んで、これぞショスタコーヴィチ室内楽!と唸らずにはおれない至高の絶演を繰り広げます。いやホント、カッコよすぎです! 火花飛び散ります、霊降りてきます。交響曲よりも端的な極小編成ゆえ曲の輪郭がはっきり際立つ中期の傑作、その魅力炸裂です!
 いっぽう連作ロマンス集『ブロークの…』は故・ロストロポーヴィチが「妻ガリーナとチェロで共演できる曲を」とショスタコーヴィチにもちかけて書かれ、結果ピアノ・トリオで伴奏する形になった曲集。歌い手はウクライナ出身スペイン在住、アルフレード・クラウス門下といいますが、自然にかかる神経質なヴィブラートはどこか大時代ソ連系歌手にも通じるような魅力があり、ショスタコーヴィチには珍しい?叙情美優先的な曲の良さをめいっぱい引き出します。そして伴奏陣のトリオ…この美しい歌の後ろで、さりげなく凄い音楽を奏でる――じっくり聴き極めたくもなるというもの!
Schumann: Romances (3), Op. 28, etc.
FUG 528
\2800→\1890
シューマン:
 1. 三つのロマンス 作品28
 2. ピアノ・ソナタ 第1番 嬰へ短調
 3. 子供の情景 作品15
ミロシュ・ポポヴィチ(ピアノ)

 ネマーニャ・ラドゥロヴィチにつづく?セルビアの“恐るべき天才児”、あらわる!冷徹なまでの技巧の冴えは今更いうまでもなく、自由自在にそれを操る腕前がたまらない 秘作には生命を、有名作品には静かな驚きを。先々まで楽しみな逸材、静かにデビュー!
 ベルギー歴戦の敏腕プロデューサーたるFuga Libera主宰者が「こいつはすごいよ、化けるよ」と胸を張って売り出してきたセルビアの新人ピアニスト、いきなりシューマンでデビューというのは当たり外れが両極端になりそうなものですが、これはど真ん中、先々まで楽しみな「当たり」でございます! 軟弱系小品群とかそんなものではなくて、冷徹なまでに全体を見据えたうえで、東欧的・バルカン的・異国的な底知れなさをビンビンと感じさせながら、冴えわたりまくった隙のない技巧(しかも「俺すげえだろオーラ」を全く出さないのが憎いところ)で抑揚豊かに織り上げてゆくシューマン世界の、なんと堅固なこと! プログラムも渋いところ+超有名曲という「気になる構成」で、絵本のようなジャケットとあいまって、シューマン通も一般ユーザーもひとしく魅了してくれそう。
 曲順は「知られてない順」――その時点でかなり本気度を感じる、なかなか確信犯的なやり口ですが(19世紀的な組み立て方からすればソナタが大トリになりそうなものを、わざわざ逆に「子供の情景」の前にもってくるあたり...)じっさい演奏内容も真正面からシューマンとぶつかって、みごとに形にしてしまっているから恐れ入ります。ピアノ曲しか書かなかった時期の最後のあたりに書かれた「三つのロマンス」でまずシューマンお得意の三部構成を印象づけ、昼の正餐というかど真ん中で大曲ソナタをがっつり堪能させ、最後にじっくり、「子供の情景」の独自的解釈を味あわせる...という仕組み。モグレフスキとエル=バシャが彼の師匠といいますが、とくに後者のセンスに相通じるものを感じました。
Beethoven - Six Bagatelles
FUG 530
\2800→\1890
ベートーヴェン:
 1. サリエリの歌劇「ファルスタッフ」からの主題による変奏曲 WoO.73
 2. ピアノ・ソナタ第23番op.57「熱情」
 3. 六つのバガテル op.126
プラメナ・マンゴヴァ(ピアノ)

 プラメナ・マンゴヴァ、さきにリリースされたショスタコーヴィチのソナタ第2番&『24の前奏曲』(FUG517)は点の辛いフランスの批評誌『DIAPASON』から金賞を獲得したうえ『レコード芸術』誌上でも当然のように特選をとったものでした。FugaLibera主宰者のミシェル・ストッケム氏も大いに惚れ込んでいるようだが、活躍地ベルギーでは一昨年から去年にかけて大ブレイクしたアーティスト。アルテミスSQのヴァイオリニストとバイエルン放送響の首席チェリストを迎えて録音したショスタコーヴィチのトリオ第2番(FUG525)もかなりの出来だったが、第3弾アルバムはこの「近現代通」が、いきなり「古典」に立ち戻ってのベートーヴェン! しかも「初期作品」・「中期の超・王道名曲」・「晩年の玄人好み充実作」と、有名曲2+秘曲1という素敵なバランスで、彼女ならではのベートーヴェン像を端的に伝えてくれるという的確な作り。そんなにさらりと手の内を見せていいものか...と思いきや、その解釈がこれまたユニーク&エキサイティングで。『熱情』ではぬらりと遅めの異様なテンポ設定、熟考しながら弾き進めるような展開はどこへ行くとも知れず、パラパラとした独特のタッチを次々と追わずにはおれない得体の知れない魅力たっぷり――『バガテル』も6曲それぞれに普通には終わらず、誰にも似ていない?アーノンクール的不思議世界を構築してゆく。冒頭の変奏曲も、この曲を聴くのが初めてでなくとも「知らない曲?異版?」と錯覚してしまうのでは。いやいや、益々先が楽しみな逸材!
Martinu - Symphony No. 4
FUG 531
\2800→\1890
マルティヌー(1890〜1959):
 1.交響曲 第4番 H.305
 2.大管弦楽のための三部作『版画』H.369
 3.歌劇『三つの願い』より「別離」H.175A
ヴァルター・ヴェラー指揮
ベルギー国立管弦楽団

 マルティヌーといえば、チェコ近代が誇るユニークな才能の持ち主。おおむねドイツ語圏で修業したヤナーチェクやドヴォルザークなど同郷の先人たちとは違い、彼は作曲修業をはじめた頃にひとしきりフランス音楽にかぶれたクチでして。それもそのはず、何しろ彼は1890年生まれですから、若い頃にはちょうどドビュッシーらのフランス新音楽が世界的に注目されていた頃だったわけで...と、そんなことを想起せずにはおれない繊細至極&闊達強烈な(いや、まさにそんな感じなんです)新しい名録音! 2007年シーズンよりブリュッセルの名門・ベルギー国立管弦楽団の音楽監督に就任した、あの往年のヴェラー四重奏団のトップ奏者ヴァルター・ヴェラーによる『交響曲第4番』を中心としたアルバムでございます。彼の作る音楽の、まあ力強いこと力強いこと! 知性派豪腕といった感じで、ベルギー国立管のメンバーそれぞれが持つ達者な腕前をみごと統制して、スケール豊かな音楽でうむを言わさず感動させてくれる…といった感じ。ヴェラーの故郷ウィーンがマルティヌーの祖国チェコに近いから、というような親近感より、むしろウィーンで鍛え上げられた世界的巨匠が、フランス風でもあるベルギーのオーケストラでマルティヌーの国際感覚を浮き彫りにしてゆく感じかと。スケルツォでは歯切れ良くピアノも入る『交響曲 第4番』の壮大さ、ジャズ&フランス音楽の風味も感じられる初期作品「別離」、そして最晩年の新印象主義的大作『版画』…。

 Fuga Liberaの常どおり録音も秀逸で、どーんと広がりある交響空間が現出いたします。そのあたりでも快さバツグン、マルティヌーの管弦楽もの入門にもなかなか好適な、ハイクオリティな1枚!
C P E Bach - Reveries for Connoisseurs & Amateurs
FUG 536
\2800→\1890
カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ(1714〜88):
 『音楽通・愛好家諸氏のためのソナタ集』より
  1. カンタービレ(ソナタ第3番Wq.55より)
  2. ロンド 第1番 Wq.58
  3. ファンタジア ヘ長調 Wq.59
  4. ファンタジア 変ロ長調 Wq.61
  5. ロンド 第1番 ハ長調 Wq.56
 6. ソナタ イ短調
 7. 自由なファンタジア 嬰ヘ短調 Wq.67
 8. ジルバーマン殿のピアノに別れを告げて Wq.66
ジョスリーヌ・キュイエ(クラヴィコード)
C.G.フーベルト1785年製楽器のコピー/C.G.フリーデリツィ1773年製楽器のコピー

 そのすべてが美しいというわけでなくても、中にとてつもなく素晴らしい曲があると、それだけでそのアルバムを手放せなくということがある。
 このアルバムに収録されたのは、当時世界最高の鍵盤奏者だったカール・フィリップ・エマヌエルが残した作品。
 カール・フィリップ・エマヌエル・バッハ。ご存知大バッハの息子。音楽家として最も成功した息子であり、生存中は父親よりも名声が高かった。
 だが、歴史は残酷なもので、いまや彼はバロック後期と古典派の居並ぶ大偉人たちの影に隠れ、「バロックと古典派を結ぶ貴重な作曲家」という名声にとどまる。
 しかしカール・フィリップ・エマヌエルの生きた時代、すでにバロックの全盛期を抜け、王侯貴族の寵愛は受けながらも、その作風は「疾風怒濤」で「多感様式」、つまり聴いてわくわくどきどきする新しいタイプの音楽になりつつあった。なので彼の作品にも、後に現れるモーツァルトやベートーヴェンを髣髴とさせる、時代を先駆けた傑作が多く現れる。
 とはいってもカール・フィリップ・エマヌエルの作品すべてが「どきどきわくわく」するほど美しく感動的な作品というわけではない。
 実際このアルバムに収録されている曲も、ほとんどはよくある「古典派への橋渡し」という哀しいあだ名を付けられそうなフツーの曲である。
 しかし、中に2曲、とんでもない名曲が入っている。
 最初にそれを言ってしまうと推理小説の犯人を先に言ってしまうようなもので恐縮だが、ソナタ第3番のカンタービレ、そしてこのアルバムの中核をなすソナタイ短調。
 哀愁漂う、美しくも気高い作品。
 モーツァルトやベートーヴェンにやがて訪れるあの「天からの才能」を、早くもこの時点でたっぷり味わうことができる。そして何よりこうした「激情的」でロマンティックな音楽はそれまでほとんど存在しなかった(とくにソナタイ短調は1759年の作曲。大バッハの死後まだ10年も経ってない)。まさに新しい時代の先駆であり、ある種革命的な作品といえるかもしれない。そんな痛切な曲をまた、クラヴィコードのキュイエが、抜群の繊細さで、まるで詩を語るかのような演奏で聴かせてくれる。
 この2曲が聴きたくて、何度このアルバムをかけたことか。フリードリヒ大王が彼を手放したくなかったのもわかる。(「やっぱりクラシックは死なない!」より)

大好評!あざやかに『レコード芸術』特選をもぎとったばかりの「バッハとクラヴィコード」 (FUG508)につづく、ジョスリーヌ・キュイエ待望のクラヴィコード・アルバム第2弾!ひたすら繊細、あまりに雄弁…たわむ弦、ゆれる楽想、これは“鍵盤上の静かな革命”だ!発売されたばかりの『レコード芸術』で特選となっている、あのとんでもないアルバム『バッハとクラヴィコード』でクラヴィコードの通念を軽やかに覆してみせたジョスリーヌ・キュイエが、またもやクラヴィコードで、大変な傑作アルバムを世に問う!何しろ彼女の演奏ときたら途方もなくエモーショナル&エキサイティングで、たとえどんな音量で聴いていようとも、「弦をつっついて音を出すため実音が信じがたいほど小さい」というクラヴィコードの根本的事実を、すぐに忘れさせてしまうほど――そのキュイエが愛してやまないC.P.E.バッハは、父の大バッハ同様この鍵盤楽器を愛していたことで有名な人。今回は意外と知られていない晩年の作品群を集め、この孤独な巨匠が最後にたどりついた、ひたすら深く内向的な美しさの領域へと踏み込んでゆく。解説にはルソーの『孤独な散歩者の夢想』からの引用がそこかしこ――偉大な芸術家の孤高のモノローグ、といったテーマに、クラヴィコードという楽器は、キュイエならではの稀有のタッチは、なんとあざやかに合致するのでしょう!


Juan Crisostomo de Arriaga - Vocal Works
アリアーガ :知られざる傑作アリア 他、声楽作品

 1.おお、救いの生贄(オ・サルタリス・ホスチア)
 2.聖母は立てり、悲しみにくれ(スターバト・マーテル)
 3. エール「希望を持ってよいのか、おお不幸なる自分よ」〜
   『コロヌスのエディプス王』より
 4. カンタータ「エルミニ」
 5. エール「婚礼の神よ、空なる恐怖を散らしたまえ」〜
   『メデー』より
 6. 二重唱「いけないのは重々、わかってはいるけど」〜
   『オロール伯母さん』より
 7. 二重唱「砂漠のハガル」
パウル・ドンブレヒト指揮
イル・フォンダメント(古楽器使用)
フィオレト・セレナ・ノールダイン(S)
ロバート・ゲチェル、
ミカエル・ステンバーク(T)
ヒューベルト・クラーセンス(Bs-Br)
ブリュク・ヴァテレ(ボーイソプラノ)
FUG515
\2800→\1890

 ベルリオーズより遅く生まれ、ベートーヴェンより先に亡くなった…フランス王政復古期を駆け抜けるように生き抜いた、スペイン生まれの天才アリアーガの至芸を真の意味で伝える、貴重なアリア集――演奏最高、流通希少だった幻の名盤をどうぞ!
 ヨーロッパ芸術音楽史上、おそらく最も若くして亡くなったのが、スペイン生まれの天才作曲家、アリアーガでしょう。何しろ享年、20 に満たず――
 しかしその音楽は同時代人たちを瞠目させ、故郷ビルバオと後年はパリで作曲された僅かばかりの現存作品(とくに1曲の交響曲と3曲の弦楽四重奏曲)は、今のクラシック・ファンにも熱心な愛好家が少なくありません! ベルギーの精鋭古楽器集団イル・フォンダメントは、この天才の傑作群をはじめて全面的に古楽器演奏でとりあげてくれたわけですが、交響曲・序曲集(MFUG522)が根強く売れているところからも、日本におけるアリアーガ・ファンの情熱は伝わってこようというもの。しかし、イル・フォンダメントのアリアーガ探究は、器楽作品だけにとどまりませんでした――
 ここにご紹介するアルバムは、現代楽器でもめったに演奏されてこなかったアリアーガの貴重な声楽作品群をたんねんに集め、1枚のアルバムにまで作りあげたもの――
 歌い手は古楽オペラ界きっての腕利きぞろい、もちろんオーケストラにも古楽界で最も多忙な気鋭奏者が集まり、秘曲をただ発掘しただけでなく、すばらしくインテンスな演奏でその魅力をひろく知らしめる、そんなポテンシャルに満ちたトラックの連続なのが嬉しいところ!
 前半ふたつの宗教曲はビルバオ時代の作とされ、古風なスタイルのなかにも初期ロマン派風のドラマティックな和声感覚が発揮され、とくにキリストの死と聖母マリアの悲しみを歌った「スターバト・マーテル」はえもいわれぬ真摯な表現が胸を打ちます。
 残る曲は「歌劇習作集」と題されているものの、実体は既存のオペラなどから歌詞を抜粋して作られた、堂々たる演奏会用アリアの連続…壮大な二重唱「砂漠のハガル」をはじめ、革命期風とロッシーニ風の間をゆく(つまり、ベートーヴェンの泥臭さを洗練させたような)ドラマティックな傑作の数々が名手たちの絶品解釈で冴えわたり、手を抜かぬ伴奏部分の面白さは第一級の管弦楽曲としても愉しめる…さすが天才アリアーガ!聴き逃すのはあまりに惜しい名盤です。
Schnittke - Concerto for Piano and Strings シュニトケ(1934〜1998):
 1.ピアノと弦楽合奏のための協奏曲op.136
 2. ひとつの和声上の変奏曲op.39(p独奏)
 3. 即興とフーガ op.38(p独奏)
ヴィクトリア・リュビツカヤ(ピアノ)
マルク・ゴレンシテイン指揮

ロシア国立交響楽団
FUG 532
\2800→\1290

 モスクワ音楽院の伝統をひく名手が、「21 世紀の新しいシュニトケ像」を圧倒的な求心力でつむぎだす。
 宝玉のように輝き匂いたつピアノの美音を、スヴェトラーノフの衣鉢をつぐ名門楽団&気鋭指揮者が、重層な弦の大波で迎える!

 シュニトケが亡くなってから、もう10 年の歳月が過ぎ去ってしまいました――歿後10年にあたる2008年が終わる前に、FugaLibera から、モスクワ最前線をゆく名手&名指揮者によるクールな1作が登場!
 ドイツ系ソ連人として生まれ、冷戦から雪解けへの時期におけるロシアきっての前衛作曲家として、東西両陣営の多くの人々を熱狂させてきたシュニトケの作品群は、バルトークやショスタコーヴィチらのような近代的明確さと迫力、ペルトやタヴナーにも相通じる比類ない詩情、バロック的・古典的なスタイルのうまい採り入れ方などによって、21 世紀以降もなお異例なまでに広い聴衆を獲得しつづけています。
 歿後10 年を経た今でもこうして新録音が出てくるわけで、20 世紀最後のユニヴァーサルな大作曲家として、その名は今後も歴史に刻まれ続けてゆくのでしょう。
 ここで録音されているのも、決して初録音というわけではない1979 年のピアノ協奏曲――しかしどうでしょう、その演奏結果の瑞々しさ! 壮麗・重層な弦楽合奏の波をくぐるようにして、ひとつひとつが宝玉のような美を秘めた、ニュアンス豊かな音符を結晶させてゆくピアノ。ふたつの感性はぶつかりあい、対話をかわし、やがてひとつに溶け合ってゆく…作品構造をよく咀嚼したうえで、ひとつの新境地がここに打ち出されているのです。ゴージャスな弦楽サウンドの紡ぎ手は、巨人スヴェトラーノフと幾多の名演を残してきたモスクワ国立響の弦楽セクション。率いるはスヴェトラーノフの後任として、2002 年から長年にわたり同楽団の監督となった名匠ゴレシテイン! スケールの雄大さ、渋ーい音色の味わい、いずれもロシア好きにはたまらない響きではないでしょうか。
 対するピアニストは、モスクワ音楽院直系の新世代奏者リュビツカヤ――おそらくこれがデビュー盤のようですが、ドミトリー・リスやアレクサンドル・ルーディンら「ロシアの国際派新世代」たる気鋭指揮者たちが彼女を共演者に選んでいることからも「将来嘱望されっぷり」は推して知れようというもの。2曲のソロでも強烈な求心力をほとばしらせ、作品の面白さを印象づけてみせるあたり(シュニトケで、ですよ?)只者じゃない将来性を感じさせます。これぞ21世紀のシュニトケ像、必聴です!
Debussy, Britten & Bacri - Cello Sonatas ドビュッシー、ブリテン、バクリ/チェロとピアノのためのソナタ集
 ドビュッシー(1862〜1918):
  1. チェロとピアノのためのソナタ(1915)
 ブリテン(1913〜76):
  2 . チェロとピアノのためのソナタ ハ長調 op.65
 ニコラ・バクリ(1961〜):
  3. チェロとピアノのためのソナタ
  4. 「ほとんど変奏曲 のように」
   〜チェロとピアノのためのディヴェルティスマン
マリー・アランク(チェロ)
セドリック・ティベルギアン(ピアノ)
FUG 543
\2800→\1890

 まごうことなき気鋭ティベルギアン、Fuga Libera に登場!
 名手アランク、艶やかに答える!端麗にして端正、あつくなりすぎず、静々とノーブルな感動をもたらすドビュッシーに酔う…ミニマリスト的なバクリの小品や充実ソナタ、ブリテンでのきわだった演奏効果も絶品!!

 このところ、ヨーロッパで年を追うごとにそのいかんなき実力が知れわたりつつあるフランス語圏ベルギーの気鋭チェリスト、マリー・アランク――協奏曲ソリストとしての実績もさることながら、CypresやAlphaなどでの名盤群がしめすとおり、室内楽への旺盛な取り組みで知られる実力派ですが、このたびデュオのパートナーとして共演しているのはなんと、同じく現場第一線の若い世代を代表する「一味違う」フランスの気鋭ピアニスト、セドリック・ティベルギアン!
 すでにharmonia mundi でグリーグとシューマンの二重奏作品を録音しているこの二人が今回プログラムに選んだのは、20 世紀の最初期・中期そして現代からの3種のソナタ――ゴリゴリと力強く豪放なサウンドも、すうっと高貴にして精妙な繊細さも思いのままのアランクのチェロを、ある時はひょうひょうと、ある時は静かに見守るように、そしてある時はほんの一瞬のスキをついて抜け目なく主役に躍り出るティベルギアンのピアノ...ブリテンの冷徹かつ普遍的な音楽美はそれこそ初演者ロストロポーヴィチもかくや、という雄弁さが、冷静緻密、完璧なまでの構造把握とあいまって、まさに圧倒的な聴きごたえ! 対するドビュッシーはまったくもって「端麗」「端正」といった言葉がぴたりとくる仕上がり――少し前にケラスとタローがリリースしたドビュッシーのソナタ集(hmf)が、プーランク作品とのカップリングでフランスらしさを打ち出しているとすれば、こちらは“アール・ヌーヴォーの国”ベルギーならではの「おのずと繊細」な感性をいかんなく発揮しつつも、英国の普遍主義者ブリテン、古典的な音楽美を大切にするバクリとの組み合わせで、近代音楽の“美”におけるドビュッシーの立ち居地、その細やかさをはっきり印象づけてくれています。
 あわせて収録されたバクリは、タンギーやエスケシュらと同じく「聴きやすさ」を大切にする現代フランス随一の作曲家――ソナタという古典的な形式に真正面から向き合い(プロコフィエフやバルトークを彷彿させる、ダイナミックにして周到な設計の「クラシックらしい」秀作!)、併録作ではミニマリズム的なスタイルも垣間見せるなど、現代の新古典派といった作風美が名手2人の解釈で冴えわたる…けだし贅沢すぎるチェロ・アルバムです!
Bach, J S: The Art of Fugue, BWV1080 アリス・アデール
 J.S.バッハ:『フーガの技法』BWV1080(全曲)
アリス・アデール(ピアノ)
FUG544
(2CD)

\5600→\2790

 フランス近現代作品ですばらしい成果をあげてきたアデール、満を持してのバッハはいきなり「フーガの技法」――のっけから遅ーいテンポ設定で描き出される対位法世界はいきなり深遠! 只者ならぬ内容の濃さは、ニコラーエワをも凌ぐほど?!
 「フーガの技法」、バッハ最晩年の未完の実験音楽にして対位法芸術のひとつの集大成、圧巻の作曲技法によって、音楽性ではない側面から圧倒的な感動を呼びさます奇妙な傑作...
 とまれ『音楽の捧げ物』同様この曲も楽器指定がないので、ヴァルヒャやグールド(!)他のオルガンによる歴史的名演、チェンバロ、弦楽四重奏、ヴィオール合奏…と多種多様な編成で録音されており。ピアノの録音だけをみても、いうまでもなくロシアの偉人タチアナ・ニコラーエワによる圧倒的名演があるし、グレゴリー・ソコロフがクールな秀演を出していたり、今年初めにはP-L.エマールが、えらくピアニスティックな謎の怪演をリリースしたり…と競合盤にも事欠かないわけです。
 しかし今、これらのリリースにあえてここで言及したのは、間違いなく、本盤がそれらを向こうに回して充分わたりあえる傑作録音だからにほかない。
 演奏者は、アリス・アデール――
 ここで「お!」と感づかれた方も多いことだろう、そう、仏ADDAやACCORDなどでの名盤群が示している通り、フランスの近現代もので他の追従を許さぬ成果をあげてきた“巨匠”。今は亡きメシアンに絶賛され、現代フランスを代表する作曲家のひとりフィリップ・エルサンの絶大な信望を得ているこのピアニスト、他方ドビュッシーやメシアンなどの録音でも批評家諸氏の熱烈な支持をあつめ、いわばケフェレックやプルーデルマッハーやクロード・エルフェらの良いところを合わせたようなキャリアを築いてきたわけで、なるほどついにバッハか、と流れ的には納得できたものの、聴き始めるまでは正直、どう上掲の競合盤群と差別化できるのか?
 しかしどうでしょう――冒頭1曲目から、従来の誰よりも遅い、ひたすら遅いテンポで音を紡いでゆく、もういきなり「何か違う」と感じさせる強烈な存在感。その後しずかに弾き進められてゆく音符が、およそ単調さとは無縁、無味乾燥とも無縁、おそろしく遅いのに、全然それが気にならず、はっきりと各パートが独立して聴こえる、対位法の綾にしずかに絡め取られてしまう…本当にもう、圧巻というほかはない。
 折々に細やかなコントラストの妙を聴かせ続いてゆくCD2枚だが、最後にもうひとつ驚きの事実が――かくも磨き抜かれて曇りひとつない至高の解釈、なんとライヴ録音!終曲は例によってバッハの未完部分でぷつり、と演奏が「止まる」のだが、その後1分近く息をのむような沈黙、そのあと静々と、そしてしだいに嵐のように強烈になる拍手喝采、ブラヴォの応酬...CDを聴かれる方も、まったく同じ気持ちを感じるはず。
Ravel - Piano Trio ラヴェル(1875〜1943):
 1. ピアノ三重奏曲
 2. ヴァイオリンとチェロのためのソナタ
 3. ヴァイオリンとピアノのためのソナタ
トリオ・ダリ クリスティアン=ピエール・ラ・マルカ(vc)
ヴィネタ・サレイカ(vn)
アマンディーヌ・サヴァリ(p)
FUG547
\2800→\1890

 「これぞ完璧なトリオ」(メナヘム・プレスラー(ボザール・トリオ)談)...
 いやまさにその通り!まるでブーレーズの指揮のよう? 曲構造をしっかと踏まえ、響きわたる絶妙・精妙な音楽美!!2008 年の大阪国際室内楽コン優勝はダテじゃない、飛びぬけた才人たちの傑作録音!

 ベルギーのFuga Liberaは毎年のように新進気鋭のアーティストを掘り起こし、デビュー・アルバムを世に問うていますが、嬉しいことに日本では、2006 年のプラメナ・マンゴヴァ(MFUG217・日本では2007 年リリース)、2007 年のミロシュ・ポポヴィチ(MFUG528・日本では2008 年リリース)…と、この種の新人発掘アイテムが必ず「レコ芸特選」に輝いており、抜群のマーケット適性を示してくれています。
 そして――まさに新時代の名演登場!
 ドビュッシーのそれに比して、ラヴェルの室内楽のアルバムは「あるようで意外とない」のではないでしょうか(近年ではカピュソン&ブラレイの熱い1枚くらい?)。Saphir レーベルの大御所たちによる室内楽作品集(LVC1044・ペヌティエ=パスキエ=ピドゥーの3人が参加)が「レコード芸術」「朝日新聞試聴室」といったメディアで大好評を賜った直後、好調な売れ行きをみせているのも、「新録音が意外とない!」という事情が1枚かんでいる気がします。しかしペヌティエらの録音にせよ、他の現行盤にせよ、基本的には「巨匠たちによる本格的な演奏」が現行のラヴェル室内楽盤の大半な気が…
 そこへゆくとこのアルバムでのトリオ・ダリの演奏は、ノンヴィブラート精妙系、冒頭いきなり違いを感じさせる、今までになかった「21 世紀のラヴェル像」を打ち出しにかかる飛びぬけぶり!若手的な気負いはまるでなし、肩の力の抜けた、只者ではない落ち着きっぷり――「風格」と呼んでも差し支えないでしょう――で、曲構造を完璧に見据えながら、各パートの自発性たっぷりに弾き進めてゆくスタイルは、ピエール・ブーレーズの指揮にも通じるような透明感が。
 そのじつ、全員すごくインテンスな熱情を奥に秘めているようで、それが室内楽全体の響きとなってクライマックスを盛り上げるのです! ピアノなしの、批評家アンドレ・マルローが「ラヴェル屈指の傑作」と褒めたたえたヴァイオリンとチェロのためのソナタでも、きわめて洗練された唐草模様のように「戦わずして精緻に絡み合う」といった感じの絶妙アンサンブルがたまりません!霊妙なヴァイオリン・ソナタ含め、精妙路線で作品像をさらりと一新してくれる、不思議な名演…!
Mahler - Symphony No. 4 マーラー(1860〜1911):
 1. 交響曲第4番
 (シェーンベルクとリーンによる室内楽編曲版)

アルノルト・シェーンベルク(1875〜1951):
 2. 六つの管弦楽伴奏付歌曲
 (シュタインとアイスラーによる室内楽編曲版)
アンサンブル・オクサリス
ロール・デルカンプ(S)
FUG 548
\2800→\1890

 精鋭集団オクサリス、またもや絶美の“室内楽編曲版”――十二音技法以前のシェーンベルクが描き出した“ウィーン世紀末の美”が、マーラーのそれと重なるとき...クリムトの壁画のように、透明感あふれるサウンドのなか緻密さとスケール感が併存する!
 巨大編成のオーケストラ作品の緻密な楽曲構造をあざやかに解きほぐし、見通しのよい室内楽編成でその「からくり」を解明してみせる「室内楽編曲」――新ウィーン楽派のシェーンベルクお得意のこの手法は、もとをただせば彼が限られた財力のなかで運営していた「私的音楽協会」の演奏会が、オーケストラなど雇えず数人の演奏者からなる室内楽コンサートとなっており、そこで(当時まだ広く知られていなかった)マーラーやブルックナー、ドビュッシーら近代作曲家たちの大作を紹介するための、やむにやまれぬ手段でした。
 しかしそこはシェーンベルク、こうした室内楽編曲がいかに意義深く作品研究に役立つかをすぐに見抜き、後年に弟子たちを育てるさいにも、積極的に同種の既存楽曲編曲をさせて指導したそうです。
ベルギーきってのユニークな室内楽グループであるオクサリスは、すでにマーラー「大地の歌」のシェーンベルク編曲版によってそのクリアかつエキサイティングな面白さを披露してくれていますが、今回は堂々、マーラーの交響曲の編曲版でその魅力をたっぷり堪能させてくれます!
 あのヘット・コレクティーフの「音楽の捧げ物」で精妙そのものサウンドを聴かせてくれた面子がかなり混じっており、曲構造をきれいに浮き彫りにするアンサンブル力はヨーロッパ屈指といっても過言ではなく、濃密な退廃美を絶妙の匙加減でうっすら漂わせた響きの妙には、ドイツ語圏のグループにはない魅力たっぷり(古楽解釈風というか、ブーレーズ風というか…)!ゆたかな自然美を感じさせる曲そのものの味わいもまるで損なわれません。
 そして併録は、前衛技法を確立する前のシェーンベルクが、「浄夜」と同じ頃に書いた「六つの歌曲」を高弟ふたりが編曲したヴァージョン――この曲を好んでとりあげる管弦楽指揮者の解釈だとなかなか伝わりにくい(?)晩期ロマン派ふうの世紀末情緒がきれいに際立つサウンドは、必聴!難渋なシェーンベルク観も一新されるでしょう。
 両作品とも独唱は「ヨーロッパきっての前衛芸術国」ベルギーの現代音楽シーンで大活躍中のデルカンプ!デカダンな美声、ぴったりです!
Fiorenza - Concerti & Sonate
ニコラ・フィオレンツァ(1700 頃〜64):

 1. リコーダー協奏曲 へ短調(1728)
 2. チェロ協奏曲 ニ長調(1728)
 3. 三つのヴァイオリンと通奏低音のための協奏曲 イ短調
 4. ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ ト長調
 5. チェロ協奏曲 ニ長調
 6. シンフォニア イ短調(1726)〜
   リコーダー、2挺のヴァイオリンと通奏低音のための
ステーファノ・デミケーリ指揮
Ens.ドルチェ・エ・テンペスタ(古楽器使用)
《ソロ》ニコラス・ロビンスン、
マウロ・ロペス=フェレイラ(Vn)
マルコ・テストーリ(Vc)
トマーゾ・ロッシ(リコーダー)
《通奏低音》エドゥアルド・エグエス(リュート)
ステーファノ・デミケーリ(チェンバロ)
FUG549
\2800→\1890

 ついに出ました! ペルゴレージの同時代人、古典派前夜のナポリで暴れまくった南国のルクレールかフォルクレか、「過激派タルティーニ風」のサウンドは痛快そのもの!ソロはイタリア諸団体で腕を磨いたスーパー奏者揃い、通奏低音には「あの名手」も...!

 FugaLiberaが「知られざる、とほうもない巨匠」のアルバムをリリースします!ほぼ全曲世界初録音――ペルゴレージ、ヨンメッリ、ポルポラといったナポリ楽派のオペラ作曲家たちがヨーロッパ中で名声を馳せていた18 世紀前半、なんとこの南イタリアの音楽都市では、器楽奏者にもとんでもない鬼才たちが腕を競わせていたのでした。そうしたレヴェルの高い街の有名な王立ロレート聖母音楽院で弦楽器科の教諭をつとめ、さらに王室楽団でも大活躍したヴァイオリン奏者=作曲家が、本盤の主人公、ニコラ・フィオレンツァ。
 近年まで音楽史研究の現場ですらまったく無名だったこの作曲家、激しやすい天才肌で、ひどい暴力教師だったらしく、それが理由で音楽院から追放されてしまったあとは急速に忘れ去られたそうですが、その気質も反映されているような数少ない作品群たるや、ドラマティックな展開、あざやかなコントラスト、えもいわれぬ旋律美…と、晩期バロック〜ロココ期ならではの「ひたすらカッコイイ、耳に快適、深みたっぷり!」な魅力がぎっしり詰まった傑作ぞろい!ナポリ楽派研究者たちが興奮気味に再発見に意欲を燃やしているのも、まったく頷けます――
 ヴィヴァルディの短調協奏曲が好きな方、「悪魔に魂を売った」タルティーニの曲がみなあまりに清らかでお困りの方、このエッジの聴いたサウンドはクセになります!なにしろ演奏陣はごらんのとおり、イル・ジャルディーノ・アルモニコやらカペッラ・デイ・トゥルキーニやらイタリア古楽界最前線で活躍する腕利きぞろい(リュートの巨匠エグエス氏まで参加してます)!
The Royal Brussels Hornsound 〜19 世紀、ホルンの進化とベルギー人〜
マルタン=ジョゼフ・メンガル(1784〜1851):
 1. 八重奏曲(1820 頃)
  〜6本のホルンと2本のトロンボーンのための
レオン・デュボワ(1859〜1935):
 2. 八重奏曲(1895)
 〜8本のクロマティック・ホルンのための
リュク・ベルジェ
 (ナチュラル・ホルン/ヴァルヴ付19 世紀ホルン)
ブリュッセル王立音楽院ホルン合奏団(古楽器使用)
FUG550
\2800→\1890

 信じられないほどウマい!ピリオド楽器のホルン合奏、それも「ヴぁルヴあり/なし」両方で!いちど聴いたら、かならずヤミツキになる!
 なんてたおやか、なめらかなピリオド金管のブロウの重なり...さすが古楽大国ベルギー、演奏陣の層、厚いです!
 Fuga Libera の主宰者はブリュッセル王立音楽院出身、現在も教鞭をとっている現役の音楽学者でもあるわけですが、自国の芸術の復興にも意欲を燃やす彼のセンスなくしては、こんな企画が録音として実現することもなかったかもしれません(ちょっと前のCypres で、ジョンゲン・アルバムを続々制作したのもこの人です)。
  19 世紀の壮大な金管八重奏曲がふたつ」というだけでもレアですが、△修譴両方ピリオド楽器で、しかもヴァルヴなしのナチュラルホルンだけでなく、ヴァルヴつきの19 世紀ホルンも使いながら、な卻はもうドビュッシーやフォーレの時代の音楽...ここまでで四つもユニークなセールスポイントがあるわけです、そしてその上ケ藾佞信じられないくらい、ウマい! なにしろベルギーは古楽大国、同国内だけでもピリオド楽器のオーケストラが続々。さらに、古楽シーンはフランスやオランダともつながってますし、管楽器奏者たちもそうそう各アンサンブル兼任というわけにはゆきませんから、畢竟、最前線で腕をみがく精鋭たちが続々登場することに。
 で、特に員数が必要なホルン・セクションは音楽院の学生たちからしてレヴェルが高いときている――
 というわけで、本盤もシャンゼリゼ管のソロ奏者たるリュク・ベルジェが、ブリュッセル王立音楽院の生徒・卒業生たちを駆り集めて演奏したわけですが、彼らの腕の確かさときたら、言葉を失うほど――現代ホルンの比ではないくらいコントロールの難しい(時にはヴァルヴさえない)19 世紀ホルンから、おどろくほど整った、自由自在のアンサンブルを引き出してみせるのです!
 気になる曲目は、どちらもベルギーの音楽院で19 世紀の初頭と晩期に活動した管楽器奏者=作曲家、メンガルとデュボワの作品。サクソフォンの発明者アドルフ・サックスの活躍したベルギーは、近代管弦楽の管楽器改良に大きく寄与した国で、ここでは前者がヴァルヴなしナチュラルホルンで、後者がヴァルヴ付の19 世紀末モデルによるホルンで演奏されます。古典派晩期の充実した書法がきわだつメンガルの作品もすばらしければ、フォーレかワーグナーか…といった繊細な瞬間に事欠かないデュボワの世紀末作品もみごと!
 古いホルンの響きの諧調はいとも細やか、弦楽器とはまるで異なるニュアンスの妙味は、各20〜30 分の作品が短く感じられるほど「また聴きたくなる」こと必至です!音楽の美がピリオド楽器の楽音の美ときわめて密接にむすびついた、忘れがたい1 枚!
Domenec Terradellas - !Furor! ドゥメネク・テルデーリャス(1713〜51):
 1. 歌劇『メローペ』(1743)
  〜序曲と三つのアリア
 2. 歌劇『アルタセルセ』(1744)〜二つのアリア
 3. 歌劇『エジプトの王セソーストリ』(1751)
  〜序曲と四つのアリア
 4. カタラン語カンタータ「なんと悲しい出来事が」
マリア・グラツィア・スキアーヴォ(ソプラノ)
Ens.ドルチェ・エ・テンペスタ(古楽器使用)
FUG551
\2800→\1290

 ヘンデルとグルックのはざま、国籍と歴史のいたずらで忘却に追い込まれてしまったものの、生前おそろしいほどの影響力をみせた早世の天才、テルデーリャス!当時の名声に納得のゆく、饒舌そのものの初期古典派アリアは、あまりに面白い...!
 1990 年代半ば――映画「カストラート」のヒットにより、18 世紀のオペラに世界全体があらためて注目しはじめてから早15 年。ヨーロッパの歌劇界ではハッセやヨンメッリ、ポルポラ…といったナポリ楽派周辺のオペラ作曲家たちがずいぶん復権を遂げつつありますが、この古楽復興ブームの勢いのさなかにあって、なお見過ごされてきた天才がいたのです! 18 世紀初頭までナポリがスペインの属領だったことから、つてを頼ってバルセロナからナポリに出て修業をつんだ作曲家テルデーリャスは、その後1740 年代(英国ではヘンデル晩期、パリではラモー最盛期、マンハイムではシュターミッツが活躍をはじめた頃…最晩年のバッハが、かつての弟子シャイベに「古くさい」と批判された時代です)のローマで、レチタティーヴォや管弦楽まで手を抜かない新機軸のオペラによって絶賛を博し、1751 年に惜しくも早世したものの、その後もパリの百科全書派や英国の音楽著述家バーニーらによって、当代最高かつ革新的なオペラ作曲家と讃えられたのでした。なんでもバーニーによれば、グルックやトラエッタにさきがけて管弦楽伴奏付レチタティーヴォを作曲しはじめたのは、このテルデーリャスが最初だったとか。
 しかし、それほどまでにイタリア・オペラ界に貢献したのに、イタリアの音楽史家たちは「スペイン人でしょ?」と彼を見過ごし、スペインの音楽史家たちも「イタリア音楽にしか関係のない人でしょ?」と研究を怠り、その真価はつい最近まで忘れられたまま…しかしどうでしょう!フランスのバロック・オペラ界で熾烈な競争をくぐり抜けてきた名花スキアーヴォの迫真の超絶技巧歌唱と、ドラマティックな表現ならお手のもののイタリア古楽精鋭陣が織りなす絶品演奏は、このテルデーリャスという人が再評価に値する、いや是非聴かれなくてはならない天才だったことを印象づけてやみません。手の混んだメロディ、あでやかな和声進行、鮮烈なコントラスト…タルティーニやヴィヴァルディの協奏曲のソロを歌にしたような、至高のバロック・サウンド!
Mendelssohn - Symphonies for Strings Nos. 8-10 メンデルスゾーン(1809〜47):
 1. 弦楽のための交響曲第 8 番ニ長調
 2. 弦楽のための交響曲第9番ハ長調「スイス」
 3. 弦楽のための交響曲第 10 番ロ短調
ローラン・ケネル指揮
ヨーロピアン・カメラータ
FUG559
\2800→\1890
 なめらか、色鮮やか、統一感と温もりと――幸福な少年メンデルスゾーンの心に響いたいかんなき弦楽世界。
 すでに名盤あまたの名曲3篇の「それでもあえて聴きたい」傑作盤!
 ブリテン曲集が「レコード芸術」特選に輝いた、まごうことなき超実力派たちの極上解釈!
 
 メンデルスゾーンはご存知のとおり、ごく幼いころから多芸な才能をあらわにし、すでに10 代前半から続々と傑作を生み出たわけですが、16 歳の時に書かれた不滅の傑作「弦楽八重奏曲」よりもさらに前、実に12 曲も、弦楽合奏だけで演奏される交響曲を作曲していたのは、ちょっとした音楽ファンには有名な話でしょう。事実、このジャンルにはすでに多数の名盤が出ているわけですが(古くはロス・ポプル&ロンドン祝祭管(Hyperion)やレフ・マルキツ&アムステルダム・シンフォニエッタ(BIS)、抜粋ではイ・ムジチ(Philips)やコンチェルト・ケルン(Warner)、そしてつい昨今もファイ&ハイデルベルク響(Hanssler)…と手ごわい競合盤続々!)、本盤はそうした名盤群をさしおいてなお「あえて聴く価値がある!」と自信をもっておすすめできる1枚!
 なにしろ演奏はヨーロピアン・カメラータ、つまり、EU青少年管で巨匠指揮者たちと活動してきた面子の卒業生たちが集うスーパー実力派集団!すでにリリースされたブリテン作品集(シンプル・シンフォニー他...MFUG534)がみごと「レコード芸術」特選に輝き、その精緻な解釈のうまみをご存知の方も少なくないはず。英国勢がメンバーに多いせいか、アンサンブルの一体感は驚くほど。ヴィブラートを抑えたなめらかなサウンドは、クレシェンドやデクレシェンドの瞬間にゾクッとするような美を放ち、壮麗な作品美の盛り上げ方はちっとも嫌味がないのに、すごくセクシーでワクワクさせられる…どの曲も「いい曲だと思っていたけど、ここまですごかったっけ?」と耳を疑う仕上がりなのです!

 選ばれているのは、エマヌエル・バッハの疾風怒涛的作風に強くインスパイアされたようなロ短調の第10 番(異形の名品…)、そして民謡風の楽想がはさまれる「スイス」こと第9番と、同じく序奏つきの長大な第8番――壮大さから細やかさへ、激情からすがすがしいまでの構築感へ、メンデルスゾーン初期ならではの天衣無縫な天才ぶりがあざやかに示された大作3篇。ハイドン同様、本年メンデルスゾーンを聴き込んでこられ、作曲者理解が進んでおられるファンに「そのうえで、今こそ」とお奨めする価値のある、本当に素晴しい内容を誇る逸品です。



FUG567
\2800→\1290
シューベルト、イザイとブラームス
 〜ヴァイオリンとピアノによる傑作3選〜


フランツ・シューベルト(1797〜1828):
 1. ピアノとヴァイオリンのための二重奏ソナタ イ長調 D574
ウジェーヌ・イザイ(1858〜1931):
 2. 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ ニ短調 Op.27-3
ヨハンネス・ブラームス(1833〜1897):
 3. ヴァイオリンとピアノのためのソナタ第3番 ニ短調 op.108
イリアン・ガルネッツ(ヴァイオリン)
アリーナ・ベルク(ピアノ)

 天才奏者発掘にかけては「センス」「地の利」ともに抜群のFuga Libera主宰者がぞっこんほれ込む、21世紀の逸材ふたり――年齢なんて関係ない、瑞々しく紡がれる傑作3篇に、ヨーロッパ楽壇の「いま」を肌で感じたい。見過ごしがたい室内楽アルバム!

 ベルギーという国は、フランスとオランダの間にあるだけでなく、少し東に行けばドイツとも目と鼻の先。これら3つの隣国の言葉が公用語になっていて、多言語話者なんてざらにいる...周辺諸国に翻弄されながらも、19世紀には諸外国に先駆けて産業革命を達成、「クラシック音楽」が最も面白い変化をみせた19世紀末〜20世紀初頭に、ちょうど文化大国としての繁栄の絶頂をみた国でもありました。
 もちろん中世〜ルネサンス期にも、この地域からすぐれた音楽家はたくさん輩出していますが(たとえばネーデルラント楽派)、作曲家フランクやヴァイオリン奏者=作曲家のヴュータンにイザイ...といった巨匠たちの活躍した1900年前後の時代をへて、20世紀にもグリュミオー(vn)、ジョゼ・ヴァン・ダム(Br)、クイケン兄弟、フォクルール(org)...と名手・巨匠は後を絶たず。新世代の名手も続々輩出しているだけでなく、たとえばルーマニア出身のボベスコ(vn)や日本人の堀米ゆず子(vn)など、諸外国の演奏家でベルギーに拠点を定め、この国の音楽文化に大きく貢献してきた音楽家も少なくありません。それというのも、クラシック演奏家のための国際コンクールのなかでも特に重要な「エリザベート王妃国際コンクール」がブリュッセルで行われているのが大きな要因のひとつ――このコンクールを目指してベルギーにやってきて、この地の豊かな音楽生活に惚れ込み、定住してしまうのでしょう。

 そんなベルギーに拠点をおくFuga Libera レーベルは、これまでにも同コンクールでの入賞者のなかでも将来有望な人材にいち早く目をつけ、これまでにトリオ・ダリ(大阪国際コンクール優勝)、ミロシュ・ポポヴィチ(ピアノ...デビュー盤のシューマン作品集は『レコ芸』特選)、プラメナ・マンゴヴァ(ピアノ...やはりデビュー盤のショスタコーヴィチで『レコ芸』特選)らの名盤を世に送り出してきた実績もありますが、その慧眼でもって今回見出されたのは、ルーマニア出身のピアニストと、その隣国で旧ソ連の1国だったモルドヴァの出身者であるヴァイオリニスト――
 いずれも20歳前後(!)の若手ではありますが、何はともあれ、Fuga Libera レーベル主宰者の慧眼をご信頼あれ。
 思い切りのいいだけじゃない、絶妙なコントロールで作品美の核へと迫るガルネッツの弦音は、熾烈な競争率を勝ち抜いてエリザベート国際コンクールで入賞を果たしただけある、またメニューイン、ブロン、ハガイ・シャハム...といった名教師たちの薫陶も頷けるカリスマ性を秘めているのです!
 ピアニストのアリーナ・ベルクは彼よりもさらに年下ですが、自発性たっぷりのピアノが曲に独特の呼吸感と旨味を与え、なんとも聴きごたえあり。両者と同じ年頃のシューベルトが作曲した二重奏ソナタなんて、爽快・絶品もいいところです。

 FugaLiberaの「質」をひしひしと感じさせる、秀逸な1枚!


FUG569
(2枚組)
\5600→\2790
トリオ・フェニクス
 モーツァルト:弦楽三重奏のための作品全集

  1. 弦楽三重奏のためのディヴェルティメント 変ホ長調KV563
  2. 弦楽三重奏のための六つの前奏曲とフーガKV404a
トリオ・フェニクス
 シャーリー・ラウプ(vn)
 トニー・ネイス(va)
 カレル・ステイラールツ(vc)

 モーツァルトが晩年どんどんハマっていった「対位法」――その先にあったのは、やはりバッハの芸術だった!
 あざやかなメロディラインの交錯をきれいに解き明かしながら曲の瑞々しさと深さを静かに浮き彫りにする――これぞ、ベルギー最前線の室内楽!


 Fuga Libera レーベルで活躍する演奏家たちには、その拠点であるベルギーの音楽シーンのあり方をさまざまなかたちで代表するような俊英奏者が少なくないのですが、このアルバムに登場するトリオ・フェニクスの3人も、ベルギー室内楽の最前線をかいま見せてくれる超・実力派たち。
 Fuga Libera レーベルではマーラー作品の室内楽編曲、モーツァルトやレーガーの室内楽作品集などで異色の透明感あふれる演奏解釈を呈示してくれているアンサンブル・オクサリスのヴァイオリン奏者、シャーリー・ラウプがトップをとるほか、全員が別の演奏団体でも活躍している多忙な腕利き室内楽奏者(ヴィオラのネイスは来日公演も頻繁なダネルSQ で活躍していた名手ですし、チェロ奏者ステイラールツは知る人ぞ知る気鋭集団ベートーヴェン・アカデミーでソロ奏者をつとめる、古楽器も弾ける逸材だったり)。
そんな演奏陣の確かさはともかくとして、このアルバムの注目点はやはり、意外にも見過ごされがちな「モーツァルトと弦楽三重奏」という位相に着目したところでしょう!
 弦楽四重奏曲やヴァイオリン作品などばかりに気をとられてしまいがちですが、モーツァルトは晩年のごく短期間、この弦楽三重奏という編成にもひときわ興味を寄せていた時期がありました。

 「3」という数字が、彼も所属していた秘密結社フリーメイスンで重要な意味を持つ数字だから、ということもあったのでしょうが、同時に彼は仲間うちで室内楽を愉しむさい、しばしば好んでヴィオラを弾いていたのだとか。弦楽三重奏ではヴィオラ・パートにきわめて大きな存在感が与えられることになりますから、書いていても弾いていても楽しかったに違いありません。ともあれ、彼の弦楽三重奏のための作品といえば、誰もがまず思いつくのはKV563 のディヴェルティメント...日に日に募ってゆく彼への負債に取立てがましいことをしなかったフリーメイスンの盟友、プーフベルクに「せめてもの返礼」とばかり献呈されたこの三重奏曲は、生活苦などどこ吹く風・の晴朗な音楽のなかに、晩年のモーツァルトならではの諦念が美しく滲む一大傑作...

 これひとつでも十分アルバムのトリとなるでしょうが、本盤でむしろ注目したいのは、抜粋では折々聴く機会もある「前奏曲とフーガ」KV404a の全曲をきっちりまとめて収録してくれているところ――
 複数パートの絡み合いの面白さ、つまり「対位法」の妙にとりつかれたモーツァルトが、かの大バッハの「平均律クラヴィーア曲集」などから作品を選んで、自ら偏愛していた弦楽三重奏という編成に編み代え、適宜オリジナルの前奏曲もつけてみたという異色作ですが、全曲通して聴ける機会というのは実に貴重。
 しかもトリオ・フェニクスの演奏は(併録のKV593 にしてもそうですが)全体の協和のなかで各パートの独立性をすっきり際立たせるタイプで、これらの作品の妙味を味わうにはうってつけ!
 流し聴きにも気持ちよく、じっくり聴けば聴くほど、モーツァルトの意外な側面に気づかされる。折々はっとさせられる、秀逸な全曲録音なのです!


FUG568
(2CD)
\5600→\1890
ディートリヒ・ヘンシェル(バリトン)
 ヴォルフ:メーリケ歌曲集より(45曲)

  〜ウィーン2009年ライヴ録音〜
ディートリヒ・ヘンシェル(バリトン)
フリッツ・シュヴィングハンマー(ピアノ...ブリュートナー)

※「少年と蜜蜂」「夜明け前のひととき」 「捨てられた女中」「アグネス」「庭師」 「四月の山黄蝶」「或る老女の忠告」 「人魚のビンゼフース」の6曲以外全収録


 着々とドイツのリート世界を代表するヘンシェル、超・重要曲目でFugaLibera に登場!

 マーラーと同い年のウィーンの大家、ヴォルフも生誕150周年――最重要作品集を1曲1曲、濃やかに歌いこなした鮮烈ライヴ録音!(録音はAlphaのユーグ・デショー!)

 芸術大国ベルギーの地元感覚をつよく印象づけてきたFuga Libera レーベルが、急速に「王道クラシック・ファンの守備範囲」を絶妙のセンスでくすぐる秀逸アイテムを連発するようになりました。
 ヴァルター・ヴェラー(指揮)、ゼーフェリン・フォン・エッカルトシュタイン(ピアノ)、パウル・ドンブレヒト(バロックオーボエ)...ヨーロッパ楽壇を牽引するアーティストも続々録音している当レーベルですが、今度はなんと「いま」のドイツ楽壇を代表するバリトン、ディートリヒ・ヘンシェルの最新録音が登場!
 アルノンクールの『マタイ受難曲』再録音でもユダを演じ、ヘレヴェッヘの『子供の不思議な角笛』やヤーコプスのハイドン『四季』などでも共演するなど見過ごせない名盤を彩ってきた傍ら、harmonia mundi france では『白鳥の歌』やコルンゴルト(!)の歌曲集を、Orfeo ではデッサウとアイスラー(!!)の単体アルバムをリリースするなど歌曲方面での活躍もめざましいあの名匠ヘンシェル、今回の曲目はなんとシューベルトの向こうを張るドイツ・リートの最重要作曲家、かのマーラーの同時代人フーゴ・ヴォルフの最重要曲集『メーリケ歌曲集』という王道中の王道。

 昨年ウィーンで行われたライヴで、大小さまざまな45曲もの歌曲を変幻自在、艶やかに歌いこなしてゆくヘンシェルの歌声は、温もりあり、静かな凄みあり、たおやかな流れのなかで実にドラマティック――

 歌曲はひとつひとつに小宇宙があるもの(とりわけ、ヴォルフならではの珠玉の傑作群は!)と思いきや、リサイタルの流れがこれほど音盤の上でも有効とは!と驚かされてしまいます。
 ライヴ収録ならではの、いわば小劇場でのモノドラマのような鑑賞体験...
 ウィーンにありながらピアノはブリュートナー、その独特の味わいあふれる音色を活かした伴奏者シュヴィングハンマーのピアニズムも絶妙です!


FUG 561
\2800→\1890
セルヴェ:チェロのための四つの技巧的名品
 〜19世紀、フランコ・ベルギー派最大のチェロ芸術家〜

フランソワ・セルヴェ(1807〜1866):
 1. ロッシーニの歌劇『セビーリャの理髪師』による大幻想曲
 2. アントヴェルペンの追憶
 3. スイスの追憶
 4. スパの追憶
ディディエ・ポスキン(チェロ)
ロザムンデ・アンサンブル(弦楽四重奏+コントラバス)

 本盤の主人公、作曲家にして稀代のチェロ奏者だったフランソワ・セルヴェは、両足でチェロをはさんで弾くのがまだ主流だった19 世紀中盤にあって、近代式のエンドピンを誰よりも早く常用、新たなチェロ奏法を切り開いた名手。

 セルヴェはベルギーの首都ブリュッセルにほど近い、ハルという衛星都市の出身。終生ここに暮らしながらブリュッセルを拠点に大活躍、近隣のドイツやフランスや英国はいわずもがな、遠くトルコやロシア・北欧まで遠征し、行く先々ですばらしい演奏を聴かせて大絶賛されたヴィルトゥオーゾです。師匠はニコラ・プラテルというフランス人――そう!つまり彼こそは、ド・ベリオやヴュータンなど同郷のヴァイオリンの名手たちと同じく、正統的に「フランコ・ベルギー派」を名乗りうるチェロ芸術家だったのです!

 1840 年頃に作曲した「スパの追憶」(「スパ」は「温泉」という欧州語の語源にもなった、ローマ古代から続くベルギーの温泉街の名)はマインツのショット社から楽譜出版され、いまだに再版されつづけているベストセラー名曲。まるでヴェルディのオペラを15 分強の室内楽に凝縮したような、息をもつかせぬ展開、絶妙のカンタービレ、鮮烈な技巧性などが交錯する、演奏効果ばつぐんのチェロ独奏曲です。

 本盤はこの「スパの追憶」はもちろん、それぞれ10 分以上にもおよぶ壮麗・芳醇な技巧的チェロ作品を4作も収め、セルヴェ芸術の真髄をあざやかに浮き彫りにしてくれる1枚!

 「スパの追憶」のピアノ伴奏版以外は驚くほど知られていないその音響世界には、ヴュータン、ヴィエニャフスキ、エルンスト…といった、技巧と歌心がみごとな調和をみせるヴァイオリン作品群の魅力を、すっかりそのままチェロに引き写したような味わいが。こういうチェロ曲を聴きたかった!という方は、きっと多いことでしょう。

 セルヴェと同郷のベルギー・ブリュッセル出身、フルニエやシャフランに師事したポスキンの美音と技巧も実に頼もしく、ロザムンデ・アンサンブルの絹のような弦楽伴奏をバックに、陶然と聴き進めてしまうこと必至!各曲、聴き終えた時の充実感は桁外れです!


FUG 562
(2CD)
\5600→\2790
1838〜39 年のローベルト・シューマン
 〜子供の情景、ノヴェレッテン、およびその他のピアノ曲〜

ローベルト・シューマン(1810〜56):
 1. ノヴェレッテン作品21
 2. 子供の情景作品15
 3. フモレスケ作品20
 4. アラベスケ作品18
 5. 花の曲作品19
 6. 三つのロマンツェ作品28
 7. 夜の曲作品23
  使用楽器:J.B.シュトライヒャー1850 年製作
ピート・クイケン(フォルテピアノ)

 クイケン一族の「第2世代」、今や日本でも名をあげつつあるガンバと鍵盤の名手ピートがシューマン夫妻も愛したシュトライヒャー・ピアノで、細やかなタッチで「作曲家の心」に迫る!

 1970 年代――少し前から「古楽先進国」として、オランダとともに「作曲家と同じ時代の楽器と演奏法を」というピリオド楽器演奏のメッカになっていたベルギー。
 そのシーンを牽引しつづけ、のちに世界的なヴィオラ・ダ・ガンバの「導師」となる巨匠ヴィーラント・クイケンこそ、この時期に生まれた、本盤の主人公であるピート・クイケンの父親なのでした。

 同じくバロック・ヴァイオリン演奏のパイオニアとして華々しく活躍してきたヴィーラントの弟、シギスヴァルト・クイケンの娘サラとヴェロニカも、今やヨーロッパ古楽界きっての重要なバロック・ヴァイオリン奏者になりつつありますが、同じ「第2 世代」でも、ピート・クイケンはチェンバロ、フォルテピアノ、現代ピアノ、ヴィオラ・ダ・ガンバ…とさまざまな楽器をステージで演奏できてしまう多芸な才人。
 とりわけ、現代ピアノとはさまざまな点で扱い方が異なる19 世紀以前のピアノ(フォルテピアノ)の演奏にかけては、当人の飛びぬけた音楽性とあいまって、ヨーロッパ屈指の活躍ぶりを見せているようです。

 そんな新世代の気鋭奏者を起用して、ベルギーきっての侮りがたい個性派レーベルFuga Libera が、実に充実したシューマン・アルバムをリリースしてくれます!

 時おりしもシューマン生誕200 周年。
 かつての師匠ヴィークの娘、クララとの恋路が「恋人の父」である師匠の断固たる否認で断ち切られ、絶望の淵をさまよっていた1838〜39 年のシューマンに焦点をあて、名手ピート・クイケンはこの時期に作曲された有名・無名の充実ピアノ曲7編を集め、それらを、シューマン夫妻もたいへん高く評価していたというウィーンの名工、シュトライヒャーの製作した楽器で綴ってゆきます。

 高音の優しさ、低音の滋味深さ、現代ピアノとは大いにクセの異なるニュアンスの豊かさ...そういった美質の数々こそ、私たちの時代の強靭・精密な現代ピアノではたどりつけない「シューマン自身がイメージしていた響き」に迫るものにほかなりません。

 「子供の情景」や「アラベスケ」など有名曲が19 世紀当時、かくも繊細な音の移ろいのなかで味あわれていたのか!と、息をのむ美しさに認識を新たにする瞬間もさることながら、「ノヴェレッテン」「三つのロマンツェ」など、重要作にもかかわらず録音が少ない名品まで含め、シューマンのピアノ曲作曲人生において最も重要な時期をじっくり追える、というのがきわめて貴重。

 改めて作曲家像を追認する、本年きっての充実企画です!


FUG563
\2800→\1490
シューベルト:二つのソナタD840・D959
 〜未完成の美、死への予感〜


シューベルト(1797〜1828):
 1. ピアノ・ソナタ ハ長調 D840(未完)
 2. ピアノ・ソナタ イ長調 D959
ゼーフェリン・フォン・エッカルトシュタイン(ピアノ)

 ドイツ21世紀。
 すでに楽壇の先陣でバリバリ活躍中の「ドイツ本格派」エッカルトシュタインがついにドイツ=オーストリア系の王道作曲家に向き合ってくれました!

 風格たっぷり、余裕と詩情もたっぷり。長大な楽章で聴くに値する、この感性とスケール感!エッカルトシュタイン(来日時の公演名では「エッカードシュタイン」)――1990 年代からハンブルク・スタインウェイ・コンクールやイタリア国際青少年コンクールなどで優勝相続き、世紀末頃にはミュンヘンARD やブゾーニ国際コンクールなどの難関に上位入賞、そして2003 年にエリザベート王妃国際コンクールにみごと優勝したあたりから、ヨーロッパのシーンで着実に注目を集めつつある大器ですが、近年の充実ぶりを聴くにつけ、これは確実に新世代のドイツを担う存在になるだろう、と期待度の高まるところ。

 しかしコンサートシーンはいざ知らず、録音はメトネル、ヤナーチェク、プロコフィエフ、グラズノフ…と諸外国の作曲家ばかり(いやもちろん、それらが素晴しいのも確かでしょう)、ドイツ=オーストリア系の王道に触れてくれないものか、と思っていた矢先にこの新録音!
 堂々のシューベルト、それも選曲からして憎いことに、最晩年の長大な3曲のソナタでも唯一短調のD959 と、その3年ほど前に着手されたものの、冒頭2楽章だけ書いたところで未完のまま放棄された「未完成ソナタ」D840 ときたものです。

 「全曲録音に望んで、これみよがしに“これが私のシューベルト解釈です!”と誇るようなまねはしたくない、そうやって気負った姿勢で臨むことほど、シューベルト演奏を台無しにするものはない」といった論調の小論を自ら解説書に寄せているとおり、彼自身の心に添う作品としてこの2曲が浮かび上がったのでしょうが、その解釈に漂うさりげない風格はもはや大ヴェテランの域。聴き手を細部に引き込む手際もあざやかなら、全体としてスケール感あふれる演奏に仕上げてみせる構築感覚も逞しく、これぞドイツ=オーストリア直系、といった頼もしさに貫かれているのです。
 各楽章が長大なプログラムだからこそ、いっそう際立つ特質といえるでしょう――
 事実エッカルトシュタインは録音にさいし、非常な長尺でテイクをとり、ほとんどライヴ録音プラス微調整、といった制作進行をとったのだそうです。
 一貫性とシューベルトらしい詩情…21 世紀もますます、驚くべき才人が続々登場してくるのですね!



FUG566
(2CD)
\5600→\2790

ムソルグスキー:『展覧会の絵』、およびその他のピアノ作品集

ムソルグスキー:

 [泙劼箸垢 ⊂霰的な即興曲(ベルトフとリューバの追憶)
 L漢
 ぁ悒愁蹈船鵐好の定期市』より
  定期市の情景/ホパーク
 ヂ爾砲
 Εリミアにて(奇想曲(バイダリ)/グズフ)
 幼年時代の追憶
 幼年時代の二つの追憶(乳母とわたし/最初の罰)
 酔狂な女 お針子の女(小さなスケルツォ)
 スケルツォ 嬰ハ短調 古典様式による間奏曲
 子供の遊び――陣取り
 禿山の一夜
 (リムスキー=コルサコフ版にもとづく
  コンスタンティン・チェルノフによるピアノ独奏版)
 瞑想(アルバムの一葉)
 袷閥福愿戸会の絵』
アリス・アデール(ピアノ)

 近現代ものに通暁した知性派アデール。
 大御所になってきたところで、意外な全曲集!
 すぐれてロシア的な情緒を薫り高く感じさせながら、いたるところで思わぬ魅力――『展覧会の絵』だけで終わらない、音楽史上屈指の異才の正体をときあかす重要盤!


 ピアノ音楽を聴き込んできた方々にとっては「知る人ぞ知る」フランス随一の知性派、アリス・アデール――
 フランス20 世紀を代表する大家メシアンに絶賛を受け、ドビュッシーやフランクをはじめとするフランス近現代作品の解釈で注目されつづけてきただけでなく、現代作曲家フィリップ・エルサンからも絶大な信頼を受け、数多くの作品を初演してきた重要人物です。
 近年はベルギーFuga Libera レーベルから意外にもバッハ『フーガの技法』のピアノ録音(FUG544)をリリース。得体の知れない遅いテンポでこの難解作の謎を解きほぐし、抗いがたい求心力で日本でも「レコード芸術」特選を獲得、同曲目を語るうえでも見過ごせないピアニストとなってきました。

 そうやって意義ある活動を着実に積み重ねているうち、すっかり大御所的な存在感の出てきたアデールがいま世に問うのは...驚いたことに、ムソルグスキー!
 それも、かの『展覧会の絵』だけではなく、まずめったに演奏されない無数の注目作を含む体系的録音、およそ他に類例のない2枚組です。

 ラヴェル編曲などの管弦楽版で知られるかの名曲『展覧会の絵』がピアノ曲として作曲されたのは今更断るまでもない有名な話ですが、19 世紀の国民楽派、ロシア五人組のなかで最も常軌を逸した芸術家であるムソルグスキーの作品に「ほかのピアノ曲」がこんなにあったこと自体、およそ多くの音楽愛好家が注目せずにはおれない事実ではないでしょうか?

 そしてここで重要なのは、それらを演奏解釈するのがロシア系のピアニストではなく、「移民と知性の国」フランスの、近現代ものを得意とするピアニストであるという点――「知の言語」を感覚的に操るセンスを持ち、それを人間的情感の濃やかな機微のなかで操ることに長じたフランス人がムソルグスキーに向き合ったとき、ロシア人がロシア語的ピアニズムの主観性で解釈しているあいだは見えてこないような「ひとりの芸術家」としてのムソルグスキー像が浮かび上がるわけです。(これこそ、「全集」のような体系的録音企画に求められているポイントなのでは?)

 アデールは本盤を、健康を害して早世した作曲家が晩年の失意と絶望のうちに残した「涙ひとすじ」で始め、そこから回想をたどるように初期作品へと戻り、「禿山の一夜」のおどろおどろしくも意外をきわめるピアノ版(!)で驚かせたあと、最後に圧巻の「展覧会の絵」で締めくくる――最後まで徹頭徹尾、一音一音確かめるように弾き連ねてゆくユニークなピアニズムが、酒浸りの断片的な意識のなか、強烈なインスピレーションの閃きをみせたムソルグスキーの感性をありありと描き出すかのよう、どんどん引きずり込まれます!



FUG565
\2800→\1890
近代ヴァイオリン芸術、中欧からバルカンへ
 〜マルティヌー、エネスク、モクラニャチ〜


エネスク(1881〜1955)
 1. ヴァイオリンとピアノのためのソナタ
  第3番「ルーマニア民俗風に」op.25
マルティヌー(1890〜1959):
 2. 五つのマドリガル詩節
  〜ヴァイオリンとピアノのための
ヴァシリエ・モクラニャツ(1923〜84):
 3. ヴァイオリンとピアノのためのソナタ ト短調
ロレンツォ・ガット(ヴァイオリン)
ミロシュ・ポポヴィチ(ピアノ)

 ピアニストは、デビュー盤で「レコ芸特選」実績あり。
 弦は「まだ無名」――否、怪物です!

 あやしく艶やかな曲線を描く、ヴァイオリンのメロディライン。


 「ヨーロッパの火薬庫」と呼ばれたバルカン半島のほうへ、三つの意外な傑作にひそむ“民俗情緒”をえぐり出す!

 シェーンベルクの十二音技法やらストラヴィンスキーのバーバリズムやら、突出して理解しがたい芸術表現が早くから登場してしまうせいで、「20世紀の音楽=現代音楽=わけのわからないものを聴かされる恐怖」みたいな図式ってあるかもしれません。でも実際には、それらはあまりに強烈だから目立っているだけで、当時としてはごく少数の例外――たとえばクライスラーのヴァイオリン音楽や、ラフマニノフのピアノ音楽やハリウッド映画の音楽などのように、ヨーロッパ芸術音楽は20 世紀も半ば過ぎまで、最新の音楽さえ、まったくもって晩期ロマン派的な「誰にもわかる美しさ」の魅力・魔力から逃れはしませんでした。

 むずかしいことなんて、何もないんです。
 音楽=音の快楽...

 この根本事実を、20 世紀前半のゾクゾクするような美しさをたたえた三つのヴァイオリン室内楽を通じて教えてくれるのは、ベルギーを拠点に21 世紀の楽壇を騒然とさせはじめている、ふたりの気鋭奏者!

 ピアノのミロシュ・ポポヴィチはセルビア出身、シューマン作品を集めたデビュー盤(FUG528)が『レコード芸術』特選に輝いたのもまだ記憶に新しい俊英――本盤でも自発性たっぷり、ヴァイオリンに押されぬ迫真の立ち回りで、鮮烈な急速楽節から神がかり的にうつくしい静謐の瞬間まで、室内楽のうまみをあざやかに盛り上げてやみません。

 しかし圧巻は、ロレンツォ・ガットなるイタリア系ベルギー人ヴァイオリニスト!
 エリザベート国際コンクール2位&聴衆賞に輝いたのがつい先年のことだそうですが、「技巧超完璧」はもはや新世代奏者の常識として、その魔術的ともいえるカンタービレの「くゆらせ方」(まさに煙のような、あるいは強い蒸留酒の陶酔のような...)にちょっと桁外れな、あらがいようのない魅力が...何者かは知りませんが、この感性こそが本盤収録作品3曲に、ほんとうにぴたりと合致しているんです!

 というのも、本盤に収録されている3曲はそれぞれルーマニア、チェコ、セルビア...という「中東欧」の出身者で、20世紀前半の、近代でありかつ「後期国民楽派」とでも呼びたくなる風潮のなかで活躍した作曲家たちの曲。
 どこか東洋的でもある、玄妙で蠢惑的、民俗音楽的な曲調の味わいを、このロレンツォ・ガットのヴァイオリンは幾倍にもふくらませ、ストレートな快楽として私たちの心に突き刺さる響きを描き出し続けるのですから!

 エネスクの第3ソナタは数多の名盤を軽やかに凌駕しかねない求心力、マルティヌーではピアニスト共々、瀟洒な立ち回りやフランス風のオトナな響きがたまらなく綺麗、そしてセルビア20世紀の巨星モクラニャチの掘出物的傑作ソナタでは、同郷人ポポヴィチの民族楽器的なピアノの鳴らし方にも興奮させられる...いやまさしく、こういうものこそ視聴機で強く押せる「音ありき」のアイテムでしょう!

Vieuxtemps: Complete Violin Concertos
FUG575
(3CD)

\5600→\2790
ヴュータン:ヴァイオリン協奏曲全集
アンリ・ヴュータン(1820〜1881):
 ゞ奏曲 第1番ホ長調 op.10
 協奏曲第2番 嬰へ短調 op.19
 6奏曲 第3番 イ長調 op.23
 ざ奏曲 第4番 ニ短調op.31
 ザ奏曲 第5番イ短調 op.37「グレトリー」
 Χ奏曲 第6番 ト長調 op.47
 Ф奏曲 第7番 イ短調 op.49
第1番から
 ヴィネタ・サレイカ (ヴァイオリン)
 ラチャ・アヴァネシヤン (ヴァイオリン)
 ニキータ・ボリソ=グレスキー (ヴァイオリン)
 ロレンツォ・ガット (ヴァイオリン)
 ヨッシフ・イワノフ(ヴァイオリン)
 ヨレンテ・デ・マイヤー (ヴァイオリン)
 ハリエット・ラングレー (ヴァイオリン)

パトリック・ダヴァン指揮
ベルギー王立リエージュ・フィルハーモニー管弦楽団

 なぜかあまりヴュータンを聴かないでいた。

 ハイフェッツやグリュミオーで第4番とかは聴いたと思うが、あまり印象にない。


 ヴュータンは1820年生まれ。フランクやブルックナーの世代である。
 幼い頃からヴァイオリンの超絶技巧で知られ、シューマンには「小さなパガニーニ」と呼ばれた。作曲家としてもヴァイオリン協奏曲第4番はベルリオーズに絶賛されている。

 だが現在ではヴュータンの名が世間で聞かれることはめったにない。
 代表作であるヴァイオリン協奏曲にしても、第4番と第5番以外は、演奏会はもちろんCDで出ることもめったにない。

 なんとも寂しい状況なのだが、店主もまあそれくらいの存在だと思っていた。


 ところがある日、とくになんの興味も抱かずに、協奏曲集を聴いた。

 そうしたらびっくり。

 抜群なのである。

 まず第5番。

 この曲の素敵さを知っている人からしたら、「いまさらこんなことを言うな!」と怒られそうだが、もう、恥を承知で言わせてもらうと、美しく抒情的でかっこよくて洒落てて、なんで今までこんな名曲を知らなかったんだ、というようなすばらしい作品。

 冒頭こそ有名曲の亜流っぽいが、独奏が始まると事態は一変。
 ゆるやかに甘い旋律が奏で始められると、その独特の世界にもうメロメロ。オーケストレーションだって素人っぽいところはない。
 楽想にしてもただ甘いだけでない、深く哀しい味わいがある。

 メンデルスゾーンやブルッフ並み、というと言いすぎかも知れないが、パガニーニやヴィエニアフスキあたりとは十分すぎるほど肩を並べられる。
 いや、個人的には明らかに上である。

 まったく、自分の無知を恥じるとともに、ここでこんなすばらしい作品にめぐり合えたことを深く感謝した。

 しかし、第5番をこれ以上褒めても自分の恥をさらけ出すだけなのでやめておくが、実は今回聴いて本当にすごいと思ったのはその第5番ではない。

 続く第6番と第7番である。

 どちらも哀しいかな、現在ほとんど競合盤がない。
 ヴュータン最晩年の華麗で優美な作品。
 ヴィルトゥオーゾ美学の結晶。

 ・・・のはずなのだが、なにかおかしいのである。

 確かに天国的で平和的な雰囲気はあるのだが、どこか影がある。
 何か、どこかつっかえた感じ。何かを躊躇している。
 どこか突き抜けられない暗さを伴っている。

 それが作品に深みを与え、奥行きを作り出している。

 ちょっと聴いた感じでは明らかに、華やかな第5番が目立つだろう。
 しかし聴けば聴くほど、第6番と第7番のえもいわれぬ不思議な雰囲気に引き寄せられていく。

 
 最晩年のヴュータンは、脳卒中による右半身麻痺により、すでにヴァイオリンを持てぬ体となっていた。
 そして治療のためアルジェリアの娘夫婦のところに移り住む。

 かつての栄光から遠く離れたところにいたわけである。

 つまり、どんな素晴らしい作品を作っても、どんな美しい旋律を作っても、彼はそれを弾くことはできず、それを聴くこともできなかった。

 それはかつてヨーロッパで一世を風靡したプレイング・コンポーザーとしてはあまりにも残酷な現実だった。


 ・・・しかしそれでも彼は作った。

 全盛期の1850年代の第4番、第5番以来、実に20年ぶりとなるヴァイオリン協奏曲を。
 かの見ず知らずの土地で。

 残酷な現実の前に、彼は、それでも自分の人生の総決算となる作品を残さないではいられなかったのだ。


 しかし第7番を書いている途中で彼は、死ぬ。



 ヴュータンのヴァイオリン協奏曲第6番、第7番。

 それは、そんな一人の元ヴァイオリニストが書き落とした、美しくも哀しい作品だったのである。







 イザイ、グリュミオー、ボベスコ...「フランコ・ベルギー派」は、誰もがヴュータンに負っている。
 その祖国から、徹頭徹尾ベルギーらしい美質に貫かれた本格派全集が登場!艶やかさ・繊細さ・堅固さ・緻密さ。ソリスト7人の腕もまさに“絶頂”、妙なるロマンの薫りを馥郁と。

 アンリ・ヴュータン――ロマン派全盛の19世紀に活躍したこのベルギー人ヴァイオリニストが、作曲家としても希代のセンスを誇った天才だったおかげで、私たちは彼のなかにあった“美”の繊細さを今もなお忘れず、さまざまな名演を通じて味わうことができます。

 美食と芸術の中心地・フランス語圏ベルギーで生まれ、7歳にして技巧派協奏曲を弾き公衆を沸かせ、同国出身の名匠ド・ベリオに見出されてその芸術をみっちり叩き込まれた末、10 代の頃からパリで、ウィーンで、ライプツィヒで...と重要な音楽都市をことごとく席巻。ウィーンでは「シューベルトとブルックナーの師匠」ゼヒターに師事して作曲法も学んだほか、当時まだほとんど誰も注目していなかったベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲を弾いてその真価を知らしめるなど、若い頃から技巧一辺倒ではない活躍ぶりを示してきました。

 後年はロシアでもさかんに演奏活動を行い、同国の凄腕ピアニスト=作曲家ルビンシテイン、ベルギー人の“チェロのパガニーニ”F.セルヴェ、あるいはワーグナー、ベルリオーズ、リスト...といった大作曲家たちとも知遇を得、その優美をきわめた美音と確たる演奏は誰をも虜にせずにはおきませんでした。

 門下からはポーランドのヴィエニャフスキ、ハンガリーのフバイ、それにベルギーのイザイ...といった作曲家=名演奏家たちを輩出、彼らが演奏家としてもフランス語圏のみならずロシア方面にもフランコ・ベルギー派特有のヴァイオリン芸術を伝えていった末に、20 世紀のオイストラフやグリュミオーやボベスコといった伝説的名匠たちの歴史的録音の数々が生まれたといっても過言ではないでしょう。

 しかしヴュータンの名が今もなお埋もれずに残っているのは、彼ら門弟たちも好んで演奏した、一連の協奏曲作品ゆえのこと!

 19 世紀の名演奏家が自ら協奏曲を書くのは珍しくはなかったとはいえ、同時代の他の技巧派演奏家のそれと違ってヴュータンの作品が連綿と演奏されつづけてきたのは、それらがソロ部分の洗練はもちろん、オーケストラ部分の精緻さや作品構造の堅固さにいたるまで、シンフォニックな作品としても高い完成度を誇っているからではないでしょうか。

 その真価はやはり、同じフランス語圏――否、フランス語圏ベルギーのオーケストラでこそ“粋”の隅々まで生きるもの。

 創設50 周年を迎え正式に「王立」の名を冠するようになった伝統の楽団、リエージュ・フィルが信頼確かな旧・音楽監督のP.ダヴァンと世に送り出してくれた最新録音は、その美質を十二分すぎるほど強く印象づける感涙ものの名演の連続!

 サン=サーンスやフランクにも通じる、艶やかな繊細さと堅固な曲構造とが引き立てあう作風も“本場の響き”で匂いたつ、まさしく高雅な録音に仕上がっています。

 もうひとつ注目すべきは、7曲別々に選ばれたソリストたち――実は彼ら、ベルギーが世界に誇るエリザベート王妃国際コンクールでの元・入賞者で、キャリア上り調子の真っ只中(音盤シーンですでに活躍中のベルギー人奏者も何人か…)、さらに同コンクールに向けてヴュータンはベルギー人たちも魅了するほど弾き込んできた才人ばかり。

 現時点でこれ以上はまず望み得ない、最高のヴュータン全集なのです!

Trio Sonatas
ジョヴァンニ・マリア・ボノンチーニ(1642〜78):

 1. 『音楽の庭より、初物の果実さまざま』op.1より
  〜ソナタ第4・5・6・8番(1666)
 2. 『ソナタ・ダ・カメラとバッロ集』op.2より
  〜バレット第11番(1667)
 3. 『音楽の庭より果実さまざま、または2,3,4声の
  室内ソナタ集』op.3より〜ソナタ第17番(1669)
 4. 『3つまたは4つの楽器のための楽曲集』op.9より
  ソナタ第1・3・5・9番(1675)
ヘンリー・パーセル(1659〜95):
 5. 『12曲からなる3声のソナタ集』より
  ソナタ第1・2・6・9・11・12番(1682)
ヤープ・シュレーダー(バロック・ヴァイオリン)
アルカディア・プレイヤーズ (古楽器使用)
FUG514
\2800→\990

 ボノンチーニ、お父さんも負けてはいない。

 これだけ本気の演奏あればこそ、その事実は初めてちゃんと伝わるわけです。なにしろ演奏は大御所シュレーダー御大!!
 コレッリ登場の直前と直後で、同じイタリアと遠い英国に花開いたトリオ芸術の美を堪能!

 G.B.ボノンチーニの生まれたモデナという街は、実はコレッリが活躍したボローニャやローマと並ぶ、ヴィヴァルディらヴェネツィア楽派台頭以前のイタリア器楽のメッカのひとつ。彼はそこで稀代のヴァイオリン芸術家の息子として生まれ、華々しいキャリアを歩むわけですが、その父親のほうの作品は、演奏時間の短い曲ばかりのせいか、きちんと傾聴されうる録音になかなか恵まれず、むしろ南国ナポリの異才マッテイスのほうが同時代のヴァイオリン芸術家では有名かもしれません。

 しかし実はこの父ボノンチーニは、ウッチェリーニやストラデッラら「中期バロック」のイタリア器楽作家たちと、後期バロックの大家コレッリとの間をつなぐ貴重な世代の偉人で、コレッリに先駆けてトリオ・ソナタ形式を発展させた重要人物のひとり。彼やトレッリのおかげで、北西イタリアはナポリやヴェネツィアより数段先駆けた器楽先進地であり続けました。

 嬉しいことに、本盤の演奏者はレオンハルトやアルノンクールと古楽復興を盛り上げた大御所、J.シュレーダー!

 絹糸のようにきめ細かいガットの美音はまさに彼だけの境地、軽微に聞き流されかねない小品の細部に潜む和声や装飾の機微を、一つ残さず傾聴させてくれる至高の解釈に唸らざるを得ません!

 併録されたパーセルのトリオ群は、逆にコレッリ直後、その影響が理想的に昇華された作例・・・こちらも意外に録音されない穴場的レパートリーですが、英国的な“ふしぎさ”を押さえつつ、みごとイタリア風の鮮烈なコントラストも打ち出す周到さは圧巻!北米東海岸古楽界の粋を集めた絶妙の通奏低音陣とあいまって、しみじみ良いバロック・ヴァイオリン聴覚体験が詰まった1 枚――聴き逃す手はありません!


Mozart: Piano Sonatas Nos. 10, 17 and 18 ボヤン・ヴォデニチャロフ(fp/ヴァルター)
 モーツァルト:ピアノ・ソナタ集

 1. ピアノ・ソナタ 第10 番ハ長調 KV330(300h)
 2. ピアノ・ソナタ 第17 番変ロ長調 KV570
 3. ピアノ・ソナタ 第18 番ニ長調 KV576
 4. アダージョ ロ短調 KV540
ボヤン・ヴォデニチャロフ(fp/ヴァルター)
FUG538
\2800→\990

 寺神戸 亮のパートナーたる異色フォルテピアノ奏者のソロ、ついに現る!
 この泰然自若、さりげない弾き方でこそ、モーツァルト晩年の“枯淡の境地”は甦るもの――強烈一辺倒のソナタ解釈に物申す、ヴァルター・ピアノを最高に美しく鳴らした名演!!

 21 世紀に入ってからのモーツァルトのピアノ・ソナタ録音ときたら、ご存知シュタイアーを筆頭に、ファジル・サイ、ブリュノ・フォンテーヌ、はてはジークベルト・ランペまで...もう強烈にユニークな解釈ばかりが目立つところ。往年のバックハウスやケンプを懐かしむつもりではないですが、いったい“枯淡のモーツァルト”はどこへ行ってしまったのでしょう――

 鍵盤奏者たったひとりで語るピアノ・ソナタこそ、声高に自己主張せず静々と、音楽と楽器とをおのずから語らせてゆくような、自然体の弾き方が似合うのではないでしょうか?
 特に「楽器におのずから語らせる」ことがとりわけ強く要求される、18 世紀当時の扱いにくいフォルテピアノをあえて弾くような場合には...。

 寺神戸亮がモーツァルトのヴァイオリン・ソナタを録音するにあたってパートナーに選んだブルガリア系ベルギー人のフォルテピアノ奏者、ボヤン・ヴォデニチャロフがFuga Libera に録音してくれたモーツァルト独奏ソナタ集こそは、そうした渇を癒して余りある、ほんとうに美しく滋味深い解釈になっています。

 使用楽器モデルは、晩年のモーツァルトが愛奏していたことで知られるウィーンのヴァルター。
 弾き方ひとつで、現代ピアノのように粒の揃った音も、古いフォルテピアノらしい音域ごとニュアンスの違う音も奏でられるこの楽器をあざやかに操るヴォデニチャロフのタッチは、まさに魔術のよう――作曲家・ジャズ奏者としての顔も持つ人だけに、あえて立ちもどってきたモーツァルトの音世界に対する、いつくしむような敬意が隅々まで行きわたっているようです。


 現代ピアノ奏者がフォルテピアノを弾くときにありがちな、カツカツ鳴らしすぎるような弾き方とはまるで無縁、本職専門のフォルテピアノ奏者でも、ここまで自然体の響きをヴァルターから引き出すことは難しいのではないでしょうか。(KV570 の第1 楽章、第2主題が静々と入ってくるところの、なんてうつくしいこと!)

 ピリオド派も現代楽器派も、ビギナーも玄人も、この音楽性にぜひ触れてみていただきたいもの。
 特筆に価する、末長く愛聴したいモーツァルトです!
Sergey Rachmaninov - Variations and Piano Transcriptions
FUG 513
\2800→\990
ラフマニノフ:トランスクリプション集
 バッハの無伴奏VN・パルティータ第3番BWV.1006〜
  プレリュード,ガヴォット,ジーグ
 シューベルトの「美しき水車小屋の娘」?どこへ
 ビゼーの「アルルの女」第1組曲?メヌエット
 メンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」?スケルツォ
 ムソルグスキーの「ソロチンスクの市」?ゴパック
 チャイコフスキーの6つの歌?子守歌
 リムスキー=コルサコフの熊蜂の飛行
 クライスラーの愛の悲しみ,愛の喜び
 (以上、すべてラフマニノフ編)
 6つの歌 Op.48
 12の歌 Op.21
エカテリーナ・メシェーチナ(P)
 ピアノの王者、ラフマニノフの作品は多々あるが、その中で異彩を放っているのが、一連のトランスクリプション作品。古今の有名曲を手がけている。もちろん、単なる編曲ではなく、ラフマニノフらしく作り変えられているので、原曲がどう変貌しているのかという興味だけでなく、純粋に音楽としてもラフマニノフの濃厚な味が楽しめる。エカテリーナ・メシェーチナは1978年生まれのロシアのピアニスト。1980年代の終りから1990年代にかけて数多くのコンクールで入賞、2004年のアメリカ合衆国国際ピアノコンクールで優勝している。既に大変に完成されたピアニストで、世界中を飛び回っている。
 録音:2005年5月








FUG585
\2800→\1290
ひたすらに美しい室内楽・・・ドホナーニとペンデレツキの六重奏曲
 〜20世紀のふたつの時代、ふたつの「晩期」〜
 エルネー・ドホナーニ(1877〜1960):
  1) 六重奏曲(1935)〜クラリネット、ホルン、
  ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロとピアノのための
 クシシュトフ・ペンデレツキ(1933〜):
  2) 六重奏曲(2000)〜クラリネット、ホルン、
  ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロとピアノのための
アンサンブル・ケオプス
ムヒッディン・デュリュオイル(p)
グラフ・ムルジャ(vn)
リズ・ベルトー(va)
マリー・アランク(vc)
ロナルド・ヴァン・スパーンドンク(cl)
エルヴェ・ジュラン(hr)

 ロマン主義よ、永遠に。
 “20世紀”に怯えるのは筋違い、ひたすらに美しい室内楽のとびきりの作例をふたつ、お届けします。

 20世紀の前半と後半、申し分ない経験をたっぷり注ぎ込んで、ふたりの名匠が「なぜか同じ編成」で残した艶やかな名品を奏でる、超実力派たち。

 「20 世紀の音楽」と聞くと、ひょっとしてワケのわからないものを聴かされるのでは…という恐怖がよぎる人も少なくないかもしれませんが、それはとても勿体ないことです。「怖い現代音楽」は、すくなくとも20 世紀前半まではまったくの少数派だった…と言い切ってもたぶん大筋では全く間違っていないはず。

 考えてみてください。
 たとえば1930 年代。確かに新ウィーン楽派の実験も順調に進んでいましたし、ヴァレーズや初期メシアンもこの時期に活躍を始めてはいますが、彼らが当時どれほどの影響力をヨーロッパ音楽界に持っていたでしょうか?欧州楽壇の主流は依然、晩期ロマン派か新ザッハリヒ系かのせめぎあい。1930 年代はむしろ「フルトヴェングラーの、トスカニーニの、フラグスタートの、ハイフェッツの、ルービンシュタインの、あるいはヴォーン=ウィリアムズの、ラヴェルの“左手”の」時代だった、と考えた方が、ずっと視野は開けてくるはず。

 そしてよく考えてみると、20 世紀に「前衛」が流行ったのもまた、1950〜80 年代の僅かな期間にすぎなかったのでは?とも思えてきます。

 80 年代以降のジャンル越境系ミニマリズムの波とか、グレツキの交響曲やペルトの声楽曲に代表される“美”への回帰とか、世紀末には世情がすでに「わかりやすい音楽」に飢えはじめていたのですね。
 このアルバムを聴いていると、そんな「20 世紀=実はもうひとつのロマン主義の時代」がひしひしリアルに感じられてくると思います。
 かたやハンガリー出身、マーラーやレーガーと同じ時代にピアニスト=作曲家として充実したキャリアを歩んできた巨匠ドホナーニ(いわずもがな、大指揮者クリストフ・フォン・ドホナーニの祖父)。かたや超・前衛としてデビューしながら、しだいに深みあるネオ=ロマン主義へと回帰していったポーランドの異才ペンデレツキ。ふたりとも、晩年の作風は「経験豊かなロマン主義者」のそれにほかなりません。

 よいものを見分けるセンス抜群のプロデューサーが主宰するベルギーのFuga Libera からリリースされた本盤は、古楽も現代ものも、ソロも室内楽も大好きな名演奏家が多々活躍しているベルギーならではの贅沢なソリスト陣営による、二人の巨匠が晩年に残した、奇妙な組み合わせなのに偶然どちらも同じ楽器編成をとる六重奏曲。
 ピアノと弦楽三重奏に、クラリネットとホルンがひとつずつ。高音・低音に偏らず、音域の広いクラリネットがあざやか・艶やかに立ち回るそば、ホルンの響きが交響的な厚みと味わいを全体に与え、弦は細やかに、ピアノは巧みにアンサンブルと絡んでゆく。解釈も合わせも相当にむずかしい編成だと思うのですが、いやさすが本場の達人たち、録音経験豊富な連中だけあって、あまりの面白さにどんどん聴き進めてしまうこと必至。

 「充実した音楽鑑賞を」と思われるなら、本盤を見過ごす手はありません!


FUG589
\2800→\1290
ロレンツォ・ガット(ヴァイオリン)
 ボフスラフ・マルティヌー(1890〜1959):

 1. ヴァイオリン協奏曲第2番 H.293
 2. 交響曲 第1番 H.289
ロレンツォ・ガット(ヴァイオリン)
ヴァルター・ヴェラー指揮
ベルギー国立管弦楽団

 あまりに一面的に見過ごされたままの巨匠マルティヌー。鮮烈な解釈は、ベルギー発!
 アメリカは当時、真の意味で「新世界」だった。ヨーロッパのあらゆる国から人々が渡ってきた1940年代、マルティヌーの作風はさらなる充実へ。ウィーン・フィル出身の巨匠、絶妙のタクト。

 マルティヌー!
 このとてつもない多作な大家が妙に見過ごされているのは、同世代・同時代にとんでもない注目株があまりに多かったせいでしょうか、それともこの評価の低さは、祖国チェコの共産圏時代がもたらした不幸のひとつなのでしょうか...

 フランス五人組やプロコフィエフと同じ頃に生まれ、ストラヴィンスキーやバルトークやシェーンベルクが最前衛で華々しく活躍し、まだリヒャルト・シュトラウスも現役で名作オペラを続々世に送り出していた1920〜30 年代のパリ楽壇で頭角をあらわしたこのチェコ人作曲家は、おそらくヒンデミットやプフィッツナーやイベールやタンスマンといった同世代人たちのように、無意味に知名度を霞まされてしまった不遇な芸術家だったと言えます。

 そんな中、2004 年のレーベル発足以来丁寧な企画制作を続けているベルギーのFuga Libera レーベルでは、ウィーン・フィルの伝説的コンサートマスターとして知られたヴァルター・ヴェラーを音楽監督に擁するベルギー国立管弦楽団のパートナーシップを得て、この作曲家の音楽世界をたびたび丁寧に録音、その深い音楽世界へと誘い込んでくれています。

 チェコの関係者ではない、外国の人々がこれほどマルティヌーに入れ込んでいる、という点に注目。
 そう、この作曲家は第一次大戦後にパリに出てきて以来、チェコではなくフランスやアメリカやスイスを活動拠点にしてきた人物だったわけで、その作風は否みがたい祖国チェコとのつながりにも彩られていながら、同時に決してチェコだけに限定されないユニヴァーサルな魅力を宿しているのです。

 今回のアルバムもまた、そのことをありありと示してやみません。.ドイツのファシズムの影響がフランスに及びはじめ、九死に一生を得る脱出劇をへてマルティヌーがアメリカへと渡った後、ニューヨークで作曲されたヴァイオリン協奏曲と交響曲第1 番は、聴き手との共感よりも芸術的新境地をめざした前衛芸術を横目に、ヨーロッパ仕込みのシンフォニックな芸術作法に憧れを抱く人たちが支えていたアメリカの新作交響楽シーンに鮮やかな花を添えた2傑作!

 ヴァイオリン協奏曲では、さきにベルギー19 世紀の国民的巨匠ヴュータンのヴァイオリン協奏曲全集(FUG575)でも大活躍した同国屈指の俊才ロレンツォ・ガットが、ほれぼれするほど冴えわたる弓さばきで作品美をいやおうなしに引き立ててやみません。両曲とも新録音が滅多にないところ、この協奏曲録音だけでも聴く価値あります。


FUG594
\2800→\1890

ニキータ・ボリソ=グレプスキー〜スペイン交響曲
 指揮はデュメイ!
 ソナタの伴奏はジャン=フィリップ・コラール!

ラロ:スペイン交響曲、ソナタ第1 番、他
 〜19世紀フランス、異国情緒と巨匠の弦芸術〜


エドゥアール・ラロ(1823〜1892):
 1. スペイン交響曲 op.21
  〜ヴァイオリンと管弦楽のための
 2.ピアノとヴァイオリンのためのソナタ op.12
 3. アルルカン〜ユーモレスク風素描
 4. ギター op.28 〜ヴァイオリンとピアノのための
ニキータ・ボリソ=グレプスキー(vn)
オーギュスタン・デュメイ指揮
シンフォニア・ヴァルソヴィア
ジャン=フィリップ・コラール(p)

 新世代名手、続々育つのはもちろん...「上の世代」の溌剌とした若さにも驚かされる
 少数精鋭集団シンフォニア・ヴァルソヴィアが絶妙のサイズ感・一体感で織り上げる「スペイン交響曲」もさることながら、実は室内楽でも天賦の才を発揮したラロの秘曲ソナタを「この名手」で聴けるとは。

 フランス19 世紀ものの絶妙盤。

 ベルギー随一の小規模レーベルFuga Libera レーベルの面白さが印象的なかたちであらわれたアルバム。
 19 世紀フランコ=ベルギー派の大家ヴュータンのヴァイオリン協奏曲全集(FUG575・3枚組)にもソリストのひとりとして参加していた新世代の凄腕ヴァイオリン奏者ニキータ・ボリソ=グレプスキーが、この全編ラロ作品によるアルバムの主人公…でありながら、見れば見るほど共演陣の豪華さに驚かされる1枚なのです...

 選ばれている作品は、すべて19 世紀フランス楽壇をサン=サーンスやグノー、ビゼーらとともに代表する巨匠中の巨匠、ラロのものばかり。その点からして、すでにありそうでなかなかない企画ですね。
 当盤でも演奏されている、最も有名な『スペイン交響曲』という名のヴァイオリン協奏曲を別にしてしまうと、あとはせいぜいチェロ協奏曲と数曲の歌くらいしか知られていないのがラロとはいえ、19 世紀当時のフランスにおけるその存在感は絶大。だからこそ今にいたるまで「巨匠」との認識が続いているわけですが、その生涯をあらためて振り返る解説にも本盤は大きな存在意義があるところ、よく見れば演奏陣はなんて豪華。

 なにしろEMI レーベル黄金期にフランスものの名盤を続々と出してきた名匠、ジャン=フィリップ・コラールがプレイヤーとして登場しているのです。
 収録曲メイン1曲とアンコール的に収録されている小品2曲は、ボリソ=グレプスキーとコラールとの二重奏。
 とくに注目すべきはヴァイオリンとピアノのためのソナタで、協奏曲やバレエ音楽・オペラなど、たまに話題になるのは管弦楽系の作品ばかりのラロが、実はフランスの室内楽の発展に大きく寄与した、室内楽作曲のセンスもずばぬけていたことをありありと示す充実の音楽内容を、このフランスを代表する大物ピアニストのひとりと若き凄腕奏者の共演で...というだけでも気持ちが高まるところ。
 さらにFuga Libera の常として、各楽器の音が明瞭にきわだつエンジニアリングの巧みさも頼もしく...とくに、この室内楽部分を担当したのはAlpha でも活躍している名技術者アリーヌ・ブロンディオ。

 しかし、メイン曲目である『スペイン交響曲』がまた素晴しい!!
 ご存知の通り“交響曲”とは言いながら事実上はヴァイオリン協奏曲で、スペイン出身の凄腕奏者サラサーテのために書かれたこの傑作中の傑作、豪奢なオーケストラの大音響と、それを向こうに回して全くひけをとらない存在感を発する超絶技巧のヴァイオリンの対比、変幻自在の異国情緒とロマン派らしい堅固なスケール感が痛快なのは常どおりですが、何より頼もしいのは、引き締まった小規模編成オーケストラが紡ぎ出す伸縮自在のしなやかな音作りが、独奏者ボリソ=ゴレプスキーの呼吸にぴたりと寄り添い、絶妙の一体感で音楽全体が続いてゆくところ。
 なんと巧みな指揮!・・・と思えば、指揮者は自らも世界的ヴァイオリン奏者としてやってきた名匠、オーギュスタン・デュメイではありませんか。
 シンフォニア・ヴァルソヴィアの手堅くも意気揚々とした結束力も比類ないところ、独奏者の師でもあるこの指揮者のタクト、改めて聴き深めるに足る魅力を放ってやみません。

 じっくり付き合いたい1枚でございます。



FUG599
\2800→\1290
ヴィラ=ロボス〜ギター協奏曲
 ヴィラ=ロボス(1887〜1959):
 1. ギターのための五つの前奏曲 W419(1940)
 2. ギター協奏曲 W502(1951)
 3. 感傷的な調べ W555(1958)
  〜ヴァイオリンと管弦楽のための
  (ベルナルト・フミェラジによるギター・ヴァイオリン・管弦楽版)
クシシュトフ・メルシンゲル(ギター)
アンドルー・ヘヴロン(ヴァイオリン)
ジョゼ・マリア・フロレンシオ指揮
セント・マーティン・アカデミー室内管弦楽団


 ヴィラ=ロボスのギター協奏曲――ほぼ同年の作のカステルヌオーヴォ=テデスコの五重奏曲と並んで「なぜか」新録音が出てこない傑作のひとつですが、本盤は世界に冠たるギター大国ポーランドからやってきた破格の若手・メルシンゲルのあまりの芸達者さに仰天させられるほど、名手セゴビアの独奏を想定していたためか超絶技巧的なフレーズも容赦なく繰り出されるソロ・パートを難なく、圧倒的な感性をつよく印象づけながら弾きこなしてしまう...そこへオーケストラは「あの」アカデミー室内管、マリナー時代から衰えることがないどころか、長年コンサートマスターをスペイン系奏者がつとめていたためかラテン系作曲家にも適性ばっちりだったことをあらためて痛感させてくれる腕前確か&ヴィヴィッドな“のめりこみ”具合で、20 世紀に冠たるこの傑作協奏曲の味わいをみずみずしく伝えてくれるのです!ちょっとかけただけでもドキドキしてくるこの仕上がり、もう試聴機に入れるしかない!といった感じで...シメの曲では少し前、エリザベート王妃国際コンクールで大いに株をあげた俊才へヴロンが絶妙なヴァイオリンの歌を聴かせて加わり、隅々まで南国芸術の魅力たっぷり、まったくあぶなげないどころか、ノリ過ぎ注意で聴いている側がむしろあぶないくらい――いや、いい1枚です。
 クラシック・ギター界は20 世紀の末頃から旧・共産圏の圧倒的な名手というのがとみに存在感を強くしつつあって、なかでもポーランドは弊社扱のアイテムだけでもクシシュトフ・ペウェフ、グジェゴシュ&アンジェイ・クラヴィエツ兄弟など、「異能」というほかない破格の若手が続々出てきている状況(ピアノや弦の世界でのポーランド人奏者たちの芸達者ぶりを思えば、さすが音楽大国の面目や駆除!ということなのでしょうが)。


FUG741
\2800→\1290
背徳の詩人たちと、フランス近代歌曲
 シャミナード:‘鷽佑粒攣 異教の踊り
 ラヴェル:B腓い覆觜い眠り
 デュポン:いびえた人々 タ心深く
 ポルドフスキ:Σ里量
 デュパルク:О筝 ┘ャロップ
 サン=サーンス:夕暮れどきのヴァイオリン 死の舞踏 旋回(ペルシャの調べ)
 ダンディ:恋神と髑髏
 ショーソン:はてしない歌
 エネスコ:砂漠
 オリーヴ:とほうもないタンゴ
   ※曲順は´↓きΝЛキ┃
サラ・ローラン(コントラルト)
マチェイ・ピクルスキ(ピアノ)
エルメス四重奏団(弦楽四重奏)
オメール・ブーシェ(ヴァイオリン独奏)

 静かに爛熟してゆく、19世紀の都市文化、芸術…フランス歌曲が最も艶やかだった頃――弦と、ピアノと。
 フランス歌曲というと、ショーソンやドビュッシー、フォーレらの19世紀末から20世紀初頭にかけての名品の数々が思いうかぶところ――瀟洒で薫り高いそのフランスならではの「美」は、それを成り立たしめる、いわば「桜の木の下に埋まった屍」のような「影」の側面あればこそ、成り立っていたのかもしれません。急速な都市化が進むなか、心満たされぬまま取り残されていった人々の心の綾を、19世紀フランスの詩人たちはたくみにすくいとり、独特の美しい言語芸術を織り上げた...それらが作曲家たちによって絶妙の歌曲の歌詞として愛されるようになっていったのが、まさに19世紀末。
 こうした歌はやはり、時として男声のおもむきも感じさせる、影と艶とを兼ね備えた低い女声で聴きたくなるもの。
 欧州歌劇界でもフランス近現代作品を中心に注目を集めているサラ・ローランが、気合十分、かねてから深く愛してきた世紀末的フランス歌曲の世界を、たくみなピアニズムで応えるピクルスキの伴奏、しなやかな退廃情緒を描きだす女性集団エルメス四重奏団の艶やかなサポートとともに満喫できる喜び!夏を涼しく、芸術の秋や冬の深まりにも寄り添ってくれそうな充実盤です。



FUG711
\2800→\1290
ブロッホとペルト 神秘の詩
 〜ヴァイオリンとピアノのための、二つのソナタと二つの小品〜

 エルンスト・ブロッホ(1885〜1977):
  .凜.ぅリンとピアノのためのソナタ第2番「神秘の詩」(1924)
  ▲凜.ぅリンとピアノのための「ニグン」(即興歌)〜
   『神の名の師正しきユダヤの暮らし』(1923)より
  ヴァイオリンとピアノのためのソナタ 第1番(1920)
 アルヴォ・ペルト(1935〜):
  ぅ侫薀肇譽 〜ヴァイオリンとピアノ版(1980)
エルサ・グレテール(ヴァイオリン)
フェレンツ・ヴィズィ(ピアノ)
 仏Diapason誌 5ポイント満点!

 静かな瞑想から高雅な技巧性まで、ユダヤのヴァイオリンと、北欧の至宝…
 誰もが知りたい作曲家のこと、そして誰もが愛してやまない自然派作曲家のこと――

 フランスの室内楽シーンに、次々現れる超実力派たちぱじっくり聴き究めたい至高の室内楽。
 「中欧」という言葉がさす範囲というのは意外と広いようで、なんとなく「東ヨーロッパの西寄り」のあたりをさすものかと思いきや、場合によってはドイツやスイスも中欧として扱われることもあるようで...ためしにネットの辞書をひいてみても「ドイツ、ハンガリー、オーストリア、スイスなどを含む地域」と意外な定義がされてました。

 そう考えると、ドイツとスイスで活躍したユダヤ系作曲家であるブロッホという人は、その音楽から感じられる中欧っぽさそのまま、正真正銘まさしく中欧の作曲家だった...ということになるのでしょう。この作曲家、ユーディ・メニューインやミシャ・マイスキーらをはじめとする20 世紀の大レーベル録音型スーパープレイヤーたちも折々しっかりした録音を残してきたのに(とくに、チェロ独奏のための「シェロモ」)、なにぶんユダヤ人の生活に密着した作品が多いためか、その生活感覚とは無縁の世界で生きている人々には意外と「ひとりの作曲家」としての存在感が強く認識されていないきらいが――

 しかしどうでしょう、メニューインの録音したヴァイオリン協奏曲やマイスキーの「シェロモ」など、この作曲家に興味を抱かせるに十分すぎる名録音はすでに、比較的入手しやすいところでも多々あったはずぱそうした「ブロッホとは誰か?」というもやもやした疑問を痛烈に晴らしてくれ、艶やかな神秘性と“中欧らしい”土臭さの感じられる激しさとのあいだで絶妙のバランスをとってみせる、この作曲家のすばらしい芸術性を広く印象づけてやまない新名盤を、Fuga Libera が世に送り出してくれましたぱ弾き手はエルサ・グレテール、ドイツを目と鼻の先に望むアルザス地方出身のフランス人奏者――パリ音楽院、インディアナ大学、ボストンのニューイングランド音楽院と熾烈な競争社会で腕を磨いてきた彼女はなんと、満を持してのファーストアルバムに、自ら強く望んでブロッホとペルトの作品を選んだのですぱブロッホはユダヤ系作曲家だけあってヴァイオリンの名品が多いところ、意外にも録音がめったになされない2曲のソナタを軸に、アンコールピースとして非常にひろく演奏されている「ニグン」をはさむバランスのよい選曲。

 2編のソナタはかたや単一楽章の玄妙な「神秘の詩」(それがそのままアルバムタイトルに使われています――いかにも、この名前と作曲年(イザイの無伴奏ソナタとほぼ同時期ぱ)が示す通りの、艶やかな名品ぱ)、かたや堅固な3楽章形式、民俗的な精悍さと濃密な情感表現を、ただ激情にまかせず高雅に、えもいわれぬ美音でまとめた名演には息をのむばかりぱ他方、「神秘の詩という言葉はこの曲にもぴったり」と彼女が自ら解説に寄せた言葉でも書いているのが、数少ない「CD が売れる作曲家」ペルトの代表作「フラトレス」ぱ長めの小品ですが、その瞑想的雰囲気はグレテールのしっとりとしていて端正な演奏にぴたりと寄り添うかのよう、まるで彼女のために書かれたかのような確かさで心に迫ってきます。ルーマニアの俊才ソリストF.ヴィズィの的確な自己主張も痛快、きわめて充実した室内楽盤に仕上がっています。






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