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ICA(インターナショナル・クラシカル・アーティスツ)
歴史的録音シリーズ
在庫&期間限定特価
〜11/25(日)
1CD\2300→\1990
2CD\3000→\2490



 ICA - インターナショナル・クラシカル・アーティスツ。

 イギリス・ロンドンのウォータールーに本拠を置き、世界的な著名アーティストを多く抱え、数多くの演奏会を成功させている業界最大手のマネージメントカンパニー。
 スカラ座のアジアツアーや、ゲルギエフとマリリンスキーによるツアー、ビシュコフ&WDRのツアーなど、非常に精力的な活動を見せている。

 そのICAが2011 年1 月から、業界初となるアーティストマネージメントグループ自ら運営するCD/DVDレーベル「ICA CLASSICS」を設立した。
 音源はBBC放送やケルンWDR、ボストン交響楽団の過去アーカイブから抽出したもので、一部の音源を除き、そのほとんどが商業リリース初出。

 これまでオーケストラの自主制作というのはあったが、「呼び屋」の自主制作レーベルというのは初めてか?
 ・・・しかし、考えてみればさまざまな権利関係もスルーだし、音源の確保さえできればとんでもない鉱脈を見出すことになる。

 そして予想通り怒涛のリリース。最近は少し休みがちだが(新録音に傾きつつある)、貴重な音源のオンパレード。

 今回はそのICAの歴史的録音シリーズの50タイトルほどを超特価でお贈りします。

 ただ、初回リリースから数年経っているものも多いので、現地完売の際はご容赦くださいませ・・・。
.






先日久しぶりにセール復活した5タイトル

ICAC 5000
\2300
→\1990
ギレリス&ボールト/ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1&3番
 ベートーヴェン(1770-1827):
  ピアノ協奏曲第1 番ハ長調 Op.15/
  ピアノ協奏曲第3 番ハ短調 Op.37
エミール・ギレリス(P)
ニュー・フィルハーモニア管弦楽団/
サー・エイドリアン・ボールト(指揮)

 ギレリスのベートーヴェンと言えば、マズアやセルとの共演が知られていますが、この録音は1967 年のライブで、その翌年のセルとの第5 番(これは稀代の名演とされる)に匹敵するほどの素晴らしい演奏の記録です。タイム誌の批評家、ウィリアム・マンは第3 番の演奏会の後に「第1 楽章から生気に満ち溢れ、堅固で明瞭な音、そして尊厳に満ち溢れたラルゴ、的確なテンポによる活発なロンド」と大絶賛の記事を書き、他の全ての批評家たちも、このボールトとの演奏に惜しみない称賛を贈ったという名演です。
 エンジニア、ポール・ベイリーによる、素晴らしいリマスターによるステレオ・サウンドをお楽しみください。

録音:ロイヤル・フェスティヴァル・ホール 1967 年7 月10 日…1, 1967 年7 月13 日…2

ICAC 5001
\2300
→\1990
スタインバーグの「復活」
 マーラー(1860-1911):交響曲第2 番「復活」
ステファニア・ヴォイトヴィチ(ソプラノ)/
アニー・デロリー(アルト)/
ケルン放送交響楽団&合唱団/
ウィリアム・スタインバーグ(指揮)

 1933 年にケルンで生まれた指揮者、ウィリアム・スタインバーグの「復活」です。ユダヤ系であったため、1933 年にフランクフルト歌劇場からの引退を余議なくされ、1936 年にパレスチナへ移住し、そこでパレスチナ交響楽団を結成、指揮者を務めます。その後、第二次世界大戦後に欧米の楽団に復帰、さまざまな活動を行いますが、トスカニーニの招きにより、アメリカへ行き、1945 年から1954 年までバッファロー・フィル、1952 年から1976 年まではピッツバーク交響楽団の指揮者として活躍、並行してボストン交響楽団とロンドン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮するなど、まさに八面六臂の活躍をしました。アメリカでは、マーラーの作品を頻繁に演奏したのですが、録音としては1952 年のキャピトル・レコードのための第1 番交響曲だけしか知られていませんでした。この「復活」のスタジオ録音は彼の「偉大なるマーラー指揮者」としての足跡を辿る貴重なものです。
 独唱者には1954 年「プラハの春国際音楽コンクール」のソプラノ部門で第1 位を獲得したポーランドのソプラノ、ヴォイトヴィチと、オランダの名アルト、デロリーを起用。感動的な歌唱です。

録音 1965 年9 月10 日ケルン放送第 1 ホール

ICAC 5004
\2300
→\1990
スヴャトスラフ・リヒテル
 1.ハイドン(1732-1809):ピアノ・ソナタ第62番変ホ長調
 2.ウェーバー(1786-1826):ピアノ・ソナタ第3番Op.49
 3.シューマン(1810-1856):2つのノヴェレッテOp.21より第4番&第8番
 4.ショパン(1810-1849):舟歌嬰ヘ長調 Op.60
 5.ドビュッシー(1862-1918):前奏曲集第2集より
  <妖精たちはあでやかな舞姫/エジプトの壺/交替する3度/花火>
スヴャトスラフ・リヒテル(ピアノ)

 20世紀ロシアの最も偉大な音楽家の一人、リヒテルの初出となる1967年6月11日の放送音源です。1967年6月11日にロイヤル・フェスティバル・ホールで行われた、この日のコンサートもリヒテルの趣味が反映されたプログラムで、人気のショパン、ドビュッシー、シューマンに加え、滅多に演奏されることのないウェーバーとハイドンのソナタまでがプログラムに含まれていました。
 「私は本当に好きな作品を演奏したい主義なのですが、それはなかなか聴衆に受け入れられません」と彼自身断言したほどですが、彼の演奏するハイドンもウェーバーも大層魅力的で、なぜ聴衆が見向きもしないのか理解に苦しむところです。

 録音 1967年6月11日ロイヤル・フェスティヴァル・ホール アンビエント・マスタリング

ICAC 5020
\2300
→\1990
シューラ・チェルカスキー
 1.ラフマニノフ(1873-1943):
   パガニーニの主題による狂詩曲Op.43/
 2.プロコフィエフ(1891-1953):
   ピアノ・ソナタ第7番変ロ長調 Op.83/
 3.ストラヴィンスキー(1882-1971):ペトルーシュカからの3つの情景/
《ボーナス・トラック》
 1.ラフマニノフ:W.R.のポルカ/
 2.ラモー(1683-1764)=ゴドフスキ(1870-1938):タンブーラン/
 3.シャブリエ(1841-1894):ブレー・ファンタスク
シューラ・チェルカスキー(ピアノ)/
ケルン放送交響楽団(現ケルンWDR交響楽団)…1/
ズデニェク・マーカル(指揮)…1

 シューラ・チェルカスキー(1909-1995)は、オデッサに生まれ、ロシア革命の勃発によりアメリカ合衆国に亡命。伝説的名ピアニスト、ヨゼフ・ホフマンに師事し、華麗な演奏様式を受け継ぎました。彼は最晩年まで積極的に演奏活動を続け、多くの録音を残しています。彼はラフマニノフの「パガニーニ・ラプソディ」を1953年に1回だけEMIに録音していますが、今回の演奏はステレオ録音であり技術的にも円熟の境地に達した素晴らしい記録となっています。また当時34歳の若き俊英、ズデニェク・マーカルが指揮を務めていることも興味深いものです。
 50年代の録音はどれも彼の驚異的な技術と音楽性が伺い知れる貴重な音源です。中でも、プロコフィエフの戦争ソナタとシャブリエの「ブーレ・ファンタスク」は、チェルカスキーの商業的録音にはないレパートリーです。

録音 1970年4月17日ケルン放送 ホール1…1(STEREO), 1951年1月21日ケルン放送 ホール2…2.3(MONO), 1953年3月3日シュトッツガルト ヴィラ・ベルク…ボーナス1.2(MONO), 1951年ミュンヘン…ボーナス3(MONO)

ICAC 5033
(2CD)
\3000
→\2490
クラウス・テンシュテット
 1.マーラー(1810-1911):交響曲第3番ニ短調
 2.マイケル・オリバーによるテンシュテットへのインタビュー
  「テンシュテット、マーラーについて語る」
ワルトラウド・マイヤー(メゾ・ソプラノ)/
エトン・カレッジ少年合唱団/
ロンドン・フィルハーモニー合唱団/
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団/
クラウス・テンシュテット(指揮)

 商業的なリリースはこれが初となるテンシュテット指揮のマーラー交響曲第3番です。BBCのマスター・テープからの復刻で音質も上々です。曲の規模も編成も巨大なこの曲ですが、当時最高水準の技術を持つBBCのエンジニアの手にかかると、全ての音と、巨大なダイナミックレンジが見事に捉えられています。推進力溢れるテンシュテットの指揮、それに応えるオーケストラ、マイヤーの独唱と清純な少年合唱、これらが混然一体となって、終楽章のクライマックスへ傾れ込む様は、想像を絶する快感をもたらしてくれることでしょう。
 ボーナスとして、マイケル・オリヴァーによるテンシュテットへの短いインタビューが併録されています。

録音 1…1986年10月5日ロイヤル・フェスティバル・ホール/2…1987年BBCスタジオ STEREO ADD







ICAC-5105
\2300→\1990
ジョン・バルビローリ
 1-4.ハイドン(1732-1809):交響曲 第83番 ト短調Hob.1:83/
 5-9.ベルリオーズ(1803-1869):幻想交響曲 Op.14
南西ドイツ放送交響楽団/
ジョン・バルビローリ(指揮)
録音 バーデン・バーデン 南西ドイツ放送 ハンス・ロスバウト・スタジオ 1969年2月24日…1-4, 1969年2月22-24日…5-9 STEREO
 ジョン・バルビローリ(1899-1970)は、現在では生粋のイギリス人指揮者と思われていますが、実はイタリア人の父とフランス人の母の間に生まれています。幼い頃から音楽の才能に秀でていて、1916年、17歳の時にはヘンリー・ウッド率いるクイーンズ・ホール管弦楽団で最年少チェリストとして活動を始めたほどでした。その後は協奏曲や弦楽四重奏などを演奏するも、1925年に自らの室内管弦楽団を組織して指揮者に転向、1936年にはニューヨーク・フィルハーモニックの首席指揮者に抜擢され(あのトスカニーニの後継者!)、1943年にはイギリスのハレ管の音楽監督になり、15年間に渡ってよい関係を築きました。
 1961年から1967年にはヒューストン交響楽団の常任指揮者を務め、ブラームス、マーラー、シベリウスなどのロマン派の作品を指揮、またイギリス音楽の積極的な普及にも貢献しました。そんな彼ですが、実はベルリオーズも得意なレパートリーで、幻想交響曲は1947年のモノラルと1958年の初期ステレオの2つのハレ管との録音が残されています。この69年の録音は完全なステレオであり、ハイドンとともに貴重な記録として称賛されるべきものです。
 


ICAC-5106
\2300→\1990
エイドリアン・ボールト
 1-4.エルガー(1857-1934):交響曲 第2番 変ホ長調 Op.63/
 5.ワーグナー(1813-1883):歌劇「タンホイザー」より
  序曲とヴェーヌスヴェルクの音楽
BBC合唱団…5/
BBC交響楽団/
エイドリアン・ボールト(指揮)
録音 1977年7月24日 ロンドン ロイヤル・アルバート・ホール…1-4, 1968年12月8日 BBCメイダヴェール 第1スタジオ…5 STEREO
 イギリスのチェスターで生まれたエイドリアン・ボールト(1889-1983)の十八番であるエルガーの交響曲第2番の録音です。彼はウェストミンスター・スクールの在学中にエルガー本人と合い、その時作曲家から自作の総譜を見せてもらっていました。
 そしてオックスフォード大学を経て、ライプツィヒ音楽院に入学して音楽を学び(レーガーに作曲を師事)、1914年にコヴェント・ガーデン王立歌劇場の音楽スタッフとしてプロデビューします。1918年にはホルストの惑星の試演を行い、翌年には金星と海王星を除いた全曲を初演指揮しています。1920年には憧れのエルガーの「交響曲第2番」を演奏。この当時忘れられてしまっていた作品を再評価させるきっかけを作ったのは有名なエピソードです。1930年にはBBC交響楽団の初代首席指揮者に就任し、当時の最先端の音楽も積極的に演奏、とりわけ「謎の作曲家」ブライアンの紹介者としても知られていました。
 ホルストの惑星も5回録音を重ねています。とは言え、イギリス音楽全てに関心があったわけではなく、ディーリアスやブリテン、ティペットなどは、ほとんど演奏することもありませんでした。
 このエルガーも生涯スタジオで5回も録音しており(1944年.56年.63年.68年.75年)前述のように「得意中の得意」なレパートリーでした。比較的珍しいワーグナーもムダのない流麗な演奏です。
 


ICAC-5108
\2300→\1990
エミール・ギレリス
 1-4.シューマン(1810-1856):ピアノのための4つの小品 Op.32/
 5-8.ブラームス(1833-1897):バラード Op.10/
 9.ショパン(1810-1849):ポロネーズ 第2番 ハ短調 Op.40/
 10-13.ショパン:ピアノ・ソナタ 第3番 ロ短調 Op.58/
《アンコール》
 14.モーツァルト(1756-1791):幻想曲 ニ短調 K397
エミール・ギレリス(ピアノ)
録音 1979年3月22日 イギリス アボッツホルム・スクール,アボッツホルム・アーツ・ソサエティ STEREO
 ロシアの名ピアニスト、エミール・ギレリス(1916-1985)はオデッサに生まれ6歳からピアノを始めました。両親とも音楽家であったギレリスの才能は目覚ましく、13歳でデビューを飾り、その翌年にオデッサ音楽院に入学し研鑚を重ねます。17歳で全ソ連ピアノコンクールに優勝し、オデッサ音楽院卒業後はモスクワに移り、名ピアニスト、ゲンリヒ・ネイガウスに師事し、さらに音楽的成長を遂げるのです。
 1938年には22歳でイザイ国際コンクール優勝するなど国際的名声も高めました。第二次世界大戦後は、ソ連政府の許可を受け西側で自由に活動を行い、日本にも何度も来日しています。
 彼のアメリカデビューは1955年、フィラデルフィアでのチャイコフスキー、ピアノ協奏曲第1番でのソロでした。
 1959年にはイギリスにデビューし、1969年にはザルツブルク音楽祭にもデビュー、当時のソ連のアーティストとしては破格の扱いを受けていた人でもありました。
 この記録は1979年の録音で、晩年が近づくにつれ虚飾を排した表現を好んだギレリスらしい音楽であり、シューマンの曲に漲る深い寂しさや、水墨画のようなブラームス、骨太のショパンのピアノ・ソナタなど、悲しくなるほどの表情を湛えた演奏が並びます。
 アンコールに弾かれたモーツァルトの美しさは、まさに枯淡の境地と言えるでしょう。
 


ICAC-5109
\2300→\1990
ハンス・ロスバウト
 1-3.ドビュッシー(1862-1918):3つの夜想曲/
 4.ドビュッシー:遊戯/
 5-8.シベリウス(1865-1957):交響曲 第6番 ニ短調 Op.104
ケルン放送合唱団(現 ケルンWDR合唱団)…1-3/
ケルン放送交響楽団(現 ケルンWDR交響楽団)/
ハンス・ロスバウト(指揮)
録音 ケルン放送 第1ホール 1955年3月7日…1-3, 1954年4月26日…4, 1952年4月21日…5-8 MONO
 オーストリア出身のハンス・ロスバウト(1895-1962)のドビュッシーとシベリウスです。彼はピアニストの母からピアノの手ほどきを受け、フランクフルト・アム・マインのホーホ音楽院に進学します。その後指揮者として活動を始め、1929年には新設のフランクフルト放送交響楽団の音楽監督に就任し、シェーンベルク、バルトーク、ストラヴィンスキーなどの新しい音楽を積極的に紹介しました。しかし、ナチスの時代には自由な音楽活動に制約を受け、1937年には政治的理由でフランクフルトを離れなくてはいけませんでした。
 しかし戦後は1945年にミュンヘン・フィルハーモニーの音楽監督を皮切りに、南西ドイツ放送交響楽団、チューリッヒ・トーンハレ管弦楽団の指揮者として楽壇に復帰、その残りの人生を全て音楽に捧げたのです。現代音楽にもとりわけ造詣が深く、ドナウエッシンゲン音楽祭の再興にも尽力し、1954年にはシェーンベルクの歌劇「モーゼとアロン」を上演、ピエール・ブーレーズにも強い影響を与えたのです。
 そんなロスバウトはドイツ、オーストリア音楽を得意としていましたが、ここでは珍しくシベリウスとドビュッシーを演奏しています。1950年代のドイツにおいて、シベリウスの第6番はあまり演奏されることのない未知の音楽でしたが、ロスバウトはシベリウスの語法を完全に理解し、見事な演奏をこなしています。柔軟な表情を持つドビュッシーも貴重な記録です。
 


ICAC-5110
(2CD)
\3000→\2490
マリア・カラス/ケルビーニ:歌劇「メデア」
CD1…第1幕/
CD2…第2幕&第3幕
メデア…マリア・カラス(ソプラノ)/
グラウチェ…ジョーン・カーライル(ソプラノ)/
ネリス…フィオレンツァ・コッソット(メゾ・ソプラノ)/
ジャゾーネ…ジョン・ヴィッカーズ(テノール)/
クレオンテ…ニコラ・ザッカーリア(バス)/
第1の侍女…メアリー・ウェルズ(ソプラノ)/
第2の侍女…エリザベス・ルスト(メゾ・ソプラノ)/
侍衛長…デイヴィッド・アレン(バリトン) 他/
コヴェント・ガーデン王立歌劇場管弦楽団&合唱団/
ニコラ・レッシーニョ(指揮)
録音 1959年6月30日 ロンドン コヴェント・ガーデン王立歌劇場 MONO
 もし、最も偉大なソプラノ歌手マリア・カラス(1923-1977)がいなかったら、現在のオペラのレパートリーは随分さびしいものになっていたことでしょう。このケルビーニのオペラ「メデア」も決して上演されることはなく音楽史の片隅に埋もれたまま忘れ去られたに違いありません。なぜなら、この主人公メデアを歌うには強烈な存在感を備え、なおかつ完璧なベルカント唱法と幅広い声が必要だからです。もちろんカラスが出現するまでにも、素晴らしいソプラノ歌手は存在していましたが、ベッリーニやドニゼッティ、そしてこのケルビーニなどのいくつかのレパートリーの主人公は、生半可なソプラノでは全く歯が立たないものだったのです。
 バーンスタインが彼女の事を「オペラのバイブル」と呼んだほどに、彼女のドラマティックな歌唱は際立ったものであり、他の追従を許すことはありませんでした。愛した男ジャゾーネに裏切られ、復讐のためにジャゾーネの新恋人グラウチェを毒殺、また可愛いわが子までを手にかけるという強烈な女性を演じきれるのは、やはりカラスをおいて他にはいません。
 このアルバムはICA独自のルマスターによる素晴らしい音質が自慢です。


ICAC-5116
\2300→\1990
ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー
 1.チャイコフスキー:交響曲 第5番 ホ短調 Op.64/
 2.ヤナーチェク(1854-1928):狂詩曲「タラス・ブーリバ」
BBC交響楽団/
ゲンナジ・ロジェストヴェンスキー(指揮)
録音 1978年9月29日 フランダース音楽祭,メッヘレン 聖ロンバウツ教会…1/1981年8月21日 ロンドン ロイヤル・アルバート・ホール…2 STEREO
 ロシア生まれの世界的名指揮者、ゲンナジー・ロジェストヴェンスキー(1931-)。モスクワ音楽院で父に指揮を学び、ピアノは有名なレフ・オボーリンに学びました。20歳の時にボリショイ劇場で「くるみわり人形」を指揮、その素晴らしい演奏のおかげで1954年には劇場のアシスタント指揮者に任命されます。その2年後にはボリショイ・バレエ団とともに初のイギリス訪問を行い、更に人気を高めました。1961年からはモスクワ放送交響楽団の芸術監督に就任。1974年までこの地位を務め、64年からはボリショイ劇場の首席指揮者(最年少)としても活躍を始めます。
 彼は当時のロシアの音楽家としては異例の「大規模な外国ツアー」を行う権利を与えられており、イギリスを始め様々な国に演奏旅行に出かけ、またロイヤル・ストックホルム・フィルハーモニーの首席指揮者を務めたりと八面六尾の活躍をするのです。
 そんな彼にとってチャイコフスキーの演奏は、まさに十八番であり、このフランダースでの音楽祭の記録も、例えようもないくらいの興奮度を持っています。ヤナーチェクの「タラス・ブーリバ」は1981年のプロムスで演奏されたもので、大規模なオーケストラを自由自在に操る彼の姿が目に浮かぶ熱演となっています。
 


ICAC-5117
\2300→\1990
ルドルフ・ケンペ
 1.マーラー(1860-1911):交響曲 第4番 ト長調/
 2.ワーグナー(:楽劇「パルジファル」第1幕への前奏曲/
 3.メンデルスゾーン(:歌劇「ルイ・ブラス」序曲
ジョアン・アレクサンダー(ソプラノ)…1/
BBC交響楽団
録音 1957年5月14日…1, 1965年5月26日…2, 1967年2月12日…3 ロンドン,BBC メイダ・ヴェイル・スタジオ…1.2, ロンドン,ロイヤル・フェスティヴァル・ホール…3 MONO
 ドイツの偉大な指揮者ルドルフ・ケンペ(1910-1976)。彼は1952年から1954年までバイエルン国立歌劇場の音楽監督を務め、1954年にはメトロポリタン歌劇場を振ります。バイロイト音楽祭でも1960年から1963年まで4回の「指環」ツィクルスを指揮するなど素晴らしい活躍を続けました。1961年にはビーチャムの後継者としてロイヤル・フィルハーモニー管の首席指揮者として任命され、一時中断するも、再任となってからは1975年までこの地位にあったのです。その翌年早すぎる死を迎えたケンペですが、この1957年のマーラーの4番の録音はとても珍しいものと言えるでしょう。これは当時体調不良を訴えていたブルーノ・ワルターが用意していたプログラムを、結局ケンペが引き継いだものであり、この演奏は高く評価されたのですが、今まで世にでることはありませんでした。
 ドイツ系のレパートリーに並々ならぬ意欲を持ち、とりわけリヒャルト・シュトラウスの作品に素晴らしい名演を残した彼ですが、どうもマーラーは意に添わなかったのか、録音も極めて少なく、他には1番、2番、5番と「子どもの不思議な角笛」がある程度でしょうか。
 この録音でケンペのマーラーを評価することは難しいでしょうが、何よりマーラーファンには、一つの素晴らしい録音が贈られたということを喜びたい1枚です。


ICAC-5120
\2300→\1990
オットー・クレンペラー
 1-5.J.S.バッハ(1685-1750):管弦楽組曲 第3番 ニ長調 BWV1068/
 6-9.モーツァルト(1756-1791):交響曲 第29 番 イ長調 K201/
 10-13.ベートーヴェン(1770-1827):交響曲 第1 番 ハ長調 Op.21
ケルン放送交響楽団(現ケルンWDR 交響楽団)/
オットー・クレンペラー(指揮)
録音 1954 年2 月8 日…6-9, 1954 年2 月11 日…10-13, 1955 年10 月17 日…1-5 ケルン放送 第1 ホール MONO
 名指揮者オットー・クレンペラー(1885-1973)。彼は20 世紀を代表するドイツの指揮者であり、その偉大なる名前は現在でも全く色あせることはありません。幅広いレパートリーを持ち、晩年は彼自身の美学による「徹底的に遅く厳格なテンポ設定」を施し、過剰な感情移入を極力排除した演奏で、マーラーを始めとした厚みのあるスコアを隅々まで見通すことに注力した人として知られていますが、1950 年代の演奏は、もう少し即物的であったとも言われています。この演奏は、クレンペラーがケルン放送交響楽団にデビューした時の記録です。
 1920 年代からケルン歌劇場でのクレンペラーのアシスタントを務めていたケルン放送のプロデューサー、アイゲル・クルットゥゲは、彼の印象について「第1小節から、まるでライオンの爪で切り裂かれるようだった」と日記に記していますが、その表現こそが、クレンペラーの本質を表していると言っても過言ではないでしょう。
 1954年のバッハとモーツァルトのコンサートでの成功事例を元に、その翌年もケルン放送響に招聘されたクレンペラーは、ベートーヴェンの第1 番の交響曲でその真価を発揮したのです。
 とは言え、この演奏は、あの伝説的なロンドンでの客演後、英国EMI のプロデューサー、ウォルター・レッグと契約を交わし、フィルハーモニア管弦楽団とレコーディングを開始した頃のものだったため、EMI との契約もあり、このケルン放送との演奏はLP やCD 化されることもなく、大切に保存されていたのでした。
 巨匠として世界的名声を勝ち得たクレンペラーの自信に満ちた姿は、この演奏からもはっきりと見て取れるものです。
  


ICAC-5122
\2300→\1990
クラウディオ・アラウ ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ集
 1-3.ピアノ・ソナタ 第31 番 変イ長調 Op.110/
 5-6.ピアノ・ソナタ 第32 番 ハ長調 Op.111/
 7-9.ピアノ・ソナタ 第23 番 ヘ短調「熱情」 Op.57
クラウディオ・アラウ(ピアノ)
録音 1960 年4 月5 日 ストックホルム スウェーデン放送 スタジオ MONO
 「クラウディオ・アラウは、幅広い芸術と文学知識によって、思慮深く音楽を解釈し、その中心部に到達しようとしていました。」(ジョナサン・サマー)チリで生まれアメリカを中心に活躍したピアニスト、クラウディオ・アラウ(1903-1991)。彼は1921 年に初の録音を行ってから、1980 年代のデジタル時代までの長い経歴を、録音の進化とともに過ごして来たと言えるでしょう。
 彼が得意としたのはベートーヴェン、リスト、シューマンであり、またモーツァルトやブラームスでも独自の世界を切り開き、その演奏は非常に高く評価されています。1950 年代には最初のベートーヴェンのピアノ協奏曲全集の録音を成し遂げ、1960 年代には同じくベートーヴェン(1770-1827)のソナタ全集も録音を完成させています。
 この演奏は、そんな頃にストックホルムで収録されたもので、レコーディング・スタジオで録音された音楽とはまた違う即興性溢れたライブ録音です。ここには自由な精神が横溢した、明晰で揺るぎないベートーヴェン像があります。


ICAC-5121
(CD)
\2300→\1990
レオン・フライシャー
 1-3.ベートーヴェン(1770-1827):ピアノ協奏曲 第1番 ハ長調 Op.15/
 4-6.モーツァルト(1756-1791):ピアノ協奏曲 第12番 イ長調 K414
レオン・フライシャー(ピアノ)/
ケルン放送交響楽団(現ケルンWDR交響楽団)/
アンドレ・クリュイタンス(指揮…1-3)/
ゲオルク・ルートヴィヒ・ヨッフム(指揮…4-6)
録音 1960年3月7日…1-3, 1957年3月25.29日…4-6 ケルン放送 第1スタジオ MONO ※初CD化
 レオン・フライシャー(1928-)はアメリカ生まれのピアニスト・指揮者です。彼はサンフランシスコに生まれ、4歳でピアノを始め、8歳でデビュー。アルトゥール・シュナーベルからも教えを受けその才能を飛躍的に伸ばしていきます。
 彼の名を一躍高めたのは16歳の時。ピエール・モントゥーが振るニューヨーク・フィルハーモニーとの共演でした。数多くのオーケストラと共演し、またカーネギー・ホールでリサイタルを行うなど華々しい活動を始めます。1950年から1958年にはヨーロッパに住み、1952年にはエリザベート王妃コンクールで「歴代初のアメリカ人」として優勝。数多くのコンサートや録音を行います。しかし、1965年に彼を襲った突然の病魔(局所性ジストニア)・・・右手の2本の指が動かなくなってしまった彼は、様々な治療を試みるも結局は引退を決意。その後40年近くは指揮者、指導者、そして「左手のピアニスト」として音楽の道を究めていきます。
 しかし、最近の治療法の進歩のおかげで、彼はまた右手の自由を取り戻し、2004年には再び「両手のピアニスト」としての録音をリリース。その不屈の魂が高く評価されたことを知る人も多いでしょう。
 この初CD化の録音は、彼のキャリアの絶頂期である1957年と1960年のもの。堂々たるベートーヴェン、そして愛らしいモーツァルト。ベートーヴェンではバックを務めるクリュイタンスの熱い演奏にも注目です。
 


ICAC-5123
(CD)
\2300→\1990
エフゲニー・スヴェトラーノフ
 1-4.ブラームス(1833-1897):交響曲 第3番 ヘ長調 Op.90/
 5-7.ドビュッシー(1862-1916):3つの交響的スケッチ「海」/
《ボーナス・トラック》
 8.ショーソン(1855-1899):愛と海の詩 Op.19より「愛の死」
ジャネット・ベイカー(メゾ・ソプラノ)…8/
ロンドン交響楽団/
エフゲニー・スヴェトラーノフ(指揮)
録音 1975年4月17日 ロンドン ロイヤル・フェスティヴァル・ホール STEREO ※初CD化
 ロシアを代表する「爆演」指揮者スヴェトラーノフ。とは言え、彼の重要なレパートリーの一つがドビュッシー。とりわけ「海」はいくつかの録音が存在し、そのどれもが興味深いものであることは間違いありません。どの時期にも共通して囁かれているのが、「スヴェトラーノフの海はフランス風ではなく、ロシア風である」というもの。
 確かにこの1975年の演奏からもフランス風の繊細さよりも、力強さが感じられ、とりわけ第3部の「風と海の対話」ではどっしりとした低弦と錚々たる金管、そして最後のティンパニの乱打などからは、全くフランスの香りなどは感じられません。
 これがスヴェトラーノフ。ブラームスは比較的穏健な第3番が選ばれていますが、こちらも強力にぐいぐい押す演奏であり、どこもかしこも緊張感に溢れています。ボーナスとして収録された、ジャネット・ベイカーが歌うショーソンの洗練された美しさは口直しとでも表現しましょうか…。比較的良好なステレオ録音も嬉しいところです。


ICAC 5002
\2300→\1990
クレンペラー、ケルン放送響との「ドイツ・レクイエム」
 1.ブラームス(1833-1897):ドイツ・レクイエム Op.45/
 2.モーツァルト(1756-1791):セレナードニ長調 「セレナータ・ノットゥルナ」K239/
 3.1956 年2 月20 日ドイツ・レクイエムのリハーサル
エリザベス・グリュンマー(ソプラノ)…1/
ヘルマン・プライ(バリトン)…1/
ケルン放送合唱団…1/
ケルン放送交響楽団/
オットー・クレンペラー
20 世紀の偉大なる指揮者の一人、クレンペラーの指揮による「ドイツ・レクイエム」です。クレンペラーのドイツ・レクイエムは、1961 年録音のフィルハーモニア管との演奏が超名演として知られていますが、こちらはケルン放送交響楽団との演奏。ソリストには容姿淡麗、高貴なる歌唱が知られるソプラノ、グリュンマーと、稀代の名バリトン、プライを起用。悠然たる合唱も魅力です。ボーナス・トラックとして収録された緊迫感溢れるリハーサルの模様も興味深いところです。もう1 曲収録されたモーツァルトのセレナードも生気漲る演奏です。良好な保存状態を保ったオリジナル・テープからのCD 化も嬉しいところです。 録音ケルン放送 第 1 ホール(モノラル録音) 1956 年2 月20 日…1.3、1954 年10 月25 日…2

ICAC 5003
\2300→\1990
ルービンシュタイン&ドホナーニ/ブラームス:ピアノ協奏曲第2番
 ブラームス/ショパン/ファリャ:作品集
  1.ブラームス(1833-1897):ピアノ協奏曲第 2 番変ロ長調 Op.83/
  2.ブラームス:狂詩曲 Op.79-1/
  3.ブラームス:カプリッチョ Op.76-2/
  4.ショパン(1810-1849):夜想曲 Op.27-2/
  5.ショパン:ワルツOp.64-2/
  6.ファリャ(1876-1946):火祭の踊り
ケルン放送交響楽団/
クリストフ・フォン・ドホナーニ(指揮)…1/
アルトゥール・ルービンシュタイン(ピアノ)
ショパンのスペシャリストとして知られる名ピアニスト、ルービンシュタイン。彼は前半生はヨーロッパで、後半生はアメリカ合衆国で活躍しました。、そんな彼にとってこの1963 年の録音は歴史的な重要性を持っています。戦争のため、1914 年を最後に決してドイツで演奏することのなかったルービンシュタインですが、戦後になって、このオランダのナイメーヘンで演奏会を開催。もちろんドイツからも多くの聴衆が詰めかけ、大絶賛を送ったのでした。この日のプログラムの前半はメディチ・マスターズ(MM029)として既出、この盤で一夜の演奏会が完全に復元されることとなります。収録曲のメインはブラームスの協奏曲のライヴ録音で、スタジオ録音とは違った自発的で素晴らしい音楽を聴くことができます。こちらも良好に保存されたオリジナル・テープからの復刻です。録音チューリッヒ 1966 年5 月23 日(ステレオ)…1、オランダ、ナイメーヘン 1963 年4 月20 日(モノラル)…2-6

ICAC 5005
\2300→\1990
ザンデルリング&BBC ノーザン/ブルックナー:交響曲第3番
 ブルックナー(1824-1896):交響曲第3 番
  1.交響曲第 3 番(1888/1889 第3 稿)/
  2.ザンデルリングへのインタヴュー(インタヴュアー:ピエール・バートン=ページ)
BBC ノーザン・オーケストラ
 (現 BBC フィルハーモニック)/
クルト・ザンデルリング
ブルックナーの交響曲の中でも、ザンデルリンクがとりわけ愛したのが、この第3 番です。少なくとも8 種類の録音が知られており、この78 年のものも名演として語り継がれることでしょう。彼特有の美しい弦の響き、悠然としたテンポ設定、緊密、かつ作為のない自然な音楽の流れに身を浸していると、なぜ彼が、ブルックナーの最高の解釈者の一人として称賛されているのかがわかるような気がします。1982 年に行われた約10 分間のインタヴューでは、彼自身の経歴から、敬愛するクレンペラーへの惜しみない称賛までが語られます。ポール・ベイリーによる光り輝くようなリマスタリングで。録音ニューキャッスル シビック・センター 1978 年4 月21 日…1, BBC スタジオ 1982 年7 月21 日…2

ICAC 5007
\2300→\1990
この曲の絶対的名盤
 スヴェトラーノフ&BBC響/「冬の日の幻想」

  チャイコフスキー(1840-1893):
   交響曲第 1 番「冬の日の幻想」
  ストラヴィンスキー(1882-1971):火の鳥(1945 年版)
BBC 交響楽団…1/
フィルハーモニア管弦楽団…2/
エフゲニー・スヴェトラーノフ(指揮)
EN LARMES ELS-03-310 で出ていて、店主が絶賛していたもの。最近大学の講義で久しぶりにかけたが・・・・以前にもましてそのすごさに感動。

「歴史的名演ライヴCD−Rは出所が限られているため、スヴェトラーノフの録音は非常に少なかった。
だが今回登場したのは2002年4月19日、ロンドンでの録音。そう、スヴェトラーノフが急逝するわずか2週間前の演奏である。
音質良好。もちろん世界初出。
 演奏は・・・。この大ロマンティックの第2楽章にはただもう涙で泣き崩れるしかない。これは過大表現ではない。個人的な話しながら、スヴェトラーノフは好きだし、関心もある。しかし意外にクールに見てきたところもある。だが、この第2楽章はいけない・・・。極限まで落としたテンポで聴くものを感傷の渦にずるずるずると引きずり込んでしまう。引きずり込まれてなるものかと抗うけれど、その波はさらに大きくなり、ああ、ついに・・・。ちょっと感傷的なときなんかにこれを聴いちゃったら鼻水ズルズル状態になってしまう。
「なにウルウルしてるんですか」、なんて突っ込みを回りの人にされたくなかったら、夜中に一人で聴いたほうがいい。」(「クラシックは死なない!」より)

スヴェトラーノフの圧倒的名演がここにもあります。この2002 年4 月のチャイコフスキーの交響曲第1番は彼の死の2 カ月前の録音で、ロンドンで開いた最後のコンサートの中の1 曲です。以前から非正規盤として流通し、ファンを落涙させていた伝説の名演です。かたや「火の鳥」は今まで公式サイトのみにその存在が記されていた幻のフィルハーモニア管との演奏!ついにここでヴェールを脱ぎます。録音ロンドン バービカン・ホール(デジタル・ステレオ) 2002 年4 月19 日…1,1996 年6 月5 日…2

ICAC 5008
\2300→\1990
ジョルジュ・シフラのスカルラッティ!
 C.P.E.バッハ/D.スカルラッティ/クープラン/リスト
  1.C.P.E.バッハ(1714-1788):アンダンティーノロ短調/
  2.D.スカルラッティ(1685-1757):ソナタヘ長調/
  3.D.スカルラッティ:ソナタハ長調/
  4.D.スカルラッティ:ソナタイ長調/
  5.D.スカルラッティ:ソナタト長調/
  6.クープラン(1668-1733):クラヴサン組曲第 6 組曲第 1 番「収穫をする人々」/
  7.リスト(1811-1886):スペイン狂詩曲/
  8.リスト:ハンガリー狂詩曲第 2 番/
 《ボーナス》
  1.J.S.バッハ=リスト:幻想曲とフーガ S463/
  2.リスト:葬送曲
ジョルジュ・シフラ(ピアノ)
こちらもシフラの知られざる録音です。以前LP としてリリースされ、その後CD としての再発はありませんでした。彼のレパートリーとしては珍しいスカルラッティのソナタの何と斬新なこと!彼の最良のテクニックが誇示されています。リストに関しては、何も申し上げることがないでしょう。ボーナス・トラックに収録されたバッハ=リストの「幻想曲とフーガ」も初CD 化です。ポール・ベイリーの細心のリマスタリングで、リアルな音がよみがえりました。録音プラハ 1955 年(MONO)…1-8, トゥリン 1959 年1 月22 日(モノラル)…ボーナス

ICAC 5019
\2300→\1990
エイドリアン・ボールト
 1.ブラームス(1833-1897):
  交響曲第1番ハ短調 Op.68
 2.エルガー(1857-1934):
  創作主題による変奏曲「エニグマ」Op.36
 3.エイドリアン・ボールト85歳を記念放送からのインタビュー抜粋
BBC交響楽団/
ジョージ・タルベン・ボール(オルガン)…2/
エイドリアン・ボールト
20世紀の最も偉大な英国の指揮者である、エイドリアン・ボールト(1889-1983)はライプツィヒ音楽院でマックス・レーガーに作曲を学ぶも、当時この地で活躍していたアルトゥール・ニキシュに私淑し大きな影響を受けています。そんな彼は「エルガーの最良の解釈者」として名高いのですが、ニキシュの薫陶のおかげか、ブラームスも得意としていたレパートリーでした。彼はスタジオで3回ブラームスの第1番を録音していますが、このアルバムに収録された1976年のステレオ録音が唯一発表できる音源となっています。燃え上がるような情熱的な演奏です。エルガーは、一部のパートをオルガンで演奏するという珍しいヴァージョンで、こちらも興味深い音です。ボールト85歳の誕生日に行われたインタビューの抜粋(3分程度)は、ボールトの寛いだ姿が垣間見える貴重な記録です。録音 STEREO 1976年8月17日ロイヤル・アルバート・ホール…1, 1971年3月29日ロイヤル・アルバート・ホール…2, 1974年3月25日BBCスタジオ…3

ICAC 5021
(2CD)
\3000→\2490
ディミトリー・ミトロプーロス
 マーラー(1860-1911):交響曲第3番ニ短調
 《CD1》
  1.第1楽章力強く、決然と/
  2.第2楽章テンポ・ディ・メヌエットきわめて穏やかに/
  3.第3楽章コモド・スケルツァンド急がずに/
  4.第4楽章きわめてゆるやかに、神秘的に「おお、人間よ」/
  5.第5楽章快活なテンポで、大胆な表出で「3人の天使が歌う」/
 《CD2》
  1.第6楽章ゆるやかに、安らぎに満ちて、感情を込めて/
2-4.ドビュッシー(1862-1918):海/
《ボーナス・トラック》
 5.ケルン放送交響楽団へのミトロプーロスの挨拶(1950年代)
ルクレツィア・ウェスト(メゾ・ソプラノ)/
ケルン放送女性合唱団(現ケルンWDR放送合唱団)/
ケルン大聖堂合唱団/
ケルン放送交響楽団(現ケルンWDR交響楽団)/
ディミトリー・ミトロプーロス(指揮)
ギリシャ、アテネ生まれの大指揮者ミトロプーロス(1896-1960)は、バーンスタイン出現前のアメリカにおいて「マーラーの伝道者」として名を残す偉大な指揮者です。彼は1960年11月2日にミラノでマーラーの第3番のリハーサル中にこの世を去りましたが、このケルン放送響との演奏は、逝去する2日前の記録であり、またニューヨーク・フィルとの演奏のようにカットなどが施されることもない「完全な形」としての作品です(以前、他のレーベルからのリリース歴もありますが、こちらはWDR所有のマスター・テープからの復刻です)。その1週間前に録音されたドビュッシーとともに、ミトロプーロスの真の姿を知るための貴重な演奏記録です。録音 ケルン放送 ホール1(MONO), 1960年10月31日…マーラー, 1960年10月24日…ドビュッシー

ICAC 5023
\2300→\1990
ユーリ・バシュメット
 1.ブラームス(1833-1897):
  交響曲第3番ヘ長調 Op.90/
 2.チャイコフスキー(1840-1893):
  交響曲第6番ロ短調「悲愴」Op.74
国立ノーヴァヤ・ロシア交響楽団/
ユーリ・バシュメット(指揮)
現在、最も偉大なるヴィオラ奏者の一人とされるユーリ・バシュメット(1953-)は、最近指揮者としてもめきめき頭角を現し、素晴らしい録音を次々と発表しています。1990年に創立された国立ノーヴァヤ・ロシア交響楽団は1992年からバシュメットが指揮台に立ってきましたが、2002年に芸術監督に就任してからは、その水準が飛躍的に高まり、今やロシアを代表する名オーケストラの一つとして、ゲルギエフやアシュケナージを始めとした大指揮者が訪れたりと、若き情熱を溢れるが如く披露しているのです。決して禁欲的でない芳醇な響き、そして何かを渇望するような斬新な解釈。これらはまさにオーケストラの名が示す通り(ノーヴァヤはロシア語で新しいの意)新時代のロシアを代表する楽団として世界に君臨することでしょう。録音 STEREO DDD 2004年4月27日…1, 2005年2月7日…2 モスクワ・コンセルヴァトワリー・グレート・ホールライヴ録音

******************

 最初がブラームス。
 お、面白い!
 冒頭から変な管楽器の使い方してるし、弦を妙に強調したりして「鬼才」的雰囲気を醸し出してる!ほかの人がやらないことをやってやろうという意欲満々。悪くないよ。第3楽章なんてそうとう練りこんでて、泣き泣き系演奏としてはかなり印象的。終楽章も歯切れいいし、なかなかダイナミック。バシュメットにこんなエネルギッシュな一面があるとはね。コンサートで見たときは愛想のいいセールスマンみたいだったけど、一皮剥けたのかな。

 そしていよいよ「悲愴」。バシュメットはこのオケといっしょに日本にやってきててこの曲をやったみたい。
 じゃあ、聴いてみますか。
 おっと・・・!
 第1楽章、思いっきり粘り腰の演出でずいぶん大河的。そして大爆発!や、やるぞ、バシュメット!うねるような怒涛の流れが一気に爆裂して砕け散った!このダイナミズム!すごいよ、バシュメット!
 こういう大スケール演奏の「悲愴」を聴くと、「誰それに似てる」とか「○○風解釈」とか言いたくなるが、この演奏、きわめて独創的。ハラハラしながら息を呑んでいるうちにあっという間に第1楽章が終わってしまった。バシュメット、そうとう練りこんできてる・・・。こんな「悲愴」久しぶり。
 第2楽章は快速テンポで贈る退廃的なワルツ。明日には崩壊しそうな帝国ロシアの落日。死に急ぐ貴族の舞踏会。ラストに向けて心臓の鼓動が高くなる。
 第3楽章は第2楽章のせきたてるような切迫感そのままに、緊張したスケルツォで始まる。そして煽る低弦、叫ぶ管楽器、決して流れを止めないバシュメットの指揮。・・・無節操な進軍はやがてくる悲劇を予感させながら壮大に終わる。
 そして終楽章。
 どこかから見つけ出してきた古文書を一頁一頁めくるかのように、バシュメットはきわめて大事に大事に音楽を進めていく。これまでのダイナミズムと一転、胸にこみ上げてくる切々とした情感。これは一日二日で創り上げたハリボテの音楽じゃない。さらにその迫り来る情感は一気にボルテージを上げ、聴くものの心臓をあからさまに締め付けてくる。狂おしく悩ましく、音楽という鎖はギリギリと全身に巻き付いて息ができない。
 そして悲劇の大団円。静寂。・・・解放。

 バシュメット、いつのまにこんなに進化していたんだ・・・

ICAC 5032
\2300→\1990
エミール・ギレリス
 1.ベートーヴェン(1770-1827):ピアノ協奏曲第4番Op.58
 2.チャイコフスキー(1840-1893):ピアノ協奏曲第2番Op.44(ジローティ改訂版)
1...ハレ管弦楽団/
ジョン・バルビローリ(指揮)/
2...ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団/
キリル・コンドラシン(指揮)
エミール・ギレリス(ピアノ)
まずは、1966年のエディンバラ・ライブでのギレリスのピアノをお聴きください。バックを務めるのは、細部まで入念な解釈を施されたバルビローリ指揮のハレ管です。すばらしい詩情、想像力とパワフルな音を持ち合わせたピアノの音色。これが拮抗し、ある時は絡み合い、あくまでも対等な立場でベートーヴェンを紡ぎ出していくのです。ギレリスはこの曲を2回(1957年と1968年)スタジオ録音していますが、このライブ録音は、彼の「翼をとらえた」とも言える良い音でした。チャイコフスキーのピアノ協奏曲第2番は、ジローティによる短縮版を使っています。コンドラシンの指揮はLPOを「本物のロシアの音」に変えてしまうほどに熱の入ったものでした。ここでのギレリスは、驚くべきテクニックと妙技を惜しげもなく披露。この演奏で、ニューヨーク・タイムズは彼のことを「小さな巨人」と呼んだのです。録音 1…1966年9月13日エディンバラ音楽祭 アッシャー・ホール/2...1959年2月23日BBC マイダ・ヴェイル・スタジオ アンビエント・マスタリング

ICAC 5045
\2300→\1990
アラウ/クレンペラー&ドホナーニ
 ショパン:ピアノ協奏曲第1番ホ短調/
 ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番ト長調
クラウディオ・アラウ(ピアノ)/
《ショパン》
ケルン放送交響楽団/
オットー・クレンペラー(指揮)/
《ベートーヴェン》
ケルン放送交響楽団/
クリストフ・フォン・ドホナーニ(指揮)
 チリ生まれのピアニスト、クラウディオ・アラウ(1903-1991)の名演です。
 彼は1911年サンティアゴでデビューし、その後ベルリンでリストの高弟であるマルティン・クラウゼに師事しています。1914年にはベルリンでデビューし、メンゲルベルクやフルトヴェングラーなどの大指揮者と共演し、その名声を確立させました。1941年のカーネギー・ホール・デビューを機会に、その翌年本拠地をアメリカに移すことで、活動の舞台を世界へと広げました。レパートリーの広い人でしたが、とりわけ、ショパンやリスト、ベートーヴェンの演奏にて、並ぶ者のないほどの高い評価を受けています。またベートーヴェン、ウェーバー、シューベルトのソナタ連続演奏会を行ったことでも知られています。
 このCDに収録された演奏は、どちらもWDR(ケルン放送)に保存されていたオリジナルのテープの復刻です。ショパンの方はクレンペラーが指揮したという、とても貴重なもの。これまでにも出所のわからない復刻盤が出ていましたが、こちらは確かな音源を新しくマスタリングしたものであり、その点でもご満足いただけるのではないでしょうか。
 この演奏について、批評家ジェド・ディストラーは「感情的な新鮮さと自由なフォルムはまさに理想的であり、彼の比較的慎重なスタジオ録音とは鋭い対比を見せる、活気のあるパフォーマンスである」と述べています。ベートーヴェンの協奏曲も1955年のスタジオ録音を凌駕するものと言えそうです。
 録音 《ショパン》1954年10月25日ケルン放送 第1ホール/《ベートーヴェン》1959年4月6日ケルン放送 第1ホールMONO

ICAC 5047
\2300→\1990
クレンペラー&ケルン放送響
 メンデルスゾーン:劇音楽「真夏の夜の夢」/
 ベートーヴェン:交響曲第8番ヘ長調 Op.93
オットー・クレンペラー(指揮)/
ケルン放送交響楽団/
《メンデルスゾーン》
ケイト・メーラー=ジーパーマン(ソプラノ)/
ハンナ・ルートヴィヒ(メゾ・ソプラノ)/
ケルン放送合唱団(カール・カウフホールド…合唱指揮)
 オットー・クレンペラー(1885-1973)も20世紀を代表する指揮者の一人です。彼はポーランドに生まれ、幼い頃にハンブルクに移り、少年時代を過ごしながら音楽教育を受け始めます。その後ドイツでマーラーの薫陶を受け、指揮活動を始めました。1921年にはベルリン・フィルハーモニー管弦楽団に指揮者としてデビューしますが、ナチスを逃れアメリカ合衆国へと亡命します。1933年からロスアンジェルス・フィルハーモニックの指揮者となりますが、1939年病を得て、一度はアメリカでの活動を停止せざるを得なくなってしまいました。しかし、第二次世界大戦後はヨーロッパに戻り、ハンガリーを皮切りに世界中で活躍を始めます。1952年にはEMIと契約し、一層活躍の場を広げたクレンペラーは、この1955年のケルン放送交響楽団とのメンデルスゾーン(1809-1847)の演奏会で大成功を収めたのをきっかけとして、1959年からフィルハーモニア管弦楽団初の常任指揮者の地位につくことになるのです。
 この録音は、そのメンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」と、前年に行われた演奏会からベートーヴェン(1770-1827)の交響曲第8番を収録。ケルン放送局所蔵のテープをリマスタリングした貴重な記録です。
 録音 《メンデルスゾーン》1955年6月9-11日ケルン放送 第1ホール/《ベートーヴェン》1954年10月25日ケルン放送 第1ホールMONO

ICAC 5048
\2300→\1990
ジュリアス・カッチェン&ルドルフ・ケンペ
 ブラームス:ピアノ協奏曲第1番ニ短調Op.15 他

  .屮蕁璽爛后Д團▲龍奏曲 第1番 ニ短調 Op.15/
   ▲轡腑僖鵝Д丱蕁璽 第3番 変イ長調 Op.47/
   リスト:メフィスト・ワルツ 第1番 S514/
   ぅ轡紂璽泪鵝Э垢両襍覆ら「予言の鳥」Op.82-7/
   ゥ▲襯戰縫后Дぅ戰螢 第2集から「トゥリアーナ」/
   Ε献絅螢▲・カッチェンとジョン・エイミス、
     モーツァルトのピアノ協奏曲 第20番 ニ短調 K466と
     ブラームスのピアノ協奏曲 第1番についての対談
ジュリアス・カッチェン(ピアノ)/
BBC交響楽団/
ルドルフ・ケンペ(指揮)
 アメリカのピアニスト、ジュリアス・カッチェン(1926-1969)は幼い頃から「神童」として知られていました。10歳でモーツァルトのピアノ協奏曲第20番を演奏しデビューした彼は、その演奏を聴いたオーマンディに招かれ、ニューヨークでフィラデルフィア管弦楽団と共演も果たしました。しかし、アメリカの音楽界になじめず、1946年にヨーロッパへ行き、その翌年にはパリに定住。42歳の若さでこの世を去るまで、いくつもの素晴らしい演奏を残すことになったのです。
 彼はとりわけブラームスの解釈者として知られ、このケンペとの協奏曲第1番でも独特な解釈と深い理解が見てとれる演奏を聞かせます。また、彼の比較的珍しいレパートリーであるリストやシューマン、ショパンとアルベニスも収録されています。最後に収録されたジョン・エイミスによるインタビューは、カッチェンがモーツァルトとブラームスの解釈についてじっくりと語っています。
  録音1967年10月11日 ロンドン BBC,マイダ・ヴァレ・スタジオ/↓ 1965年10月4日ロンドン ブロードキャスティング・ハウス,BBCコンサート・ホール/き 1958年9月29日ロンドン BBC,マイダ・ヴァレ・スタジオ/ 1967年12月15日ロンドン BBCスタジオMONO

ICAC 5053
\2300→\1990
ロジェストヴェンスキー&BBC響
 「惑星」/青少年のための管弦楽入門

 1.ホルスト(1874-1934):組曲「惑星」Op.32/
 2.ブリテン(1913-1976):青少年のための管弦楽入門Op.34
BBC交響楽団/
女性合唱団(1のみ)/
ゲンナジ・ロジェストヴェンスキー(指揮)
常にハイテンションで知られるロジェストヴェンスキーは、1978年から1981年までBBC交響楽団の首席指揮者の地位にあり、多くの刺激的なレパートリーで聴衆を魅了しました。彼はもともとイギリスの作曲家たちの作品がお気に入りで、ブリテンの「真夏の夜の夢」をロシアで初演したり、メロディア・レーベルにヴォーン・ウィリアムズの交響曲全集を録音したり、また、マックスウェル・デイヴィスの交響曲第2番を初演する他、イギリス現代音楽の普及にも積極的に携わっていることで知られています。このアルバムには、1980年に演奏されたホルストの「惑星」と、1981年に来日した際、大阪で行われた公演からのブリテンを収録。「惑星」でのエキサイティングな演奏はもちろんのこと、ロジェストヴェンスキーのディスコグラフィに初となる「青少年のための管弦楽入門」でも、各々の楽器の音色を最大限に生かした、イカス演奏を聴かせています。ダイナミック・レンジも広く捉えられた優秀録音です。録音 1980年3月12日ロイヤル・フェスティヴァルホール…1/1981年6月1日大阪フェスティバルホール…2 STEREO

ICAC 5055
\2300→\1990
バックハウス
 1959年 ベートーヴェン・ホールでの「ハンマークラヴィーア」
 1.シューベルト(1797-1828):即興曲変ロ長調 Op.142-3 D935/
 2.ベートーヴェン(1770-1827):ピアノ・ソナタ第6番ヘ長調 Op.10-2/
 3.ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第29番変ロ長調「ハンマークラヴィーア」Op.106
ヴィルヘルム・バックハウス(ピアノ)
ドイツの偉大なピアニスト、バックハウス(1884-1969)は弱冠16歳で最初のコンサート・ツアーを行ったのを皮切りに、世界各国で演奏会を行いました(とはいうものの、1912年にデビューしたアメリカでは、第二次世界大戦中にナチスの宣伝塔として利用されてしまったことが理由で、戦後アメリカでの公演拒否運動が起こり、結局1954年まで演奏会を行うことはできませんでした)。このアルバムには、彼が最も得意としたベートーヴェンを中心としたプログラムによる1959年9月24日の公演のライヴ録音が収録されています。円熟期を迎えたバックハウスによる神々しいまでの「ハンマークラヴィーア」は、現在CDとして入手できる1952年版の解釈を深化させたものとして評価されることは間違いありません。録音 MONO 1959年9月24日ボン ベートーヴェン・ホール

ICAC 5062
\2300→\1990
アニー・フィッシャー&カイルベルト
 シューマン:ピアノ協奏曲イ短調

 1.シューマン(1810-1856):ピアノ協奏曲イ短調 Op.54/
 2.ベートーヴェン(1770-1827):
  エロイカ変奏曲とフーガOp.35/
  3.ピアノ・ソナタ第30番ホ長調 Op.109
アニー・フィッシャー(ピアノ)…1-3/
ケルン放送交響楽団/
ヨーゼフ・カイルベルト(指揮)…1 MONO
 ハンガリー生まれのピアニスト、アニー・フィッシャー(1914-1995)は、幼い頃から音楽の才能を発揮、8歳にしてベートーヴェンの協奏曲第1番を演奏したと伝えられています。1923年にフランツ・リスト音楽院に入学、エルンスト・フォン・ドホナーニなどの名手から指導を受けました。在学中から国際的に注目を浴びていましたが、1933年に開催された「リスト国際ピアノ・コンクール」で優勝したことで、更なる輝かしい経歴を付け加えたのです。卓越した技巧と表現力は、かのスヴャトスラフ・リヒテルも賞賛したのですが、残念ながら残された演奏があまり多くないため、その真価がなかなか伝わらない人でもあります。
 彼女の録音で最も知られているものの一つに、友人であったクレンペラーとのシューマン&リストの協奏曲がありますが、この盤に収録されているのは、それより数年前のライヴ録音で、重量級のクレンペラーに比べ、柔軟性のあるカイルベルトの伴奏が、彼女の伸びやかな資質を存分に引き出しています。またベートーヴェンのソナタについては、70年代の全曲録音(彼女はこの演奏が気に入らず、生前に発売されることはなかった)が知られていますが、こちらはそれよりも20年近くも以前の演奏。力強いタッチが魅力的です。
録音 1958年4月28日ケルン放送 第1ホール…1/1957年2月11日ケルン放送 第1ホール…2-3

ICAC 5063
\2300→\1990
ボールト&BBC交響楽団
 ブラームス:交響曲第3番/エルガー:交響曲第1番

  1.ブラームス(1833-1897):交響曲第3番ヘ長調 Op.90/
  2.エルガー(1857-1934):交響曲第1番変イ長調 Op.55
BBC交響楽団/
エイドリアン・ボールト(指揮)
 20世紀最大のイギリスの指揮者、エイドリアン・ボールト(1889-1983)は、エルガーとホルストの正しい解釈者としても並ぶ者がありません。また1930年にBBC交響楽団の初代首席指揮者に就任し、当時「最新」の音楽の普及にも努めたことも忘れてはいけないでしょう。この盤には、すでに晩年に差し掛かってきた巨匠の確固たる演奏が収録されています。プロムスにおけるブラームスの演奏は、学生時代に薫陶を受けたニキシュから受け継いだ「ドイツ音楽の精神」が宿る情熱的で真摯なもの。1976年にライヴ録音された第1番と並ぶ見事な音楽です。エルガーは、まさにボールトの「黄金時代」を象徴する記録であり、同じ年のLPOとのスタジオ録音よりも燃焼度が高いことで知られています。プロムス100周年の記念盤に付録として収録された音源です。
録音 1977年8月6日…1/1976年7月28日…2 ロイヤル・アルバート・ホールSTEREO

ICAC 5069
\2300→\1990
スヴェトラーノフ/死の2週間前の「鐘」
 ラフマニノフ:詩曲「鐘」/
 プロコフィエフ:カンタータ「アレクサンダー・ネフスキー」
エフゲニー・スヴェトラーノフ(指揮)/
《詩曲「鐘」》
ダニール・シトダ(テノール)/
エレナ・プロキーナ(ソプラノ)/
セルゲイ・レイフェルクス(バリトン)/
BBC交響楽団&合唱団/
《アレクサンダー・ネフスキー》
アルフレーダ・ホジソン(メゾ・ソプラノ)
フィルハーモニア管弦楽団&合唱団
 モスクワ出身の大指揮者、スヴェトラーノフ(1928-2002)。彼は1955年からボリショイ劇場で指揮活動を始め、1962年から同歌劇場の首席、1965年からはロシア国立交響楽団(当時はソ連国立交響楽団)の首席指揮者を務めました。1979年からはロンドン交響楽団の客演指揮者に就任し、イギリスへのロシア音楽の普及に高く貢献したことでも知られます。日本にも頻繁に来日してNHK交響楽団を指揮、たくさんのロシア音楽ファンを増やしています。
 このラフマニノフ(1873-1943)は彼の死の2週間前の録音で、BBC交響楽団と合唱団の豊かで華麗な響きを存分に引き出し、また、全編恐ろしいまでの緊張感を湛えた演奏です。彼の訃報を聞いたBBCの楽団員たちは本当に嘆き悲しんだことでしょう。
 もう1曲のプロコフィエフ(1891-1953)は1988年の録音で、当時の批評では「今まで聞いたアレクサンドル・ネフスキーを凌駕する詳細で信憑性のある演奏であり、勝利に満ちたフィナーレ」と絶賛された名演です。スヴェトラーノフがどれほどイギリスで愛されていたかがわかる1枚です。音質良好です。
 録音 《詩曲「鐘」》2002年4月19日ロンドン バービカン/《アレクサンダー・ネフスキー》1988年1月30日ロンドン ロイヤル・フェスティヴァル・ホールSTEREO

ICAC 5070
\2300→\1990
イタリア弦楽四重奏団
 ボッケリーニ/モーツァルト/ベートーヴェン:弦楽四重奏曲

 1.ボッケリーニ(1743-1805):
  弦楽四重奏曲ト長調 「ティラーナ」Op.44-4/
 2.モーツァルト(1756-1791):弦楽四重奏曲第17番変ロ長調 「狩り」K458/
 3.ベートーヴェン(1770-1827):弦楽四重奏曲第15番イ短調 Op.132
イタリア弦楽四重奏団
<メンバー>
パオロ・ボルチャーニ(第1ヴァイオリン)/
エリサ・ペグレッフィ(第2ヴァイオリン)/
ピエロ・ファルッリ(ヴィオラ)/
フランコ・ロッシ(チェロ)
 20世紀最高のアンサンブルの一つとされる「イタリア弦楽四重奏団」は1945年にカプリでデビュー、最初は、メンバー名に「新(Nuovo)」が付いていましたが、1951年からは現名称を用い、途中で若干のメンバーの変更を行いつつも、1980年に解散するまで古典から近代までの幅広いレパートリーを保持していました。中でも、1974年にポリーニと共演したブラームスのピアノ五重奏曲は永遠の名演として、今でも輝きは失せることがありません。
 この演奏は、1965年、活動期間の中期のロンドンでのライブ録音で、そろそろ彼らが国際的な知名度を得て、その後のモーツァルト、シューマン、ブラームス、ウェーベルンの弦楽四重奏全集の完成へと繋がる気炎万丈の表現を聴くことができます。彼らが得意とするモーツァルト、そして珍しいボッケリーニ(これ以外では1956年のモノラル録音が存在するのみ)、この上なく素晴らしいベートーヴェン、と、彼らのライブならではの高揚感に満ちた演奏がステレオで聴ける貴重なアルバムです。
 録音 1965年2月22日ロンドン ロイヤル・フェスティヴァル・ホールSTEREO

ICAC 5077
\2300→\1990
エミール・ギレリス、
 マリオ・ロッシとのブラームス:ピアノ協奏曲第2番

  1.ブラームス(1833-1892):ピアノ協奏曲第2番変ロ長調Op.83/
  2.ドビュッシー(1862-1918):映像第1集
   <-水に映る影/-ラモーをたたえて/-運行>/
  3.プロコフィエフ(1891-1953):ピアノ・ソナタ第3番Op.28/
  4.プロコフィエフ:つかの間の幻影第3.5.10.11.17番
ケルン放送交響楽団/
マリオ・ロッシ(指揮)…1/
エミール・ギレリス(ピアノ)
 20世紀を代表するロシアの名ピアニスト、エミール・ギレリス(1916-1985)の50代、脂の乗り切った時期の演奏集です。彼はオデッサで生まれ、1930年にオデッサ音楽院に入学、17歳で全ソ連ピアノ・コンクールで優勝した後、1938年、22歳でイザイ国際コンクールの優勝で国際的に認められます。西側で自由に活動することを政府から許されたソ連最初の芸術家として知られ、同じく活動を許可されたヴァイオリニスト、オイストラフと共に演奏旅行を行いました。1947年からヨーロッパで演奏旅行を行い、1955年にはアメリカにデビュー、その優れた音楽性と「鋼鉄のタッチ」は多くの聴衆を魅了しました。
 このCDに収録されている1971年のブラームスは彼の絶頂期の録音で、同じ頃のスタジオ録音(ヨッフム指揮のベルリン・フィル)にも匹敵する熱のこもったライブです。その3年後のドビュッシーとプロコフィエフは、どちらもギレリスのお気に入りの作品で、陰影に満ちたドビュッシーと、めりはりのあるプロコフィエフは、ベートーヴェンやブラームスなどのドイツ音楽とは違った味わいを生み出しています。
 録音 1971年3月19日ケルン放送第1ホール…1/1974年12月11日ケルン放送第2ホール…2-4 STEREO

ICAC 5078
\2300→\1990
エフゲニー・スヴェトラーノフ
 お得意のラフマニノフとバーンスタインの「キャンディード」!!

  1.ラフマニノフ(1873-1943):交響曲第2番ホ短調 Op.44/
  2.バーンスタイン(1918-1990):「キャンディード」序曲
フィルハーモニア管弦楽団…1/
ロンドン交響楽団…2/
エフゲニー・スヴェトラーノフ(指揮)
 偉大なるロシアの指揮者エフゲニー・スヴェトラーノフ(1928-2002)の没後10年を記念してリリースされる名演集です。モスクワ音楽院で学び、1955年からボリショイ劇場で指揮を始め、1962年に首席指揮者に任命されました。1965年からはロシア国立交響楽団の音楽監督に就任、2000年までその地位にあり、「グリンカ以降の全てのロシア、ソ連邦の交響曲を録音する」という野望に燃え(その悲願は残念ながら果たせませんでしたが)次々と名演を披露していきます。また頻繁に来日し、NHK交響楽団の秘められた底力を引き出したことも特筆すべき点でしょう。
 ラフマニノフは、彼が最も愛した作曲家の一人であり、この第2番の交響曲もスヴェトラーノフらしい濃厚で熱い表現が漲っています。また、バーンスタインの「キャンディード」序曲は、スタジオ録音すら存在しない貴重なものであり、華麗かつ躍動感に満ちた演奏は、スヴェトラ・ファンは泣いて喜ぶことはもちろん、ファンならずとも心が躍る素晴しいものです。優れた音質も特筆すべき点でしょう。
 録音 1993年3月15日ロンドンロイヤル・フェスティヴァル・ホール…1/1978年8月28日エディンバラ音楽祭 アッシャー・ホール…2 STEREO

ICAC 5079
\2300→\1990
ジョルジュ・シフラ〜全て商業的初出音源
 1.グリーグ(1843-1907):ピアノ協奏曲イ短調Op.16/
 2.リスト(1811-1886):ピアノ協奏曲第1番変ホ長調/
 3.リスト:ハンガリー民謡の主題による幻想曲/
 4.リュリ(1632-1687):ガヴォットとロンドーニ短調/
 5.D.スカルラッティ(1685-1757):ソナタニ長調K96
フランス国立放送管弦楽団…1-3/
ジョルジュ・ツィピーヌ(指揮)…1/
アンドレ・クリュイタンス(指揮)…2-3/
ジョルジュ・シフラ(ピアノ)
 ハンガリー、ブダペスト生まれのジョルジュ・シフラ(1921-1994)は5歳の時にサーカスや居酒屋で即興演奏を行い、幼い頃から「ショーマン」としての才能を遺憾なく発揮していたことが知られています。そして、フランツ・リスト音楽院に入学し、エルネ・ドホナーニに師事することでピアニストとしての能力を飛躍的に高めました。しかし、当時ソ連の影響下にあったハンガリーから脱出を試みるも残念ながら失敗し、1950年から3年間懲役刑に処せられてしまいます。この時は酷い拷問を受けるなど、かなり悲惨な体験をしたのですが、釈放されると同時に、QualitonレーベルとSupraphonレーベルに録音を開始。これを足がかりに西ヨーロッパでの活躍の糸口をつかみ、1956年10月の「ハンガリー動乱」の際にはウィーンに逃れることができ、そこで卓越した成功を収めたのです。
 その後、西ヨーロッパからパリ、ロンドン、ニューヨークなどのツアーを経て、最終的にはフランスに定住し、その名を轟かせました。彼の演奏は驚くほど豪快であり、とりわけリストの作品での技巧の冴えについては、たとえ「音楽性に乏しい」と言われたとしても、やはり右に出るものはいないでしょう。しかし、グリーグの協奏曲には驚くほど内省的な部分もあり、また、スパイスの効いたリュリやスカルラッティの小品からも、彼の知られざる一面が伺えます。
 全て商業的初出音源です。
 録音 1959年4月17日パリ…1/1959年3月12日パリ…2-3/1959年1月20日ルクセンブルク…4-5 MONO

ICAC 5081
\2300→\1990
グィド・カンテッリ、貴重なライヴ音源
 1.シューマン(1810-1856):交響曲第4番ニ短調Op.120/
 2.ドビュッシー(1862-1918):聖セバスチャンの殉教-組曲/
 3.ドビュッシー:海
フィルハーモニア管弦楽団/
グィド・カンテッリ(指揮)
 たった36歳という若さで飛行機事故のために不慮の死を遂げた、才能ある指揮者グィド・カンテッリ(1920-1956)の珍しいライヴ録音の登場です。
 彼はミラノ近郊の町ノヴァラで生まれ、幼い頃からピアノの才能を発揮、ミラノ音楽院に進学し、指揮と作曲を学びます。21歳でノヴァラに戻り、トスカニーニに拠って創設された「コッチア劇場」の芸術監督に就任しますが、就任直後にイタリア軍に強制召集され、そこで反骨精神を発揮、ドイツ軍に逮捕されてしまいます。しかし、首尾よく脱走を図り、ミラノでレジスタンス活動に身を投じるうちに、イタリアが無条件降伏し、ようやく自由の身となったのでした。
 終戦後の1945年に初めてスカラ座を指揮し、その目覚ましい指揮ぶりは「トスカニーニの後継者」と言われるまでになります。1948年にトスカニーニとカンテッリは初めて会うこととなり、その翌年にはトスカニーニの招きでNBC交響楽団を指揮し、それを拠点にアメリカへ進出。1949年からは毎年アメリカで指揮をするようになります。1950年にはエディンバラ音楽祭、1951年にはルツェルン、ザルツブルク、ヴェネツィアの各音楽祭に出演、またフィルハーモニア管とともにEMIへの録音も開始します。しかし、そんな目覚ましい活躍をする彼に残された時間はごく僅かであったことを知っている人はがいたのでしょうか?
 この死の2年前のライヴ録音は白熱するエネルギーと、息を飲むような緊張感に充たされたもので、精緻なスタジオ録音とはまた違った面をみせてくれています。
 録音 1954年9月9日エディンバラアッシャー・ホールMONO



ICAC 5084
\2300→\1990
スヴャトスラフ・リヒテル:ベートーヴェン・リサイタル
 1.ピアノ・ソナタ第3番ハ長調 Op.2-3/
 2.バガテルト長調 Op.126-1 /
 3.バガテルロ短調Op.126-4/
 4.バガテル変ホ長調 Op.126-6/
 5.ピアノ・ソナタ第29番変ロ長調「ハンマークラヴィーア」Op.106
スヴャトスラフ・リヒテル(ピアノ)
 ロシアの偉大なピアニスト、スヴャトスラフ・リヒテル(1915-1997)はその卓越した演奏技術から20世紀最大のピアニストと称されました。彼は独学でピアノを始め、1937年にモスクワ音楽院に入学、ゲンリフ・ネイガウスに師事したものの、すでに完成した技術を持っていたと言われるほどでした。しかし、当時の冷戦下、西側諸国での演奏旅行の許可がなかなか下りず、彼がヨーロッパやアメリカで演奏を行うことができたのは、1960年になってからのことでした。その時ニューヨークで演奏したベートーヴェンのピアノ・ソナタ第3番は大好評を得ています。
 このロンドンでの演奏会はその第3番のソナタと、これまた彼が得意としていた第29番「ハンマークラヴィーア」を中心としたプログラムで、ベートーヴェンにおけるリヒテルの深い解釈と、彼の冴えた技巧を存分に味わえます。録音嫌いで知られるピアニストの貴重な記録です。
 録音 1975年6月18日ロイヤル・フェスティヴァル・ホール STEREO
 

ICAC 5085
\2300→\1990
シューラ・チェルカスキー
 1.ショパン(1810-1849):ピアノ協奏曲第1番ホ短調 Op.11/
 2.ショパン:ピアノ協奏曲第2番ヘ短調 Op.21
シューラ・チェルカスキー(ピアノ)/
<1>BBCスコティッシュ交響楽団/
クリストファー・エイディ(指揮)/
<2>BBC交響楽団/
リチャード・ヒコックス(指揮)
 シューラ・チェルカスキー(1909-1995)は、晩年になって毎年日本に来日し、その深い音楽性と暖かみのある人間性で多くの聴衆を魅了していました。彼はもともとはロシア生まれでしたが、1917年に勃発したロシア革命を機に、家族とともにアメリカ合衆国に亡命、カーティス音楽院でヨゼフ・ホフマンに師事し、華麗な演奏技術を身に着けたと言われています。1920年、11歳の時にボルティモアで伝説的なデビュー・コンサートを行い、1925年にはオーストリア、南アフリカなどへのコンサートツアーの開催、また数多くの音楽祭や演奏会に出演することで名声を高め、1940年代にカリフォルニアに移住してからは、バルビローリやストコフスキーと共演し、一層知名度を上げています。
 バッハからベリオまで幅広いレパートリーを有していましたが、彼が最も得意としたのは、やはり19世紀のロマンティックな作品でした。このショパンの2つの協奏曲は、彼のレパートリーの中ではとても珍しいものではありますが、ここでの自然な息遣いと溢れかえるようなロマンティシズムは、まさに彼ならではのものではないでしょうか。
 録音 <1>1981年12月3日グラスゴー ブロードキャスティング・ハウス,第1スタジオ/<2>1983年8月30日ロンドン,ロイヤル・アルバート・ホール STEREO
 

ICAC 5090
\2300→\1990
クラウス・テンシュテット
 1-4.ブラームス(1833-1897):交響曲 第1番 ハ短調 Op.68/
 5-8.マルティヌー(189-1959):交響曲 第4番 H305
シュトゥットガルト放送交響楽団/
クラウス・テンシュテット(指揮)
録音 1976年9月24日 ゲッピンゲン 州立劇場…1-4, 1973年4月26日 SDRシュトゥットガルト放送…5-8 STEREO ADD
 以前「Concept」レーベルから突如発売されたテンシュテット&シュトゥットガルト放送交響楽団のブラームスとマルティヌー。
 このレーベル自体謎であり、以降のリリース予定がアナウンスされていたにも拘らず、その後一切消息不明となっており、なおかつ「日本のみ」で発売されていたという不思議な音源です。
 今回はICA CLASICCSが正式なライセンス契約を結び、発売に至ったもので、CD本体には「初リリース」と記されています。ブラームスでの溢れるパトス、美しい弦とふくよかな木管楽器の響きはとりわけ高く評価されていおり、またマルティヌーはレパートリーの珍しさでも注目を集めたものです。
 

ICAC 5091
\2300→\1990
ハンス・ロスバウト
 1-5.マーラー(1860-1911):交響曲 第5番 嬰ハ短調
ケルン放送交響楽団/
ハンス・ロスパウト(指揮)
録音 1951年10月22日 MONO ADD ※初CD化
 オーストリアの指揮者ハンス・ロスバウト(1895-1962)は、現代ではどちらかというと「現代音楽の擁護者」として認知されています。確かに彼はシェーンベルクやバルトーク、ストラヴィンスキー、クルジェネク作品の普及に大いなる貢献を果たしました。
 そんな彼ですが、第二次世界大戦後にマーラーの作品演奏に情熱を燃やし、1948年から1962年までに南西ドイツ放送交響楽団をはじめ、シカゴ交響楽団やアムステルダムコンセルトヘボウなどで、次々にマーラーを演奏。まさに伝説的なマーラー指揮者としての名声を確立したのです。
 2012年はそんなロスバウトの没後50周年にあたり、このアルバムは偉大なる指揮者へのオマージュとして制作されたものです。無骨でクールな表現の中にときおり伺える熱い情熱は、この当時におけるマーラー演奏の先鞭をつけていたに違いありません。
 

ICAC 5092
\2300→\1990
ゲーザ・アンダ
 1-3.チャイコフスキー(1840-1893):
  ピアノ協奏曲 第1番 変ロ短調 Op.23/
 4-7.ブラームス(1833-1897):
  ピアノ協奏曲 第2番 変ロ長調 Op.83
ゲーザ・アンダ(ピアノ)/
ケルン放送交響楽団/
ゲオルク・ショルティ(指揮…1-3)/
オットー・クレンペラー(指揮…4-7)
録音 ケルン放送 第1ホール 1958年6月2日…1-3, 1954年4月5日…4-7 MONO ADD
 ハンガリー生まれのゲーザ・アンダ(1921-1976)は、その卓越した技巧と美しい音で「驚異的な演奏家」として知られています。フルトヴェングラーからは「ピアノの吟遊詩人」と呼ばれたアンダの演奏は、極めて自由であり、また歌心に富んだものでした。特にバルトークについては、フリッチャイと共演した第3番の協奏曲が伝説的名演として語り継がれています。
 このCDに収録された2つの協奏曲は、どちらも重厚華麗な曲で、アンダと同胞のショルティとの火花散るかのようなチャイコフスキーと(こちらは初出)、クレンペラーの個性的な音楽作りが楽しめるブラームス(こちらは新リマスタリング)ともども、見事なものです。
 

ICAC 5094
(2CD)
\3000→\2490
ハルトムート・ヘンヒェン マーラー:交響曲 第1番&第8番
<CD1>
 1-4.交響曲 第1番 ニ長調/
 5-12.交響曲 第8番 変ホ長調 第1部/
<CD2>
 1-17.交響曲 第8番 変ホ長調 第2部
<8番のソリスト・合唱団>
リタ・クリス(ソプラノ)…罪深き女/
アンジェラ・マリア・ブラシ(ソプラノ)…告白する女/
オフェリア・サラ(ソプラノ)…栄光の聖母/
キャスリーン・キーン(メゾ・ソプラノ)…エジプトのマリア/
ラインヒルド・グンケル(メゾ・ソプラノ)…サマリアの女/
グレン・ウィンスラーデ(テノール)…マリア崇拝の博士/
ジョン・ブレヒラー(バリトン)…法悦の教父/
クルト・リドル(バス)…瞑想する教父/
ナショナル・コア・オブ・ザ・ウクライナ「ドゥムカ」/
ウクライナ放送合唱団/
ドレスデン・フィルハーモニー少年合唱団/
<1番&8番>
オランダ・フィルハーモニー管弦楽団/
ハルトムート・ヘンヒェン(指揮)
録音 アムステルダム・コンセルトヘボウ 1999年11月20日…第1番, 2002年9月10日…第8番 STEREO DDD
 1943年ドレスデン生まれのハルトムート・ヘンヒェン。彼は日本にも度々来日し、マーラー(1860-1911)やメンデルスゾーンなど、ドイツ、オーストリアのレパートリーを丁寧に聞かせてくれることで定評のある人です。ベルリン州立歌劇場で指揮者としてデビュー、その時はムソルグスキーの「ボリス・ゴドゥノフ」を演奏し大好評をおさめました。
 ドレスデン国立歌劇場やアムルテルダム、ベルリン・フィルとの客演を重ね、2002年からはドレスデン音楽祭の音楽監督を務めました。とりわけ大編成の作品を統率する力に優れ、ここで聴けるマーラーの第8番も、曲の持つ途方もないスケールと祝祭的な雰囲気をきっちり把握し、全く隙のない造形で、マーラーの真意を描き出しています。第1番についても、ムダのない動きと丁寧な響き作りが素晴らしく、マーラーの音楽と聞く楽しみを改めて思い起こさせてくれるような好演となっています。
 

ICAC 5095
\2300→\1990
アルトゥール・ルービンシュタイン
 1-4.ベートーヴェン(1770-1827):
   ピアノ・ソナタ 第3番 ハ長調 Op.2-3/
 5-12.ラヴェル(1875-1937):高雅で感傷的なワルツ/
 13.ショパン(1810-1849):夜想曲 変ニ長調 Op.27-2/
 14.ショパン:バラード 第1番 ト短調 Op.23/
<ボーナス・トラック>
 15.ショパン:
   アンダンテ・スピアナートと華麗なる大ポロネーズ Op.22
アルトゥール・ルービンシュタイン(ピアノ)
録音 ロンドン,ブロードキャスティング・ハウス,コンサート・ホール 1963年3月17日…1-14, 1959年10月6日…15 MONO ADD
 20世紀最大のピアニストのひとり、アルトゥール・ルービンシュタイン(1887-1982)のBBC放送における1963年のライブ録音の登場です。これはごく最近に発見された音源であり、これまで市販になったことはありません。ポーランド出身のルービンシュタインは「ショパンの専門家」であり、常にエピソードにも事欠かないユニークな人でした。
 この演奏は彼の76歳の時のものですが、まだまだテクニックも衰えることなく(とはいえ、もともと超絶技巧を誇るタイプではないので・・・)、ベートーヴェンからもショパンからも、若々しい情熱と詩情が湧き上がるように溢れてきます。まさに「伝説のカリスマ性」を感じさせる見事な演奏であり、永遠の青年たるルービンシュタインの姿を彷彿させるものです。ボーナス・トラックとして付された「アンダンテ・スピアナートとポロネーズ」も、まさにショパンと一体化したかのような凄い演奏です。

ICAC 5096
(2CD)
\3000→\2490
ジョン・バルビローリ
<CD1>
 1-4.シューベルト(1797-1828):交響曲 第4番 ハ短調 D417/
 5-12.ブリテン(1913-1976):
  テノール、ホルンと弦楽のための「セレナーデ」Op.31/
<CD2>
 1-4.シベリウス(1856-1957):交響曲 第2番 ニ長調 Op.43
ジェラルド・イングリッシュ(テノール…CD1.5-12)/
ヘルマン・バウマン(ホルン…CD1.5-12)/
ケルン放送交響楽団(ケルンWDR交響楽団)/
ジョン・バルビローリ(指揮)
 イタリア人の父とフランス人の母の間に生まれたジョン・バルビローリ(1899-1970)は、最初チェリストとして活動をはじめ、1921年にはエルガーの「チェロ協奏曲」の演奏を行うほどの名手でした。その後指揮者に転向、1936年には30代にしてニューヨーク・フィルハーモニックの首席指揮者に就任しトスカニーニの後継者としての地位を確立、その後、1943年からはハレ管の音楽監督として名声を馳せます。
 数多くのオーケストラに客演、その人柄と音楽性は団員からも聴衆からも絶大なる支持を受け、また残した演奏も全てが永遠の光を放つものです。マーラー、シベリウスの説得力ある解釈はもちろんのこと、ヴォーン・ウィリアムスやディーリアスも得意としていましたが、ここでは珍しいブリテンの「セレナーデ」を聴くことができます。ソリストにホルンの名手バウマンと、名歌手イングリッシュを迎えたこの演奏は、この曲についてのバルビローリの唯一の記録です。シューベルト、シベリウスの演奏は無論文句なし。ケルン放送SOも彼の要求に申し分なく応えています。
 録音 1969年2月7日 ケルン放送 第1ホール STEREO ADD

ICAC 5102
(2CD)
\3000→\2490
ヘルベルト・フォン・カラヤン〜1962年ロンドン・ツアー
<CD1>
 1.イギリス国歌/2.オーストリア国歌/
 3.モーツァルト(1756-1791):交響曲 第41番 ハ長調 「ジュピター」K551/
<CD2>
 ブルックナー(1824-1896):交響曲 第7番 ホ長調
  ※初CD化
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団/
ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮)
録音 1962年4月6日 ロンドン ロイヤル・フェスティヴァル・ホール MONO BBC
 20世紀の最大、最高の指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤン(1908-1989)。ザルツブルクに生まれ、若いうちから指揮者として活動をはじめ、1934年にはアーヘン歌劇場、1938年にはベルリン国立歌劇場で指揮、国際的な名声を得ます。しかし、第二次世界大戦後、ウィーン・フィルとの初の演奏会を控えた彼は、戦時中のナチスへの関与を理由に「公開演奏の停止処分」を受けることとなりますが、1947年に処分保留となり、その翌年にはウィーン交響楽団の首席指揮者、1949年にはウィーン楽友協会の音楽監督に就任。また、1954年にフルトヴェングラーが死去したことで、翌年にはベルリン・フィルの終身首席指揮者兼芸術総監督の地位に就任。名実ともに「楽壇の帝王」の道を歩み始めます。
 この2枚組は、1962年のロンドン・ツアーの模様を収録したもので、冒頭ではイギリスとオーストリアの国歌が演奏され、極めて友好的な雰囲気を醸し出しています。本編も、品の良い流麗なモーツァルト、「これぞカラヤン」と言った豪華なブルックナーと、まさに「カラヤンの見本市」のような演奏が繰り広げられています。この2年後にカラヤンとウィーン・フィルの蜜月は終了しますが、ここではそんな雰囲気は微塵も感じられません。
 

ICAC 5103
\2300→\1990
アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ 〜モーツァルト:ピアノ協奏曲集
 1.ピアノ協奏曲 第20番 ニ短調 K466/
 2.ピアノ協奏曲 第15番 変ロ長調 K450
  ※初CD化
アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ(ピアノ)/
シュトゥットガルト放送交響楽団/
アントワーヌ・ド・バヴィエ(指揮)
録音 1956年7月11日 ルードヴィッヒスブルク音楽祭 MONO SWR
 20世紀の名ピアニスト、アルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリ(1920-1995)。彼の演奏は、とても完成度が高く、音色もテクニックも隅々まで磨き上げられたものとして知られていますが、そのレパートリーは極めて限定されていて、録音でもコンサートでもドビュッシー、ベートーヴェン、ブラームス、シューマン、ショパン以外はほとんど演奏することがありませんでした。
 このアルバムは、そんな彼の珍しいモーツァルト(1756-1791)です。35歳のミケランジェリによる力強く、推進力のあるモーツァルトを聴くと、こんなに素晴らしい演奏に思える記録すら、発売を許可しなかったミケランジェリの完璧主義にあきれるほかありません。




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