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<グッディーズ・オリジナル>
ダイレクト・トランスファー CD−R
その4  最新新譜
1CD−R¥1429+税


 グッディーズ・オリジナル・ダイレクト・トランスファーCD−R。予想通りのすごい反響。その生々しさはやはりただものではなかった。
 グッディーズは東京にあるクラシック専門のCDショップなのだが、ここが自社製作しているSPレコードの復刻CD-Rの評判がすこぶる良い。東京在住のお客様からときどき「グッディ−ズのCD-R扱わないんですか?いいですよ。」と言われるてきた。
 ということで「グッディーズ・オリジナル ダイレクト・トランスファー CD−Rシリーズ。」
 ご覧のように誰もが知る名盤中の名盤から、知る人ぞ知るレアな演奏家の貴重録音まで、実に多彩。お手持ちの復刻版との比較を楽しんでもよし、ようやくの再会にむねをときめかしてもよし。
 なお編集を一切行っていないため、盤が変わる間には空白が入る。これこそがSPの醍醐味か。

 これ以前の旧譜はこちらをどうぞ。その1 その2 その3

グッディーズより

●SPレコード本来の音を追求したダイレクト・トランスファー CD-R
 SPレコードの真の音は残念ながら、これまで市販された復刻CDではなかなか聴くことができません。それはSPレコードの音ミゾに刻まれた音声信号を拾い出すプロセスで、重要な情報が失われているからです。このCD-Rシリーズは復刻プロセスを最短にしてSPレコードのありのままをお届けするダイレクト・トランスファーです。LPとは比較にならない強大な音響勢力を持つSPレコードのために、専用のカスタムメイド真空管式フォノイコライザをの使用しています。またノイズ除去と共に失われる音楽情報に最も気を配り、一切のノイズリダクションを排除してあります。従来のSP復刻CDよりノイズの量は多くなりますが、ノイズの奥に演奏者の確かな息づかいが聴き取れます。プレスCDより音の鮮度の点で優位と判断し、CD-Rを採用しました。
 収録はSPレコード3枚から5枚の初発売時のアルバム単位を基本としています。また、録音時に原盤に混入したノイズが大きく再生されることもございますが、一切修正をしておりません。ケースには録音データ(オリジナル・レコード番号、マトリクス番号、テイク、録音年月日等)を記載してありますが、曲目解説はありません。ジャケット等の仕様は簡素なものです。

■ご注意
 編集作業を一切行っておりませんので、曲はつながっていません。1トラックはSP盤片面分となります。
 トラック間の空白部分は統一されていません。
 リードアウト部分の短い盤は、終わりの部分のノイズが入る場合があります。
 一部のCDプレーヤーにおいて、ディスクの最終トラックの音楽が終了した後で無音部分が終了する際に、デジタル信号が切れることによるノイズが発生する場合がございますが、ご了承下さい。


<2018/7/27紹介新譜>
78CDR-3732
¥1429+税
ブラームス:交響曲第2番ニ長調作品73
 独 TELEFUNKEN SK3075/9
 1940年4月9日アムステルダム録音
ウィレム・メンゲルベルグ指揮
アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団
 ウィレム・メンゲルベルグ(1871-1951)はオランダの大指揮者。1895年24歳でアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席指揮者に就任した。さらに1921年-30年にはニューヨーク・フィルハーモニ-交響楽団の首席指揮者を兼任、レコード録音は機械式録音時代と電気録音時代のニューヨーク録音は米VICTOR、電気録音初期のコンセルトヘボウとの録音は英COLUMBIAと独ODEON に、電気録音の完成期には独TELEFUNKENに行った。またコンセルトヘボウとのライヴ放送録音はLP時代になって蘭PHILIPS から発売された。この録音は第2次世界大戦突入直後のもので、SPレコードの盤質が悪くヒズミが多いが貴重な演奏のために本シリーズに組み入れた。
 
78CDR-3733
¥1429+税
ブラームス:交響曲第3番ヘ長調作品90
 米 VICTOR 12022/5
  (英 HIS MASTER'S VOICE DB2933/6と同一録音)
 1936年5月18-19日ウィーン、ムジークフェライン録音
ブルーノ・ワルター指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 ブルーノ・ワルター(1876-1962)はドイツ出身の大指揮者。ベルリンのシュテルン音楽院を卒業後ピアニストとしてデビュー、後に指揮者に転向した。1894年ハンブルグ歌劇場の指揮者だった時、音楽監督だったグスタフ・マーラー(1860-1911)と出会い交友を深めた。その後ウィーン国立歌劇場、バイエルン国立歌劇場、ベルリン市立歌劇場、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団などの楽長、音楽監督を歴任、またウィーン・フィルハーモニーやベルリン・フィルハーモニーも指揮した。1938年オーストリアがナチス・ドイツに併合されると、迫害を避けてアメリカに逃れた。この録音はウィーンのムジークフェライン大ホールで録音されたもので、美しい残響を伴ったオーケストラの音色が名演奏に花を添えている。復刻にはSPレコード特有のノイズが少ない米VICTOR盤を使用した。
 
78CDR-3734
¥1429+税
ベートーヴェン:「魔笛」の主題による7つの変奏曲変ホ長調 WoO.46
 仏 DISQUE "GRAMOPHONE" DA915/6
 1927年6月21日ロンドン、クイーンズ・ホール(大ホール)録音
アルフレッド・コルトー(ピアノ)
パブロ・カザルス(チェロ)
 ピアノのアルフレッド・コルトー(1877-1962)とヴァイオリンのジャック・ティボー(1880-1953)とチェロのパブロ・カザルス(1876-1973)のトリオによる録音は1926年7月-1928年12月の2年間にイギリスのHMVによってなされた。録音順に記すと、1.シューベルト:ピアノ三重奏曲第1番 78CDR-3131(1926年7月5-6 日)、2.ハイドン:ピアノ三重奏曲ト長調 78CDR-3199(1927年6月20日)、3.メンデルスゾーン:ピアノ三重奏曲第1番 78CDR-3723(1927年6月20-21日)、4.シューマン:ピアノ三重奏曲ニ短調 78CDR-3728(1928年11月15 & 18日、12月3日)、5.ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲「大公」78CDR-3009 & 78CDR-3157(1928年11月19日& 12月3日)。このベートーヴェンはトリオ録音の2年目のハイドンとメンデルスゾーンのセッション時にコルトーとカザルスの二人で行われた。

 

 

 

<2018/6/13紹介新譜>
78CDR-3729
¥1429+税
ベートーヴェン:
 交響曲第4番変ロ長調作品60
 「アテネの廃墟」作品113-序曲
  英 HIS MASTER'S VOICE D1725/8
  1929年7月4日バルセロナ、オリンピア劇場録音
パブロ・カザルス指揮
バルセロナ・パブロ・カザルス交響楽団
 チェロ奏者パブロ・カザルス(1876-1973)のレコード録音は1915年-25年の機械式録音時代にアメリカCOLUMBIAに約60面、アメリカVICTORに2面が残されている。
カザルスがピアノのアルフレッド・コルトー(1877-1962)とヴァイオリンのジャック・ティボー(1880-1953)と入れたトリオの録音は1926年12月-1928年12月の2年間にイギリスのHMVによってなされた。ハイドン:ピアノ三重奏曲ト長調(HMVDA895/6=78CDR-3199)、ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲「大公」(HMV DB1223/7=78CDR-3009)、シューベルト:ピアノ三重奏曲第1番(HMV DB947/50=78CDR-3131)、メンデルスゾーン:ピアノ三重奏曲第1番(HMV DB1072/5=78CDR-3723)、シューマン:ピアノ三重奏曲ニ短調(HMV DB1209/12=78CDR-3728)がその全貌である。トリオに続いてティボーとカザルスはコルトーの指揮でブラームス:ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲を録音した(HMV DB1311/4, 1929年5月10-11日バルセロナ録音)。この頃HMVにはカザルスを指揮者として起用する動きがあり、最初はロンドン交響楽団とブラームス:ハイドンの主題による変奏曲(HMV DB1131/4,1927年12月と28年3月録音)だった。そしてバルセロナにカザルスのためのオーケストラが作られると、1929年7月にこのベートーヴェン:交響曲第4番と交響曲第1番(HMV D1729/31)が録音された。これらはあまり知られていない指揮者カザルスのSPレコードである。名演奏。
 
78CDR-3730
¥1429+税
ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調作品67「運命」
 独 GRAMMOPHON 66814/7
 1928年録音
リヒャルト・シュトラウス指揮
ベルリン国立歌劇場管弦楽団
 リヒャルト・シュトラウス(1864-1949)はドイツのミュンヘン生まれ。作曲家としてよく知られているが、指揮者としても活躍した。電気録音初期にはモーツァルト:交響曲第39番、第40番、第41番「ジュピター」に加えてベートーヴェン:交響曲第5番「運命」と第7番があった。米BRUNSWICKが開発した "ライトレイ"方式の電気録音を採用した独GRAMMOPHONはこの方式でフルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルの「運命」(GRAMMOPHON 69855/9)を1926年に録音した。機械式録音とあまり変わらない音で評判はいまいちだった。ドイツ本国ではすぐに廃盤になり、その代わりに登場したのがこのリヒャルト・シュトラウス指揮の「運命」だった。切れ込みの良い鮮やかな音質で精気あふれるシュトラウスの演奏に今日聴いても心を打たれる。ドイツ本国ではすぐに廃盤になったフルトヴェングラーの「運命」だが日本ではHMV による「運命」の新録音(HMV DB3328/32S=78CDR-3521)が登場した1930年代半ば過ぎまでポリドール社のカタログに残っていた。
 
78CDR-3731
¥1429+税
ベートーヴェン:交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」
 英 HIS MASTER'S VOICE D1473/7(U.K.)
 1928年4月録音
フランツ・シャルク指揮
ウィーン・フルハーモニー管弦楽団
 フランツ・シャルク(1863-1931)はウィーン生まれ。1903、1905-1908年にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(創立1842年)の常任指揮者をつとめた。この地位はグスタフ・マーラー(1898-1901)、ヨーゼフ・ヘルメスベルガー(1901-1903)を継いだもので、同時期にカール・ムック(1904-1906)、フェリックス・モットル(1904-1907)、リヒャルト・シュトラス(1906-1908)も常任指揮者だった。シャルクはベートーヴェンの交響曲3曲を電気録音最初期にHMVに残した。この「田園」の他に交響曲第5番「運命」(HMV C2022/5,1929年10月録音)、交響曲第8番(HMV D1481/3,1928年4月録音)がある。この時代のウィーン・フィルはコンサート・マスターにアルノルト・ロゼー(1863-1964)が居た時代(在任:1881-1931)でシャルクの指揮するこれらの古いSPレコードからも他のオーケストラとは違った音の香りがする。この独特な音色を是非聴き取ってほしい。

 

 


5/23紹介新譜

78CDR-3723
¥1429+税
メンデルスゾーン:ピアノ三重奏曲第1番ニ短調作品49
 英 HIS MASTER' VOICE DB1072/5
 1927年6月20-21日ロンドン、クイーンズ・ホール(大ホール)録音
アルフレッド・コルトー(ピアノ)
ジャック・ティボー(ヴァイオリン)
パブロ・カザルス(チェロ)
 この3人の中の最年長者パブロ・カザルス(1876-1973)の名を冠したカザルス・トリオは1905年頃から活動をはじめた。アルフレッド・コルトー(1877-1962)のもとにカザルスとジャック・ティボー(1880-1953)が集まって自然発生的に生ま
れた室内楽グループでクラシック史上最高の顔合わせ。このトリオのレコード録音が始まった時点まで約20年の歳月をかけて音楽を熟成させた。3人の奏でるすべての音、すべてのフレーズが聴き手に感動をあたえる。
 
78CDR-3724
¥1429+税
ワルテル・ストララムの芸術
ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
ラヴェル: 道化師の朝の歌- "鏡" より
イベール:寄港地 - 3つの交響的絵画(強音で音ワレあり)
 仏COLUMBIA LFX30 1930年2月24日録音
 仏COLUMBIA LFX185 1930年3月30日録音
 仏COLUMBIA LFX17/18 1930年1月23日録音
ワルテル・ストララム指揮
ストララム管弦楽団
 指揮者のワルテル・ストララム(1876-1933)は、1925年パリの数あるオーケストラの中から優れた人材を選んでコンセール・ストララム管弦楽団を組織した。その目的は当時の作曲家が書いた作品を最上の演奏で世に知らせることだった。
 中でも作曲家モーリス・ラヴェル(1875-1937)の「ボレロ」(1928)の初演はよく知られている。オーケストラはコンサート・マスターにマルセル・ダリュー(1891-1989)、フルートにマルセル・モイーズ(1889-1984)、ハープにリリー・ラスキーヌ(1893-1988)らの超一流演奏家が加わっていた。これらの録音でも各所にそのソロが聴ける。特に第1曲のドビュッシー:牧神の午後への前奏曲のモイーズのフルート・ソロとラスキーヌのハープは注目。オーケストラの内部を浮き彫りにする鮮烈な演奏に耳を傾けられたい。
 
78CDR-3725
¥1429+税
ブラームス:交響曲第3番ヘ長調作品90
 英 DECCA K1448/52
 1946年3月20、22-23日ロンドン、
  ウォルサムストウ・アセンブリー・ホール録音
エドゥアルト・ファン・ベイヌム指揮
ロンドン・フルハーモニー管弦楽団
 ファン・ベイヌム指揮ロンドン・フィルの英デッカへの初録音。エドゥアルト・ファン・ベイヌム(1900-1959)はアムステルダム音楽院出身のオランダの指揮者。1929年にアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団にデビュー。1931年にウィレム・メンゲルベルク(1871-1951)の率いる同楽団の次席指揮者になり、1938年からはメンゲルベルクと共に首席指揮者となった。大戦後の1945年、メンゲルベルクの後任としてコンセルトヘボウ管弦楽団の音楽監督兼終身指揮者に就任した。その頃コンセルトヘボウ管弦楽団のロンドン公演が大成功し、英デッカに録音を開始した。1949年から1951年にロンドン・フィルの首席指揮者、1956年から1958年にロサンジェルス・フィルの首席指揮者をつとめたが、1959年の4月13日アムステルダムでブラームス: 交響曲第1番リハーサル中に心臓発作で倒れ死去した。享年57歳。録音はSPレコードからモノラルLP時代の英デッカ、モノラルLPからステレオLPはオランダ・フィリップスに多く残した。
 
78CDR-3726
\1429+税
MGM 映画「愛の調べ」(1947) より
 献呈 作品25-1(シューマン=リスト編)
 トロイメライ(夢)作品15-7(シューマン)
 ワルツ変イ長調作品39-15(ブラームス)
 子守歌(ブラームス)
 アラベスクハ長調作品18(シューマン)
 謝肉祭作品9(シューマン)から
  米 MGM 30026/29(Set 6A) (1947年録音)
メナヘム・プレスラー(ピアノ)
 1923年12月16日生まれのピアニスト、メナヘム・プレスラーの初録音。プレスラーはドイツのマグデブルグ生まれ。
 1939年ナチスの迫害を逃れパレスチナに家族と共に移住した。祖父母、叔父、叔母、いとこ等はすべてナチスの強制収容所で死亡した。1946年サンフランシスコで開かれたドビュシー国際ピアノ・コンクールで一等賞を得た。この録音はその翌年のものでこのピアニストの初レコード。録音時プレスラーは18歳だった。1955年のバークシャー音楽祭でボザール・トリオのピアニストとてしデビュー。50年以上このトリオのピアニストとして活躍後、2014年の90歳でベルリン・フィルの演奏会でソロ・デビューし現在もソロ・ピアニストとして活躍中。映画「愛の調べ」は1947年に製作された。クララ・シューマンと夫のロベルトの出会いから結婚生活を描いたもので、クラレンス・ブラウン監督、クララ・シューマン役にキャサリン・ヘプバーン、ロベルト・シューマン役にポール・ヘンリード、ブラームス役にロバート・ウォーカーが出演し日本では1949年に公開された。映画公開当時ピアノはアルトゥール・ルービンシュタインによるものとされていた。
 
78CDR-3727
\1429+税
モーツァルト:クラリネット協奏曲イ長調 K.622
シューマン:幻想小曲集作品73-1
 英HIS MASTER'S VOICE C3167/70
 1940年3月7日(モーツァルト)、3月29日(シューマン)、
  アビー・ロード第1スタジオ(モーツァルト)、
   第3スタジオ(シューマン)録音
レジナルド・ケル(クラリネット)
サー・マルコム・サージェント指揮
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(モーツァルト)
ジェラルド・ムーア(ピアノ)(シューマン)
 レジナルド・ケル(1908-1981)は英国のクラリネット奏者。王立音楽アカデミーでハイドン・ドレイパーに師事し、在学中からロイヤル・フィルハーモニー協会オーケストラの首席奏者をつとめ、卒業後ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団に移籍した。戦後の1948年アメリカに渡りコンサートやレコーディングのほかにベニー・グッドマン(1909-1988)やピーナッツ・ハッコー(1918-2003)にクラシック奏法を指導した。1958年に母国に帰り画家として余生を送った。指揮者のサー・マルコム・サージェント(1895-1967)は英国の指揮者。1939年ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団が創設されると客演指揮者として活躍した。
 これはその時期の録音。
 
78CDR-3728
\1429+税
シューマン:ピアノ三重奏曲ニ短調作品63
 英 HIS MASTER'S VOICE DB1209/12(U.K.)
 1928年11月15&18日、12月3日ロンドン、
  小クイーンズ・ホール、Cスタジオ録音
アルフレッド・コルトー(ピアノ)
ジャック・ティボー(ヴァイオリン)
パブロ・カザルス(チェロ)
 この3人は1905年頃からトリオとして活動をはじめた。アルフレッド・コルトー(1877-1962)のもとにパブロ・カザルス(1876-1973)とジャック・ティボー(1880-1953)が集まって自然発生的に生まれた室内楽グループで史上最高の顔合わせ。このトリオのレコード録音が始まった時点まで約20年の歳月をかけて音楽を熟成させた。3人の奏でるすべての音、すべてのフレーズが聴き手に感動をあたえる。このグループのすべての録音がこのシリーズで聴くことができる。





3/21紹介新譜
78CDR-3720
\1429+税
モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第4番ニ長調 K.218
 独 GRAMMOPHON 72323/4(VG盤)
 1952年11月3-4 日ミュンヘン、アメリカ・ハウス録音
ヨハンナ・マルツィ(ヴァイオリン)
オイゲン・ヨッフム指揮
バイエルン放送室内管弦楽団

 SPレコード末期にドイツ・グラモフォンが開発した78回転長時間収録VG盤からの復刻。ヨハンナ・マルツィ(1924-1979)はハンガリー生まれの女流ヴァイオリニスト。1934年10歳でブダペストのフランツ・リスト音楽院に入学、イェノ・フバイ(1858-1937)に師事した。13歳でデビューしたが、大戦のために活動を中断。1947年ジュネーヴ国際音楽コンクールに入賞しスイスに居をかまえた。1953年ロンドンでデビューした。この録音はロンドン・デビュー以前にドイツ・グラモフォンにいれたもの。このシリーズでモーツァルト:ヴァイオリン・ソナタK.376(78CDR-3208)が出ている。指揮者のオイゲン・ヨッフム(1902-1987)はバイエルン生まれ。1949年バイエルン放送交響楽団の創立に関わり、60年まで首席指揮者をつとめた。これはこの時期の録音。
78CDR-3721
\1429+税
J.S.バッハ:
 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第1番ト短調 BWV1001
  日本ビクター JD769/70
  1935年12月11日ロンドン、アビー・ロード EMI第3スタジオ録音
ヤッシャ・ハイフェッツ(ヴァイオリン)

 ハイフェッツが34歳の時に録音したJ.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリン・ソンタ第1番」。原録音は英国HIS MASTER'S VOICEだがカタログ番号がDB2721/2 として与えられたものの、何らかの理由で未発売に終わった。だが日本ビクターには原盤が送られてきたために、日本地域だけで発売された超稀少SPレコードからの復刻。ヤッシャ・ハイフェッツ(1901-1987)はロシア生まれのアメリカのヴァイオリニスト。ペテルブルグ音楽院でレオポルド・アウアー(1845-1939)に師事し10歳でデビューした。
 1917年16歳の時にロシア革命を逃れ一家はシベリア経由でアメリカに移住した。その途中日本に立ち寄った伝えられる。移住後少年ハイフェッツは一流演奏家として待遇された。その後青年期、壮年期から引退するまで世界最高のヴァイオリン奏者
として崇められた。ハイフェッツのレコードはLP期のものよりSP期のものが優れていることはあまり知られていない。SPレコードからの復刻はこのシリーズで多数出ている。
78CDR-3722
\1429+税
ショパン:4つのバラード
 米 VICTOR 7333/6
  (英 HIS MASTER'S VOICE DB1343/6と同一録音)
 1929年6月7日(作品23)& 3月11日(作品47, 作品38, 作品47)
  ロンドン、小クイーンズ・ホール録音
アルフレッド・コルトー(ピアノ)

 アルフレッド・コルトー(1887-1962)は20世紀最高のフランスのピアニスト。1892年5歳でパリ音楽院のルイ・ディエメール(1843-1919)のクラスに入り1896年9歳で一等賞を得て卒業。1906年にヴァイオリンのジャック・ティボー(1880-1953)とチェロのパブロ・カザルス(1876)とトリオを組んだ。1917年にパリ音楽院教授、1919年にパリにエコール・ノルマル音楽学校を設立した。コルトーはショパンの4つのバラードを生涯に3回録音していて、これはその最初の録音。1933年の第2回の録音はこのシリーズの78CDR-3223で出ている。比較試聴は興味あるところ。



2/8紹介新譜
33CDR-3717
\1429+税
ベートーヴェン:
 交響曲第8番ヘ長調作品92
 交響曲第4番変ロ長調作品60
  日READER'S DIGEST RBS 6A(第8番)&
   RBS 3A(第4番)(ステレオ)
  1961年4月14日(第8番)&5月30-31日(第4番)
   ロンドン、ウォルサムストウ・タウン・ホール録音
ルネ・レイボヴィツ指揮
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
 
33CDR-3718
\1429+税
ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調作品125
 日READER'S DIGEST RBS 6B&7(ステレオ)
 1961年6月3、5&7日ロンドン、
  ウォルサムストウ・タウン・ホール録音
ルネ・レイボヴィツ指揮
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団&
 ビーチャム合唱団
インゲ・ボルク(ソプラノ)
ルート・スチュアート(コントラルト)
リチャード・ルイス(テノール)
ルートヴィヒ・ヴェーバー(バス)
 ルネ・レイボウィツ(1913-1972)はポーランドのワルソー生まれ。1926年に家族と共にパリに定住。1930-1933年にベルリンでアルノルト・シェーンベルク(1874-1951)に、ウィーンでアントン・ウェーベルン(1883-1945)について作曲法を師事した。さらにパリではオーケストレーション法をモーリス・ラヴェル(1875-1937)に、指揮法をピエール・モントゥー(1875-1964)に学んだ。1936年から指揮者としての活動を開始し、数年の内に名声を高めたが第2次大戦の勃発で指揮活動から退き、作曲や著作に専念するようになった。戦後になって再び指揮者として復帰した。
 これはステレオ期にリーダースダイジェスト社に録音されたもの。目が覚めるような指揮振りと録音はベートーヴェンが現代に蘇ったような印象を与える。今回発売のカップリングは録音順に並べてレイボウィッツがベートーヴェンの交響曲全曲を構築していく過程を再現することを試みた。
 
33CDR-3719
\1429+税
ラロ:スペイン交響曲作品21
 放送済ライブ音源
 1947年5月1日ニューヨーク、カーネギー・ホール録音
ジャック・ティボー(ヴァイオリン)
レオポルド・ストコフスキー指揮
ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団
 ジャック・ティボー(1880-1953)は20世紀前半に活躍したフランスの大ヴァイオリニスト。ボルドー出身で1893年からパリ音楽院のマルタン・マルシック(1848-1924)に師事し、1896年16歳で一等賞を得た。生活のためにパリのカフェ、コンセール・ルージュで弾いていたのを指揮者のエドゥアール・コロンヌ(1838-1910)に見いだされコロンヌ管弦楽団の楽員に採用された。そのときティボーの親友で後にパリ音楽院の教授になったジュール・ブーシュリ(1877-1963)もコロンヌの楽員になった。
 ティボーは1923年と1936年に来日、1953年の3度目の来日の途中、乗っていたエール・フランス機がアルプスの支峰スメ山に激突して死亡した。享年72歳。この録音は第2次世界大戦後ニューヨーク・フィルの演奏会にティーボーが登場した時の放送がアセテート盤に残されていたもの。数種類あるティボーの「スペイン交響曲」のライヴ録音の中で最も優れた演奏で再発の要望が大きかった。



1/26紹介新譜
33CDR-3714
\1429+税
ベートーヴェン:
 交響曲第7番イ長調作品92
 交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」
  日READER'S DIGEST RBS 5(第7番)& RBS 4(第6番)(ステレオ)
  1961年4月5-7日(第7番)&4月7-8日(第6番)
ルネ・レイボヴィツ指揮
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
 
33CDR-3715
\1429+税
ベートーヴェン:
 交響曲第2番ニ長調作品36
 交響曲第1番ハ長調作品21
  日READER'S DIGEST RBS 1(ステレオ)
  1961年4月10-11日(第2番)&4月10-12日
  ロンドン、ウォルサムストウ・タウン・ホール録音
ルネ・レイボヴィツ指揮
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
 
33CDR-3716
\1429+税
ベートーヴェン:
 交響曲第3番変ホ長調作品55「英雄」
 交響曲第5番ハ短調作品67
  日READER'S DIGEST RBS 2 & 3B(ステレオ)
  1961年4月10-12日(第3番)&4月12-13日
ルネ・レイボヴィツ指揮
ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団
 ルネ・レイボウィツ(1913-1972)はポーランドのワルソー生まれ。1926年に家族と共にパリに定住。1930-1933年にベルリンでアルノルト・シェーンベルク(1874-1951)に、ウィーンでアントン・ウェーベルン(1883-1945)について作曲法を師事した。さらにパリではオーケストレーション法をモーリス・ラヴェル(1875-1937)に、指揮法をピエール・モントゥー(1875-1964)に学んだ。1936年から指揮者としての活動を開始し、数年の内に名声を高めたが第2次大戦の勃発で指揮活動から退き、作曲や著作に専念するようになった。戦後になって再び指揮者として復帰した。これはステレオ期にリーダースダイジェスト社に録音されたもの。目が覚めるような指揮振りと録音はベートーヴェンが現代に蘇ったような印象を与える。
 今回発売のカップリングは録音順に並べてレイボウィッツがベートーヴェンの交響曲全曲を構築していく過程を再現することを試みた。



12/28紹介新譜
33CDR-3679
\1429+税
ジャン・マリー・ルクレール:フルート協奏曲ハ長調
ミシェル・コレット:弦楽合奏のための協奏曲変ロ長調
ジャック・オーベール:ヴァイオリン協奏曲ニ長調
ジャック・オーベール:ヴァイオリン協奏曲変ロ長調
 仏 CONTREPOINT MC 20.135(ステレオ)
 録音:1956年パリ
ロジェ・ブールダン(フルート)
ミシェル・ブーシノー(ヴァイオリン)
ローランス・ブーレ(クラヴサン)
ベルナール・ヴァル指揮
ヴェルサイユ室内オーケストラ
 フランスの女流ヴァイオリン奏者ミシェル・ブーシノー(1929-)が聴ける希少LPの復刻。ブーシノーはパリ音楽院で名教授ジュール・ブーシュリ(1878-1962)に師事し、1953年のロン=ティボー国際コンクールのヴァイオリン部門で入賞した。この年はコンクールの創設者のジャック・ティボー(1880-1953)が審査員をつとめた最後の年だった。ティボーは同年の9月に日本公演に向かう途中の航空機事故で73歳の命を落としたからだ。このコンクールの審査員のひとりだったダイヴィド・オイストラフ(1908-1974)はソ連政府を説得してブーシノーを助手にした。フルートのロジェ・ブールダン(1923-1976)はパリ音楽院のマルセル・モイーズ(1889-1984)のクラスで薫陶を得た名手。1943年からヴェルサイユ音楽院の教授に任命され生涯その地位にあった。クラヴサンのローランス・ブーレ(1925-2007)は女流奏者。ブーシノーはこのシリーズでヘンデル:ヴァイオリン・ソナタ第4番(78CDR-3029)が出ている。
 
33CDR-3680
\1429+税
J.S.バッハ:
 ヴァイオリン協奏曲第1番イ短調 BWV1041
 ヴァイオリン協奏曲第2番ホ長調 BWV1042
 2つのヴァイオリンのための協奏曲ニ短調 BWV1043
 2つのヴァイオリンのための協奏曲ハ短調 BWV1060
  仏 CLUB INTENATIONAL DU DISQUE 51/2(Mono)
  録音:1960年パリ
モニク・フラスカ=コロンビエール(ヴァイオリン)
(BWV1041, BWV1043, BWV1060)
リリアン・ガルニエール(ヴァイオリン)
(BWV1042, BWV1043, BWV1060)
ポール・キュンツ室内管弦楽団
  通常演奏されるヴァイオリン協奏曲3曲に、原曲はオーボエとヴァイオリンのための協奏曲の2つのヴァイオリンのための協奏曲 BWV1060(2台のハープシコードのための協奏曲 BWV1060の編曲もある)を加えたJ.S.バッハのヴァイオリン協奏曲全集。指揮者のポール・キュンツ(1930-)はフランスのミュルーズ生まれ。1947年から1950年までパリ音楽院で指揮法をウジェーヌ・ビゴー(1888-1965)に学んだ。1951年に若い音楽家を集めて、自分の名前を冠した室内管弦楽団を組織し指揮者としての活動を始めた。1956年にヴァイオリニストのモニク・フラスカ・コロンビエールと結婚した。もうひとりのヴァイオリン奏者リリアン・ガルニエールはRCAに小品集(LSC2646)などを録音している。
 
78CDR-3681
\1429+税
「不世出の名ソプラノ、マギー・テイト」
 アーン:私の詩に翼があったなら
 アーン:いみじき時
 デュパルク:旅への誘い
 ドビュッシー:手紙-歌劇「ペレアスとメリザンド」より
 ドビュッシー:君は知らない, なぜ僕が遠くへ行かなければならないのか
  -歌劇「ペレアスとメリザンド」より
 ドビュッシー:私の長い髪-歌劇「ペレアスとメリザンド」より
 ショーソン:終わりなき歌
 メサジェ:軽やかに、軽やかに-オペレッタ「ムッシュ・ボーケール」より
 アーン:さようなら-音楽喜劇「モーツァルト」より
 ドビュッシー:パンの笛-「ビリティスの3つの歌」より
 ラヴェル:シェエラザード
 ベルリオーズ:君なくて-夏の夜より
 フォーレ:夢の後に
マギー・テイト 
 マギー・テイト(1888-1976)はイングランド中部のウルバーハンプトン生まれ。
 パリでジャン・ド・レスケ(1850-1925)が創立した歌劇学校に入学した。教師の一人にレナルド・アーン(1874-1947)が居た。1908年にクロード・ドビュッシー(1862-1918)に認められ「ペレアスとメリザンド」のヒロイン役を歌い、初演歌手のメアリー・ガーデン(1874-1967)の後を継いだ。ここにはテイトの数々の名唱に加えてメアリー・ガーデンの歴史的演奏(ドビュッシーのピアノ伴奏による1904年録音)を加えた。
 
78CDR-3682
\1429+税
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第40番変ロ長調 K.454
 仏アンソロジー・ソノール 111/3
 録音:1942年2月23日パリ
アンリ・メルケル(ヴァイオリン)
ジャン・ユボー(ピアノ)
  ヴァイオリンのアンリ・メルケル(1897-1969)はパリ生まれ。パリ音楽院のギヨーム・レミー教授のクラスで1912年に一等賞を得た。パリ・オペラ座管弦楽団、コンセール・ラムルー管弦楽団のヴァイオリン奏者をつとめた後、1929年からパリ音楽院管弦楽団のコンサートマスターになり、その後ソリスト、室内楽奏者として活躍した。メルケルはこのシリーズで多数出ている。ピアノのジャン・ユボー(1917-1992)はパリ音楽院でラザール・レヴィ(1882-1964)に師事し、1930年13歳で一等賞を得た。このメルケルとのモーツァルト:ヴァイリン・ソナタ K.454の録音は発売当時非常に高く評価された。
 
78CDR-3683
\1429+税
ラザール・レヴィ日本録音集
 クープラン:
  ゆりの花ひらく、葦
 シューベルト:即興曲変イ長調作品142-2
 ラザール・レヴィ:ワルツ集(1)、ワルツ集(2)
 ショパン:
  マズルカ第2番嬰ハ短調作品6-2
  マズルカ第31番変イ長調作品50-2
 シューマン:
  夕べに
  夢のもつれ "幻想小曲集" Fantasiestucke, Op.12 より
   日本ビクター SD53/5 VICTOR SD-53/5(Japan)
   録音:1950年10月東京・築地ビクタースタジオ
ラザール・レヴィ(ピアノ)
 この録音は第2次世界大戦後、初めて来日した外国人アーティスト、ラザール・レヴィ(1882-1964)が日本ビクターに録音した1950年録音のSP盤復刻。レヴィはパリ音楽院でルイ・ディエメール(1843-1919)に師事し、1898年に一等賞を
得た。1914年からパリ音楽院教授をつとめ、1953年に退任したが、その間1916年から21年と1941年から44年に、ドイツ軍のパリ占領のため地下に潜伏した。
 レヴィの弟子には、クララ・ハスキル、 モニク・アース、イヴォンヌ・ロリオ他、日本人ピアニストの安川加壽子、原智恵子、井上二葉、田中希代子、遠藤郁子、他が居る。レヴィのレコード録音はたいへん少なく、この復刻の他にモーツァルト:幻想曲ハ短調K.475(1931年録音)はモーツァルト「伝説の録音」第2巻のCD23(飛鳥新社)に収録されている。
 
33CDR-3684
\1429+税
モーツァルト:
 ヴァイオリン協奏曲第5番イ長調 K.219
  シャルル・シルルニク(ヴァイオリン)
  ダニエル・シャブリュン指揮
  パリ・チェント・ソリ管弦楽団
 交響曲第10番ト長調 K.74
 交響曲ハ長調 K.96(111b)
  ベルンハルト・パウムガルトナー指揮
  ザルツブルク・モーツァルテウム室内管弦楽団
   英 THE RECORD SOCEIETY RS 35(モノ)
   録音: 1958年3月19日(協奏曲)、1956年10月15日(交響曲)
 
 シャルル・シルルニク(1923-2003)はパリ生まれのフランスのヴァイオリニスト。パリ音楽院でジュール・ブーシュリ(1877-1962)とマルセル・シャイエ(1881-1936)のクラスで学び1939年に一等賞を得た。このシリーズでベートーヴェンの協奏曲(33CDR-3615)が出ている。このモーツァルトは師ブーシュリが弾いた1906年機械式録音の第3楽章がこのシリーズ(78CDR-3065)で出ているが、シルルニクは師譲りの清楚な演奏を繰り広げていて素晴らしい。指揮者のダニエル・シャブリュン(1925-2006)はパリ音楽院で指揮法をルイ・フレスティエール(1892-1976)に学び1954年に一等賞を得た。交響曲を指揮するベルンハルト・パウムガルトナー(1887-1971)はウィーン生まれ。1917年から1959年までモーツァルテウム音楽院の学院長を、1959年から1971年までザルツブルグ音楽祭の総裁をつとめた。
 
33CDR-3685
\1429+税
ショーソン(モーリス・ブショール詞):
 愛と海の詩 作品19
  米 LONDON LL 1386(モノ)
  録音: 1955年5月9-10日ロンドン、キングズウェイ・ホール
イルマ・コラッシ(メゾ・ソプラノ)
ルイ・ド・フローマン指揮
ロンドン交響楽団
 イルマ・コラッシ(1918-2012)はギリシャのアテネ生まれ。14歳でアテネ音楽院の声楽科とピアノ科で一等賞を得たのち、ローマのサンタ・チーリア音楽院でさらに研鑽を積んだ。声楽とピアノの両方で優秀な成績をおさめたが、最終的に声楽を選んだ。第2次大戦中にアテネに戻りアテネ音楽院で教えた。そこでマリア・カラス(本名マリア・カロゲロプーロス)(1923-1977)を指導したことがある。1949年パリに行き、ラヴェルやフランス六人組作曲家の作品を歌い有名になった。1970年に現役を退き、パリのスコラ・カントルム音楽院で後進の指導にあたった。ルイ・ド・フローマン(1921-1994)はパリ音楽院でウジェーヌ・ビゴー(1888-1965)やアンドレ・クリュイタンス(1905-1967)に師事した。ニース放送局管弦楽団やルクセンブルク放送交響楽団の指揮者をつとめた。
 
78CDR-3686
\1429+税
ベートーヴェン:
 交響曲第6番ヘ長調作品68「田園」
  英 DECCA AK1824/8(ffrr 録音)
  録音:1948年2月24-25日&5月17日(AR 12039)
   ロンドン、キングズウェイ・ホール
エーリヒ・クライバー指揮
ロンドン交響楽団
 エーリヒ・クライバー(1890-1956)はウィーン出身の20世紀前半を代表する指揮者のひとり。指揮者のカルロス・クライバー(1930-2004)の父親。プラハ大学で歴史と哲学を学んだが、一方で指揮者への道を目指すようになった。プラハ音楽院で指揮法を学び、1911年に指揮者デビュー。1923年にベルリン国立歌劇場の音楽監督に就任した。ナチスの台頭でベルリンの職を辞し、1935年に妻と当時5歳のカルロスとアルゼンチンに移住した。1939年に市民権を取得し、ブエノスアイレスのテアトロ・コロンの首席指揮者に就任した。大戦後はヨーロッパに戻り、英国デッカの専属となり各地に客演指揮者として活躍した。このシリーズでパリ音楽院管弦楽団を1949年に指揮したチャイコフスキー:交響曲第4番(78CDR-3518)が出ている。
 
78CDR-3687
\1429+税
パガニーニ:
 ヴァイオリン協奏曲第1番ニ長調作品6
 魔女たちの踊り
クライスラー:
 レシタティーヴォとスケルツォ・カプリス
  録音:1947年12月16日(協奏曲)、
   12月18日(クライスラー)、1948年(魔女たちの踊り)
  仏ポリドール 566.242/4、仏ポリドール 566.307
ルッジェーロ・リッチ(ヴァイオリン)
ウジェーヌ・ビゴー指揮ラムルー管弦楽団
ルイ・パーシンガー(ピアノ)
 ルッジェーロ・リッチ(1918-2012)はアメリカのヴァイオリニスト。メニューインの師でもあったルイ・パーシンガー(1887-1966)に師事し、16歳のときサンフランシスコでデビューした。1930年代にベルリンでゲオルク・クーレンカンプ(1898-1949)の門下に入った。1942年から1945年まで米軍籍で慰問演奏に携わった。この録音は大戦後間もなくの1947年にパリで行われた。同じ時に録音されたサン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲第3番(33CDR-4330)も出ている。
 ウジェーヌ・ビゴー(1888-1965)はフランスの指揮者。1935年から1950年まで名門ラムルー管弦楽団の首席をつとめた。録音当時29歳だったリッチをフルサポートしてこの名演奏を実現したのはビゴーの力によるものと思う。
 
78CDR-3688
\1429+税
エマ・ボワネ/フランス・ピアノ曲集
 フォーレ:舟歌第5番嬰ヘ短調作品66
 ピエルネ:ワルツ形式のノクターン作品40-2
 セヴェラック:日光浴
 シャブリエ:ブーレ・ファンタスク、牧歌
 ドビュッシー:
  音と香りは夕べの大気のなかに漂う(前奏曲集第1集第4曲)
   EMMA BOYNET, piano 米 RCA VICTOR AM 549-1/10(Set)
   録音:1938年1月19&31日
エマ・ボワネ(ピアノ)
 エマ・ボワネ(1891-1971)はパリ音楽院のピアノ科の名教授イジドール・フィリップ(1863-1958)のクラスで一等賞を得た。ボワネはアメリカに移住し、演奏活動の傍らニューヨークのアメリカン・カレッジ・オブ・ミュージックで教鞭を取った。ボストン交響楽団の指揮者だったセルゲイ・クーセヴィツキー(1874-1951)はボワネのモーツァルトを聴いて "まるで天使が弾いているようだ" と絶賛し、ボストン交響楽団の演奏会にソリストとして何度も招いて共演した。
 
33CDR-3689
\1429+税
モーツァルト:
 ヴァイオリン・ソナタ第32番ヘ長調 K.376(374d)
 ヴァイオリン・ソナタ第25番ト長調 K.301(293a)
 ヴァイオリン・ソナタ第28番ホ短調 K.304(300c)
 ヴァイオリン・ソナタ第24番ハ長調 K.296
  米 COLUMBIA MS7064 (ステレオ)
  録音:1967年8月1日
ジョージ・セル(ピアノ)
ラファエル・ドルイアン(ヴァイオリン)
 ジョージ・セル(1897-1970)はハンガリー生まれ。ウィーンとライプツィヒで学び、10歳の時にピアニストとしてウィーン交響楽団の演奏会でデビュー、17歳でベルリン・フィルを指揮した。1930年から36年にはチェコ・フィルの音楽監督、1942年から46年にはニューヨークのメトロポリタン歌劇場の指揮者だった。
 1946年にアメリカ市民となり、46年から70年までクリーヴランド管弦楽団の音楽監督の地位にあった。ヴァイオリンのラファエル・ドルイアン(1922-2002)はロシアのヴォローダ生まれ、幼少の頃両親はキューバのハバナに移住した。ハバナ・フィルハーモニーの指揮者だったアマデオ・ロルダン(1900-1939)に最初の手ほどきを受け、さらにフィラデルフィアのカーティス音楽院でエフレム・ジンバリスト(1899-1985)のもとで研鑽を積んだ。1943年から46年の兵役後、指揮者のアンタル・ドラティ(1906-1988)からダラス交響楽団のコンサートマスターに指名され、1949年ドラティがミネアポリス交響楽団に移ったとき一緒にコンサートマスターとして移籍した。1960年にはジョージ・セルに乞われてクリーヴランド管弦楽団のコンサートマスターになった。このシリーズでシューベルト「大幻想曲」ほか(33CDR-3515)が出ている。
 
33CDR-3690
\1429+税
モーツァルト:
 ヴァイオリン・ソナタ第34番変ロ長調 K.378(317d)
  ルッジェーロ・リッチ(ヴァイオリン)
  グラウコ・ダッティーリ(ピアノ)
 ピアノ・ソナタ第10番ハ長調 K.330(300h)
 幻想曲ニ短調 K.397(385g) (4:53)
  エマ・ボワネ(ピアノ)
   米 VOX VLP 6400(U.S.)(モノ)
   1949年録音(原盤に起因する音ユレあり)
 
 ルッジェーロ・リッチ(1918-2012)はアメリカのヴァイオリニスト。名教師ルイ・パーシンガー(1887-1966)に師事し、16歳でサンフランシスコでデビューした。1930年代にベルリンでゲオルク・クーレンカンプ(1898-1948)の門下に入った。
 1942年から45年まで米軍籍で慰問演奏に携わった。ピアノのグラウコ・ダッティーリはローマ生まれ。テノール歌手ベニャミーノ・ジーリ(1890-1957)が1927年ニューヨークに連れてきて、ファースト・ピアノ四重奏団(1941年設立)のメンバーになり活躍し2007年に死去した。エマ・ボワネ(1891-1971)はパリ音楽院のピアノ科の名教授イジドール・フィリップ(1863-1958)のクラスで一等賞を得た。
 ボストン交響楽団の指揮者だったセルゲイ・クーセヴィツキー(1874-1951)はボワネのモーツァルトを聴いて "まるで天使が弾いているようだ" と絶賛し、ボストン交響楽団の演奏会にソリストとして何度も招いて共演した。ボワネはニューヨークのアメリカン・カレッジ・オブ・ミュージックで教鞭を取った。録音はSP時代米RCAに、初期LP時代には米VOXに残した。
 
78CDR-3691
\1429+税
モーツァルト:クラリネット五重奏曲イ長調 K.581
 英 COLUMBIA DX8206/8209
 録音:1945年2月5日ロンドン、アビー・ロード EMI第3スタジオ
レジナルド・ケル(クラリネット)
フィルハーモニア弦楽四重奏団
ヘンリー・ホルスト(第1ヴァイオリン)
アーネスト・エレメント(第2ヴァイオリン)
ハーバート・ダウンズ(ヴィオラ)
アンソニー・ピーニ(チェロ)
 レジナルド・ケル(1908-1981)は英国のクラリネット奏者。王立音楽アカデミーでハイドン・ドレイパーに師事し、在学中からロイヤルフィルハーモニー協会オーケストラの首席奏者をつとめ、卒業後ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団に移籍した。戦後の1948年にアメリカに渡りコンサートやレコーディングのほかベニー・グッドマン(1909-1988)やピーナッツ・ハッコー(1918-2003)らにクラシック奏法を指導した。1958年に母国に帰り晩年は画家として余生を送った。このシリーズでベートーヴェン「街の歌」(78CDR-3672)が出ている。フィルハーモニア弦楽四重奏団は1940年代初頭にできたイギリスの団体。リーダーのヘンリー・ホルスト(1899-没年不詳)は1923年から1931年までベルリン・フィルのコンサートマスターをつとめていた。ヴィオラのハーバート・ダウンズ(1909-2004)はポール・ビアードやカール・フレッシュ(1873-1944)に師事した。チェロのアンソニー・ピーニ(1902-1989)はソリストとしても活躍し録音も多くある。
 
78CDR-3692
\1429+税
モーツァルト:
 セレナード第11番変ホ長調 K.375
  (2本のオーボエ、2本のクラリネット、
   2本のホルン、2本のバスーンのための)
    米 RCA VICTOR 18174/6(Set DM826)
    録音:1941年5月27日
ミッチェル・ミラー&アルバート・ゴルツァー
 (オーボエ)
クラーク・ブロディ&シドニー・パワーズ
 (クラリネット)
エレン・ストーン&フリップ・パーマー
 (ホルン)
ハロルド・ゴルツァー&
 ルイ・マストロコーラ(バスーン)
ナショナル・オーケストラ・
 アソシエーション同窓会のメンバー
(リチャード・コーン監修)
 オーボエを吹いているミッチェル・ミラー(1911-2010)は後にミッチ・ミラーとしてアメリカのポップス業界を牛耳った大人物。ニューヨーク州ロチェスターに生まれ10代の頃オーボエを習い始め、名門のイーストマン音楽学校に進んだ。
 1932年に優秀な成績で卒業後オーボエ、イングリッシュ・ホルン奏者として活躍した。これはミッチ・ミラーが30歳の時のもので、演奏家として恐らく最初の録音と思われる。ここに登場する演奏家が所属していたナショナル・オーケストラ・アソシエーションは1930年に創立され、若い演奏家達の "トレーニング・スクール" だった。それは音楽学校を卒業したての若手ミュージシャンを既成のオーケストラに橋渡しをする機関でオーケストラメンバーの人たちが直面する演奏テクニックや音楽解釈上の問題を指導した。音楽監督は1930から1958年までレオン・バージン(1900-1999)、1958年以降はジョン・バーネット(1917-)がつとめた。このシリーズでロジーナ・レヴィーンの演奏するショパン: ピアノ協奏曲第1番(33CDR-3649)が出ている。
 
78CDR-3693
\1429+税
モーツァルト
 弦楽四重奏曲第15番ニ短調 K.421(417b)
 ハンガリー弦楽四重奏団
  英 HMV DB9106/8
  録音:1946年5月13-14日ロンドン、
   アビー・ロード EMI第3スタジオ
ゾルタン・セーケイ(第1ヴァイオリン)
アレクサンドル・モシュコフスキー
 (第2ヴァイオリン)
デーネシュ・コロムサイ(ヴィオラ)
ヴィルモシュ・パロタイ(チェロ)
 ハンガリー弦楽四重奏団は1935年にブダペストで結成され、1970年に解散した。
 メンバーの在籍期間は次の通り。第1ヴァイオリン:シャードル・ヴェーグ(1935)、ゾルタン・セーケイ(1935-70)。第2ヴァイオリン:ペーテル・セルヴァンスキー(1935)、シャーンドル・ヴェーグ(1935-1940)、アレクサンドル・モシュコフスキー(1940-59)、マイケル・カットナー(1959-70)。ヴィオラ:デーネシュ・コロムサイ(1935-70)。チェロ:ヴィルモシュ・パロタイ(1935-56)、ガブリエル・マジャール(1956-70)。グループは1937年にオランダに移住、1956年にアメリカ国籍をえた。これは第2次世界大戦直後に録音されたもの。リーダーのゾルタン・セーケイ(1903-2001)は名ヴァイオリン奏者イエノ・フバイ(1858-1937)に師事し、ゾルタン・コダーイ(1882-1967)に作曲を学び、作曲家ベラ・バルトーク(1881-1945)とは少年時代からの友人だった。
 
33CDR-3694
\1429+税
ラロ:
 スペイン交響曲作品21
 ノルウェー狂詩曲
  仏デュクレテ・トムソン 320 C 124(Mono)
  1956年10月29-31日パリ、サル=アポロ録音
  (原盤のキズによるノイズが多数あります。ご容赦ください)
ドヴィ・エルリ(ヴァイオリン)
デジレ=エミ-ル・アンゲルブレシュト指揮
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
 ドヴィ・エルリ(1928-2012)はパリ生まれのフランスのヴァイオリニスト。パリ音楽院でジュール・ブーシュリ(1877-1962)に師事し1942年に14歳で一等賞を得た。1955年のロン=ティボー国際音楽コンクールのヴァイオリン部門で優勝しソリストとして活動を開始した。1968年にマルセイユ音楽院の教授になり、1973年にはマルセイユ・ゾリステンを設立した。1982年にパリ音楽院教授に就任。1995年以降はエコル・ノルマル音楽院で後進の指導にあたった。2012年2月7日火曜日の朝、音楽院に向かう途中トラックに接触して事故死した。享年83歳。
 エルリの師ブーシュリの指導についての思い出の書簡が「ヴァイオリンの奥義ジュール・ブーシュリ回想録」マルク・ソリアノ編桑原威夫訳(音楽之友社)の168ページにある。師ブーシュリとドニーズ・ソリアノ、兄弟弟子のセルジュ・ブランと第2次大戦中の1942年に撮った写真も同書213ページにある。指揮者のデジレ=エミ-ル・アンゲルブレシュト(1880-1965)はフランスの指揮者。パリ音楽院では放校処分を受けたが、作曲家ドビュッシー(1862-1918)に認められ「聖セバスチャンの殉教」(1911年初演)の合唱指揮者に起用された。1934年に設立されたフランス国立放送管弦楽団の初代指揮者に就任した。この録音はデュクレテ・トムソン社に残された貴重な記録である。
 
33CDR-3695
\1429+税
パリのお嬢さん-ジャクリーヌ・フランソワ初期録音集
 パリのお嬢さん(1948)/ボレロ(1948)/
 バラ色の人生(1948)/ラ・メール(1948)/
 ラ・セーヌ(1948)/パリの夜(1948)/
 詩人の魂(1950)/三度もありがとう(1950)
  米 VOX VL 3010 & VL 3070(モノ)仏 POLYDOR録音
  1950年発売()内年号は録音年
  (原盤のキズによるノイズが多数あります。ご容赦ください)
ジャクリーヌ・フランソワ/歌
ポール・デュラン楽団
ポール・バロン楽団
ジョー・ボワイエ楽団
 ジャクリーヌ・フランソワ(1922-2009)はフランスのシャンソン歌手。最初ピアノとソルフェージュ(一種の歌唱訓練)を学んだが歌手になるのが夢だった。作曲家兼バンドリーダーのポール・デュラン(1907-1977)に出会い、フランスPOLYDORに「春なのよ C'est le printemps 」と「春 Printemps」の2曲を録音した。「春なのよ」は20世紀フォックス映画「ステート・フェア」の中で歌われた「It might as well be spring」が原曲で、リチャード・ロジャースのアカデー賞受賞作品。フランソワはこの仏訳をデュランのオーケストレーションで録音した。それはフランソワにとって初レコーディングだったが、いきなりACCディスク大賞に輝いた。続いて1948年制作の映画「パリのスキャンダル」の中で「パリのお嬢さん」と「ボレロ」を歌った。この2曲がフランスだけではなくアメリカでも大ヒットした。「ボレロ」はアメリカで「オール・マイ・ラヴ」としてパティ・ペイジが歌い、ベスト・セラーになった。「マドモワゼル・ド・パリ」はヒット曲を追って同名映画が制作されフランソワが出演した。ここでは懐かしいシャンソンの名曲が聴ける。
 
78CDR-3696
\1429+税
J.S.バッハ:結婚カンタータ「消えよ、悲しみの影よ」BWV. 202
 米 VICTOR 2075/7
 1941年10月10日&11月22日ニューヨーク、
  RCA VICTOR第2スタジオ録音
エリーザベト・シューマン(ソプラノ)
ミッチェル・ミラー(オーボエ)
イェラ・ペッスル(指揮とハープシコード)
シルヴァン・シュルマン(ヴァイオリン)
アラン・シュルマン(チェロ)
 エリーザベト・シューマン(1885-1952)はドイツ生まれの名ソプラノ。1909年ハンブルク歌劇場でデビューし、機械式録音の時代から活躍した人気歌手。この録音時シューマンは56歳だった。オーボエのミッチェル・ミラー(1911-2010)はニューヨーク州ロチェスター生まれ。1932年にイーストマン音楽学校を卒業後オーボエ、イングリッシュ・ホルン奏者として活躍し、その後アメリカCOLUMBIAの制作部長として多くの名アーティストを世に送り出した。また自らミッチ・ミラー合唱団を組織しヒット作品を生んだ。指揮とハープシコードのイェラ・ペッスル(1906-1991)はウィーン生まれの女流。1931年アメリカに移住した。ヨーロッパ時代から名声があったがアメリカではトスカニーニやワルターの指揮のもとで演奏したりソロ・リサイタルを多数開いた。またコロンビア大学でも教鞭をとった。ヴァイオリンのシルヴァン・シュルマンとチェロのアラン・シュルマンはスタイヴザント弦楽四重奏団のメンバー。これは日米開戦前夜の録音。
 
78CDR-3697
\1429+税
ブラームス:クラリネット五重奏曲ロ短調作品115
 英 HMV DB3383/6
 1937年10月10日ロンドン、
  アビー・ロード EMI第3スタジオ録音
レジナルド・ケル(クラリネット)
ブッシュ弦楽四重奏団
アドルフ・ブッシュ(第1ヴァイオリン)
ゲスタ・アンドレアソン(第2ヴァイオリン)
カール・ドクトル(ヴィオラ)
ヘルマン・ブッシュ(チェロ)
 レジナルド・ケル(1908-1981)は英国のクラリネット奏者。王立音楽アカデミーでハイドン・ドレイパーに師事し、在学中からロイヤル・フィルハーモニー協会オーケストラの首席奏者をつとめ、卒業後ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団に移籍した。戦後の1948年アメリカに渡りコンサートやレコーディングのほかベニー・グッドマン(1909-1988)やピーナッツ・ハッコー(1918-2003)らにクラシック奏法を指導した。1958年に母国に帰り晩年は画家として余生を送った。このシリーズでベートーヴェン「街の歌」(78CDR-3672)とモーツァルト:クラリネット五重奏曲(78CDR-3691)が出ている。ブッシュ弦楽四重奏団は1919年にヴァイオリニストのアドルフ・ブッシュ(1981-1952)によって組織され、1930年代に英HMVに多くの録音を残した。このシリーズでも多数出ている。
 
78CDR-3698
\1429+税
シューベルト:歌曲集「美しき水車屋の娘」作品25 D.795
 米COLUMBIA 9137/41M & 4196/8M
 1937年3月-1938年1月ニューヨーク録音
エルンスト・ヴォルフ
 (バリトン&ピアノ)弾き語り
 エルンスト・ヴォルフ(1905-1992)はバリトン歌手、ピアニスト、指揮者のユダヤ系ドイツ人。1937年にアメリカ国籍を得て移住し、ユダヤ系の音楽家マックス・ラインハルト(1873-1943)とクルト・ヴァイル(1900-1950)の後押しで、フランツ・ウェルフェルの戯曲の制作アシスタントとして働いた。ウェルフェルはグスタフ・マーラーの未亡人アルマが三度目に結婚した人物。ヴォルフはニューヨークでユダヤ人音楽家組織の中心人物となり、またピアノの弾き語りでこのシューベルト「美しき水車屋の娘」の他にロベルト・フランツ歌曲集、クララ・シューマン歌曲集、フランツ・リスト歌曲集をアメリカCOLUMBIAの78回転盤に録音を残した。大戦後の1948年ヨーロッパに戻りスイスに定住、後進の指導にあたった。
 
33CDR-3699
\1429+税
●レジナルド・ケル-クラリネット・アンコール集
 ヘンデル:リコーダー・ソナタへ長調作品1-11, HWV.369 -
 シチリアーナとジーグ(レジナルド・ケル編曲)
 ヘンデル:ヴァイオリン・ソナタヘ長調 HWV.370-アダージョ
(レジナルド・ケル編曲)
 ヘンデル:オーボエ・ソナタヘ長調、HWV.363a-アレグロ(レジナルド・ケル編曲)
 コレッリ:ソナタハ長調作品5-9 -ジーグ(レジナルド・ケル編曲)
 クライスラー:ベートーヴェンの主題によるロンディーノ
 ラヴェル:ハバネラ形式の小曲
 ドビュッシー:クラリネットとピアノのための小品 L.120
 リチャードソン:鳥のさえずり
  米 DECCA DL 9926(モノ)、1958年録音
ゴダール:ジョスランの子守歌
 (レジナルド・ケル編曲)
ベンジャンミン:ジャマイカン・ルンバ
 (W.プリムローズ編曲)
レジナルド・ケル(クラリネット)
ブルックス・スミス(ピアノ)
  レジナルド・ケル(1908-1981)は英国のクラリネット奏者。王立音楽アカデミーでハイドン・ドレイパーに師事し、在学中からロイヤル・フィルハーモニー協会オーケストラの首席奏者をつとめ、卒業後ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団に移籍した。戦後の1948年アメリカに渡りコンサートやレコーディングのほかベニー・グッドマン(1909-1988)やピーナッツ・ハッコー(1918-2003)らにクラシック奏法を指導した。1958年に母国に帰り晩年は画家として余生を送った。このシリーズでベートーヴェン「街の歌」(78CDR-3672)とモーツァルト:クラリネット五重奏曲(78CDR-3691)とブラームス:クラリネット五重奏曲(78CDR-3697)が出ている。ピアニストのブルックス・スミス(1912-2000)はテキサス州マッコーレン生まれ。ジュリアード音楽院でジョゼフ&ロジーナ・レヴィーンに師事した。1939年に卒業後、伴奏者として進むことを決意、名歌手達や器楽奏者達の伴奏者をつとめた。1954年にヴァイオリンのヤッシャ・ハイフェツ(1901-1987)の伴奏者となり、1972年ハイフェッツが引退するまでこの大ヴァイオリニストの伴奏者をつとめた。
 
33CDR-3700
\1429+税
●チーク・トゥ・チーク&ホワイト・クリスマス-
 コニー・ボズウェル、アーヴィング・バーリンを歌う
  チーク・トゥ・チーク/ホワイト・クリスマス/
 アレグザンダーズ・ラグタイム・バンド/
 ショウほど素敵な商売はない/
 オール・バイ・マイセルフ/愛は海より深く/
 ブルー・スカイ/オール・アローン/
 オールウェイズ/メイビー・イッツ・ビコーズ
   米 DESIGN RECORDS DLP 68(モノラル)、1958年録音
コニー・ボズウェル(vo)
ウォーレン・ヴィンセント指揮オーケストラ
コニー・ボズウェル(1907-1976)は三姉妹によるコーラスグループ、ボズウェル・シスターズの中姉。長姉のマーサ・ボズウェル(1905-1958)、末姉のヴェット・ボズウェル(1911-1988)三姉妹はニューオリンズの中産階級の家庭生まれ。
 子供の頃からコニーはピアノ、マーサはチェロ、ヴェットはヴァイオリンを習い、演奏会を開いたこともあった。その後伝説のコルネット奏者エメット・ハーディ(1903-1925)に出会い、その激励を受けてコーラスに転向、ジャズのフィーリングが横溢した歌唱で人気を博した。ハーディはNORK(New Orleans Rhythm Kings)のコルネット奏者だった。1936年ヴェットの結婚を機にグループは解散、その後コニーはソロ・シンガーとして活躍した。このアルバムは作曲家アーヴィング・バーリン(1888-1989)の作品を集めたもので、バーリンの作曲活動50年を記念したアルバム。バーリンは旧ロシア帝国の現ベルラーシ生まれ。5歳の時両親と共にアメリカに移住。1915年に「ゴッド・ブレス・アメリカ」を作曲して注目された。1927年初のトーキー映画「ジャズ・シンガー」で主演のアル・ジョルスンが歌った「ブルー・スカイ」が大ヒットした。このアルバムのミュージシャンにはマンデル・ロウ(g)、ジョージ・ウェットリング(ds)、ジョージ・デュヴィヴィエ(b)、アラン・シュルマン(cello)等の名前が見える。
 
78CDR-3701
\1429+税
●作曲者自身の演奏を含む
 SPレコード復刻「セントルイス・ブルース」(1928-1942)
  (1)ニュー・セントルイス・ブルース
   ボイド・センター(cl),エディ・ラング(g),ジャック・ラッセル(p)
   日本コロムビアJ 1793/1928年1月21日ニューヨーク録音
  (2)セントルイ・ブルース
   アイリーン・ビースリー(vo),ベニー・グッドマン(cl)
   米VICTOR 21467/VICTOR 21467(U.S.)/1928年5月1日録音
  (3)セントルイス・ブルース
   ルディ・ヴァレー(vo)と彼のコネティカット・ヤンキース
   日本ビクター 22321/VICTOR 5880(U.S.)/1930年2月19日録音
  (4)セントルイス・ブルース
   キャブ・キャロウェイ(vo)と彼の楽団
   米BRUNSWICK 33355/1930年7月24日録音
  (5)セントルイス・ブルース・ルンバ(ペドロ・グルダ編)
   マノロ・カストロとハバナ・ヨットクラブ楽団
   日本ビクター22812/1931年7月10日録音
  (6)セントルイス・ブルース "コンサート・ヴァージョン”
   ビング・クロスビー(vo),デューク・エントン楽団
   英 COLUMBIA DX898/1932年2月11日ニューヨーク録音
  (7)セントルイス・ブルース
   ルイ・アームストロング楽団
   日本ビクター JA-125/1933年4月26日録音
  (8)セントルイス・ブルース
   ボズウェル・シスターズ
   日本 COLUMBIA(Lucky)60086/1935年8月21日録音
  (9)セントルイス・ブルース
   ステファン・グラッペリとホット4,ジャンゴ・ラインハルト(g)
   米 DECCA 23032/1935年9月30日パリ録音
  (10)セントルイス・ブルース
   ベニー・グッドマン楽団
   日本ビクター JA-835/1936年8月21日録音
  (11)セントルイス・ブルース
   マキシン・サリヴァン(vo)とクロード・ソーンヒル楽団
   日本ビクター JA-1230/1938年6月29日録音
  (12)セントルイス・ブルース
   W.C.ハンディとオーケストラ
   米 PHILHARMONIC FR81/1939年12月26日ニューヨーク録音
  (13)セントルイス・ブルース
   カウント・ベイシー(p)、オール・アメリカン・リズム・セクション、
   バック・クレイトン(tp)、ドン・バイアス(ts)
   米 COLUMBIA 36711/1942年7月24日ハリウッド録音
  (14)浪曲セントルイス・ブルース(編曲:平茂雄)(6:52)
   川田義雄(吉本ショウ)
   日本ビクターVICTOR J-54656/1939年9月録音
 「セントルイス・ブルース」はW. C. ハンディ(1873-1958)が作詩・作曲し、1914年9月に楽譜が出版されたジャズの名曲。以来多くのミュージシャンが演奏し、そのレコードは1000 種類を越えるといわれている。今回選んだ14曲は昭和初期から第2次世界大戦中のSPレコードに残された名演奏を集めた。Track12にあるハンディ自身の演奏はほとんど知られていないアメリカのマイナー会社への貴重な録音である。
 
78CDR-3702
\1429+税
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番変ロ短調作品23
 独 TELEFUNKEN SK3092/5
 1940年7月9日ベルリン、ジングアカデミー録音
コンラート・ハンゼン(ピアノ)
ウィレム・メンゲルベルク指揮
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 コンラート・ハンゼン(1906-2002)はドイツのピアニスト。ベルリン高等音楽院でエトヴィン・フィッシャー(1886-1960)に師事し、後にフィッシャーの助手をつとめるかたわらコンサート・ピアニストとして活躍した。SPレコードにはこのチャイコフスキーの他に1941年6月20&22日録音のベートーヴェン「皇帝」(ヨッフム指揮ベルリン・ドイツ・オペラ劇場管弦楽団)(78CDR-3184)があった。
 ドイツ帝国放送のライヴ録音にはフルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル(1943年10月31日収録)のベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番がLP時代になって発売された。ハンゼンは第2次世界大戦後教育者として活躍し、デットモルト音楽アカデミーの創設に関わり、ヘレン版のベートーヴェン全集の校訂をした。
 東京藝術大学や上野学園大学で教えたこともある。ウィレム・メンゲルベルグ(1871-1951)はオランダの大指揮者。1895年、24歳でアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席指揮者に就任した。さらに1921年-30年にはニューヨーク・フィルハーモニック交響楽団の首席指揮者を兼任、また第2次世界大戦中は ベルリン・フィルの指揮者をつとめた。
 
78CDR-3703
\1429+税
シューベルト:交響曲第8番ロ短調 D.957「未完成」
 英 PARLOPHONE E10052/54
 1921年10月22日ベルリン録音(機械式録音)
 (古い録音のため各所にノイズがあります。ご容赦ください)
エドゥアルト・メーリケ指揮
ベルリン・オペラハウス管弦楽団
 この名曲の世界初の全曲録音。指揮者のエドゥアルト・メーリケ(1877-1929)はシュトゥットガルト生まれ。ピアニスト、作曲家としても活躍した。1912年-24年までベルリン・ドイツ・オペラの指揮者ををつとめた。この録音はその頃のもの。1919年からレコード会社PARLOPHONE/ODEONに録音を始め数多くのレコードを残した。1922年と1923年にはワグナーの楽劇&オペラの北米引っ越し公演をしている。1924-29年にはドレスデン・フィルの音楽監督をつとめた。1929年に52歳で没した。「未完成交響曲」の最初の録音は1911年4月吹き込み、アメリカCOLUMBIAのPrince's Symphony Orchestra によるSP盤2面に収めた抜粋版だった。それから10年後の1921年にやっとこのSP盤6面の全曲版が登場した。その間に5種の抜粋盤が出た。ちなみに未完成交響曲の初演は1865年ウィーンで行われた。
 
33CDR-3704
\1429+税
ルネ・レイボヴィツ-ワルツへのお誘い
 ウェーバー:舞踏への勧誘(ベルリオーズ管弦楽編曲)
 チャイコフスキー:ワルツ(弦楽サレナード作品48より)
 ベルリオーズ:舞踏会(幻想交響曲作品14より)
 シベリウス:悲しいワルツ作品44
 ヨハン・シュトラウス 2世:ウィーン気質
 ヨーゼフ・シュトラウス:わが人生は愛と喜び
  米 WESTMINSTER XWN18817(モノ)
  1958年7月ウィーン録音
ルネ・レイボヴィツ指揮
ウィーン国立歌劇場管弦楽団
 ルネ・レイボヴィツ(1913-1972)はポーランドのワルソー生まれ。1926年に家族と共にパリに定住。1930-1933年にベルリンでアルノルト・シェーンベルク(1874-1951)に、ウィーンでアントン・ウェーベルン(1883-1945)について作曲法を師事した。さらにパリではオーケストレーション法をモーリス・ラヴェル(1875-1937)に、指揮法をピエール・モントゥー(1875-1964)に学んだ。1936年から指揮者としての活動を開始し、数年の内に名声を高めたが第2次大戦の勃発で指揮活動から退き、作曲や著作に専念するようになった。戦後になって再び指揮者として復帰した。この録音は戦後のLP初期のもので、現在ではほとんど忘れ去られていたもの。近年レイボヴィツのステレオ録音が再評価されているが、これはウィーン国立歌劇場管弦楽団(実体はウィーン・フィル)との共演で、ポピュラーな曲をこれど格調高く仕上げているのはさすがに新ウィーン楽派の大作曲家の薫陶の賜物と思う。
 
33CDR-3705
\1429+税
チャイコフスキー:「くるみ割り人形」組曲 ?作品71a
 小序曲/行進曲/こんぺい糖の踊り/トレパーク/
 アラビアの踊り/中国の踊り/あし笛の踊り/
 花のワルツ/バレエ「白鳥の湖」抜粋/
 第2幕への導入/ワルツ/小さな白鳥たちの踊り/
 情景ー第2幕/チャルダッシュ/フィナーレ
  米 CAPITOL P8140(モノ)
  1951年4月パリ録音
ロジェ・デゾルミエール指揮
フランス国立交響楽団
 ロジェ・デゾルミエール(1898-1963)はフランスのヴィシー生まれ。パリ音楽院で作曲家のシャルル・ケクラン(1867-1950)に師事し卒業後パリのソワレ・ド・パリ管弦楽団のフルート奏者になった。1921年コンセール・プレイエルの指揮者になり、1924-1925 にはパリのスエーデン・バレエ団の指揮者をつとめた。
 1925年ディアギレフ・バレエ団にスカウトされ、バレエ団のヨーロッパ公演を指揮した。1929年ディアギレフの死によってバレエ団は解散、デゾルミエールは現代音楽とバロック音楽のスペシャリストとして名声を確立していった。
 1937年オペラ・コミックの指揮者になり、1944年に音楽監督に指名された。
 1945年にはパリ・オペラ座のアシスタント・ディレクターの職務が加わった。
 特にドビュッシーの歌劇「ペレアスとメリザンド」のほか大戦後の音楽界に登場したオリヴィエ・メシアンやピエール・ブレーズ等の先端音楽の初演を手掛けた。またヴェルサイユでバッロク音楽の演奏会に力を入れ、一方で映画音楽の作曲家でもあった。1950年フランス国立管弦楽団の首席指揮者に就任したが、麻痺性の疾患にかかり引退した。これはLP最初期に出たデゾルミエールの名演の復刻である。
 
78CDR-3706
\1429+税
J.S.バッハ:
 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番ハ長調 BWV1005より
  独 POLYDOR 68282/3
  1943年6月ベルリン録音
ヴァーシャ・プシホダ(ヴァイオリン)
 鬼才プシホダが第2次世界大戦の真っ只中に録音したJ.S.バッハの無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第3番 BWV1005から第1楽章アダージョと第2楽章フーガである。
 なぜ全曲を完成しなかったかは謎。ヴァーシャ・プシホダ(1900-1960)はチェコのヴォズナニーに生まれたヴァイオリニスト。11歳でプラハ音楽院に入った。
 ミラノの演奏会に居合わせた大指揮者アルトゥーロ・トスカニーニ(1867-1957)を驚愕させ「新しいパガニーニ」と激賞させたのがきっかけでヨーロッパ諸国で認められた。1921年にアメリカデビュー。その直後から縦振動盤のエジソン・ダイアモンドディスクやドイツPOLYDORに録音が始まった。第2次世界大戦中はザルツブルクのモーツァルテウムで教鞭をとった。戦後はウィーンを拠点に教鞭と演奏活動を行った。プシホダはこのシリーズでドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲(78CDR-3392)、タルティーニ:悪魔のトリル(78CDR-3628)、チゴイネルワイゼン他(78CDR-3574)、ヴィターリ:シャコンヌ(78CDR-3068)が出ている。
 
78CDR-3707
\1429+税
バルトーク:
 ルーマニア民族舞曲集
 民謡の旋律による3つのロンド
  濠 PARLOPHONE AR1123/4
  1938年8月23日(ルーマニア民族舞曲&ロンドNO.1),
  1938年10月7日(ロンドNO.2&NO.3)ロンドン録音
リリー・クラウス(ピアノ)
 リリー・クラウス(1905-1986)はハンガリー生まれの女流ピアニスト。17歳でブダペスト音楽院に入り、ベラ・バルトーク(1881-1945)、ゾルタン・コダーイ(1882-1967)らに師事した。1922年にはウィーンに赴きウィーン音楽アカデミーでアウトゥール・シュナーベル(1882-1967)とエドゥアルト・シュトイアーマン(1892-1964)についてさらに研鑽を積んだ。1930年代からモーツァルトやベートーヴェンの演奏家として名声をあげ、ヴァイオリンのシモン・ゴールドベルク(1909-1993)と共演して各国で評判をとった。1942年インドネシアのジャワで公演中、ゴールドベルクと共に日本軍によって軟禁され大戦集結まで拘束された。戦後イギリス国籍を取得して演奏活動を再開、1967年から83年はアメリカで活躍。最終的にアメリカに定住した。このシリーズではモーツァルト:ピアノ協奏曲第18番(78CDR-3274)、シモン・ゴールドベルクと共演したベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第5番「春」(78CDR-3431)、モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ選集(78CDR-3380/81)が出ている。
 
78CDR-3708
\1429+税
ベルリオーズ:幻想交響曲 作品14
 英 COLUMBIA L1708/13
 1925年10月29日&11月1日ロンドン録音
 (原盤に起因する音割れがあります)
フェリックス・ワインガトルナー指揮
ロンドン交響楽団
 フェリックス・ワインガルトナー(1863-1942)はオーストリアの大指揮者。ライプツィヒ大学で哲学を専攻するが、音楽への魅力に惹かれグラーツ、ライプツィヒ、ヴァイマルの各音楽院で学んだ。最初作曲家を志したが生活の安定を求め指揮者に転じた。1885年からドイツ各地の歌劇場を転々としたが、1908年にはグスタフ・マーラーの後任としてウィーン宮廷歌劇場とウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督に就任した。1937年夫人のカルメン・テューダーと来日し夫婦で新交響楽団(現在のNHK交響楽団)を指揮した。ワインガルトナーのレコード録音は機械式録音の時代からあったが、この「幻想交響曲」はマイクロフォンを使用した電気録音の最初期のものである。ワインガルトナーは「幻想交響曲」を1925年の3月に機械式録音で行ったが、電気録音の開発情報で未発売にしたと伝えられる。
 
33CDR-3709
\1429+税
ベルリオーズ:幻想交響曲 作品14
 米 WESTMINSTER 14046(ステレオ)
 1958年7月ウィーン・コンツェルトハウス、
  モーツァルトザール録音
ルネ・レイボヴィツ指揮
ウィーン国立歌劇場管弦楽団
 ルネ・レイボウィツ(1913-1972) はポーランドのワルソー生まれ。1926年に家族と共にパリに定住。1930-1933年にベルリンでアルノルト・シェーンベルク(1874-1951)に、ウィーンでアントン・ウェーベルン(1883-1945)について作曲法を師事した。さらにパリではオーケストレーション法をモーリス・ラヴェル(1875-1937) に、指揮法をピエール・モントゥー(1875-1964) に学んだ。1936年から指揮者としての活動を開始し、数年の内に名声を高めたが第2次大戦の勃発で指揮活動から退き、作曲や著作に専念するようになった。戦後になって再び指揮者として復帰した。この録音はステレオLP初期のもの。格調高いこの演奏は新ウィーン楽派の大作曲家の薫陶の賜物と思う。
 
33CDR-3710
\1429+税
ハイドン:
 ピアノ・ソナタ第34番ホ短調
 ピアノ・ソナタ第49番変ホ長調
  英 LONDON(DUCRETET-THOMSON) EL 93021(モノ)
  1953年頃録音
リリー・クラウス(ピアノ)
 仏デュクレテ=トムソン録音。リリー・クラウス(1905-1986)はハンガリー生まれの女流ピアニスト。17歳でブダペスト音楽院に入り、ベラ・バルトーク(1881-1945)、ゾルタン・コダーイ(1882-1967)らに師事した。1922年にはウィーンに赴きウィーン音楽アカデミーでアルトゥール・シュナーベル(1882-1967)とエドゥアルト・シュトイアーマン(1892-1964)についてさらに研鑽を積んだ。
 1930年代からモーツァルトやベートーヴェンの演奏家として名声をあげ、ヴァイオリンのシモン・ゴールドベルク(1909-1993)と共演して各国で評判をとった。1942年インドネシアのジャワで公演中、ゴールドベルクと共に日本軍によって軟禁され大戦集結まで拘束された。戦後イギリス国籍を取得して演奏活動を再開、1967年から83年はアメリカで活躍。最終的にアメリカに定住した。
 このシリーズではモーツァルト: ピアノ協奏曲第18番(78CDR-3274)、シモン・ゴールドベルクと共演したベートーヴェン: ヴァイオリン・ソナタ第5番「春」(78CDR-3431)、モーツァルト: ヴァイオリン・ソナタ選集(78CDR-3380/81)、バルトーク: 民謡の旋律による 3つのロンド&ルーマニア民族舞曲集(78CDR-3707)が出ている。
 
78CDR-3711
\1429+税
J.S.バッハ:
 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第2番イ短調 BWV1003   12039B (8010)
   米 VOX 12039/40
   1948年頃録音
ルッジェーロ・リッチ(ヴァイオリン)
 ルッジエーロ・リッチ(1918-2012)はアメリカのヴァイオリニスト。メニューインの師でもあったルイ・パーシンガー(1887-1966)に師事し、16歳でサンフランシスコでデビューした。1930年代にベルリンでゲオルク・クーレンカンプ(1898-1948)の門下に入った。1942年から1945年まで米軍籍で慰問演奏に携わった。この演奏は戦後のSPレコード末期の録音で盤がシェラックではなくLPと同じビニール製でSP特有の針音がしない。リッチはこのシリーズでパガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第1番(78CDR-3687)、モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ K.378(33CDR-3690)、サン=サーンス:ヴァイオリン協奏曲第3番(33CDR-3430)が出ている。
 
78CDR-3712
\1429+税
グリーグ:ヴァイオリン・ソナタ第3番ハ短調作品45
 豪 HMV DB1259/61
 1928年9月15日ベルリン録音
フリッツ・クライスラー(ヴァイオリン)
セルゲイ・ラフマニノフ(ピアノ)
 大ヴァイオリニスト、フリッツ・クライスラーが(1875-1962)が大ピアニストのセルゲイ・ラフマニノフ(1873-1943)と顔を合わせた歴史的録音。クライスラーとラフマニノフは第1次世界大戦後、同じマネージャーだったことからこの録音が実現したと言われる。これは電気録音初期のもので録音時クライスラーが53歳、ラフマニノフが55歳だった。この二人の巨匠による録音は他にベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第8番(78CDR-3575)とシューベルト:"デュオ"ソナタ イ長調があるが、いずれもアメリカ録音。これは録音当時クライスラーが居を構えていたベルリン録音。じっくり時間をかけた録音であることは原盤番号の後にあるテイク数が合計31テイクであったことに現れている。SP盤6面を完成するためになんと31枚の原盤を使ったということである。
 
78CDR-3713
\1429+税
フランク:ピアノ五重奏曲ヘ短調
 仏 DISQUE "GRAMOPHONE" DB 5123/26
 1940年12月17-18日パリ、ペルーズ・スタジオ録音
リュセット・デカーヴ(ピアノ)
ブイヨン弦楽四重奏団
ガブリエル・ブイヨン(第1ヴァイオリン)
アルベール・ロカテッリ(第2ヴァイオリン)
アンリ・ブノワ(ヴィオラ)
カミーユ・ドゥローベル(チェロ)
 ピアノのリュセット・デカーヴ(1906-1993)は幼少時からマルグリット・ロン(1874-1966)に師事し、パリ音楽院では1923年にイヴ・ナット(1890-1956)のクラスで一等賞を得た。現代音楽を得意とし、1923年にプロコフィエフ(1891-
1953)のピアノ協奏曲第3番を作曲者の指導を受けた後パリで演奏した。またジョリヴェ(1905-1974)の「5 つの儀礼の踊り」やピアノ協奏曲の初演を行った。とくに協奏曲は生涯100 回以上演奏した。音楽院ではロンやナットの助手をつとめ、1947年から教授に選任され1976年に引退するまでその地位にあった。
 門下生にはブリジット・アンゲレル、カティアとマリエル・ラベック姉妹、ブルーノ・リグット、パスカル・ロジェ、ジャン=イヴ・ティボーデ等がいる。
 ブイヨン弦楽四重奏団はガブリエル・ブイヨン(1896-1984)によって結成された。ブイヨンはパリ音楽院でリュシアン・カペー(1873-1928)のクラスで学び1910年に一等賞を得た。1940年にカペー弦楽四重奏団のヴィオラ奏者ブノワとチェロ奏者ドゥローベルと四重奏団を結成した。また1943年から音楽院教授をつとめた。フランクのピアノ五重奏曲はこのシリーズでマルセル・シャンピ(p)とカペー弦楽四重奏団(78CDR-3034)、アルフレッド・コルトー(p)とインターナショナル弦楽四重奏団(78CDR-3125)、ジャックリーヌ・エマール(p)とレーヴェングート弦楽四重奏団(33CDR-3403)が出ている。いずれもフランスのピアニストで聴き比べも一興。




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