騙されたと思って
ユーリ・バシュメット&国立ノーヴァヤ・ロシア交響楽団
ブラームス:交響曲第3番
チャイコフスキー:交響曲第6番「悲愴」
ICAC-5023 1CD\2300→\1990
スタッフのミヒンくんが「今度のバシュメットの新譜いいですよ」と言ってきた。
バシュメットの新譜?そんなのあったか?
調べたら確かにあった。イギリスの業界最大手マネージメント会社ICAのCDレーベルから出てた。ブラームスの3番とチャイコフスキーの「悲愴」。
うーん・・・でもバシュメットかあ。
そういえばバシュメット、モスクワ・ソロイスツと組んで、最近はONYXからチャイコフスキーやストラヴィンスキーを出していた。でも「面白い!」というよりは、真面目でけれんみのない演奏だった。悪くはないけど、とくに騒ぎ立てるようなアルバムということもなかった。良くも悪くもバシュメット。
昔は「ヴィオラのクレーメルか!」というような存在感で、ヴィオラを脇役から主役に一気に引き立ててくれてた。あのときの勢いは今はあまり感じられないけど、元気でやってんのかね。
今回のアルバムはモスクワ・ソロイスツ・・・なわけないよな・・・えっと、国立ノーヴァヤ・ロシア交響楽団?なんじゃそりゃ。
でもいいじゃない!ロシアの辺境オケかな!?ノーヴァヤってどこ?シベリアとかだったらおもしろそう!アーノルド・カッツみたいで!
でも地図に載ってないよ・・・ノーヴァヤ・・・。
ん??なんか解説に書いてるぞ・・・「ノーヴァヤはロシア語で『新しい』の意」。
あはは、地名じゃなかったよ。「国立新ロシア交響楽団」ってとこか。わざわざ日本名を「ノーヴァヤ」なんてややこしい名前にしなくてもいいじゃない。ま、いいけど。
でも・・・バシュメットかあ。
ブラームスの3番と「悲愴」・・・。
あんまりバシュメットで聴こうとは思わないなあ。ミヒンくんもまた変なものに手を出したね。店主がちょっとやそっとの演奏じゃ「いいじゃん!」て言わないのは知ってるだろうから、そこそこ自信があって言ってきたんだろうけど。まあ、騙されたと思って聴いてみるか。
最初がブラームス。
お、確かに面白い!
冒頭から変な管楽器の使い方してるし、弦を妙に強調したりして「鬼才」的雰囲気を醸し出してる!ほかの人がやらないことをやってやろうという意欲満々。悪くないよ。第3楽章なんてそうとう練りこんでて、泣き泣き系演奏としてはかなり印象的。終楽章も歯切れいいし、なかなかダイナミック。バシュメットにこんなエネルギッシュな一面があるとはね。コンサートで見たときは愛想のいいセールスマンみたいだったけど、一皮剥けたのかな。
そしていよいよ「悲愴」。バシュメットはこのオケといっしょに日本にやってきててこの曲をやったみたい。
じゃあ、聴いてみますか。
おっと・・・!
第1楽章、思いっきり粘り腰の演出でずいぶん大河的。そして大爆発!や、やるぞ、バシュメット!うねるような怒涛の流れが一気に爆裂して砕け散った!このダイナミズム!すごいよ、バシュメット!
こういう大スケール演奏の「悲愴」を聴くと、「誰それに似てる」とか「○○風解釈」とか言いたくなるが、この演奏、きわめて独創的。ハラハラしながら息を呑んでいるうちにあっという間に第1楽章が終わってしまった。バシュメット、そうとう練りこんできてる・・・。こんな「悲愴」久しぶり。
第2楽章は快速テンポで贈る退廃的なワルツ。明日には崩壊しそうな帝国ロシアの落日。死に急ぐ貴族の舞踏会。ラストに向けて心臓の鼓動が高くなる。
第3楽章は第2楽章のせきたてるような切迫感そのままに、緊張したスケルツォで始まる。そして煽る低弦、叫ぶ管楽器、決して流れを止めないバシュメットの指揮。・・・無節操な進軍はやがてくる悲劇を予感させながら壮大に終わる。
そして終楽章。
どこかから見つけ出してきた古文書を一頁一頁めくるかのように、バシュメットはきわめて大事に大事に音楽を進めていく。これまでのダイナミズムと一転、胸にこみ上げてくる切々とした情感。これは一日二日で創り上げたハリボテの音楽じゃない。さらにその迫り来る情感は一気にボルテージを上げ、聴くものの心臓をあからさまに締め付けてくる。狂おしく悩ましく、音楽という鎖はギリギリと全身に巻き付いて息ができない。
そして悲劇の大団円。静寂。・・・解放。
バシュメット、いつのまにこんなに進化していたんだ・・・2011年あの災厄の中、日本を訪れて被災者のために演奏したヒューマニズムは見せ掛けではなかったのだ。
今調べたらアリアCDでこのアルバム買った人は一人もいなかった。それは誰も注目しないと思う、よくわかります。
・・・でもそういうアルバムにときおりこんな演奏が潜んでいる訳だ。サンキュー、ミヒンくん、よく見つけた。
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