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ここにいつものエッッシェンバッハはいない。
類い希な才能を飛躍させたひとりの巨匠がいる

エッシェンバッハ&フィラデルフィア管
チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」
ONDINE (1SACD) ¥2400→¥1790


 違う。
 それは店主の望む「悲愴」じゃない。
 あ、いや、正確には、「店主がエッシェンバッハに望む「悲愴」」、ではない。
 もっと異端で、もっと猟奇的で、もっと陰惨で、もっと変態的な「悲愴」が繰り広げられるかと思っていたのだ。
 この曲にまつわるさまざまな逸話を露骨に見せ付けるような悪趣味な演奏が展開されると思っていたのだ。

 ところが。
 なんとも豊かで、なんとも深い、なんとも慈愛に満ちた音楽が聴こえてくるのである。
 いや、そんなはずはない。
 エッシェンバッハがそんな音楽を作り上げるはずがない。
 ・・・なのだが、何回聴いてもすばらしいのである。
 この曲に意味ありげな哲学なんて必要ないと思うが、そんなものまで感じさせてしまう、思慮深い演奏。
 演奏している人の生き方や考え方にまで影響を受けてしまいそうな、そんな音楽。
 いつものエッシェンバッハにありがちな、ちょっとはったりめいた、ちょっと嘘っぽい仕掛けもない。まっすぐで正直。しかも全編どうしたのかというくらい落ち着いている。その重量感あふれる落ち着きが、音楽の底辺をさらにもう一段ももう二段も深く沈める。
 第1楽章の熟した響きもすごい。第3楽章の落ち着いた中で繰り広げる熱い行進曲もすごい。
 しかし終楽章。
 てっきり役者エッシェンバッハはお涙頂戴と来ると思ったのに、そうではない。自らの人生を語る年老いた哲学者のように、エッシェンバッハは淡々と、粛々と音楽を進める。この無意識の美。この濃密な大気のような美。
 こんな音楽をエッシェンバッハが奏でるとは。

 ここに奇才エッッシェンバッハはいない。店主の望んだエッシェンバッハもいない。
 しかし、・・・豊かな経験で、類い希な才能を飛躍させたひとりの巨匠がいる。
 

Tchaikovsky - Symphony No. 6
ODE 1131
(SACD Hybrid)
\2400→¥1790
チャイコフスキー:
 (1)交響曲第6番ロ短調Op.74「悲愴」
 (2)ドゥムカOp.59* (9'43")
エッシェンバッハ(指&P*) 
フィラデルフィア管
2ch Stereo 5.0ch Surround録音:(1)2006年10月フィラデルフィア ヴェリゾン・ホール、(2)2006年11月パールマン・シアターエグゼクティヴ・プロデューサー:ケヴィン・クラインマン プロデューサー:マーサ・デ・フランシスコ レコーディング・エンジニア:チャールズ・ギャニオン

 エッシェンバッハのアプローチが最も活きてくる作品であろうチャイコフスキーの「悲愴」。エッシェンバッハ独特の粘りや表情付けが濃厚に染み出し、逃げ出したくなるような緊迫感のもと、非常に完成度の高い演奏となっている。第1楽章の第2主題の美しさはフィラデルフィア管ならでは。また第3楽章の疾走感、第4楽章の激しく聴かせる盛り上がり方など、エッシェンバッハの思い描く「悲愴」を実現している。
 その昔、若き日のホロヴィッツが得意としていたドゥムカは、チャイコフスキーのピアノ曲の中でも特に演奏の難しいことで知られる作品。哀愁の旋律が華麗な中間部を挟み、エッシェンバッハの味わい深いピアノが堪能できる。





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