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噂は聞いていた・・・
日本KK-USHI
石丸 寛、貴志康、荒谷俊治、堤俊作
ブルーノ・ザイドラー・ヴィンクラー、メンゲルベルク、
ワインガルトナー、ブルーノ・キッテル、フリート、などの音源がある
1CD\2934/2CD¥3259


 「KK-USHI」という不思議なレーベルがあるという。

 ある人からは「石丸 寛の『幻想』があるらしい」と、ある人からは「貴志康一とベルリン・フィルの録音があるらしい」と、ある人からは「現役最長老の指揮者(だった)荒谷俊治の録音がある」と、またある人からは「堤俊作の「シェエラザード」がある」と聞かされた。

 いろいろ調査したところどうやら日本人の録音だけでなく、指揮者なしの1910年世界初の“運命”、ブルーノ・ザイドラー・ヴィンクラー1923年の「第九」や、メンゲルベルク1937年の「悲愴」、ブルーノ・キッテル1928年の「ミサ・ソレ」、ほかにもニキシュ、ワインガルトナー、シャルク、ストコフスキー、フリート、ワルター、スーザ(自作自演)、フルトヴェングラーなどなど、世界遺産級の音源を復刻しているらしい。

 ただ入手方法がなく指をくわえて見るしかなかったのだが、今回短期間だが手に入れることが可能に。

 100アイテム近くあるので、毎週少しずつ紹介していきます。
 今のところ4月くらいまでは注文できるかと思っています。



 ちなみにちょっと変わったレーベル名の「KK-USHI」。その由来ははっきりしないのだが、伝え聞いたところでは「貴志康一」のイニシャルからきているのではないかと。
 メーカーコメントに下記のような一文があったので、そうなのかもしれない。

 「2001に"貴志康一の伝道師"を自認されていたマエストロ・小松一彦氏の演奏会を録音する機会があって貴志の音楽に接し、 それにかって経験したことのない感銘を受けて彼の残した音楽の復刻に取り組む様になりました。」メーカー・コメント



(復刻について/メーカーより)

 SPレコードは当時音楽を広く大衆に広める役割を果たし、更にその時代の名指揮者や名演奏家の芸術を、 今に伝える貴重な歴史遺産でもあります。

 音響工学専門家の村岡博士はGHAノイズ低減法を開発し、 クラッシク音楽愛好家の情熱で、SPレコードにどうしても残る雑音を除去しました。 今まで雑音に埋もれて聞き取れなかった弱音まで忠実に再現したCD作品は、 名盤SPの新たな世界を広げました。 レコードアカデミー賞にもノミネートされたその成果は、 熱烈な愛好家から圧倒的な支持を得て「蘇刻」と呼ばれる様になりました。

 また録音専門家としての村岡博士は、これまでにステージ録音を行い170タイトル以上CD化しております。 技術と音への情熱を高く評価して頂いたマエストロ小松一彦氏と共同で作り上げたCDや、 作曲家であり指揮者でもあった貴志康一の歴史的再評価にも貢献しています。

 歴史遺産を再生蘇刻盤に、納得のいく音をステージ録音盤に、 二つの世界からなる村岡ワールドを是非一度お聞き下さい。


村岡輝雄 について

 1967年九州大学大学院を卒業。
 日本ビクター蠍Φ羹蝓Σ散曽霾鷂Φ羲篠后武蔵工業大学・教授、 東京大学先端科学技術研究センター・客員研究員を歴任し、現在は日本女子大学文学部・客員研究員として音文化の、また、 併せて東京大学高齢社会総合研究機構の人間情報工学・伊福部研究室で音響信号処理の研究を行なっている。

 高校時代よりオーディオに取り組み、大学・大学院で電子通信工学を学んで日本ビクター蠅貌社後はプロ研究者に転向。 入社後10年以上に亘って録音スタジオやレコード技術部門と連携して音楽録音技術とアナログレコードの研究に取り組み、 4チャンネルレコードCD-4の基本設計とレコードカッティング/トレシング歪みの研究で工学博士を取得。 ディジタルオーディオ時代以降は大学時代の音声合成認識研究の延長としてディジタル信号処理研究に取り組み、 非調和周波数解析GHAの研究と実用化を行なった。

 大学時代から吹奏楽とオーケストラに参加し、 業務で修得した録音技術を駆使して200枚以上のCDを制作して今日に至っている。


コメントはメーカーのものです。



第4回紹介 2021/3/2

KSHKO-6
\2934
聖者カザルス
 ・ボッケリーニ:チェロ協奏曲(1936年制作SPの蘇刻)
   サー・ランドン・ロナルド指揮 ロンドン・フィルハーモニー・オーケストラ
 ・ドヴォルザーク:チェロ協奏曲(1937年制作SPの蘇刻)
   ジョージ・セル指揮 チェコ・フィルハーモニー・オーケストラ

 20世紀最大のチェリスト、指揮者、平和活動家であるパブロ・カザルスの名演奏

カザルスの有名なドヴォルザークとボッケリーニによる二つの「チェロ協奏曲」を、“GHAノイズリダクション"で蘇らせた一枚。
1936年の録音のSP盤からの復刻だが、 チェロの生々しい音色をきめ細やかに再現している。

 

KSHKO-1
\2934
転生 貴志康一作品集
 ・13の歌曲 ソプラノ:マリア・バスカ(1935年録音)
 ・日本スケッチ (1935年録音)
 貴志康一指揮
ベルリン・フィルハーモニー・オーケストラ

 記念すべきKSKHOシリーズの1号であり、レコード芸術アカデミー賞「声楽部門」に最終ノミネートされた作品である。
 仏教に深く帰依していた貴志康一、1935年に録音された演奏の"音魂"は「輪廻」の中にあった。 この復刻による"音魂の蘇り"を念じてCDのタイトルを"転生"とした。・・・・村岡



1937年に28歳で亡くなった貴志康一が、テレフンケンに録音した貴重な音源。 フルトヴェングラーに指揮を学んだ彼の指揮者としての力量と、作曲家としての優れた感受性が如実に表われている。

 

KSHKO-47
\2934
マエストロ 小松一彦追悼
 ・貴志康一:交響組曲「日本スケッチ」
 ・スメタナ:交響詩「モルダウ」
 ・ドヴォルザーク:交響曲9番「新世界より」
小松一彦指揮
プラハ交響楽団

 (2001年1月20日録音)

 マエストロ小松一彦を愛されるあなた様へ  村岡輝雄(2014年3月18日)
 陽光が春めきつつある候、マエストロ小松一彦氏のご冥福の報に言葉を失った事が思い出されます。
(注:マエストロ小松一彦の没年月日は2013年3月30日)
 私はマエストロの「納得行くCDを作りたい」とのご希望にお応えして、 何枚かのCD制作を行った村岡と申します。その最初の物が、 プラハ交響楽団を指揮されたボヘミア音楽と貴志康一の作品のライブ録音のCDでした。 最初の収音からマスター音源制作に至るまで、推敲を重ねて4年を掛けて完成させましたが、 その過程でマエストロから音楽の奥の深さを教えて戴き、 またマエストロがその蘇りに心血を注いでおられた貴志康一の音楽に私も向き合う様になりました。 完成した音源は収録時間の関係でボヘミア音楽に限定されていて、 貴志康一の「日本スケッチ」は畢生の名演であったにも関わらずカットせざるを得ませんでした。 今日、惜しまれて帰天されてから1年を迎えようとしておりますが、 マエストロによる最高の「日本スケッチ」を追悼CDとして制作して捧げ、 あなた様におかれましてもマエストロを心行くまで偲んで戴きたくお願いしております。

 

KSHKO-27
\2934
仏陀 貴志康一 生誕100周年記念演奏
 ・小松一彦によるプレトーク
 ・貴志康一:交響曲「仏陀」
小松一彦指揮
大阪フィルハーモニー交響楽団

(2009年3月31日録音)

 

KSHKO-12
\2934
ブルーノワルター
 ・ブラームス交響曲3番(1936年録音)
  ウィーン・フィルハーモニー・オーケストラ
 ・ブラームス交響曲4番(1934年録音)
  BBC・シンフォニー・オーケストラ

ワルターの壮年期の記録となる1934年と1936年の録音。 ウィーン・フィルとのブラームス「交響曲第3番」は、オーパス蔵からも出ていた名演。 村岡輝雄考案のGHAノイズ・リダクションを使用した復刻で楽器の分離が明確に蘇った。


KSHKO-2
\2934
ブラームス:交響曲第4番 石丸寛(指揮)
九大po.

 ブラームスは97年の東京響とのライヴ録音がある石丸だが、本作は有数の大学オーケストラ、九大フィルと共演したもの。
 熱気あふれた、いかにも石丸らしい演奏で、没後10年の記念盤 にふさわしい仕上がりだ 。

 
KSHKO-3
\2934
貴志康一:青少年のための音楽伝記
 1)「茶目子の一日」(佐々紅華) /2)「トロイメライ」(シューマン) /
 3)「君恋し」(時雨音羽作詞、佐々紅華作曲) /4)「行進曲」(ヘンデル) /5)「からたちの花」(山田耕筰) /
 6)「セレナーデ」(ブラームス) /7)「蛍来い」(関屋敏子・編) /8)「ガヴォット」(バッハ) /
 9)「道頓堀」(貴志康一) /10)「花見」(貴志康一) /11)「魔弾の射手」序曲(ウェーバー) /
 12)「君が代」(奥好義/林廣守) /13)「即興曲 変ロ長調」(シューベルト) /
 14)「聞かせてよ愛の言葉を」(ジャン・ルノワール) /15)「レハール幻想曲」(レハール) /
 16)「ミントンカの湖畔にて」(リューランス) /17)「竹取物語」(貴志康一)
  1)日本ビクター管弦楽団、歌唱:平井英子/2)Vn:ヴェックスラー/3)日本ビクタージャズバンド、歌唱:二村定一/
  4)Vn:カール・フレッシュ/5)ピアノ:レオ・シロタ/6)Vnヨゼフ・ヴォルフシュタール/
  7)ミラノ・スカラ座管弦楽団、歌唱:関屋敏子/8)Vn:ゲオルグ・クーレンカンプ/
  9)貴志康一(指揮)、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団/
  10)貴志康一(指揮)、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団/
  11)フルトヴェングラー(指揮)、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団/
  12)近衛秀麿(指揮)、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団/
  13)ピアノ:ヴィルヘルム・ケンプ/14)歌唱:ルシェンヌ・ボアイエ/
  15)Vn:フリッツ・クライスラー/16)歌唱:マリア・バスカ/17)Vn:盛中国/P:瀬田裕

 今年は貴志康一の生誕100周年にあたります。
 それを記念した新作2作品と レコード芸術アカデミー賞「声楽部門」最終ノミネートされた名盤『転生 貴志康一作品集』の再案内です!!
 「貴志康一をめぐる17曲!」 貴志康一の評価は近年高まっていますが、今年は生誕100周年にあたります。 当CDはそれを記念した第1弾です。 貴志康一の生きた時代と自信および関わった人々の演奏をオムニバス形式で収録。 制作は、貴志康一作品集「転生」で高い評価を受けた、工学博士・村岡輝雄氏。 貴志康一の短い生涯の一部が鮮やかに蘇ります。

 
KSHKO-4
\2934
貴志康一の先輩にして未完の巨匠 ヨゼフ・ヴォルフシュタール
 ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲
フリーダー・ヴァイスマン(指揮)
マンフレッド・グルリット(指揮)
ベルリン国立歌劇場管弦楽団
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
ヴォルフシュタール(VN)

 録音:1928/1929

 ヨゼフ・ヴォルフシュタール(ヴァイオリン) 貴志康一の先輩にして未完の巨匠 ヨゼフ・ヴォルフシュタール「蘇るヴォルフシュタールの美音!」
 32歳と早逝したヴォルフシュタール。 モーツァルトは気品と優雅さに溢れ、ベートーヴェンは速めのテンポで凛とした表情を見せています。 工学博士・村岡輝雄氏がGHAと言う周波数解析理論を利用したマスタリング技術で、ヴォルフシュター ルの美しい音色が蘇りました。
 従来の復刻とは一線を画す 1枚です。

 
KSHKO-5
\2934

「KSHKO-15」でグレードアップ盤が
出たので廃盤にします
超ニキシュ
 1) ウェーバー:オベロ序曲
 2)モーツァルト:フィガロの結婚
 3)リスト:ハンガリー狂詩曲第1番
 4)ベルリオーズ:ローマの謝肉祭
 5)ベートーヴェン:交響曲第5番「運命」
アルトゥール・ニキシュ(指揮)
ロ ンドン交響楽団
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

 (1)1914 年6月、(2)1914年6月21日、(3)1913年3月25日/1914年7月、(4)1920年、(5)1913年11月 10日

 ニキシュとLSO、BPOの1913年の録音を、GHAノイズ・リダクションによって蘇らせた一作。 ベートーヴェン「運命」、ベルリオーズ「ローマの謝肉祭」など全5曲を収録。 ニキシュが紡ぎ出す色鮮やかな音世界が堪能できる。

 
KSHKO-7
\2934
貴志康一74年目のベルリン帰還
 1)貴志康一:さくらさくら/
 2)メサージ:歌劇「お菊さん」より「恵みの太陽が輝く日」/
 3)貴志康一:竹取物語/
 4)ヒンデミット:彼のカップからお茶を飲むハエについて/
 5)山田耕筰:赤とんぼ/6)貴志康一:龍/
 7)貴志康一:駕篭かき/8)貴志康一:赤いかんざし/
 9)貴志康一:かもめ/10)リヒャルト・シュトラウス:朝
中嶋彰子
 (1)(2)(4)(5)(7)(8)(9)(10)
ダニエル・ベル (3)(6)(10)
ニルス・ムース (1)~(4),(6)~(10)

 会場: ベルリン・フィルハーモニーホール・ホ ワイエ
 録音:2009.3.8

 貴志康一の生誕100周年を記念して、ベルリン・フィルハーモニー内のホワイエで開催されたコンサー トのライブ録音。 ベルリンPOでの録音を残すなど、ベルリン・フィルハーモニーは貴志康一ゆかりの地でもあります。 録音・制作は、もちろん「転生」で高い評価を受けた村岡輝雄氏。 今回の演奏会も「転生」の縁から、ホワイエで開催されたものです!

 
KSHKO-8
\2934
ハイファイ・ラフマニノフ
 パガニーニの主題による狂詩曲 作品43
レオポルド・ストコフスキー(指揮)
フィラデルフィア管弦楽団
ラフマニノフ(P)

 録音:1934、1929

 ストコフスキー、フィラデルフィア管と共演したラフマニノフの自作自演集。 歴史的名演として有名なもので、ラフマニノフ60代の演奏だが技術的な 問題はまったくない。復刻状態もよく、一度は聴いておくべき録音だ。

 
KSHKO-10
\2934
壮年ブルーノ・ワルターのモーツァルト三大交響曲 ブルーノ・ワルター(指揮)
BBCso. 他

 ワルターの50歳代前半~60歳代前半にかけての録音から、モーツァルトをピックアップしている。 晩年の演奏とはひと味もふた味も違う、壮年期ワルターの熱のこもった演奏が堪能できる。

 
KSHKO-14
\2934
シューベルトの「未完成」「グレート」
 シューベルト:「未完成」
 シューベルト:「グレート」
ブルーノ・ワルター(指揮)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ロンドン交響楽団

 録音:1936 、1938

 ワルターのGHAノイズ・リダクションを使用したSP盤復刻シリーズ第5弾。 シューベルトの「未完成」「グレート」をそれぞれVPO、LSOとの演奏で収録。 鮮明な音に蘇った、纏綿としたロマンティシズムに彩られたシューベルトが楽しめる。

 
KSHKO-16
\2934
フルトヴェングラーとBPOによるチャイコフスキー「悲愴」
 チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」
フルトヴェングラー(指揮)
BPO

 1938年録音のフルトヴェングラー とBPOによるチャイコフスキー 交響曲第6 番「悲愴」。 村岡輝雄の長年の研究が活かされた、GHAノイズリダクションを使用した美しい音での復刻。 フルトヴェングラーの細やかなニュアンスまでじっくりと味わえる。

 
KSHKO-17
\2934
旅愁~
 福島・二本松が生んだ伝説のプリマドンナ 関屋敏子(S)
ミラノスカラ座管弦楽団、日本ビクター管弦楽団
コロムビア管弦楽団、ビクターサロン管弦楽団
関屋敏子(S)、宮城道雄(琴)、吉田清風(尺八)

 録音:1929~1938

 Muse の宿る伝説のプリマドンナの没後70年追悼盤~ 東北復興への想いを込めて 1920年代にミラノスカラ座でデビューを果たした伝説のプリマドンナの名唱集。 1929年のミラノスカラ座管との競演から1938年録音の民謡まで彼女の足跡を知る上で貴重な音源。 敏子が10歳の時、日本初の国際的プリマドンナ・三浦環が自ら指導を申し入れたほどその才能は若く して輝いていた。その 後、イタリアに渡った後はヨーロッパ各地やアメリカでの活躍し帰国後はさらに多 忙になり多くの演奏会や録音で人々に感動を与え続け1941年11月13日に38歳で自らの命を絶つこと となる。
 現在はCDの入手困難であるため今回の蘇刻はファンには嬉しい報告です。
 本CD の製作者である村岡輝雄氏が東日本大震災の復興推進と東北の人々の安らぎへの願いを込 められた魂の蘇刻。

 



第3回紹介 2021/2/25

KSHKO-45
\2934
フランツ・シャルクとウイーンフィルが果たした初の交響曲録音
 (1) ベートーヴェン:交響曲第5番 (1929)
 (2) ベートーヴェン:交響曲第6番 (1928)
フランツ・シャルク指揮
ウイーンフィルハーモニー管弦楽団

 エジソンのレコード発明から約50年後に電気録音方式レコードが登場し、 その飛躍的な音質改善を追い風にレコードによる音楽ビジネスが本格化しつつありました。 しかし、その拠点はニューヨーク、ロンドン、そしてベルリンに限られていて、音楽文化都市ウイーンは、 その保守的な風土も影響してこのビジネスに関しては全くの後進地でした。 ベルリンフィルによるベートーヴェンの"運命"の録音から遅れること15年、やっとウイーンフィルが3曲の ベートーヴェンの交響曲と序曲の録音に踏み切りました。

 指揮者はフランツ・シャルク。1863年にウイーンで生まれてウイーン音楽院を卒業し、 ヨーロッパ各地のオーケストラの指揮者を歴任して1900年にウイーン国立歌劇場に第一指揮者に就任して 1918年から1929年まで音楽監督の地位にあり、それと同時に、彼は1900年にはウイーンフィル (ウイーン国立歌劇場管弦楽団)指揮者にも就任していて1931年に死去するまでその地位にあって、 「ウイーン国立歌劇場とその伝統の象徴」とも言える存在でした。ブルックナーを師に仰ぎ、 その作品の真価を知らしめる事に率先して粉身砕骨したのですが、 より良い演奏効果のために作品に加筆したために"ブルックナーの改竄者"との烙印を押されて、 ブルックナー信奉者からは忌み嫌われています。

 上記コンビは、"田園"、"交響曲第8番"、"レオノーレ序曲第3番"を1928年に、そして"運命" を1929年に録音しましたが、録音技術の不備と演奏ミスがあったために失敗に終わりました。 約2年前に上記の"交響曲第8番"と"運命"、そしてシャルクがベルリン国立歌劇場管弦楽団を指揮した シューベルトの"未完成"を入手し、その演奏のユニークさは後世に残すに値すると考えてKSHKO-35として リリースしました。そしてそのCDが底を突いた最近、上記セッション録音第1号の"田園"を入手しました。 この演奏はウイーン情緒に溢れた秀逸なものであり、先に蘇刻した"運命"が外国の音楽関係者から 好評を得ているので、改めてこれら2曲に対してGHA処理によって録音・演奏の不備を修復し、 シャルクを再評価していただくためにリリース致しました。

 
KSHKO-53
\2934
ヴァイオリニストの"伊達男"アンリ・メルケルの名技
 (1) サンサーンス:ヴァイオリン協奏曲第3番(1935)
 (2) ラロ:スペイン交響曲(1932)
アンリ・メルケル[ヴァイオリン]
ピエロ・コッポラ
指揮:バドル管弦楽団

 ダンディズム"は、身出しなみや行動における"粋なかっこよさ"から、 「自らの人格に秘められた美という発想を洗練するあり方」として、 欧米の男性文化として定着・継承されています。就中フランスでは音楽においてもこの様な"ダンディズム" がお家芸であり、今日では忘れ去られているヴァイオリニスト、アンリ・メルケルはその様な音楽家の中で、 サンサーンスのヴァイオリン協奏曲第3番の演奏にかけては、並ぶ者いがないと言われる存在でした。

 彼は1897年にパリで生まれてヴァイオリンの天才少年として知られ、パリ音楽院でヴァイオリンを学んだ後に ストラム管弦楽団奏者を皮切りにパリオペラ座管弦楽団のコンサートマスターを経てパリ音楽院管弦楽団の コンサートマスターに就任し、併せてソリストとしても広く活動して、1932年には本CDに収録されている スペイン交響曲をピエロ・コッポラ指揮バルドー管弦楽団の伴奏を得て録音して1934年度の フランスディスク大賞を受賞しました。

 そして、1935年には同じバックアップのもとでサンサーンスのヴァイオリン協奏曲第3番を録音し、 それらは、第2次世界大戦前は定番の一つとして賞賛されており、 就中サンサーンスのヴァイオリン協奏曲第3番は、今日でもSPレコード愛好家の間では、 「フランチェスカッティーによる同曲の演奏を上回る」とさえ言われています。この度、 同曲とラロのスペイン交響曲のフランスHMVのSPレコード2セットを入手できたので蘇刻致しました。

 スペイン交響曲は、録音当時フランスで流行していたと言われているスペイン趣味が反映された上品で 時に軽妙さを感じさせる、紛れもないフランス的な演奏です。そして、お目当てのサンサーンスの ヴァイオリン協奏曲第3番は、名盤の誉れ高いフランチェスカッティーのモノラル盤と並ぶ演奏であり、 フランチェスカッティーが美音に徹していて、時として芯が弱く感じられる向きがあるのに対して、 メルケルの演奏は凛としていて、時には美音が転じて啖呵を切る様な激しさがあります。 これこそがダンディズムの神髄で、作曲者は恐らくメルケルに軍配を上げる様な気がしています。

 
KSHKO-44
\2934

初期LPレコードの伝説的名演、
 メンデルスゾーン/ベートーヴェン:バイオリン協奏曲

  (1)メンデルスゾーン:バイオリン協奏曲 1950年頃
  (2)ベートーヴェン:バイオリン協奏曲  1950年

ジノ・フランチェスカッティ[バイオリン]
(1)ディミトリー・ミトロプーロス指揮
 ニューヨークフィルハーモニー交響楽団
(2)ユージン・オーマンディー指揮
 フィラデルフィア管弦楽団

 初期LPレコードの伝説的名演

 第2次世界大戦が終わって日本の復興が本格化して来た1950年代初頭、 民間放送が開始されて人々に音楽を楽しむ余裕が生まれ、 続いてLPレコードが発売されてNHKが中波ステレオ実験放送を開始、 1952年には第1回オーディオフェアが開かれて日本のハイファイ・オーディオが始まりました。
 その流れを作ったのは他ならぬLPレコードです。 ただこれは、大卒の初任給1万円に対して2800円と言う高価な物だったので、 殆どの人達はレコードコンサートでしか聴く事が出来ませんでした。 それでもその音の良さから何とかレコードを入手し、再生装置を自作する人達も出てきたり、 レコード会社の方も値段を2300円、1900円と下げ、 録音時間の短い25cmサイズの1000円盤を発売してその普及に務めました。

 また収録音楽の組み合わせにも工夫がなされていました。 ベートーヴェンの「運命」とシューベルトの「未完成」の組み合わせがヒットしましたが、 それに並ぶのが、類稀なる美音のバイオリニスト/ジノ・フランチェスカッティによる、 メンデルスゾーンとチャイコフスキーのバイオリン協奏曲を組み合わせたLPレコードでした。 これは、レコードコンサートや学校の音楽授業での定番になり、 終戦直後に「りんごの歌」が人々に新しい時代を作る力を与えた様に、 クラシック音楽の美しさを多くの人達に伝えました。

 このLPレコードに少し遅れて発売されたのが、 フランチェスカッティによるベートーヴェンのバイオリン協奏曲です。 戦前、この曲はクライスラーによるSPレコードが愛聴されていましたが、 このLPレコードの音質は格段に優れており、クライスラーに通じる情感溢れる演奏として歓迎されました。
 初期LPレコードが多くの人達に与えた感激を堪能してください。

 

KSHKO-48
\2934
堤俊作の会心作 大学フィルとの驚天動地「シェラザード」
 ・リムスキーコルサコフ:交響組曲「シェエラザード」
  1978年
 ・ ストラヴィンスキー:組曲「火の鳥」(1945年version)
  1985年
堤俊作指揮
九大フィルハーモニーオーケストラ

 九大フィル(九州大学フィルハーモニーオーケストラ)の常任指揮者として長年指導頂いた石丸寛氏と共に、 桐朋学園音楽大学演奏学科を首席で卒業され、数多くのコンサート、オペラ、 バレエ公演で活躍された堤俊作氏も、36年に亘って九大フィルを指導されました。
 その指揮は、石丸寛氏の言葉にある"学生でもその持てる時間を注ぎ込んで" 「厳しい鍛錬の結果表現しえたのが芸術だ」、と全く同じ姿勢で臨まれていました。堤俊作指揮九大フィルは、 半年間の厳しい鍛錬により、聴いた人に信じ難い様なレベルの高さを感じさせ、数多くの名演奏を残しました。 今回制作した「シェエラザード」は、 堤氏がジュネーヴでの国際指揮者コンクールで同曲を指揮して優勝される直前に、 九大フィルの定期演奏会で採り上げられたものです。演奏者は堤氏を除いて全員が九大の学生達です。

 堤氏は後日、「この演奏は数多くのプロとの共演も含めた中でも、会心の出来の一つであった。」 と回想されています。コンサート指揮のみならずバレエ指揮でも頂点を極められた堤氏は、昨年(2013年) 長い闘病の結果惜しまれて他界されました。
 このCDは30年に亘って堤氏の録音を手がけた村岡が、堤氏追悼の為に制作したものです。

 
KSHKO-49
【再制作版】
\2934
関屋敏子 "旅愁"
 ・ヴェルディ:ああ、そは彼のひとか
 ・グノー:夜の調べ
 ・シューベルト:セレナーデ
 ・デ・クルティス:帰れソレントへ
 ・宮城道雄:母の歌
 ・江戸子守唄(民謡)
  他、全22曲/1929年〜1938年の電気吹き込みSPレコード
関屋敏子(ソプラノ)

 Museの宿る伝説のプリマドンナ 東北復興への想いを込めて

 2011年は福島が生んだ伝説のプリマドンナ・関屋敏子の没後70年に当たりました。 彼女の生涯を研究されていたSPレコード研究家の故志甫哲夫先生から、音源の提供を戴いて、 私もその名唱の数々を蘇刻しようと準備していた所、東日本大震災が発生しました。
 そこでは、多数の人達が亡くなり残された方々や、家・財産を失なって故郷を去った人達の苦難を知り、 その人達の心の安らぎのために彼女の歌をお届けしたい、と考える様になりました。 更に彼女の事をより一層理解するために二本松市の歴史資料館を訪ね、 文化課の人達から色々な資料を見せていただき、提供戴いた写真などを参照し、急遽蘇刻しました。

 その様にして出来上がったCDは、レコード芸術誌で特選を戴き、 一部の罹災された方々等のお耳には達した事と思います。 その時プレスしたCDはすぐに売切れになりましたので、 今般新しいGHAソフトウェアを使って更に音質を改善して再製作を致しました。
 関屋敏子は、1920年代にミラノスカラ座でデビューを果たした、伝説のプリマドンナとして知られています。 10歳の時、日本初の国際的プリマドンナ・三浦環が自ら指導を申し入れたほど、 その才能は若くして輝いていました。現在の御茶ノ水女子大学を卒業して、 本格的な歌手を目指してイタリアに渡った後は、ヨーロッパ各地やアメリカでの活躍し、 帰国後は多くの演奏会や録音で人々に感動を与え続けました。 しかし、1941年11月13日に痛ましくも38歳で自らの命を絶ちました。

 本CDには1929年のミラノスカラ座での録音から、彼女が日本全国を旅して採譜したと言われる民謡、 1938年録音の彼女が作曲した日本オペラ迄、彼女の足跡を知る上で貴重な音源だと確信しております。 最後のトラックには旅先からの彼女のメッセージも録音されています。

 

KSHKO-46
\2934
石丸寛 "悠久"
 ・チャイコフスキー:弦楽セレナーデ
 ・ブラームス:交響曲4番 ホ短調
 ・ドボルザーク:スラブ舞曲10番 ホ短調
石丸寛指揮
九大フィルハーモニーオーケストラ

 マエストロ石丸寛に永遠の生命を!

 「去る者は日々に疎し」の諺通り、鬼籍に入った人は早晩忘却の彼方に没して行くのが世の常ですが、 それに抗して、没後15年を過ぎてもアマチュア音楽愛好者達から慕われている音楽家に石丸寛先生が挙げられます。 先生はクラシック音楽を庶民に身近なものにするために生涯を捧げられたと言っても過言ではなく、 率先してアマチュア音楽団体と交わって懇切な指導をされたに留まらず、「題名のない音楽会」や 「音楽宅急便」等のテレビ番組で、 高いレベルの音楽家達によるわかりやすく楽しい演奏を届けられて音楽の魅力を大衆に伝え、 「ゴールドブレンドコンサート」通じて日本全国のアマチュア音楽団体に演奏の晴れ舞台を提供されました。

 私も大学オケに参加していた時に石丸先生の指揮を仰ぎ、その後、 演奏会録音や音楽伝記出版で先生から色々なご教示を戴いていたので、 先生の没後10年の時に私が収録した先生の演奏会録音を追悼盤「悠久」として作成しました。 この盤はCD情報誌に好意的に採り上げて戴いたお蔭で好評を博し、すぐに完売してしまいました。 そして先生の没後15年の時に、前年に逝去された先生の愛妻・久美子夫人の追悼も併せて追悼盤「友諠」 を制作しましたが、これが契機になって再び「悠久」の注文を戴く様になったので、 石丸先生の永久なる顕彰のために、収録曲を増やし音質の更なる改良を施して「悠久」を再制作しました。

 先生が残されているCDは「ペルシャの市場」や「スラブ行進曲」の様な、 所謂ポピュラークラシック曲に限られており、例外的にブラームスの交響曲第4番とドイツエクイエムの2曲があり、 それらは名盤の誉れが高いものです。 その様な中で「悠久」に九大フィルとのブラームスの交響曲の収録するのには躊躇もありました。
 しかしブラームスの曲は先生にとって生涯の研究課題であり、 かって私にそのCD化の協力を求められた曰くがあります。そして先生は、 「君たちにはプロの音楽家が備えている様な才能はおろか技量もない。 しかし半年かけて曲を仕上げられる十分な時間があり、そこで血のにじむ様な努力をしてある境地に到達できれば、 プロがたじろぐ演奏ができる」と仰って厳しい指導をされ、「厳しい鍛錬の結果表現しえたのが芸術だ」 と説かれていました。

 今回CD化した演奏は先生がまだ病魔に侵される前の、気力が充実していた指揮であり、 オーケストラもそれに食いついて息をのむ様な演奏を展開しています。
親友のヴァイオリニスト・徳永二男氏とのチャイコフスキー/ヴァイオリン協奏曲を収録した「友誼」 と併せてお聞きいただき、先生を偲んでください。

 

KSHKO-23
【再制作版】
\2934
ルジェーロ・リッチ イン トーキョー
 ・パガニーニ:バイオリン協奏曲1番
 ・クライスラー:レチタティーヴォとスケルツォ 作品6
 ・パガニーニ:カプリース 作品13
堤俊作指揮
東京フィルハーモニック・オーケストラ

 渋谷にあるオーチャードホールのソリスト控え室のドアをおそるおそるノックしたら、"Please come in" との声がし、 おずおずと中に入ると小柄な老人がくつろいでいました。"I am responsible for the concert this evening, I would like to ask your signature to this CD-booklet." と言ってCD を差し出したら"Oh, sure"と応えて, 笑顔で元気なタッチのサインを書いてくれた老人の名前はルジェーロ・リッチ、 アメリカ人で同年齢のアイザック・スターンと並び賞賛された世界的なヴァイオリンの巨匠です。
1993年、東京ニューフィルハーモニック管弦楽団代表の佐藤地平さんから「演奏会でリッチと共演するので録音して欲しい」 との依頼を受けた、リッチともなると超大物であり、 並みの覚悟では取り組めないので急遽演目のパガニーニ/ヴァイオイン協奏曲第1番のCDを何枚か買い求めました。 しかしそれらはマイナーレベルのもので録音品質は満足すべきものではなく、 リッチの名盤をそろえているロンドンレコードにはリッチのパガニーニ/ヴァイオイン協奏曲第1番のステレオ録音が無いので、 「不完全な録音は後世に残せない」とのストレスにさいなまれる様になりました。
 やがて12月2日の本番の日が訪れ、 リハーサル合間の休憩時間にサインを貰おうとソリスト控え室を訪れたら世界の巨匠が気の良いお爺さんだったので、 緊張の糸が一挙にほぐれて寛いだ気持ちで録音を行なう事が出来ました。

 不朽の名盤と言われているロンドンレコードの演奏40歳前後の気力・体力の充満した切れの鋭いものであるのに対して、 この収録は75歳の時のものなのでテンポは少し緩慢になっています。しかしながら演奏の構造は全く変化しておらず、 要所はきっちりと決めており、その一方、若年時のものは演奏を懸命に聞かせようとの意気込みなのに対して、 この収録では皆と共に音楽を楽しむ趣があり、彼の気の良いお爺さんへの人柄の変貌が音楽にも現れているのでしょう。
 なおこのCDの終わりのトラックには2曲のアンコールが収録されており、リッチの肉声を聞く事が出来ます。

 

KSHKO-36
\2934
Music Distribution
 ・フォーレ:ヴァイオリンソナタ(1927年録音の蘇刻)
 ・ドビュッシー:ヴァイオリンソナタ(1929年録音の蘇刻)
 ・フランク:ヴァイオリンソナタ(1929年録音の蘇刻)
ジャック・ティボー (ヴァイオリン)
アルフレッド・コルトー (ピアノ)

 【French Violin sonataの精華】
 自由を尊び、個性を主張するフランス人の気質(エスプリ)をフランス音楽として結実させた、  フランクに始まり、フォーレとドビュッシーと続いた近代フランス作曲家の手になるヴァイオリンソナタは、 世の中に数多くヴァイオリンソナタが存在する中で、屈指の名曲として愛聴されています。 これらの曲を収録した多くのレコードの中で感性豊かな演奏を展開しているものは意外と少ないのですが、 生粋のフランス人ジャック・ティボーとアルフレッド・コルトーのコンビによるSPレコードは、 それらの最高峰と崇められています。
 しかしながら、それらは電気吹き込みの初期に録音されているので音が貧弱で雑音も多く、 高音質なCDの音に慣れている人には鑑賞に支障を感じる向きも多々ありました。 この度、それらSPレコードを入手してGHA 処理によって雑音を除去する事により、 ワックス原盤に収録された段階に近い状態に修復し、 更に今日の再生装置にマッチする様にスペクトル補正を施して整音しました。 金属原盤の段階から雑音が多いフォーレのレコードに対してはさすがに整音に限界がありましたが、 他の2曲は初期のLPレコード並みの音質になりました。
 どうぞ天下の名演をお楽しみ下さい。

 

KSHKO-9
\2934
シベリウス/ブラームス:バイオリン協奏曲
 ・シベリウス:バイオリン協奏曲(1945年録音の蘇刻)
 ・ブラームス:バイオリン協奏曲(1946年録音の蘇刻)
ジネット・ヌヴー(ヴァイオリン)
フィルハーモニア・オーケストラ

 村岡氏は、ノイズに埋もれその泉下に潜む歴史の冥(くらやみ)の彼方の音たちを、次々と洗浄蘇生させ、 新たなレーベルとして贈り届けて下さった。・・・・ジネット・ヌヴー協会ジャポン 野口眞一郎
 ヌヴーの演奏の切れ味、太刀捌きはしなやかであり、その中には優しさや悲しみが溢れていて、 全体が一つの鎮魂歌の様にさえ聞こえる。・・・真正「盤鬼」が賞賛したヌヴーのシベリウス
 エディット・ピアフの「愛の賛歌」が生れたあの悲劇の飛行機に、ジネットは兄のジャン・ポール (ピアニスト)と共に搭乗しており、事故(1949年)に遭遇しました。・・・・ヴァテロ工房との出会い
 大戦後EMIがプロデュースしたクラシック専属の「フィルハーモニー管弦楽団」が組織され、そのメンバーには デニス・ブレイン(Hn)やレオン・グーセン(Ob)も加わっていました。・・・・付記

 

KSHKO-18
\2934
ベートーヴェン:交響曲4番、5番
 ・ベートーヴェン:交響曲4番(1950年録音の蘇刻)
 ・ベートーヴェン:交響曲5番(1937年録音の蘇刻)
フルトヴェングラー(指揮)
ベルリン・フィルハーモニー・オーケストラ

 この1950年にセッション録音された4番は、GHAノイズ低減法により蘇生され、 他の演奏からは聞き取れない弱音部分の繊細かつ絶妙な表現が現れた。 ・・これを持ってフルトヴェングラーのベートーヴェン交響曲4番の決定盤としたい。
 1937年録音の5番は、ヒンデミート事件に拠る演奏活動停止以来のナチ政権下における本格的な大曲セッションである。 これを蘇刻した結果、4番と同様な、最弱音演奏の再現と、周波数帯域制限がないための高弦の強靭な響きと しっかりした低音の再生であり、・・・・村岡

 





第2回紹介 2021/2/23


KSHKO-64
\2934
ストコフスキーのヒットアルバム(2)
 ◎収録曲/録音年
  [1] ブラームス:ハンガリア舞曲第6番(1917)
  [2] バッハ:小フーガ ニ短調(1931)
  [3] バッハ:トカーッタとフーガ ニ短調(1927)
  [4] バッハ:前奏曲 ロ短調(1929)
  [5] スーザ:「エル・キャピタン」(1930)
  [6] ヘンデル:「メサイア」よりパストラルシンフォニー(1917)
  [7] チャイコフスキー:組曲「くるみ割り人形」(1926)
  [8] デュカス:「魔法使いの弟子」:(1937)
  [9] ドビュッシー:「月の光」(1937)
  [10] スーザ:「星条旗よ永遠なれ」(1929)
レオポルド・ストコフスキー:指揮
フィラデルフィア管弦楽団

 驚異のカーボンマイク・サウンド
 今日でも「音の魔術師」と語り継がれる指揮者ストコフスキー、 彼は指揮棒に代わって両腕と10本の指を自在に操ってオーケストラを指揮して、 聴者に華麗にして豪壮な音楽を堪能せしめました。しかしそれは演奏会々場での話、 同じ感動をレコードや放送で伝えるには音楽全体を統括するディレクターとマイクロフォンで 収音した音を適切に構成する録音技術者(トーンマイスター)の共働が不可欠です。

 彼は録音に最も効果的な演奏を行なうと共に、ディレクターと録音技術者の役割も果たした稀有な指揮者でした。
 ストコフスキーはそのために、オフシーズンにベルリンで音響学を学び、 専属しているRCAの音響研究所や世界の電気通信研究の元締めたるベル研究所に赴いて、 研究者と録音技術の討論・実験を行ないました。
 その成果として数々のヒットレコードを世に送り出したのみならず、世界初のアニメーション映画「ファンタジア」 の音楽を残しました。

 1882年に北ロンドンで生まれて幼少時より音楽に親しみ、ロイヤル・カレッジ・オブ・ミュージック卒業後、 1909年に指揮者デビューを果したストコフスキーは。1912年にフィラデルフィア管弦楽団の指揮者に就任して、 1917年にブラームス/ハンガリア舞曲を録音し、そのレコードは大ヒットしました。
そして1925年5月には世界初の電気録音であるサンサーンスの"死の舞踏"を皮切りに、 バッハの"トッカータとフーガ"、チャイコフスキーの"交響曲第5番"、"未完成交響曲"、 ドヴォルザークの"新世界交響曲"、ストラヴィンスキーの"火の鳥"、"春の祭典"、 R・コルサコフの"シェエラザード"などを次々に世に送り出しました。
 それらの録音は今日の録音と比べても指して遜色のない音質を誇っています。

  それらに使用されたマイクロフォンが"カーボンマイクロフォン" 略称"カーボンマイク"、 と言ってもそれを知る人は数少ないでしょうが、1876年のグラハムベルが発明した電話方式の最初の実用電話機に 送話器として用いられたマイクで、1950年代まで使用されていました。
 このマイクの周波数帯域は300Hz?3kHz、現在の携帯電話機と大差ありません。
 1925年の電気録音が開始された時もこのマイクが採用されましたが、 そこでは真空管増幅によって50Hz〜6kHzまで拡大されていて、 第2次世界大戦が終わる頃まで録音や放送に使われていました。
 ストコフスキーはRCAの録音技術者と一緒にこのマイクの効果的な使用法を試行錯誤して、 現在の録音に対してもさほど遜色のない高音質録音に成功しました。
 このCDに収められている曲をお聴きになるとその音質の優秀さが納得されると確信しています。

 

KSHKO-59
\2934
究極の高忠実度ラッパ吹き込み!
 ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」

  ◎収録曲/録音年
   (1)ベートーヴェン/交響曲第九番"合唱"(1923年録音)
ベルリン新交響楽団
ブルーノ・ザイドラー・ヴィンクラー指揮
ベルリン国立歌劇場合唱団
 エーテル・ハンザ:ソプラノ
 エレアノア・シュロスハウザー:アルト
 オイゲン・トランスキー:テノール
 アルベルト・フィッシャー:バス

 世界初にして究極の高忠実度ラッパ吹き込み!ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」

 1977年のエジソンによる円筒レコード発明以来、約50年間に亘って機械式録音(通称ラッパ吹き込み)によって レコードは作られていました。この方式で管弦楽が録音されたのは1909年の事であり、翌年にはベートーヴェンの "運命"が録音されて、その後1920年初頭に掛けてブルックナーの交響曲が録音されるに至りました。
 この成功はマイクロフォンのない時代の音を集める道具である逆メガフォン(ラッパ)の改良に依りますが、 この立て役者が当時ドイツ・ポリドール社の録音部長であったブルーノ・ザイドラー・ヴィンクラーでした。

 彼はラッパを複数個結合するという、今日のマルチマイクロフォンに相当する工夫を行ない、 歴史的偉業と言われるニキシュ/ベルリンフィルによるベートーヴェンの"運命"の録音を行いました。
彼は器用人であり歌やヴァイオリンなどのピアノ伴奏、そしてオーケストラの指揮も行ない、 その到達点として1923年に世界初のベートーヴェンの"合唱"の録音に成功しました。
これには5個程度のラッパが用いられている様に聞こえ、各パートのバランスが見事です。
周波集レンジは150Hz〜3kHz、ダイナミックレンジはたかだか30デシベル程度ですが、 GHAによって雑音が抑えられてダイナミックレンジが広がり、非常に透明感のある究極の高忠実度ラッパ吹き込みを 聞くことが出来ます。
 このレコードは、関東大震災の起こった1924年に日本に輸入され7月に東京駅近くの報知講堂で公開されました。

 アジアでのベートーヴェンの"合唱"はこのレコードに5年先たつ1918年6月1日に徳島県にあった 坂東ドイツ軍俘虜収容所でヘルマン・ハンゼンの指揮する徳島オーケストラによって初演され、 第4楽章は俘虜全員の大合唱になりました。
 これを聴く事が出来た日本人では収容所職員に限られていて、 日本でこの曲が完全な形で演奏されたのは関東大震災後の1924年の東京音楽学校の演奏会なので、 実質的にはこのレコードが日本人の初めて耳にしたベートーヴェンの"合唱"を響かせた事になります。

 7月の公開に先だってこのレコードを入手した評論家・野村あらえびすは、新聞にこの演奏を「結構の壮大なこと、 オーケストレーションの見事なこと、旋律の豊富なこと、 更にさらに深さと強さと気高さと美しさにおいて比類のないこと、光と力が全曲にみなぎっていること、 私がいくら形容詞を並べても際限ありません。」と紹介しました

 
KSHKO-52
\2934
ブルーノ・ワルター「怨念の惜別マーラー交響曲9番」
 ◎収録曲/録音年
  マーラー:交響曲第9番(1938)
ブルーノ・ワルター指揮
ウイーンフィルハーモニー管弦楽団

 ブルーノ・ワルター珠玉のレコーディング「怨念の惜別マーラー交響曲9番」

 1938年1月16日、ナチスによるオーストリアのドイツ併合直前の曇天のウイーンで、 第2次世界大戦前最後のワルターによるウイーンフィル演奏会が開かれました。 数年前にウイーンフィルの実質的な常任指揮者に地位を得て過ごしていた充実した音楽家人生が ナチスのユダヤ人迫害によって国外脱出直前にまで追い詰められていた中での事です。 演目は師と仰いでいたマーラーの遺作で、初演を託された「交響曲第9番」。
 マーラーも最晩年に娘の病死と自らの疾病、そして彼を取り巻く音楽家や評論家との不和の中でこの曲を作曲し、 初演に接する事なく世を去っていて、"彼の過ごした人生の苦難の集大成"を思わせる趣があります。

 ワルターの演奏は、この曲想に自らの音楽家としての幸せを奪われ親しい人たちとの別れを強いられる事に対する 怨念と惜別が乗り移った様な壮絶さがあります。 録音には複数の録音機が用いられ、実演が切れ間なく録音されています。 そのために会場雑音も多く、マイクロフォン配置やフェーダーの操作に不適切な箇所もありますが、 当時としては画期的に周波数レンジが広く、 GHAによって雑音を除去した結果、テープ録音に遜色のない高忠実な音で鑑賞することが出来ます。
 この音源には1943年に発売されたニッチク(日本コロムビアの戦時レーベル)の未通針SPレコードを使いました。

 

KSHKO-51
\2934
ニキシュ指揮ベルリンフィル演奏の運命
 ◎収録曲/演奏者
  (1)リスト:ハンガリー狂詩曲第1番
   (1913年3月25日、1914年7月録音)
  (2)ウェーバー:「オベロン」序曲(1914年6月録音)
  (3)モーツァルト:「フィガロの結婚」序曲
   (1914年6月21日録音)
  (4)ウェーバー:「魔弾の射手」序曲(1914年6月録音)
  (5)ベルリオーズ:「ローマの謝肉祭」序曲(1920年録音)
  (6)ベートーヴェン:交響曲第5番ハ短調「運命」
   (1913年11月10日録音)
アルトウーロ・ニキシュ指揮 
ロンドン交響楽団 (1), (2), (3), (4)
ベルリンウイーン
 フィルハーモニー管弦楽団 (5), (6)

 榊保三郎教授に九大フィル創設を決意させた、ニキシュ指揮ベルリンフィル演奏の運命

 今から105年前、アルトウール・ニキシュ指揮するベルリンフィルがベートーヴェン/ 交響曲第5番"運命" の管弦楽による世界初録音を行ないました。ニキシュは作曲者の意図を越えた音楽を聴かせて、 作曲者達が彼の指揮を得る事を誇りにしていた指揮者であり、 その控え目な指揮はまるでオーケストラ全体が魔法に懸けられた様に楽員から絶妙な響きをかもし出し、 ある時はうっとりした響きで、またある時は会場の全てが光彩を放つ様な響きで、 聴衆を恍惚と興奮の坩堝にいざないました。
 この頃はマイクロフォン発明以前なので、 逆メガフォンで集めた音で針を振動させて円盤に音溝を刻む機械式録音が行われており、 作られたレコードは何れも雑音の中から何とか演奏の輪郭が判るレベルのものでした。 1990年代中頃にこのレコードの転写CDで私が耳にしたニキシュ指揮のベートーヴェン/"運命"も、 録音状態は例外ではなかったのですが「試練に苦悩し克服していく内面的な戦い」 が崇高に表現されており、 折柄 "雑音に埋もれたボイスレコーダの解析" を契機に取り組み始めた" GHA音響信号修復" の研究を活用して『ニキシュ/ベルリンフィルによる音楽史上の記念碑を私の手で修復する』 との決意を固めました。

 そして2008年になって1913年録音のニキシュ/ベルリンフィルによるベートーヴェンの"運命" とその後に録音されたSPレコード数枚が入手できて、2009年にはそれらの音源によるGHA-CD"Super Nikisch" [超ニキシュ] を制作しました。 このCDでは雑音が十分に低減できてニキシュの音楽が蘇ったのですが、 原録音の音質が非常に劣悪なのに加えて100年経過したレコードの盤面損傷が酷く、 修復音質には改善すべき箇所が残っていました。それでもこの初代"Super Nikisch" は卓抜な演奏のために現在では品切れになっています。 爾来9年間、SPレコードからの採音方法、GHA 処理プログラムと整音手法の改良を続け、 更に" GHA音響信号修復" の研究で知遇を得たベルリンフィルのドラマトウルクを務められた グリュネヴァルト博士やヨーロッパの著名な録音研究者の助言も戴いて、 2018年になって1913年録音のニキシュ指揮ベルリンフィル及びロンドン交響楽団の名演奏は "雑音のないAMラジオ放送" と同等の音質に到達する事が出来ました。
 ニキシュ指揮のベートーヴェン/"運命"の演奏は日本の音楽文化萌芽に貢献し、 日本初のフィルハーモニーオーケストラ創設をもたらしました。 本CDではそのオーケストラの近年のライブ演奏も付録に添えています。

 

KSHKO-66
\2934
指揮者フランツ・シャルクの音楽遺言遺産
 ◎収録曲/演奏者(収録年1928年〜1929年)
  ベートーヴェン:レオノーレ序曲第3番
   ウイーンフィルハーモニー管弦楽団
  ベートーヴェン:交響曲第8番
   ウイーンフィルハーモニー管弦楽団
  シューベルト:交響曲7番
   ベルリン国立歌劇場管弦楽団
指揮フランツ・シャルク

 指揮者フランツ・シャルクの音楽遺言遺産 in 1928〜1929年録音 "シャルク生涯録音の完結版"

 「ブルックナーの改竄者」との烙印を押されているフランツ・シャルクは1900年にマーラーのもとで、 ウイーンフィル(ウイーン国立歌劇場)の指揮者に就任し、1918年から1929年まで芸術総監督を務めて 1931年に死去するまで30年間に亘ってウイーンフィルに尽くしたオーストリアを代表する名指揮者です。
 シャルクが指揮者として活躍を始めた頃、レコードが音楽ビジネス化して著名な音楽家達がその演奏を残す様になりましたが、 ビジネスの拠点はニューヨークとロンドン、そしてベルリンに限られていて、音楽文化都市ウイーンは、 その保守的な風土もあってこのビジネスでは全くの後進地でした。

 ベルリンフィルによるベートーヴェンの"運命"の録音から遅れること15年、 やっとウイーンフィルが3曲のベートーヴェンの交響曲と序曲の録音に踏み切りました。
 その任を果たしたのがシャルクでしたが,出来上がったレコードは技術的には失敗作、 しかしながら当時の蓄音機で聴く限りはそれが致命的には聞こえなかったので発売に踏み切られ、 好評を博しました。
 その後シャルクは他界して、残したレコードはワルターやフルトヴェングラー、 メンゲルベルグ等のレコードの中に埋没してしまい、 第2次大戦後はブルックナーの改竄者との汚名のもとに完全に忘れ去られてしまいました。

 そのシャルクのレコードを偶然入手する事が出来て、先ずベートーヴェンの『運命』と交響曲第8番、 そしてシューベルトの『未完成』にGHA処理を施して技術的失敗をリカバーし、 KSHKO-35としてリリースしました。
 続いてベートーヴェンの『田園』が入手できたので、先の『運命』とカップリングしてKSHKO-45として リリースすることができました。
 それから3年ほど経った先日,どうしても入手できなかったベートーヴェンの『レオノーレ序曲第3番』が入手できて 彼の録音が総て揃いました。
そこでKSHKO-35が品切れになった事に鑑みて、先のベートーヴェンの交響曲第8番とシューベルトの『未完成』 に新バージョンのGHA処理を施し,それに『レオノーレ序曲第3番』を加えてKSHKO-66としてCD化し、 シャルクの生涯の全録音を完結させました。
 これらの演奏は"ご当地直送のウイーン特産音楽"とも言うべき自然体で流麗・高雅なものであり、 滅多に聴けない稀少かつ貴重な音楽をお楽しみ戴きたいと願っています。

 

KSHKO-60
\2934
1923年のワルターによるチャイコフスキー/"悲愴"
 ◎収録曲/録音年
  チャイコフスキー:交響曲第6番"悲愴"(1923)
ブルーノ・ワルター指揮
ベルリン国立歌劇場管弦楽団

 超絶ラッパ録音! 1923年のワルターによるチャイコフスキー/"悲愴"の世界初録音

 フルトヴェングラーと並んで今日でも敬愛されている20世紀を代表する名指揮者ワルターは、 膨大なレコードを残していますが、チャイコフスキーの「悲愴」生涯にただ1枚しか残していません。
しかも1920年代のラッパ吹き込みで現在は廃盤、それを耳にする人は皆無に等しいでしょう。
 ラッパ吹き込みで正規に管弦楽が録音されたのが1909年、 手持ちの資料ではポリドールのザイドラーヴィンクラーが「悲愴」の第2楽章のレコードを録音したとされていて、 それは1910年代中頃と推定されます。 その当時は交響曲録音は部分録音、あるいは大幅な短縮によるダイジェスト録音がなされており、 その後の電気吹き込み登場による再録音のために殆どが廃棄されました。

 ワルターによる「悲愴」はラッパ吹き込みの全曲録音であり1925年3月とされていますが、 実はそれは発売日であり、平林の「クラシック名曲初演&録音事典」 では録音から発売までの一般的な時差を勘案して1924年秋とされています。
 他方フリーダーワイスマンの「悲愴」録音が1923年6月から1924年1月とされていので、 録音完成を以て録音日とされるのでこれは1924年1月の録音と言う事になり、 この録音が世界初録音とされています。
 他方ワルターは1922年にニキシュ死後のベルリンフィル指揮者争奪でフルトヴェングラーに敗れ、 またある筋の策謀によってミュンヘン州立歌劇場を追われて、 以後3年間の"渡り鳥指揮者"になりました。その時期にベルリン国立歌劇場管弦楽団、 ベルリンフィルを指揮してポリドールに、 またロイヤルフィルを指揮してコロムビアに30タイトル余りのレコード録音を行ないましたが、 ポリドールの録音記録は空襲によって失われました。戦後ドイツグラモフォン社による調査によって、 幸いワルターの録音年は同社のディスコグラフィーに明記されています (音楽之友社:ドイツグラモフォン完全データ・ブック[1998])。

 それによるとワルターの「悲愴」録音は1923年、従って世界初録音である事が明らかになりました。 それは彼が悲運に襲われた翌年であり、録音はポリドールが誇るマルチラッパ方式で行われていて、 GHA蘇刻がもたらす初期の電気録音に迫る鮮明でダイナミックレンジが広いサウンドによって、 我々が聞く彼の温和な音楽ではなく後年ウイーンを追われた時の告別演奏であるマーラー/交響曲第9番に通じる、 絶望と怒りが渦巻く様な激しい演奏を聞く事が出来ます。

 

KSHKO-63
\2934
1930年のサンサーンス/交響曲第3番"オルガン"
 ◎収録曲/録音年
  (1)サンサーンス:ヴァイオリン協奏曲第3番(1935)
  (2)サンサーンス:交響曲第3番"オルガン"(1930)
ピエロ・コッポラ指揮
交響楽団、パドル管弦楽団
アンリ・メルケル(ヴァイオリン)

 究極のSPレコード! 1930年のサンサーンス/交響曲第3番"オルガン"の世界初録音

 1930年パリのプレイエル音楽堂で、フランス音楽の初演を多く手掛けた人気指揮者ピエロ・コッポラが、 当時フランスの若手で腕利きの奏者を集めて特別に組織した交響楽団を指揮して、 サンサーンスの交響曲第3番"オルガン"(通称オルガン交響曲)の世界初録音を果たしました。
 この録音の後には第2次世界大戦終戦まで オルガン交響曲のレコードが作られた記録は見あたらず、 その後はテープレコーダー録音によるLPレコードが作られているので、 これは唯一のオルガン交響曲のSPレコードと言えるでしょう。

 このレコードではフランスの威信を掛けた世界初録音にふさわしい、 今日のCDで聴かれる数多の秀演に些かも引けを取らない豪壮な色彩感あふれる熱演が展開されています。
 特筆すべきは録音の秀逸さであり、 周波数帯域上限こそ7kHz程度ですがGHA処理によって雑音が除去され周波数スペクトラムが補正された結果、 ダイナミックレンジは現在のCDに比べて遜色なく音の混濁も聞かれず、 かってFM放送開始前に行われていた広帯域AM実験放送に匹敵する音質で、 約90年前のSPレコードの録音性能の限界を極めたサウンドを楽しむことが出来ます。

 このCDにはフランスのヴァイオリニスト:アンリ・メルケルがピエロ・コッポラ指揮するパドル管弦楽団とともに録音し、 "通"と言われる人達の間では「空前絶後の名演」 と賞賛されているサンサーンスのヴァイオリン協奏曲第3番が収録されています。

 

KSHKO-58
\2934
オスカー・フリートによるブラームスの交響曲第一番
 ◎収録曲/録音年
  (1)モーツアルト:小夜曲K525(1926)
  (2)ブラームス:交響曲第一番(1924)
オスカー・フリート指揮
ベルリン国立歌劇場管弦楽団

 1924年世界初録音! オスカー・フリートによるブラームスの交響曲第一番

 "オスカー"と言う言葉は今日アカデミー賞の代名詞として定着していますが、 オスカー・フリートと言う名前を聞いてそれが往年の名指揮者である事を思い浮かべる人は皆無に等しいでしょう。
 オスカー・フリートは1871年にベルリンの貧しいユダヤ人の家庭に生まれ、 正式な音楽教育を受けていないにもかかわらず幼少時はヴァイオリンを巧みに弾きこなし、 10歳の頃にベルリン近郊の田舎楽団に入ってホルンを学んで、 14歳の頃から流しのホルン奏者として放浪生活を続け、 18歳にしてフランクフルトにあったオーケストラのホルン奏者になりました。

 その後、作曲家フンパーディンクの弟子になって音楽を学び、作曲も手がけましたが、 20歳を過ぎて絵画と美術史を学んで、画家を目指した事もあります。 しかし生活は貧困を続け、やがて犬の調教師として生計を立てつつ音楽を学び続ける様になりました。 32歳の時に「酔歌」を作曲し、それがベルリンフィルハーモニー管弦楽団とワグナー協会によって初演されるや 驚異的な大成功を収めて、フリートは一夜にして有名な作曲家の仲間入りを果たしました。 その後「酔歌」のウイーン公演でマーラーと知遇を得て、ベルリンフィルを指揮してマーラーの「復活」を演奏、 マーラーの交響曲第6番、第7番、「大地の歌」、交響曲第9番を演奏し、 ワルターやフルトヴェングラーと並ぶ指揮者になりました。 しかしナチスの勃興と共に1934年に彼はソヴィエト連邦に亡命し、 そこでは大した活動もせずに1941年に死亡して,以後は忘れ去られしまいました。

 彼がベルリン交響楽団の指揮者に就任する直前の1923年から1930年に掛けて、 53タイトルのレコード録音を行なった事が特筆され、 特に機械式録音で当時非常に録音困難であったブルックナー、マーラー、 Rシュトラウス等の大編成オーケストラ曲の録音に成功しました。
 このCDに収録したブラームス/交響曲第一番は1923年から1924年始めに掛けて機械式録音で収録されたものであり、 世界初録音の座にあります。

 
KSHKO-57
\2934
スーザの"ラ・マルセイエーズ"から"星条旗よ永遠なれ"まで
 ◎収録曲/録音年
  [1] フランス国歌:ラ・マルセイエーズ(1914)
  [2] ベルギー国歌:ラ・ブラバンソンヌ(1914)
  [3] イラディエル:ラ・パロマ(1908以前)
  [4] スーザ:雷神(1926~1930)
  [5] スーザ:ミトンの男達(1926~1930)
  [6] スーザ:ワシントン・ポスト(1926~1930)
  [7] スーザ:エル・キャピタン(1926~1930)
  [8] スーザ:士官候補生(1926~1930)
  [9] スーザ:美中の美(1926~1930)
  [10] スーザ:ウエールズ親衛隊(1926~1930)
  [11] スーザ:海を越える握手(1926~1930)
  [12] ワグナー:双頭の鷲の下に(1926~1930)
  [13] スーザ:星条旗よ永遠なれ(1926~1930)
ジョン・フィリップ・スーザ 指揮
・スーザバンド(1),(3),(6)-(13)
・ビクターミリタリーバンド(2)
・フィラデルフィア高速運送会社バンド(4),(5)

 約100年の時を経て生々しく蘇ったマーチ王・スーザの吹奏楽録音。スーザの"ラ・マルセイエーズ"から"星条旗よ永遠なれ"まで

 小学生から高齢社会人まで100万人の吹奏楽人口を擁する日本で、 マーチ王・スーザの行進曲は最も親しまれている作品と断言しても差し支えないでしょう。
 第2のアメリカ国歌とされる行進曲「星条旗よ永遠なれ」を作曲した彼が、南北戦争の始まる前、 日本では江戸時代最末期の1854年に、アメリカのワシントンDCで誕生した事はあまり知られていません。 父親がアメリカ海兵隊バンドのトロンボーン奏者であったために幼少時から音楽に親しみ、 一時は海兵隊バンドで演奏参加も行っていましたが、やがて彼の卓抜した才能が認められて、 1880年に26歳にしてアメリカ海兵隊バンドの指揮者に抜擢されました。 1892年に彼は海兵隊を退役して自からの楽団"スーザバンド"を結成して演奏会、博覧会等の催事出演、 レコード録音等の音楽活動を行い、アメリカ国内各地はもとより、ヨーロッパ、南米、オーストラリア、 南アフリカへと、世界を股に掛ける演奏旅行を行いましたが、1932年に急病で亡くなりました。

 彼は生涯136曲の行進曲を作曲しており、1800年代末から積極的な録音活動を行っています。 それは1900年〜1910年に集中していますが機械式録音に依っていたので、 電気式録音が始まると1926年〜1930年にかけて主要な曲の再録音を行いました。 今日ではスーザのSPレコードの入手は容易ではなく、代表的な物はCDにトランスファーされていますが、 電気式録音でも初期のものなので雑音が多く音質はあまり良くありません。
 この度、1908年から1930年頃までのスーザ自身が演奏したSPレコードを纏めて入手できたので、 GHA蘇刻を行ないました。FM放送開始前の広帯域AM放送受信に匹敵する音質で、 現在の吹奏楽団とは異なる音色のスーザバンドの音をお楽しみ下さい。

 

KSHKO-56
\2934
"超絶凄ワザ"、フーベルマンのバイオリン協奏曲
 ◎収録曲/録音年
  (1)モーツアルト:ヴァイオリン協奏曲第3番(1934)
  (2) ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲(1934)
ブロニスラフ・フーベルマン(ヴァイオリン)
(1)イザイ・ドブロウエン指揮
 ウイーンフィルハーモニー管弦楽団
(2)ジョージ・セル指揮
 ウイーンフィルハーモニー管弦楽団

 究極の芸人にして大芸術家フーベルマンの"超絶凄ワザ"。フーベルマンのバイオリン協奏曲

 独力で剣の道を極めた宮本武蔵の様に、殆ど我流でヴァイオリンの秘技を極めたフーベルマンは、 LPレコード登場以前に世を去っているので今日では忘れ去られた存在です。 その技巧は、速いパッセージではハイフェッツを凌ぐ運指を聞かせ、 斜めに投げた石が水面を飛び跳ねる様な鮮やかなスピッカート、 さざ波から大波まで自在に使い分けるヴィブラート、大仰さもいとわないポルタメント、 更に妖婉さと清楚さを兼ね備えそれを巧みに使い分ける弱音のレガート、 割れている金管楽器の音にも似た激しいアタック等々、 彼はこれらの全に応えられる技量を備えたヴィルトゥオーソ、すなわち稀代の芸人でした。

 彼の演奏は上記の技巧に支えられ、時にはそれまでの演奏解釈を越えて下品さにも通じる様な 表現も交えて聴者を楽しませるものであったために、 当時の評論家からはその技量は肯定しつつも些か際モノ的な評価をされていました。
 数年前に彼の録音したSPレコードを入手して実際に蘇刻を行ない(KSHKO-40)、 予て聞いていた「彼の演奏は当たり外れがあり、当れば物凄い」との噂を実体験しました。 先に蘇刻した"ラローのスペイン交響曲"は、他の全てを圧倒する決定盤だと確信しています。 彼の録音は強弱・音色の変化が大きく、 レコードの雑音に埋もれやすい傾向があるのでCDに良好な音質でトランスファーするには 困難が多いのですがGHA蘇刻でそれを克服出来ました。
 今回のベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲はクライスラーに並ぶ決定盤であることに異論は出ないでしょう。 どうぞお楽しみ下さい。

 

KSHKO-50
\2934
追悼 クリストファ・N・野澤先生!ベートーヴェン・"運命"
 ◎収録曲/録音年
  [1] "ミネトンカの辺り":(不明)
  [2] "ハンガリア舞曲1番"(1889:ブラームスの自作自演)
  [3] "カッポレ" : (1903:日本初の器楽合奏録音)
  [4] "悲愴"2楽章:(1926:日本初の交響曲録音)
  [5] "トロイメライ" (1929)
  [6] ベートーヴェン "運命" (1910:世界初の"運命"の録音)
  [7] "君が代"(1938:世界初の"君が代"の海外録音)
  [8] "オンブラマイフ": (1920: カルーソ生涯最後のセッション録音)
[1] マリア バスカ(ソプラノ)
[2] ヨハネス ブラームス(ピアノ)
[3] 吾妻婦人音楽連中(鼓笛合奏)
[4] 佐野伴治指揮
 九大フィルハーモニー管弦楽団
[5] ミハエル ヴェックスラー(ヴァイオリン)
[6] オデオン大奏絃団
[7] 近衛秀麿指揮
 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
[8] エンリコ カルーソ(テノール)

 追悼 クリストファ・N・野澤先生! ベートーヴェン・"運命" の世界初録音

 ベートーヴェン・ "運命" の録音は1913年のニキシュ/ベルリンフィル始まるとされており、 今日の楽器編成の管弦楽による記念碑的な全曲演奏で不動の地位を得ています。 しかし1910年には既に全曲演奏が録音されており、一部の人達の間で知られていました。 これは指揮者表示なしの" Grosses Odeon Streich Orchester " (通称"大オデオン弦楽合奏団")による演奏なので、 不完全な内容と誤解されて長い間忘れ去られていましたが、 1990年代に世界的なSPレコード研究の権威者であるクリストファー・野澤先生がこの盤を入手され、 それが録音技術の制約により楽器編成が一部変更されているものの、 完全な全曲録音であることを「SPレコード」誌に発表されて、 2001年にケン・レコードによりCD化されました。私はそれを聴いて、 楽器バランスが極めて悪く稚拙な演奏だと感じていました。

 これは初期SPレコード特有の周波数特性劣悪と雑音の酷さのためだと考えられ、 2000年初頭からSPレコードについて色々とご教示を戴き、オデオンの"運命" についても折に触れてディスカッションをいただいていた野澤先生から原音の採音もさせていただいたのですが、 GHAによる蘇刻は困難を極めていました。それが4年前になんとか成功し、 "運命" のレコードの開闢にふさわしい演奏であることが明らかになったので、 野澤先生のご許可を得てCD化しましたが、有力CD情報誌の評論家からは酷評を受けました。

 痛恨の極みで野澤先生は2013年に突然逝去され、先生が抱かれていた「オデオンの"運命"を世に知らしめたい」 との思いに応えるべく、改めてそのGHA蘇刻をCD化し、併せて先生からご厚意で提供戴いた音源や、 ディスカッションに花を咲かせていた音源をGHAで蘇刻し収録致しました。オデオンの"運命" は現在でも通用する剛毅かつ端麗な演奏であり、先生を偲んでお聴きいただきたく思っています。

 
KSHKO-43
\2934
シュナーベルによるピアノ協奏曲演奏の記念碑
 (1)ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第3番(1933年)
 (2)ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第5番「皇帝」(1932年)
アルトウール・シュナーベル[ピアノ]
マルコム・サージェント指揮
(1)ロンドンフィルハーモニー管弦楽団
(2)ロンドン交響楽団

 シュナーベルによるピアノ協奏曲演奏の記念碑

 アルトウール・シュナーベルと言う名前を聞いてそれが20世紀前半を代表するピアニストである事を思い浮かべる人は少なくなりました。 それは、LPレコードの時代以降は殆ど録音を残さなかった事が原因の一つになっていますが、 彼は1930年代にレコード史上初めてベートーヴェンのピアノソナタとピアノ協奏曲の全曲録音という偉業を達成しており、 ピアニストの間では崇められている存在です。 それらの全集は世界的にも広まり、日本でもクラシックSPレコードとしては異例のヒット商品になりました。 因みに当時のレコードに付属する解説書には以下の様な紹介がなされています。

 殊にシュナーベルがベートーヴェンのピアノ曲演奏者として技量及び解釈とともに現下の第一人者である事は 識者間にも文句の無い所で、しかも今迄方々からの慫慂くありしにも拘らずレコード吹き込みは一切之を辞退していた。 彼の声名を伝え聞く我々は、その神韻を再生するレコードを全く旱天沛雨の思いで待つこと久しきものがあった。「皇帝協奏曲」こそは過般有名なベートーヴェン・ソナタ協会(英国)の熱心な企画と懇請とに動かされ、従来の吹込峻拒を捨てて、遂に英国ミドルセックスのHMV盤に吹込を承諾したという由緒付きの絶品である。この報ひとたび伝わるや、日本のファンは早くも高い関税や為替安の差損をも顧みず直輸入の注文を申し込む者少なからず、某店の如きは一店で7・80組の取次ぎを依頼されたという。いかに音楽ファン待望の的であったかが推察できよう。 この度、該協会の会員だけに頒布されるべきこの名盤が、 特に日本ビクターとの契約により比較的安価に提供されるに到った事は、 ファンの福音としてご同慶に堪えないところである。
 この様に由緒あるレコードから、この度、ベートーヴェンの代表作であるピアノ協奏曲・第3番/第5番を GHAによって蘇刻しました。LP時代のケンプ、フィッシャー、そしてホロヴィッツによるモノラル録音に 劣らない音質でお楽しみ下さい。

 

 

第1回紹介 2021/2/19


KSHKO-82
\2934
追悼マエストロ 荒谷俊治(2)
 ◎収録曲/録音年
  (1)シベリウス:交響詩''フィンランディア'' 1995年
  (2)ブライムス:ハイドンの主題による変奏曲 1995年
  (3)ウエーバー:''魔弾の射手''序曲 1992年
  (4)賀緑汀:''晩会'' 1984年
  (5)ムソルグスキー:''展覧会の絵'' 1986年
荒谷俊治 指揮
九大フィルハーモニーオーケストラ

 本年(2020年)元旦、現役最長老の指揮者・荒谷俊治氏が急逝されました。
 享年89歳、昨年の秋に長年音楽監督を務められた合奏団・東京コールフェラインの定期演奏会での卒寿記念演奏で音楽生活を全うされています。
  荒谷氏は変わった経歴をお持ちで、九州大学法学部と文学部を卒業され、 旧制高等学校時代に福岡合唱協会に入団し大学では九大フィルハーモニーオーケストラ(九大フィル)に入って、 当時福岡で音楽活動をしていたマエストロ・石丸寛氏から音楽の指導を受けました。

 石丸氏が東京交響楽団指揮者に転じた数年後に荒谷氏も音楽家を目指して上京し、 石丸氏と作曲家・高田三郎氏に師事して1958年に東京放送合唱団を指揮してデビューし、 1968年に東京フィルハーモニー交響楽団指揮者に就任しました。
 1970年から文化庁在外芸術研究員としてアメリカとヨーロッパに派遣されて、その間に世界的名指揮者ジョージ・セルに師事し、 帰国後1974-1980年に名古屋フィルハーモニー交響楽団の常任指揮者を務めました。
 その後は特定の楽団には専属せず、日本オペラ協会に協力した創作オペラや日本音楽集団と協力しての日本の伝統音楽に根ざした 音楽の創造に注力し、テレビの音楽番組出演やレコード録音、アマチュアの合唱団やオーケストラの指導に尽力された。
その間、一貫して合唱団・東京コールフェラインの音楽音監督・常任指揮者を務めて、日本指揮者協会第4代会長の任に当られました。
  荒谷氏の録音は長期に亘って数多く行なっていたので、当初は2枚組のCD制作を目指していましたが、 新型コロナウイルスの感染拡大のために私のCD制作環境が激変して、1枚物に変更せざるを得なくなって、 先頃KSHKO-81「マエストロ追悼・"田園"」としてリリースする事が出来ました。

 そして今般、制作を断念していたもう1枚も制作可能になり、追悼CD "管弦楽の精華"として完成させた。
 このCDに収録した曲は以下の通りです。
 [1] シベリウス:交響詩"フィンランディア" (Rec 1995)
 [2] ブライムス:ハイドンの主題による変奏曲 (Rec 1995)
 [3] ウエーバー:"魔弾の射手"序曲 (Rec 1992)
 [4] 賀緑汀:"晩会" (Rec 1984)
 [5] ムソルグスキー:"展覧会の絵" (Rec 1986)

 これらの中で"フィンランディア"と「ハイドンの主題による変奏曲」は工学部知能機械工学科に在籍していた 私の後輩・浜崎真嗣君が幹事長(楽団長)として演奏会を取り仕切り、自らもファゴットのトップとして演奏に参加した曲です。
 彼はその後就職して優秀なエレクトロニクスの技術社として活躍していましたが、 ちょうど20年前の正月休み明けの日に独身寮から忽然と失踪しました。
 拉致事件の救出活動を行っている[特定失踪者問題調査会]はこの事件を北朝鮮による拉致と認定して、 これまで認定されている500人余りの拉致被害者に加えて、国に対して救出の要請を行なっています。

 彼の救出を心から願っています。

 

KSHKO-81
\2934
追悼マエストロ 荒谷俊治
 ◎収録曲/録音年
  (1)ベートーヴェン:交響曲第6番 ヘ長調"田園" 1981年
  (2)ベートーヴェン:交響曲4番 変ロ長調 1990年
荒谷俊治 指揮
九大フィルハーモニーオーケストラ

 本年(2020年)元旦、現役最長老の指揮者・荒谷俊治氏が急逝されました。
 享年89歳、昨年の秋に長年音楽監督を務められた合奏団・東京コールフェラインの定期演奏会での卒寿記念演奏で音楽生活を全うされています。

 荒谷氏は変わった経歴をお持ちで、九州大学法学部と文学部を卒業され、旧制高等学校時代に福岡合唱協会に入団し大学では 九大フィルハーモニーオーケストラ(九大フィル)に入って、当時福岡で音楽活動をしていたマエストロ・石丸寛氏から 音楽の指導を受けました。 石丸氏が東京交響楽団指揮者に転じた数年後に荒谷氏も音楽家を目指して上京し、 石丸氏と作曲家・高田三郎氏に師事して1958年に東京放送合唱団を指揮してデビューし、 1968年に東京フィルハーモニー交響楽団指揮者に就任しました。

 1970年から文化庁在外芸術研究員としてアメリカとヨーロッパに派遣されて、その間に世界的名指揮者ジョージ・セルに師事し、 帰国後1974-1980年に名古屋フィルハーモニー交響楽団の常任指揮者を務めました。
その後は特定の楽団には専属せず、日本オペラ協会に協力した創作オペラや日本音楽集団と協力して 日本の伝統音楽に根ざした音楽の創造に注力し、テレビの音楽番組出演やレコード録音、 アマチュアの合唱団やオーケストラの指導に尽力された。

 その間、一貫して合唱団・東京コールフェラインの音楽音監督・常任指揮者を務めて、日本指揮者協会第4代会長の任に当られました。

 私も九大フィル出身ですが、在籍中は東京で活躍されていた荒谷氏とは殆ど接点はなく、 日本ビクターに入社後に研究所で録音研究に従事していた時に、 新録音スタジオの初録音「荒谷/東フィルによるシューベルト:"未完成"」 の録音スタッフとしてご一緒したのが初対面です。
 その後、スタジオに出向いての音楽録音研究を通じてのトーンマイスター技量の完全な修得後、 ボランティアとして多くの大学オーケストラや市民オーケストラに録音技量を提供して録音・CD制作を行なう様になってから、 荒谷氏の演奏会を数多く録音しましたがCD化に至ったのは9タイトルしかありません。
 これらのCDに対して日本の評論家は恐らく相手にしないと思いますが、私が外国でプロの音楽家や音楽専門家にお聴かせして、 これらが学生オーケストラの演奏だと思った人は誰もいませんでした。
 ここでは荒谷氏が最も満足していると確信している2曲のベートーヴェンの交響曲をCD化しました。
 荒谷氏の演奏を末長く記憶に留めて戴きたいと願っています。

 
KSHKO-80
\2934
メンゲルベルクの至芸 :チャイコフスキー/交響曲第6番"悲愴"
 ◎収録曲/録音年
  チャイコフスキー:交響曲第6番"悲愴"(1937)
ウィレム・メンゲルベルク指揮
アムステルダムコンセルトヘボウ管弦楽団

 1939年、世界に一流中の一流と崇められていたフルトヴェングラーが待望のチャイコフスキー:交響曲第6番"悲愴"を発売、 "この曲の最高峰は何れか"との論争が沸き起りました。
 相手は1937年録音のメンゲルベルク指揮:アムステルダムコンセルトヘボウ管弦楽団による同曲、 互いに性格を異にする演奏に対しての'甲論乙駁'の激論の末に前者が"精神性に優れる"との一応の結論となりましたが、 劇的で華麗なメンゲルベルクのレコードの方が人気が高かった様です。

 因みにこのSPレコードは日本では1938年発売以来1958年まで市販されましたが、 復刻LPレコードは1937年録音の欠陥部分を1941年録音で置き換えた混成編集盤が公式に発売され、 私が手持ちの復刻CDもこのLPレコードの音源を使っています。

 その為に良く聴くと背景雑音が異なり楽器バランスと音色も場所によって変動していて不自然さがぬぐいきれません。 1937年の"悲愴"の録音はドイツの国策レコード会社テレフンケンによる初のアムステルダムコンセルトヘボウ管弦楽団録音であり、 ホールに録音機材一式を持ち込んだ出張録音でした。

 最初の録音は何らかの理由で破棄されて陽の目を見たのは採り直したものですが、 [(1)強烈な電源ハムが混入している。(2)不適切なフェーダー操作がある。 (3)マイクロフォンの配置と指向性のために楽器バランスに不備がある。]との録音時の欠陥のために、 電源ハムの問題を除外しても「音が平板でダイナミズムに欠け、一部の楽器が聴き取りにくく或る楽器が突出して響く」 結果になっていました。

 後者の欠陥にはハムの存在が阻害要素になって修正が事実上不可能なのですが、 GHAによってハムを他の音に全く影響を及ぼすことなく除去出来たので、△鉢の欠陥を修復できて、 今日の"悲愴"のディジタル録音に劣らない迫力のある演奏を蘇らせました。

 咋今の演奏では聴けないメンゲルベルクの演奏の真髄を堪能戴きたいと願っています。

 

KSHKO-78
\2934
ジネットヌヴーの珠玉の音楽遺産 : ベートーヴェン/ヴァイオリン協奏曲
 ◎収録曲/録音年
  (1)ショーソン:「詩曲」(1946年)
  (2)ベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 (1949年)
(1)イサイ・ドブロウエン指揮
 フィルハーモニア管弦楽団
(2)ハンス・ロスバウト指揮
 西南ドイツ放送交響楽団
ジネットヌヴー(ヴァイオリン)

 第2次世界大戦後4年目の1949年10月28日、パリ発ニューヨーク行きのエールフランス機が中継点のサン・ミゲル島の霧の 立ち込めた山腹に墜落して乗客・乗務員全員が死亡しました。
乗客の中にアメリカのコンサートツアーに向かっていた20世紀最高の女流ヴァイオリニスト・ジネット・ヌヴー が搭乗していて、 この事故で弱冠30歳の生涯を閉じました。
 1919年にパリで生れた彼女は7歳でルッフのヴァイオリン協奏曲を弾いてデヴユーし、 その後当代最高のヴァイオリニスト・エネスコに師事した後にヴァイオリニストの名伯楽として知られるカール・フレッシュの下で研鑽し、 1935年に15歳にしてヴェニアフスキー国際ヴァイオリン・コンクールに出場してオイストラッフに大差をつけて優勝しました。
 これで彼女の名声は一挙に高まってヨーロッパ・アメリカ各地で人気を博しましたが、第二次世界大戦勃発で演奏活動を停止、 終戦後は1948年に掛けてHMVにレコード録音を行うと共に、名声の高まりで急増した演奏会公演の中、 1949年10月の航空機事故で不帰の人になりました。

 彼女の華々しい活動期間は戦前も含めて10年足らず、その間の録音は僅かに30回、協奏曲の録音はレコード録音2回と演奏会録音5回に過ぎません。
 これらはLPレコード登場前なので音質は不十分で、会場録音は音響条件の不備のために劣悪な物でした。
これらの中で2010年にシベリスとブラームスのSPレコードからGHA蘇刻に成功して歓迎戴き、現在は在庫が尽きつつあります。
 そこで今般、これまで着手できなかったハンス・ロスバウト指揮西南ドイツ放送交響楽団と協演したベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲 と、イサイ・ドブロウエン指揮フィルハーモニア管弦楽団とのショーソン:「詩曲」に最新のGHA蘇刻を施してしてヌヴーの没後70年追悼 CDを作りました。

 初期のLPレコードと変わらない高音質でヌヴーの珠玉の音楽遺産をご堪能下さい。

 

KSHKO-77
(2CD)
¥3259
貴志康一生誕110年記念 「貴志康一の世界」
 ◎収録曲/録音年
  " 貴志康一の自作自演
   (1)「日本組曲」より"道頓堀""花見" (Rec 1935)
   (2)「13の歌曲」(Rec 1935)
   (3)「日本組スケッチ」(Rec 1935)
  " 貴志康一にゆかりの音楽
   1.佐々紅華: 茶目子の一日(平井英子/二村定一)
   2.シューマン: トロイメライ(ヴェックスラー)
   3.時雨音羽: 君恋し(二村定一)
   4.ヘンデル: トロイメライ(カール.フレッシュ)
   5.ブラームス: ワルツ(ヴォルフスタール)
   6.バッハ: ガヴォット(クーレンカンプ)
   7.グノー: 夜の調べ(関屋敏子)
   8.日本国歌: 君が代(近衛秀麿/ベルリンフィル)
   9.ウエーバー:"魔弾の射手"序曲(フルトヴェングラー/ベルリンフィル)
   10.シューベルト: 即興曲(ケンプ)
   11.レハール:レハール幻想曲(クライスラー)
   12.ルノワール:聞かせてよ愛の言葉を(リシュエンヌ.ボアイエ)
   13.リューランス: ミネトンカの湖畔(マリア.バスカ)
   14.貴志康一:竹取物語(盛中国/瀬田裕子)
貴志康一 指揮
ベルリンフィルハーモニー管弦楽団
マリア・バスカ(ソプラノ)

 本年は貴志康一没後110年になります。
 2001に"貴志康一の伝道師"を自認されていたマエストロ・小松一彦氏の演奏会を録音する機会があって貴志の音楽に接し、 それにかって経験したことのない感銘を受けて彼の残した音楽の復刻に取り組む様になりました。
 当時から音響工学研究者としてGHA(一般調和解析)による音響信号処理研究に取り組んでいたので、 甲南学園・貴志記念室から世界に唯一残っている貴志が録音したSPレコードの音を提供戴き、 それにGHA信号処理(これを"GHA蘇刻"と呼びます)を施して雑音を除去・清音化して2007年にCD・"転生"をリリースしました。

 "転生"は好評を戴き、引き続き貴志生誕100周年の2009年には貴志康一ゆかりの音楽をGHA蘇刻して CD・"青少年のための音楽伝記 貴志康一"をリリースし、爾来今日までに合計6枚の貴志康一関係のCDをリリースしています。 しかしながら"転生"リリースから12年経って、"青少年のための音楽伝記 貴志康一"は完売し、 "転生"も品切れに瀕しています。
 他方、"GHA蘇刻"の技術はその間に飛躍的に向上しており、初回と比べると刮目する様な高音質が実現されています。
 そこで当初の2枚のCD制作に用いた音源に最新の"GHA蘇刻"を施して2枚組のCD・"貴志康一の世界"を制作しました。 SPレコード特有の音色の硬さは多少残っていますが、音質は今日のFM放送と同等のレベルに到達しています。

 表現の詳細が鮮明に聞こえる貴志の音楽を、存分にお楽しみ戴く様に願っています。

 

KSHKO-74
\2934
令和に蘇る石丸 寛の遺産 ベルリオーズ「幻想交響曲」
 ◎収録曲/録音年
  ベルリオーズ・幻想交響曲 1985年
  レスピーギ・ローマの松 1985年
石丸 寛指揮
九大フィルハーモニーオーケストラ

 昭和時代に「題名のない音楽会」やネスカフェ・ゴールドブレンドのコンサートやCMで親しまれ、 またアマチュア音楽団体に積極的に寄り添って懇篤に指導されたマエストロ・石丸 寛氏が、 他界されて今年で21年になります。
 石丸氏は音楽大学のご出身ではありませんが、芸術系学部のご出身で、 故 山田一雄氏に師事して音楽家への道に進まれました。
 先の太平洋戦争で軍隊に召集され、戦後に福岡で絵画製作と大学合唱団などの指導をされていたのを、 乞われて九州大学オーケストラ・九大フィルの指揮者となり、 1952年に東京交響楽団を指揮してプロ指揮者としてデビュー以降、N響をはじめ、 東フィル等々日本全国のオーケストラで活発な指揮活動を行なう一方、クラシック音楽の普及に情熱を注ぎ、 地方のアマチュアオーケストラや合唱団を多数育成されました。
 1994年に癌の告知を受けましたが音楽活動は休止する事なく、 1997年4月に指揮者活動45周年演奏会でブラームスの「ドイツ・レクイエム」を指揮、 同年12月のベートーヴェン:「荘厳ミサ曲」の指揮を最後に1998年3月23日に永眠されました。
 石丸氏は初めて公式に指揮をされた九大フィルを28回指揮されてアマチュアのレベルを超える演奏を聴かせられましたが、 約30年前のベルリオーズ「幻想交響曲」は空前絶後のものでした。
 これまでマエストロ・石丸 寛/九大フィルの演奏は2タイトルCD化しましたが、 この度「幻想交響曲」を令和時代初の追悼CDとしてリリース致しました。

 ◎ マエストロ・石丸 寛の略歴
 中国の青島で1922年に生まれ、1938年に帰国し1941年文化学院大学部芸術科に入学、 管弦楽法と指揮法を山田一雄に師事した。
 指揮活動は九州から始まり、九州交響楽団を創設、1952年に東京交響楽団を指揮して中央楽壇にデビュー、 以降、同楽団をはじめN響、東フィル等々日本全国のオーケストラで活発な指揮活動を行なう一方、 クラシック音楽の普及に情熱を注ぎ、地方のアマチュアオーケストラや合唱団を多数育成した。
 1994年に癌の告知を受けたが音楽活動は休止する事鳴く、 1997年4月に指揮者活動45周年演奏会でブラームスの「ドイツ・レクイエム」を指揮、 同年12月のベートーヴェン:「荘厳ミサ曲」の指揮を最後に1998年3月23日に永眠した。

 

KSHKO-76
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大日本名曲レコード頒布会が実現せしめた1928年・世界初録音の「荘厳ミサ曲」
 ◎収録曲/録音年
  ベートーヴェン:「荘厳ミサ曲」/ ミサ・ソレムニス (Rec 1928)
 ロッテ・レナード(ソプラノ) 、エミー・ランド(ソプラノ) 、エレノア・シュロスハウアー=レーノルズ(アルト)、
 アントン・マリア・トピッツ (テノール)、オイゲン・トランスキー(テノール)、ヘルマン・シャイ(バス)、
 ヴィルヘルム・グートマン(テノール)、ヴィルフリート・ハンケ(ヴァイオリン)、
 ブルーノ・キッテル指揮/ブルーノ・キッテル合唱団、ベルリンフィルハーモニー管弦楽団

 「銭形平次捕り物帳」で知られる小説家・野村胡堂は"野村あらえびす"を名乗った日本のレコード評論家の草分けでした。
 彼は日本の洋楽レコード普及黎明期に大日本名曲レコード頒布会を組織して商業ベースになじまない名曲をレコード会社に制作委託し、 ベートーヴェンの「荘厳ミサ曲」のレコード制作をドイツのポリドール社に要請しました。

 この曲は4人の独唱歌手、大規模な合唱団と管弦楽団、そしてパイプオルガンによる、 約80分の演奏時間を要する大曲なので交渉は困難を極めましたが、 「日本での発売に留まらない」との条件で要請は受け入れられました。
 そこで起用されたのがドイツを代表する7人の歌手(曲に応じた独唱の交代のため)、 とブルーノ・キッテル合唱団、ベルリンフィルハーモニー管弦楽団、 そして指揮者にドイツ合唱曲の最高権威者といわれたブルーノ・キッテルという陣容であり、 録音が1927年から1928年にかけて行われ、11枚のSPレコードアルバムとして発売されました。
 その価格は42円!当時の大卒の初任給が60円だったので今日の価格に換算して14万円となり、 1000セットの販売を記録しました。その後この曲はSPレコード時代には2セットしか製作されず、 日本では1942年に初演されています。
 1953年にトスカニーニによってLPレコード化され、CD時代の今日ではかなりのレーベル数になっていますが、 それでも他の名曲に比べるとマイナーな存在です。ブルーノ・キッテル合唱団はドイツの至宝とも言われており、 合唱の権威・ブルーノ・キッテルの指揮は雄渾かつ緻密で、 合唱のコントロールが細部まで行き届いていてこの曲の理想的な演奏を聴かせてくれます。
 また録音にはカーボンマイクロフォンが使われていますが、周波数帯域は7kHzにも及んでいて、 GHA蘇刻によってこれがSPレコードである事を忘れさせる様な初期LPレコードに近いサウンドを楽しませてくれます。

 

KSHKO-70
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指揮者 堤俊作没後5周年追悼 驚天動地のラフマニノフ・交響曲第2番
 ◎収録曲/録音年
  (1) ラフマニノフ・交響曲第2番 1989年
堤俊作 指揮
九大フィルハーモニーオーケストラ

 日本を代表するクラッシックバレエの指揮者・堤俊作氏が他界されて5年になります。 1947年に大阪・茨木市で生を受けた堤氏は桐朋学園音楽大学演奏学科を首席で卒業され、 数多くのバレエ公演、オペラ、そしてコンサートで活躍され、他方で多くのアマチュアオーケストラを育成されました。
 その指導姿勢はアマチュアだからと言って妥協する事のない峻厳なものでしたが 、一部の大学体育系サークルや吹奏楽コンクールで上位入賞する一部の大学や高等学校の吹奏学部ので見られる様な ブラックなものではなく、各メンバーに自主的且つ徹底的な課題の克服を求めるものでした。
 その指導の受け止めには団体によって温度差はありましたが総じて真面目に従っていて、 中にはガチンコに受け止めて信じ難い演奏を聴かせてくれた例も多々有りました。

 私は学生時代には堤氏が指導したオーケストラに参加していて (と言っても堤氏ではなく石丸寛先生の指揮を仰いでいましたが)、 縁あって堤氏の録音・録音・CD製作をお引受けする様になり、 爾来難病に罹患されて指揮棒を手放された2011年までお付合いを致しました。
 堤氏が他界された2013年には堤氏がジュネーヴでの国際指揮者コンクールで同曲を指揮して優勝された直後に、 九大フィルを指揮された「シェエラザード」を追悼CDとして製作しましたが、それから5年、今般は堤氏が残された信じがたい演奏を末長く残すために、 九大フィル創立80周年記念に演奏されたラフマニノフの交響曲第2番を制作いたしました。

 

KSHKO-69
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世界初にして究極の高忠実度ラッパ吹き込み!
 ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」

  ◎収録曲/録音年
   (1)ベートーヴェン:交響曲第九番 "合唱" 1923年
エーテル・ハンザ:ソプラノ
エレアノア・シュロスハウザー:アルト
オイゲン・トランスキー:テノール
アルベルト・フィッシャー:バス
ブルーノ・ザイドラー・ヴィンクラー指揮
ベルリン国立歌劇場合唱団、ベルリン新交響楽団

 1977年のエジソンによるレコード発明以来、マイクロフォン登場迄の50年間はラッパ吹き込み(機械式録音)でレコードは作られていました。
 この方式で管弦楽が録音されたのは1909年の事ですが音質は極めて貧弱でした。
 やがて1920年初頭に掛けてマーラーの交響曲などの大編成の演奏が何とか聴ける音質で録音される様になりましが、 この成功はマルチラッパ録音方式の開発に依るものであり、 その立て役者が当時ドイツ・ポリドール社録音部長のブルーノ・ザイドラー・ヴィンクラーでした。
 彼はこの方式で、歴史的偉業と言われるニキシュ/ベルリンフィルによるベートーヴェン/"運命"の録音を達成し、 1923年世界初録音のベートーヴェンの"合唱"でその頂点を極めました。
これは、彼が技術者と同時に音楽学校で本格的に学んだ音楽家であり、 歌やヴァイオリンなどのピアノ伴奏やオーケストラの指揮を行なった経験を踏まえた録音技法を存分に活かした成果でもあります。

 このレコードは1924年に日本に輸入され、関東大震災直前の7月に公開されました。アジアでのベートーヴェンの"合唱" はこの公開に先立つ1918年6月に徳島県にあった坂東ドイツ軍俘虜収容所内でヘルマン・ハンゼンの指揮する徳島オーケストラによって 初演され、日本でこの曲が完全な形で公に演奏されたのは関東大震災後の1924年の東京音楽学校の演奏会なので、 このレコードは日本人が初めて耳にしたベートーヴェンの"合唱"と言う事になります。

 7月の公開に先だってこのレコードを聴いた評論家・野村あらえびすは、新聞にこの演奏を「結構の壮大なこと、 オーケストレーションの見事なこと、旋律の豊富なこと、更にさらに深さと強さと気高さと美しさにおいて比類のないこと、 光と力が全曲にみなぎっていること、私がいくら形容詞を並べても際限ありません。」と紹介しました。
 この曲の蘇刻は2012年以来3度目であり、これまでは使用したレコードの音溝損傷(殊に4楽章) が激しく満足すべき蘇刻効果には至りませんでしたが、今回は未通針針に近い音盤が得られたので周波数レンジは100Hz?3.5kHzに広がり、 音質は鮮明で4楽章の歌唱ではモノラルLPレコード並みの響きが楽しめます。

 

KSHKO-68
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ワインガルトナーの遺産:彫琢を極めたベートーヴェン/交響曲第8番
 ◎収録曲/録音年
  (1) ベートーヴェン:交響曲第7番 (1936)
  (2) ベートーヴェン:交響曲第8番 (1936)
フェリックス・ワインガルトナー指揮
ウイーンフィルハーモニー管弦楽団

 ベートーーヴェンの交響曲第8番は、規模が小さい故にさほど重要な曲とは見なされていない感もあります。 しかしベートーヴェン自身はこの曲の方が交響曲第7番よりも自信作だと考えていて、 7番と8番が同時に初演された際に7番の方が8番よりも好評だった事にお冠りだったと伝えられています。
 今日ではベートーヴェンの交響曲第8のCDは数多ありますが、それでもベートーヴェンの他の交響曲に比べると マイナーな感じは否めません。しかしながらレコードの歴史を辿ると、この曲の演奏が絶賛されていた SPレコードが浮かび上がってきます。 その指揮者はフェリックス・ワインガルトナー、フルトヴェングラーやワルターと同時期に活躍し、 ウイーン国立劇場とウイーンフィルの音楽監督を勤め、 1942年に亡くなるまでに200枚とも言われるSPレコードを残しました。 その中でこの曲は彼の得意とする物であり、何種類かの録音を残していますが、 その中でダントツに評価されているのが1936年にウイーンフィルを指揮して録音したベートーヴェンの交響曲第8番、 当時の音楽評論家・野村あらえびすは同時期に録音されたベートーヴェンの交響曲第交響曲第7番と併せて "彫琢の極み"と絶賛しました。

 このレコードが録音された1936年はSPレコードの完成期、周波数帯域は8kHzまで拡げられ、 第2次世界大戦後に登場したLPレコードに比べても音質的にさほど遜色はありません。 今回、上記2曲のSPレコードが入手でき、当時の日本盤レコード特有の材料の良さに起因して盤面の状況が 非常に良好だったので、8kHzの周波数帯域幅での蘇刻が出来ました。 ワインガルトナーの類まれなる音色美感と指揮の冴え、そしてウイーンフィルの芳醇な演奏技術をご堪能下さい。

 

KSHKO-62
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1924年世界初録音のマーラー・交響曲第2番「復活」の復活!
 ◎収録曲/録音年
  グスタフ・マーラ:交響曲第2番「復活」(1924)
オスカー・フリート指揮
ベルリン国立歌劇場管弦楽団
ベルリン大聖堂合唱団
ゲルトルート・ビンダーナーゲル (ソプラノ)
エミー・ライズナー (コントラルト)

 1982年に登場したCD(コンパクトディスク)の録音時間は74分に規格化されています。
これはカラヤン/ベルリンフィルによるベートーヴェンの交響曲第9番「合唱」の演奏時間に合わせて決められましたが、 昨今では約80分の録音時間のCDも登場していて早いテンポで演奏されたマーラーの交響曲第2番「復活」 はCD1枚に収められています。しかしながら多くは演奏時間が80分を越えていて、CD2枚組とされています。

 この長大な曲が世界で初めて録音されたのが1924年、今日では忘れ去られているドイツの
指揮者オスカー・フリート指揮のベルリン国立歌劇場管弦楽団によるものであり、 ラッパ吹き込みで7枚(14面)組みのアルバムで発売され、日本でもかなりの数が売れたそうです。
しかしそれに続くSPレコードの発売は1935年、1950年代のモノラルLPによる発売は見出す事は出来ず、 ステレオレコード最初期の1958年に入ってワルター/ニューヨークフィルによって2枚組で発売されています。

 オスカー・フリートはワルターやクレンペラー、フルトヴェングラーと同世代の、ドイツで活躍した ユダヤ系指揮者ですが、ナチスの迫害を逃れてソ連(現ロシア)に亡命し、不可解な死を遂げました。

 もし彼の亡命先がアメリカであったら、20世紀の大指揮者の殿堂入りを遂げていたでしょう。
フリートによるマーラー/「復活」はラッパ吹き込みのために周波数レンジは150Hz?3.5KHz、 全体の音量が小さくピアニッシモの個所は殆ど雑音に埋もれていますが、 GHA蘇刻によってAMラジオ放送とほぼ同じ音質で復元されました。
 これは10年後の電気吹き込みのSPレコードに比べて遜色はなく、細かな音の動きも明瞭に聴取が出来ます。

 フリートの指揮は、精緻な棒捌きで構成は強固かつ起承転結は明確、仮にディジタル録音されていれば今日の 特選CDに並ぶ傑作として高く評価されたでしょう。彼の「復活」が聴き継がれる事を望んでいます。

 

KSHKO-61
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ベルリンフィルの希少レコード・1928年録音の「シェエラザード」と「火の鳥」
 ◎収録曲/録音年
  [1] リムスキー・コルサコフ/交響組曲「シェヘラザード」(1928年録音)
  [2] ストラヴィンスキー/組曲「火の鳥」(1928年録音)
オスカー・フリート指揮
ベルリンフィル・オーケストラ

 1951年にLPレコードが発売され、 針音が少なくて当時のラジオ放送やSPレコードの2倍以上の広帯域による音の良さによってHi-Fi(高忠実度) 音響の時代が始まりました。
 当初は輸入盤販売のために庶民には高嶺の花であったLPレコードも、 5年後にはSPレコードの4倍程に安価になり続いて1000円盤が発売されて普及が加速しました。 その様な中、LPレコード自体もHi-Fiを誇示する様な録音が競って発売される様になり、 シンバル等の打楽器がきらびやかに鳴り響き、金管楽器がバリバリ鳴って高音弦楽器が冴えわたり、 低音弦楽器が唸る様な曲が好んで録音されました。

 その中でショウピースたる曲がR・コルサコフ/「シェエラザード」でした。 私が最初に驚嘆した「シェエラザード」のレコードはオーマンディー/フィラデルフィア管弦楽団による 1953年録音コロムビア盤でしたが、その後アンセルメ/スロマンド管弦楽団、 バーンスタイン/ニューヨークフィルハーモニー交響楽団、それにムードミュージックの大御所・モートングールドオーケストラ、 そしてフリッチャイ/ベルリン放送交響楽団によるドイツグラモフォン盤などを楽しんだのですが、 ベルリンフィルハーモニー管弦楽団のものはカラヤンとマゼール指揮の2枚のみ、 それらの演奏はさほど成功している様には聞こえません。 それでも同オーケストラの演奏記録ではフルトヴェングラーも指揮しています。

 そこに思いがけなく希少なベルリンフィルのレコードを入手しました。 1928年に今は忘れ去られているオスカー・フリートが指揮したSPレコードです。 フリートはワルターやフルトヴェングラーと同時代のドイツの指揮者で、 マーラー/交響曲第2番「復活」やブルックナー/交響曲第7番などを世界初録音しています。 その中の何枚かはGHA-CD化しましたが、非常に優れた指揮者だと実感しており、 同時期に入手したストラヴィンスキー/「火の鳥」と併せて蘇刻しました。

 これらのレコードは盤面が非常に良好で、カーボンマイク録音ながら約7kHzの周波数帯域があるので、 クリスタルピックアップ付きの蓄音機でLPレコードを再生したのと同等の音質を楽しむ事ができて、 度胆を抜かれる事と思っています。

 





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