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店主ラスコルのウィーン紀行 その1

 ウィーンに行ってきました。なかなかの強行軍でしたが、一生の思い出になるすばらしい旅行になりました。旅の終わりにはあまりに疲れて「もう二度と海外なんか行くもんか」と思いましたが、1ヶ月経つともうどこかに行きたくなってます・・・。
 ということでけっこうハードだったウィーン紀行、始まり始まり。
 記載事項の事実関係についてはできるだけ再調査したつもりですが、ウィーンに行こうという方がこれを読んだために迷子になったりするといけないので、どうか参考程度にしてくださいませね。
 その2へ(購入希望CDをチェックされた方は「かごに入れる」をクリックしてから移動してくださいね。)


<出発前>

 ウィ−ン。
 学生の頃1回だけ行ったことがあるはずなんだけど、ほとんど素通りだったのかあんまり記憶にない・・・。
 ヨーロッパに6回も行きながら、ウィーンをまともに訪れていないとは・・・。CD屋としてはあるまじきこと。いつか行ってみないと・・・。
 ・・・でも一人で海外に行くのは怖い。
 アリアCDの会員さんには外国を自由に飛びまわってらっしゃる方が何人かいらっしゃるので、そういう方に聞かれると声を上げて笑われそうだけど、・・・でもやっぱり一人は怖い。
 今まではベテランの誰かについていったりツアーだったりして、重要なことは全部人任せ。なのでいざ一人で海外に行こうと思うと、何をどうやっていいかさっぱりわからない!
 それはいかん。まったく情けない・・・。
 よし、思い切って一人で行ったるか!
 なんとかなる・・・か?

 さて、いつ行くか。
 まずウィーンでやってる公演をチェック。どうせ行くならたくさんコンサート観たいし。
 ただ、このときはまだ近くのブダペストやプラハまで足を伸ばすつもりでした。
 ところがコンサート情報を見ると、11月前半にウィーンで面白そうなコンサートがガチガチに固まってるではないですか!一方プラハやブダペストはそんなに面白そうなのはない。
 まず一番の目玉はプレートルとウィーン・フィルのビゼーの交響曲!昔HANSSLERでプレートルのこの曲が出たときに、そのあまりの劇場的な美しさにびっくりした覚えがある。今でもこの曲最高の一枚。そのときは確かシュトゥットガルト放送。でも今度はなんせウィーン・フィル!う〜っ!
 ・・・このコンサートがなかったらウィーン行きは決意しなかっただろうなあ・・・。ありがとう、プレートル!
 さらにメータがフィレンツェ5月祭を率いてブラームスの1番や「悲愴」を。そして国立歌劇場では小澤の「スペードの女王」とかハラシュとサバティーニの「仮面舞踏会」、さらにクリスティアン・ヤルヴィとトンキュンストラーのマーラー!そして間に合えば到着した日にガーディナーとレヴォリューショネル管の「ドイツ・レクイエム」か、フェルメールSQのヤナーチェク、モーツァルト、ベートーヴェン。さらにさらに日があえばフェドセーエフ&ウィーン響の「展覧会」まである!
 う、うお、・・・手が勝手に動いて、気づいたら4日間びっしりウィーンでのチケットを予約してしまっていました。
 これでウィーン缶詰決定。
 ただ14日の夜にNAXOS20周年記念パーティがあってそれに間に合うように帰りたいので残念ながらフェドのコンサートは断念。
 最終的に9日出発、14日帰国、というスケジュールとなりました。

 ただ・・・知らなかったんですが、ウィーン・フィルの定期公演のチケットって会員の人にしか発売されていなくて、会員以外の人は買えないんですって。普通何%かはフリーの人に空けとくのにね。・・・これがウィーン・フィルと会員との鉄の掟みたいなものなのか。
 ・・・とはいえ、行けなくなった人とか、いろいろな理由で、コンサートの直前に浮いたチケットが市場に出回るらしい。手に入ればラッキーだし、入らなければ諦めるしかない。今回はウィーンの業者に頼んだけれど、獲得確率は90%とか・・・。それなら何とかなるか。でもだめだったらショックだなあ。・・・とはいえ、それを言っていたら始まらないのでそこのところは神様に任せて、それ以外のチケットを確保。
 さて、あとはそれ以外の時間にどこを回るか。
 ぶらぶら観光したい気持ちもあるけれど、基本的に「CD探し」の旅という目的もあるので、珍しいCDがありそうなところへ行こう。
 とすると、まずはCD屋。有名なところが3,4件あるらしい。ウィーンでしか手に入らない貴重なものがあるか!?
 さらに博物館とか美術館も狙い目。こういうところの自主制作盤や独自商品に面白いものがある可能性が高い。もちろんウィーンには作曲家ゆかりの博物館がたっくさんある。これは期待できそう。

 ということであっという間にスケジュールは埋まった。
 ところがそこにさらにウィーン・フィルの事務局の担当者から、「来年のニューイヤー・コンサートの記者発表会が12日の月曜にあるからいかないか?」と。
 うっ!
 それは行きたい。
 しかしその担当者の人とは会ったこともない。
 しかし行きたい。
 しかしドイツ語なんて喋れないし聞いてわかるわけがない。
 しかしやっぱり行きたい。
 しかし行って訳がわからないまま終わって、それで意味があるのか!?
 しかし・・・それでも行きたい。
 ・・・で、行くことに。
 しかし大丈夫か!?
 「何でこんな奴連れてきたんだ」とか言ってプレートルにつまみ出されたらどうしよう。
 そのときは仕方ない。
 ということでもうひとつスケジュールが入った。その分日曜に予定を詰め込もう。なんとかなる・・・か?

 さて、ウィーン出発5日前。業者から連絡。
 ウィーン・フィルのチケット、ゲット〜!!!
 毎日いやがられながらも催促のメール入れていた甲斐があった。
 よし。
 これでもう何も悩むことはない。後は行くだけ。行って悩むだけ。


<1日目 11/9(金)>

 ということであっという間に出発日。
 5時半のJR勝川駅。始発。これに乗らないとすべてが終わる。
 外は寒い。かなり寒い。しかも早く着き過ぎて駅のシャッター閉まってるし。う〜。なんて幸先いいんだろう。
 金山から名鉄に乗り換えてセントレアへ。ANAで成田まで行ってそこでオーストリア航空に乗り換える予定。
 ANAで国際便乗り換え用のカウンターでチェックイン。早く来たのでほぼ列の先頭。
 係員:「ライターとかをスーツケースに入れてませんか?」
 店主:「え?あ、はい・・・え、え〜!?い、入れてます!」
 係員:「それは困ります。すぐに出してください。手荷物としてお持込ください。」
 スーツケースにライターって入れちゃいかんの??知らんかった。言い訳だけどタバコとか吸わんから今まで気にしたことがなかったけど、今回は旅先でマフィアにロープで縛られたりしたら、そのロープをライターで焼き切ったりしないといけないと思って(おいおい)考えなしに入れちゃったよ。
 ということで衆人環視のもとでパンツとかいろいろ入ってるぐちゃぐちゃのスーツケースを開けて、ようやくにっくきライターを取り出したときにはもうほかの客は誰もいない。
 係員:「急ぎましょう、私も一緒に行きますので」
 時々走っている人いますよね、空港で。係員と一緒に。
 今まではなんでもっと早く来ないのよ?とか言いながら見てたけど、まさか自分がなるとは。・・・まあいろんな理由があるということですね。
 でもおかげでムチャクチャ混んでるセキュリティ・チェックを「関係者」ゲートから通らせてもらったので、登場口に着いたときはまた一番に。あらま。まだ搭乗も始まってなかった。何が幸いするかわからんね。
 ・・・って、こんなつまんないことまで書いている場合じゃない。
 飛行機は成田に無事到着。いよいよ日本出国。出国審査して、ウィーン・フィルの人にお土産買って(「濡れおかき」とか食べるのか?いまだに謎。聞けんし。)、搭乗。
 さよなら日本。飛行機は満席。

 離陸して6時間。
 「ハリー・ポッター」の最新作と「トランスフォーマー」観る。寝たような寝んような。
 そろそろ腰とか痛くなってきた。オーストリア航空はANAやJALと違ってうまく座席がリクライニングできない。ほぼ直角。そして狭い。これはかなりきつい。年とったせいか?
 しかしあと2時間。もうまもなくだ。そう思えばそんなに遠くない。
 前の座席の人が、現在地の画面を見ている。
 ロシア上空。
 ん?なんで?なんでロシア上空?
 あと2時間なのになんでロシア上空?なんかあったのか?緊急に経路を変更したのか?
 急いでテレビをインフォメーション画面にする。
 げ、確かにロシア上空。なぜだ。
 続いて現地までの到着時間が出る。
 6時間。
 あはは、いや、経過時間じゃなくて、到着までの時間だってば。
 6時間。
 げー!間違えとった!
 時差が8時間で、飛行時間は12時間だった!どこで勘違いしたんだー!?まだ半分ある!あと6時間もある!「ハリー」と「トランスフォーマー」もう1回ずつ観てもまだ2時間もある!
 ・・・そのあたりから頭が朦朧とし始める。

 とはいえ、そのあとは「幸せのレシピ」1本観てうつらうつらしてたら加速度的に時間が経って、いよいよウィーン到着!
 しかしなんか頭が冴えない。もともと冴えないが、輪をかけて冴えない。
 確かにウィーンに着いたようだが、ぼ〜〜っとしてる。晴れのはずなのに雨も降っている。まだ夕方の4時過ぎなのにもう暗い。暗雲たれこめる・・・いやいや、そんなことはない!
 そんなことよりとにかく入国手続きを。
 待て、まだスーツケース受け取ってない。
 ん?
 スーツケースが先か入国が先か?
 入国が先でその後スーツケースを受け取るとしたら、もしポール・マッカートニーのように入国審査で追い返されたら、どこでスーツケースを受け取るんだ?
 もしスーツケースが先で入国が後だとしたら、間違えて先に入国してしまってスーツケースを受け取るのを忘れたら、「は〜い、残念でした〜、スーツケースはお帰りのときに〜」とかと言われてしまうのか?
 おれは一体どうしたらいいんだあ〜、と泣き叫ぶ前にスチュワーデスに聞く。「あ、出国してから受け取ってください。」。・・・早く言ってよ。

 ということで無事ウィーンへ。
 しかし荷物を受け取って到着ロビーへ行こうとしたら屈強そうなおばちゃんに止められる。「セキュリティ・チェック、OK?」。げげ、こんなところで止められるとは。まあ、いいです。手榴弾とか持ってません。
 「この袋の中身はなんですか?」
 「ぬれおかき〜」
 って、わかるわけないじゃん。・・・じゃあ、なんだ、「ウェット・ジャパニーズ・クッキー」か?そんなばかな・・・ともじもじしてたら、「スウィーツ?」と。・・・ほうほう、なるほど、お菓子だから「スウィーツ」でいいのか、勉強になります。ということで、いろいろ詮索されたが無事解放。さあ今度こそいよいよウィーンへ!
 空港からタクシーに載る。
 途中石油の製油所が。オーストリアでは石油が取れるらしい。
 そしてタクシーは街のど真ん中へ。街の車は結構ブイブイ飛ばすので案外危ない。

 ホテルはカイゼリン・エリーザベト・ホテル。シュテファン寺院のすぐそば。ハプスブルク最後の王妃の名前を正式にもらってつけてる。入り口にはエリーザベトの美しい肖像画が。「美しい」と一口に言うが、この人の美しさは半端じゃない。肖像画を見てもポ〜っとしてしまうくらいの美人。本当は皇帝はエリーザベトの姉さんと結婚するはずだったのに、エリーザベトに会って一目ぼれ。それくらい綺麗な人だった。人間的には問題がある人だったかもしれないが、時間がたつとそれも魅力になる。
  さてホテル。外観はごく普通だが、中はすんごく広い。これでシングルか?いいのか?半分くらい分けようか?
 しかも本を見た限りではバスタブやアメニティ関係はほとんど付いてないという話だったが、アメニティは歯ブラシと髭剃り以外は完備、バスタブもフランケンシュタインが入れそうなでかいのがあった!これはやはり日本人には嬉しい。
 ということで着いていきなり最初に風呂を沸かして入る。
 しあわせ〜。ウィーン一番風呂〜。


 ・・・けど、じわじわと考えなきゃいけないことが押し寄せてくる。
 「今夜、コンサートに行くのか・・・?」
 普通なら旅先に着いたらいろんな所に飛び出したくて仕方がない。なのに今夜はそういう気にならない。
 怖いのだ。
 ひとりでウィーンくんだりまで来て、いきなり夜の街に繰り出すのが怖いのだ。
 まるでわざとかのように長風呂につかって、ゆるゆると着替える。
 それから荷物の整理。何も今しなくてもいいのに。夜ゆっくりやればいいのに、そこまできちんとやらなくてもいいのにというくらい時間かけてきっちり整理。
 服を全部ハンガーにかけて、しわを伸ばし、小物類もタンスに整理。本やノートも手に取りやすいところに並べたりして。まるでわざとかのようにていねいに。
 けど、あの考えが忍び寄る。
 「今夜、コンサートに行くのか?」
 しかし・・・行きたくないのだ。怖いのだ。
 行くとしたらガーディナーの「ドイツレクイエム」か・・・。
 しかし、夜、知らない街に一人で出かけて、そこでチケットを買って、コンサート会場に入って席に着き、見知らぬ外国人に囲まれてコンサートを観るのが怖いのだ。
 だからむやみに時間をかけて、「あ、時間がなくなった」と言い訳したいのだ。
 だがすっごく時間をかけたつもりなのに、残念ながらすべて片付けていよいよすることがなくなったけれど、コンサートまで30分残った。
 会場はコンツェルトハウス。うまくいけば20分で着く。迷わなければ、だ。しかし初めての街で迷わずに行けるはずがないではないか。
 しかもスムーズにチケットが買えればの話だ。実は昨日ネットで見た時点で残り10席になっていた。きっともう空いてないに違いない。今から一生懸命出かけてホールにたどり着いたとしても、きっと売り切れだ。

 あはは、と自虐気味に笑いながら、しかし100ユーロを握りしめてホテルを出る。
 寒い。むちゃくちゃ寒い。
 ジャケットだけで歩いているなんて、間違いなく店主一人。みんな分厚いコートかジャンパーに帽子と手袋。
 完全に冬じゃないか!
 もう帰ろう。引き返そう。ここで強行すると風邪引いてホテルで肺炎で死んでいるところを発見されることになる。「ウィーンでCDショップ店主孤独死。いったい彼に何が。」とか書かれることになるのだ。
 しかし足はコンツェルト・ハウスに向かう。ほとんど自棄気味にグイグイ進んで大通りに出ると、そこで誰か金ぴかの服を着たおじさんがヴァイオリンを弾いている。この寒いのに。誰だ。ヨハン・シュトラウス2世だ。あ、あの有名な公園に出たのか・・・。ということは、コンツェルト・ハウスは近い。
 そこにホテルが。
 インペリアル、と書いてある。むむ?インペリアル・ホテルはムジークフェラインの隣だろう?あ、確かにライト・アップされたホールがそこに。いつの間にムジークフェラインまで来てしまったのだ?
 しかしすでに開演時間まであと10分。ムジークフェラインからコンツェルトハウスは近いようで5,6分はかかる。しかも迷わずに行ったとして、だ。・・・だがすでに現時点で迷っている。間に合うわけがない!
 とりあえずムジークフェラインに行って、そこで考えよう。そこまで行っただけでもたいしたもんじゃないか。ははは、はぁ・・・
 「KONZERTHAUS」。ん?
 ありゃ、コンツェルトハウス?あはは、着いちゃったよ、コンツェルトハウスだったよ。じゃああの「インペリアルなんとか」ってなんだったんだ?・・・まあいい。
 すんごい正装したかっこいい男女がいっぱい会場に入っているよ。こんなところに東アジアの男が入っていいものなのか?ほら、あそこで立っている男がこっちを見て笑っているよ。「ヘイ、ジャップ!ゴー・ホーム!」とか言われるんじゃないか、あ、いやドイツ語だから、何か言われてもわからんか。
 いやいや、そんな馬鹿なこと言っていないでとりあえずチケット売り場を探そう。あと5分しかない。しかしそれらしいところがないじゃないか。ひょっとして建物の中か?普通そういうチケット売り場って建物の外だろう?・・・しかし、ない。やっぱり中か?こ、この中に入るのか?
 うおー。
 ということで重い扉を開けて中に入る。まぶしい照明。どうせチケット売り場なんて見つかりっこない。こんないきなり来てチケット売り場がすぐに見つかるはずがないのだ。
 あった。
 並んでるよ。あれがそうだよ。
 買うの?行くの?ほんとに行くの?・・・だってここまで来たんだもの。
 でもどうせ売り切れだろう?まあ、多分ね。あったとしてもきっと前の人でちょうど売り切れたりするんだよ。
 ひゃあ、どのカウンターも5,6人くらい並んでるよ。ほらみろ。・・・しかしもしチケットがあったとして、なんていえばいいんだ?「ドイツ・レクイエム、カモ〜ン」か?そんなわけないか。大体ドイツ・レクイエムで通じるはずないだろう。じゃあ、なんだ?「どいっちぇ・れくいえ〜む」か?
 そのとき、なぜかひとつのカウンターだけ人がいなくなった。で、なぜかその前方3メートル先でぼ〜っと立っていた店主とカウンターのお姉さんの目が合った。ま、まずい・・・。でも蜘蛛の糸にたぐりよせられるようにカウンターへ・・・。たすけて〜。
 多分何か喋ったんだと思う。でも向こうが何言ってるかさっぱりわからん。そうしたら3回目くらいに「ジャーマン・レクエイム」と言うのがわかった。「オー、イエ〜イ、ジャーマン・レクイエム、プリーズ・カモ〜ン、ベイビー」とは言わなかったが、結構変なリアクションは取ったと思う。日本人は決してみんなこんな馬鹿ではないと言いたかったが言えなかった。
 何回かの壮絶な墺・日交渉の末、80ユーロと60ユーロの席があまっているらしかったので、60ユーロのほうをお願いした。
 チケットをもらった。
 そしていよいよ会場へ。紳士淑女にもまれて意識朦朧。バシっとスーツは着込んできたが間違いなく浮いている。きらびやかなホールがまるで地獄門のように思えた。
 会場へ。しかしどこに座ればいいんだ?もう時間がないぞ。そのわりにはまだ空いてるけど。
 パンフレットを買ったついでにその売り子さんに聞いてみよう。
 ぐえ、すんごい怖いおっさん。
 「あっち行ってこっち」、みたいなこと言われたがわかるわけがない。しかしもう一度聞く勇気はない。聞いたらぶん殴られそう。とりあえず、指差された方面に進んでみよう。
 お、なんかそれらしいところに来たぞ。あ、ここかもしれない。しかしもし間違っているといかんから一応近くの人に聞いてみよう。
 幸い今度は優しそうな老夫婦が近くに座ってる。「エクスキューズ・ミー、なんたらかんたら」と言ったら、「ソーリー」と言って席を譲ってくれ始めた。「そこ、おれの席なんだけど」と言われたと勘違いしたみたい。ノーノーノー、ソーリー、ちがうよ、私の席はあそこですか?って言ったんだよ・・・。そうしたら「おー、いえーす、ザッツ・ライト」。ふー。
 とにもかくにも席に着いたぞ。ウィーンまで来て、何はともあれガーディナーのコンサートにたどり着いたぞ。
 しかしそれはこれから始まる地獄のほんの前触れに過ぎなかった。

 その悪魔はすぐにやってきた。
 暖かい会場。ほぐれた緊張感。心地よい音楽。優しく包む心地よい座席。
 ガーディナーが現れて少人数のモンテヴェルディ合唱団が美しい歌声を聴かせ始めると、その悪魔はガリガリと店主の頭をかじり始めた。それが痛ければいいのだが、悲しいほど悔しいほど心地よい。全身かじられて骨までしゃぶられて、次第に意識が遠のいていく。
 ・・・眠いのである。
 しかも途方もないくらい。普通じゃない。尋常でない。強烈なウォッカで速効性の睡眠薬を飲まされたように眠い。
 ただ幸いにも前半プロはブラームス、シュッツ、アーレ、バッハ、J・C・バッハの合唱小品が続く。最悪の事態になる前に1曲終わるので、なんとか持ちこたえられる。ああ、しかしモンテヴェルディ合唱団のなんと美しいことか。昔何回か聴いたがこんなにも美しかったか。まるで天国に吸い込まれるよう。いや、実際に何度か昇天しかけた。
 休憩時間。気を取り直してホール散策。ホールの外は案外狭い。売店を見たが、見た感じではガーディナーの「ドイツ・レクイエム」とORFの見たことのあるCDくらいしかなかった。もっと遠くまで行こうとしたが恐れ多くてすごすごと席に戻る。
 気がついたことが。
 日本だと、通路側の座席に座っていて、内側の座席の人が入ろうとすると、足だけよけて通してあげようとする。
 それがウィーンだと、誰かが中に入ろうとすると、外側の人は必ず立って、通してあげる。90歳に近いようなおじいさんでも、きちんと立って中の人を入れてあげる。そして中に入る人は、立ってくれた人のほうを向いて(お尻を向けないで)、きちんと「ダンケ・シェー」とあいさつしながら中に入っていくのである。
 いやまあ。
 店主は一番通路側だったので10回くらい立つことになったが、そのたびににっこり笑ってお礼を言われるのでとっても幸せな気分に・・・。単純な性格はやはり得である。
 ようやく気を取り直してコンツェルトハウスを眺める。座席だけは取ってつけたような安普請だが、ホール自体はすごくいい。宮殿のような、というか宮殿そのもの。装飾は派手になる一歩手前の気品を維持。伝統の重みとほんものの豪華さを感じさせる。音響も、小編成合唱団の最小音量も柔らかくしかもしなやかに届いてくる。変なこもりかたもしない。もっといい加減かと思ったが、とってもいいホール。ウィーン響は幸せだ。
 気がつくと客席は満員に。すごい大盛況だ。しかし確か今日は国立歌劇場でも公演があるし、ムジークフェラインではウィーン・フィルとフェルメールSQのコンサートもやってるはず。おそらくすべて満員のはず。それでもこのホールも完全に埋め尽くせるウィーンの音楽ファンの多さ。観光客も多いとはいえ、これはすごいことだと思う。さすがウィーン。

 さて、後半プロ。ブラームスの「ドイツ・レクイエム」。
 確かガーディナーはこの曲がやりたくて、イングリッシュ・バロック・ソロイスツからレヴォリューショネル・エ・ロマンティーク管を作ったはず。それくらいガーディナーにとってこの曲は重要な曲だし、今から17年も前にリリースされた同じ演奏団体とのPHILIPS盤は、今でもこの曲の堂々たる代表録音である。
 曲も素敵。ブラームスの作品の中でも交響曲第1番に続いて劇的といっていいかもしれない。7つの楽章それぞれに盛り上がり場面があって、退屈しない。もともと交響曲の一部にする予定だったという話もうなずける。
 始まる。
 レヴォリューショネル管は思ったよりも迫力がある。10数年前の最初の来日公演のときとは雲泥の差。柔らかい合唱と、突き刺すような覇気あふれるオケ伴奏がいい味を出している。いや、すでに伴奏というより、はっきり独立した存在。まさに交響曲。
 大好きな第2楽章のドドドド〜ンも、ものすごい迫力。CDと比べてはいけないかもしれないが、一番愛するカラヤンの’64年の演奏よりもすごい。こんな猛々しい演奏をするのか、ガーディナー。一時期、「録音だけの人」というような言われ方をされていた時期もあったが、おいおい、全然そんなことない。
 しかし感動して撃ち震える心に、悪魔はすぐに忍び寄る。ちょっとでも心地よい場面になると、あっという間に地獄のような睡魔が押し寄せる。しかしそれをはねのけ、押さえつけるレヴォリューシュネル管の圧倒的な迫力。眠りに落ちそうになるとその瞬間怒涛の感動の瞬間がやってくる。鎮静剤と興奮剤を同時に打ったような異常な精神状態の中、75分にわたる激闘の時間はかくして終わりを告げた。ホール内の観客は万雷の拍手。そして気づいたらほとんどの人がスタンディング・オヴェーション。もちろん店主も背の高い人たちの中に埋もれながら一生懸命背伸びして拍手しました。いよ!ブラボ〜!ガーディナー!しかしウィーンの観客は熱狂しててもなんだか品がいい。なんというかウィーンの観客は知的でアダルト。
 ああ、しかし来てよかった。人間、なんでもやってみるもんだな・・・。

PHILIPS
432140-2
\2200→¥1990
ブラームス:ドイツ・レクイエム ジョン・エリオット・ガーディナー指揮
オルケストレ・レヴォリューショネル・エ・ロマンティーク管
モンテヴェルディ合唱団
1990年録音。ガーディナーとレヴォリューショネル・エ・ロマンティーク管にとっては記念碑的な演奏である。

 さあ、この感動を胸に、ホテルへ帰ろう。明日も結構強行軍だし。
 外はさらに寒くなってる。でも感動で熱くなった心が冷えた体を火照らせる。ホテルまでの道はなんとなくわかるから、適当にブラブラしながら帰ろう。
 と思ったら思いっきり迷った。さっきは迷わなかったのに、何で今度は迷うんだ??ホテルがない!さっきあった場所にない。引っ越したのか?結局15分ほどあたりをうろついて、知らない間に通り過ぎていたことがわかる。やれやれ。体がいつの間にか完全に冷え切っている。
 しかしそれにしてもウィーンの街はきわめて安全。夜中でも平気で一人歩きできる。確かに変な連中をまったく見かけない。路上駐車は多いが、この中心街に入るには許可証が要るらしく、へんてこりんな連中は車では入ってこられないようになっているらしい。
 途中、おいしそうなバイスル(居酒屋)が目に入ったが、おなかも減ってるようで減ってない。無理に食べると今夜は消化に悪そうだから、ビールとワインは飲みたいけど、我慢しよう。
 ということでホテルに到着。また風呂に入る。今度は心からリラックスして入れる。あ〜、気持ちいい!
 なんと、ウィーンにいるのだ・・・。

<2日目 11/10(土)>

 翌朝、というか深夜、2時半に目が覚める。日記をつけて、明日の予定を立てる。
 4時半。ちょっと眠くなったので寝る。
 6時半。起床。気力体力充填完了。むちゃくちゃ元気です。
 結局昨日は何事もなく無事に着かせてくれて、素敵なコンサートも観させてもらえて、本当に素晴らしい1日だった。神様ありがとう!
 ホテルで朝食を取って(パンがうまいと言われていたが、ほんと、うまい)出発準備。
 今日はシュテファン寺院と王宮の博物館、美術館を回って、CD屋をいくつか見たら、午後3時からウィーン・フィル、夕方からフィレンツェ5月祭。けっこうハード・スケジュール。
 
 まずシュテファン寺院へ。ウィーンに来たらシュテファン寺院とシェーンブルン宮殿は絶対に行け、と言われているらしい。そのシュテファン寺院はすぐそばだからこりゃ楽だ。しかし出発してすぐにあまりの寒さに、完全防寒具に着替えに帰る。そして改めて出発!
 ということで3分で、その寺院が突然現れた。
 塔の先が見えていたからすぐ着くとは思っていたが、言ってみれば銀座を歩いていていきなり法隆寺が出てくるようなもの。ウィーン最大のショッピング・ロードの先にシュテファン寺院はあるのだ。いきなり出てきたものだからその威容に圧倒された。美しい・・・そしてちょっと怖い。
 で、行ったらまだ10分前で開いていなかった。仕方なく近くの通りをぶらつく。
 ウィーンは、市販のガイドブックではあまり書かれていないけど、ものすごく裏路地が多い街。というより裏路地で形成されてる。大昔からある街だから当然といえば当然なのだけれど、その裏路地がおしゃれでかっこよくてちょっとデンジャラス(じゃないですけど)でいい。ということで15分ほどぶらぶらと裏路地を歩く。早朝なのでまだほとんど人がいない。
 ちなみに横の写真は有名な居酒屋の正面。変な怪獣がトレード・マーク。


 さていよいよシュテファン寺院(写真)の内部に。
 大きい。ノートルダム寺院とどっちが大きいんだろう。シュテファン寺院は中にいくつもの祭壇があって、好きなところで座ってお祈りしていい。中央にはもちろん大きな祭壇があるんだけど、そこはおこがましくて行けないし。
 しばらくいろいろ見てたら、塔の一番上に上がれるエレベーターが動き始めた。マフィアみたいなおじさんにお金払うと、そのおじさんもいっしょにエレベーターに乗り込んできた。うわ、上まで一緒に行くのか。狭い空間でこんな熊みたいな人と一緒になって、あら、きゃあ、やめて!・・・というようなことはもちろんなく一番上に到着。上、むちゃくちゃ高いです。ちょっと高所恐怖症気味なので、膝がガクガクしてきた・・・。でもウィーン市内が一望できる。あ、この頃から雨が降ってきた。おい〜!
 下へ降りようとしたら、ちょうどエレベーターが来た。「あい・わんと・とぅ・ごー・だうん」みたいなことを言ってまたいっしょに熊みたいな人といっしょに降りた。何か言ってきたので何か言い返したが、お互い何を言ってるかわからなかった。
  そんなバツの悪さを胸に秘めつつ、いよいよお土産屋へ。こういうところは間違いなくレアなCDがあるはず。
 ・・・ありました。見たこともないレーベルの見たこともないアルバム。内容はとても地味っぽいけど、さすがに珍しい。


WDM001
\4000
完売
シュテファン大聖堂自主制作盤
 モーツァルト:エクスルターテ・ユビラーテ
         アヴェ・ヴェルム・コルプス
 J.V.アイブラー、G.V.プレイヤー、P.P.ガンズバッハー、J.B.ガンズバッハーの作品
ウルスラ・フィードラー(S)
クラウス・マーツル(Vn)
ペーター・プラニャフスキ(Or)
ヨハネス・エベンバウアー指揮
ウィーン・ドムオーケストラ
シュテファン大聖堂に1枚だけ残っていた自主制作の貴重なアルバム。ああ、もっとあればなあ。店主もほしいけど・・・おみやげで出しちゃいます!1枚。
MISSA POPU
\3000
完売
MISSA POPULORUM
アウグスト・オパヴェツ:ミサ・ポピュロルム
エレナ・シュライバー(S)
スロヴェニア響メンバー
CHORUS MAURITIENSIS
CORO MITTELEUROPEO DI TRIESTE E GORIZIA
レーベル名、なし。英語解説がないので作曲家の詳細は不明だが、リュブヤナで神学を学んだ後現在ウィーンの在住の現代作曲家。オーストリアから賞ももらってるらしい。アルヴォ・ペルトにも通じた崇高で厳粛な作品。オーケストレーションも多彩で、合唱もとてもとても美しい。最後に3つ歌曲が入っていて、それもとても魅力的。今回の拾い物。2枚。
DS 001
¥3400
完売
シュテファン大聖堂の鐘とオルガン
 ジェレマイア・クラーク:トランペット・ヴォランタリー
 バッハ:オルガン作品、ほか
 ヘンデル、G・ガブリエリ、パーセル、チェルニー、フンメル、ほか
トマス・ドレツァル(Or)
ブラッシモ・ウィーン
レーベル名、なし。1トラック目は完全な「鐘」の音。ウィーンに行った人なら感慨深いかも。続いてクラークの超有名曲、そしてバッハのオルガン曲、「主よ、人の望みの喜びを」や「G線上のアリア」のオルガンとブラスの合奏、以降もパーセル、ヘンデル、G・ガブリエリ、チェルニー、フンメルなどの作品が続く。落ち着いた雰囲気のまじめなアルバムだった。3枚。
IMPERIAL
¥3800
IMPERIAL SACRED MUSIC
 ハイドン:マリア・テレジアのためのテ・デウム
 モーツァルト:アヴェ・ヴェルム・コルプス
        戴冠式ミサ
 ベートーヴェン:自然における神の栄光
 ヘンデル:ハレルヤ、ほか
ボロメオ・コンソート
トマス・ドレツァル指揮
「ハプスブルク帝国の宗教音楽集」といったところか。この偉大な帝国に関係する古今の名曲を集めたもの。
最後のオーストリア・ハンガリー帝国皇帝カール1世の長男長子で、オーストリア・ハンガリー帝国の正統後継者であるオットー・フォン・ハプスブルク氏の推薦のお言葉が写真つきで載っていたりする由緒あるCD。2枚。


 ということで意気揚々と教会をあとに。さすがに荷物が重いので一度ホテルへ帰ることに。そしてCDを置いて傘を持って出発しようと思ったが、CD屋の勘というものか、先ほど売ってもらった最後の1枚のCDが妙に気になって蓋をあけた。「お〜まいが〜」、CDがはいっとらん!頭はぼけてても勘は冴えとる。すぐにシュテファン寺院へ。・・・しかし頑固で意地っ張りが多いというオーストリア人、へなちょこの日本人青年が「CDがはいっとらんかった!」とクレームをつけて果たして素直に対応してくれるものか!?しかもエレベーターのおじちゃんほどではないにしても売店のおじさんも結構こわもて。・・・レシートから袋から用意して、何か言い返されたときの返答まで用意して乗り込む。
 わ、さっきより格段に人が増えてるよ。
 「へい!でぃす・はず・のーしーでぃー」、と蓋を開けて見せたら、なんと「お〜、そーりー」と言って奥からCDを出してきた。こっちが売り物だったらしい。でもわざわざそれを開けて、そのなかからCDを取り出して持ってきた汚いケースのほうに入れてくれた。あ、いや、その新品のほうをそのままくれればいいんですけど・・・と言おうと思ったけどそのままにしておいた。ということで、そのCD、漏れなく売店のおじさんの指紋つきです(後から見たらついてなかった)。
 とはいえ交渉成立して意気揚々と次の目的地に。・・・と思ったらすごい雨になってきたよ。しかもすごい風だし。うるうる。
 まずはデパート・シュテッフェル。ここはモーツァルトが最期を迎えた場所。デパートになっているらしいが、ここにちっちゃなモーツァルト・ハウスというかモーツァルト・ショップ、があるらしい。6階だったかな。
 おい!改装中だよ!!
 う〜ん。仕方ないから子供たちにぬいぐるみとおもちゃを買う。服を買おうかと思ったが高かった!!ケルントナー通りとかでかっこいい服が置いてあって、うわ、かっこいい、ウィーンで1着ジャケット買って帰ろうかと思って金額見たら500ユーロ。これはちょっと高いなあ・・・と思ってよく見たら5000ユーロだった。ぎゃー!ジャケットに100万出す人って・・・。
 続いて王宮の近くのインフォメーション・センターで「ウィーン・カード」を買おう。このカードがあれば市内の交通は全部タダだし、いろんな施設が安くなる。元は取れないかもしれないけど、記念になるしね。たいていのホテルでは売ってると言ってたけど、エリーザベトでは売ってなかった。「うちはロケーションがいいからそんなカードは必要ない」・・・って、それどういう理屈よ。
 ということで暴風雨にさらされながらとりあえずインフォメーション・センターでカード、ゲット。途中EMIの場所も確認(予定外ながらふらふらと入ろうとしたがまだ開いてなかった)。
 さて。ではまず国立図書館へ。図書館といっても観光名所。本は借りられない。19世紀前半に立てられたカール6世の蔵書書庫。それが写真で観るとすっごくかっこいいのだ。
 そろそろ着くかな、というときに目の前にお土産屋が。う、こういうところにはCDがあるはず。結局予定外だがふらふらと入ってしまう。お、何、結構CD置いてるジャン。今まで見たことがないのもあるよ。観光土産っぽいのがほとんどだけど、見た目が変わってて結構面白いものもあるよ。

TYROLIS MUSIC
877352
\2990
ウィンナ・ワルツ名曲集 ウィーン・フォルクスオーパー管
ウィーン響、ほか
マックス・ションヘル指揮
ロベルト・シュトルツ指揮、ほか
まさに観光地ならではのおみやげCD。厚さ1センチくらいの可愛い缶々にCDが1枚入っているのである。ちょっと風変わりなアルバムをお探しの人にはちょうどいいかもしれない。3枚。
H&A 8004-5
\1990
モーツァルト名曲集
 ピアノ協奏曲第21番よりアンダンテ、
        第20番よりロマンツェ、
        第26番よりラルゲット
演奏家不明
解説はシュトラウスのところで。4枚。
NEOWELT
2017
\1990
ヨハン・シュトラウス2世名曲集
 皇帝円舞曲、美しく青きドナウ、トリッチ・トラッチ・ポルカ、ほか
演奏家不明
風変わりと言えばこれ。お土産屋でも一際目を引いた。それぞれ美麗なピクチャーCDなのだが、形状がモーツァルトのほうはヴァイオリン、シュトラウスはヴァイオリンを弾くシュトラウスの姿に形どられているのである。こんなんでプレーヤーにかかるのかと心配したが、案の定かからなくて、何回かトライしたあとようやくかかった。もともと聴くよりも見て楽しむという要素が強い。ただこういう趣味のよい遊び心は楽しい。おすすめ。2枚。
TYROSTAR
777397
\2990
ウィンナ・ワルツ名曲集 ウィーン・フォルクスオーパー管
ウィーン響、ほか
マックス・ションヘル指揮
ロベルト・シュトルツ指揮、ほか
缶々のCDと同じような収録内容だが、こちらは普通のCD。何が違うかと言うとエリーザベト王妃にちなんだアルバムということ。その美しいジャケットに惹かれてついつい購入。なんてことのない演奏のはずなのになぜかとても優雅でおしゃれに聴こえてしまいます・・・。2枚。


 で、会計してるときに図書館の場所を聞いたらすぐそこだというので安心して「そこ」に向かう。
 しかし「そこ」がなかなか出てこない。案内板みたいなものがあってそこへ向かおうとすると、王宮の正面に出てしまった。しかしまだこの裏にあるという。王宮の裏といっても500メートルはある。しかも雨はさっきからみぞれに変わりつつある。風は一段と強い。・・・しかし行かないわけにはいかない。
 15分くらいかけて王宮の裏に。・・・ない。そこにあるのは午後に来ようとしていた古楽器博物館。図書館はやっぱり最初いたところだ。・・・しかし・・・すでに1日の体力の80%をこれまでで使い果たしていたような気がする。それに今から最大の見学時間を要するであろう「美術史博物館」へ行っていたら、それだけで時間がなくなる。図書館は諦めよう。CDもなさそうだし。しかしいきなりの断念とは・・・。
 とにもかくにも美術館へ向かおう。そうすればとりあえずあったまれるし休める。
 これがまた近いようで遠い。というか寒いし風がすごい。たどり着いたときには疲労困憊。しかし元気を出してチケット売り場に。なんでもオーストリア航空の半券を持っていたらタダになる(期間限定?)。
 さあ、行こう。しかしこんなにすでに疲れて、ヨーロッパ3大美術館のひとつを踏破できるのか。・・まあ疲れたら休もう。
 3階に上がって、どこから入るのかわからないまま、人の波に沿って歩いていくとそれらしいギャラリーへ。しかしガイドブック持ってこなかったからお目当ての名画がどこにあるかわからん!とりあえずしらみつぶしに観ていこう。思ったより元気が出てきた。
 そうして観てまわること1時間(休むこと20分)。ようやく全絵画制覇!ルーベンスはとっても大きくて、アムステルダムで観たときよりも壮観だった。パトラッシュ〜と叫んだのは店主だけではないと思う。
 出口近辺までやってきた。さて時間的にも少し余裕があるのでゆっくりお土産でも・・・げ、げ〜!!ま、まだ展示場あった。なんじゃこりゃ・・・エジプトの秘法館!?こんなのあるの〜!?聞いてないよ〜!・・しかし根っからの貧乏ど根性、ここでそのまま観ずに帰るわけには行かない。ズシと中に入っていった。こんな大それた展示物がどうしてウィーンにあるの?これって期間限定?・・・よくわからんがエジプトのミイラとか古代ギリシャのいろいろな遺物が膨大な敷地に展示されている。広さからするとさっきの美術館と同じくらいじゃないのか・・・。
 しかしそれも完全制覇し、よろよろしながらお土産売り場に。こういうところには珍しいCDがあるのだ。
 う〜ん・・・もうひとつか。ALIA VOXやFONEのCD。珍しくなくもないが、日本で手に入らないわけじゃない。もっと「うぎゃ〜」というような地方限定CDはないのか!?
 で、仕方なく普通のお土産とかを買いにカウンターに向かったら、あら、ここにもCDが?ん??

ARS VIVENDI
AV 2100260
¥1990
完売
ベートーヴェン:交響曲第9番 クルト・シュミット指揮
ウクライナ・ルガンスク・フィル
 な、なんだ、ARS VIVENDI!まだ生きているのか、この旧東ドイツのレーベル。なになに、第9?指揮者は誰だ?コンヴィチュニーか?ん?クルト・シュミット?誰だ?知らない・・・とにかく帰ったら聴いてみよう。
 ということで聴いた。
 ありゃ、不思議な合奏。なんか管楽器がいやに目立つな。繊細でどちらかというとこじんまりとした演奏だけど、何か心に残る。ちょっと普通の指揮者と違う感性。しかも一発録りか、管がミスってもそのままいってるよ。変わったアルバムだなあ。
クルト・シュミット。誰なんだろう。
 と思って調べたら、21歳でトーンキュンストラー管の首席クラリネット奏者、1980年ウィーン国立音楽大学講師となり、1986年に音楽学修士号を授与、2002年にはウィーンの名誉芸術監督勲章を授与・・・というひとかどの人。なんと2008年1月にはウィーン・シュトラウス・ガラ・オーケストラを率いて来日公演もするらしい。バリバリの現役指揮者。確かによく見てみればこの「第9」も2005年の録音。
 消滅したと思っていたARS VIVENDIからこのような優雅なアルバムがリリースされていようとは。・・・しかしこれがなぜウィーン美術史博物館に?ほう、ムジークフェラインでのライヴ録音なんだ・・。へえ。なんか珍しいね・・・。
 8枚。

 さて、次は古楽器美術館へ行く予定だったが、時間がなくなってきたのでそれは月曜に延期。お土産でずしりと重くなったかばんを手に、今度は王宮から北のグラーベン通りに向かう。しかし・・・すでに体力はすでにレッド・ゾーン。
 やや、館から出ると少し青空が。雨は完全にやんだよ。風もなくなった。助かった・・・。これは嬉しい。ちょっと元気に。
 グラーベン通りに向かう前に、王宮庭園の有名なモーツァルトの像を見て、それからウィーンで一番大きいCDショップといわれている「ドブリンガー」へ向かいます。
 王宮庭園。そこに燦然とモーツァルト像。
 おお、モーツァルト。ウィーンの音楽家たちの像の中でもひときわ輝かしい場所に立つ。しかしまるで近くに花が咲いているかのようなルンルンしたオーラが像から出ているのがすごい。

 さて、さっき死ぬ思いで通り抜けた王宮の正面を超えて、しばらく歩くとまたまた素敵な裏路地に。そろそろお昼過ぎ。おいしそうなレストランやバイスルがいっぱいある。入りたい。でもまずは先を急ごう。ドブリンガーでは最大1時間は取りたい。
 写真は馬車。ウィーンの街は馬車が平気で今も走っている。もちろん観光用だろうけど。でも馬車がカポカポ走る後ろを、大渋滞の車がじっと我慢しながらついてきているのが面白い。
  はっと気づくとドブリンガー。素敵な音楽関係のお店と思ったら、そこがドブリンガーだった。わあ、おしゃれな音楽小物がいっぱい。いろいろほしいなあ・・・けどまずはCDだ・・・えっと、CDは。
 ドブリンガーは楽譜売り場とCD売り場が別棟になっていた。ということで隣の棟に。
 「グリュースゴーット」。ウィーンの人は会うとそうあいさつする。朝でも昼でも夜でも。「ハロー」みたいなもんか。とりあえずこの挨拶さえ覚ええとけばなんとかなる。あ、あと「ダンケ・シェーン」と「ビッテ・シェーン」か。「ありがとう」、と「どういたしまして」、だ。ドブリンガーのスタッフはベテランっぽい人たちだが優しくあいさつしてくれた。
 しかし・・・。
 CDはなかった。ちょっとしかなかった。

 奥にあるのかと思ったが、なかった。1時間かからなかった。3分だった。すべてのCDが日本にある。ウィーン独自のCDはなかった。
 意気消沈。
 そんな・・・。
 そうか、ウィーン大学の先生が1年に1回日本にCDを買いに来ると言ってたな・・・。やはり日本のクラシックCDの豊富さというのは世界最高なのか・・・。
 がっくり肩を落として店を出る店主に優しく「アウフ・ビーダゼーン」と声をかけてくれるスタッフ。「ビッテ・シェ〜ン」。・・・でもドブリンガーは楽譜屋だった・・・(楽譜はすごい)。
 まさに意気消沈の体でホテル近くのケルントナー通りへ向かい、ようやく部屋にたどり着く。12時半。お腹は・・・そんなには減ってない。が食べないと。とりあえず風呂入って体をあっためて少し休もう。休む時間は・・・ない、か。ウィーン・フィルは3時。1時半にホテルを出て食事をしたらもう開場になってしまう。
 ということで風呂に入って、今回はコートも着て、昨日以上にバシっと決めていざ出陣。
 まずは腹ごしらえ。ウィーンに来て最初の外食。一応昨日ホテルへの帰りに目をつけていたところへ向かう。
 しかし、正直一人でレストランに入るのは、日本でも気が引ける。ましてやウィーン。怖気づきそうになる心を叱咤して、中も覗かないで「えいや!」で入る。
 思ったより家庭的なバイスル(居酒屋)。赤ちゃん連れの家族が2グループ。案外落ち着いた感じでよかった。可愛い女の子が案内してくれる。ま、待て、コートはどうすればいいんだ?
 大体なんでヨーロッパの人はとりつかれたように屋内に入るとすぐにコートを脱ぐのか。そしてそれをクロークに預けるのか?日本人が玄関で靴を脱ぐようなものなのか?日本人はコートを着たまま席まで行って、そこで脱いで適当なところに置く。コンサート会場でも多くの人がクロ−クに預けないで膝の上においていたりする。しかしヨーロッパの人は、何をするより先にまず親の敵のようにまずコートをどっかに追いやろうとする。なぜなのだ?民族的トラウマか?しかし今回はクロークらしいところもない。どうすれば・・・いいのだ。
 あ、案内してくれたところの近くにハンガーがあるよ。よかった。
 さ、何にしよう。まずは酒だ。日本を発ってから初めての酒。よく我慢した。
 えー、オ−ストリアといえば白ワインなんだそうです。クールで辛口の。ということでまずはメニューの最初にあった白ワイン。銘柄は・・・忘れた。そしてメイン・ディッシュは!う〜ん、ウィーンにはいろいろ名物料理があるけど、とにかく寒いので「グラーシュ」という具だくさんのビーフシチュー!!おいしそう!!
 そんでもってワインをほぼ一気飲みしてしまったので続いてビール。シュティーゲルだったかな。おいしい。・・・というか、もう酔っ払ってきた。そこにグラーシュ。フライド・ポテトが狂ったように添えてある。バリバリ・ズルズル。うまい。ああ、幸せ。酔っ払ったらもう怖いもんはない。ベートーヴェンでもモーツァルトでも連れて来い。クレンペラーでもフルトヴェングラーでも・・・それはちと怖い。
 ということで意気消沈からあっというまにパワー回復、意気揚々とムジークフェラインへ。まだ30分もあるからのんびり行こう。
 と、思ったら迷った。
 ウィーンの狭い街でどうやったら迷うのか、と言われそうだが迷った。あと20分しかないが、ここがどこだかわからん。酔っ払ってつい歩きすぎたのか!このまま進むべきか、引き返すべきか。
 とりあえず昨日行ったコンツェルトハウスまで戻る。そこからおもむろに地図を広げてそれらしきところに歩き始める。
 おお、それらしいところに着いた。正装した人たちが入っていくからここでいいんだろう。思ったより簡素なところだな。もっと雅やかなところじゃなかったっけ。・・・と思いつつ入る。
 裏口だった。はは。まあ、いい。さて、時間がないから席へ急ごう。ボックス席なのでハンガーがあるらしく、コートはクロ−クに預けなくていいらしい。
 座席は前もってチェックしているので大丈夫。左のバルコニーのボックス席最前列。ありゃ、バルコニー席って小部屋になっているのかと思ったら、体育館の2階みたいにズド〜ンと空間があって、そこにパイプ椅子みたいなのを適当に並べているだけだった。ボックスじゃないぞ。しかもコートをかけるハンガーなんてないじゃん。ま、いいか。(国立歌劇場と勘違いしてる)
 おお、しかし、ここだ。ムジークフェラインの大ホールだ(写真)!夢にまで見た燦然と輝く黄金色のホール!ゴージャスといやゴージャスだが、ちと趣味悪いか?・・・が、そんなことを言ったらクラシック業界から抹殺される。
 パンフレットを買ってバルコニーに入る。座ろう。うわ、隣にものすごく怖そうなおばあさんがいるよ。なんか怒られそうだな。
 隣に座ろうとすると、思いっきりいやそうな顔をされ、続いて片手に持っているコートをにらまれる。
 このひよっこ、ここをどこだと思ってるんだ。わたしゃフルトヴェングラーもクナッパーツブッシュもシューリヒトも観て来てるんだよ。あんたみたいな若造が来るのは百年早いよ。顔も尻も洗って出なおして来な!!
 ああ、もう痛いくらい言いたいことが伝わってくる。
 でもそんなこと言ったっておれだってこのコンサートが観たくて日本から来たんだ、ばあさんになんと言われようとおれは出て行かないよ!
 と、一人で口げんかをしていると、そろそろ3時に。

 この会場でウィーン・フィルが聴けるなんて。一生にあと何度経験できるだろう?しかもプレートル!
 さあ、団員が出てきた!
 ありゃ、なんだかよくわからんがみんな燕尾服じゃなくて普通のスーツ。お、そして御大プレートル登場!おや、プレートルまで普通のスーツ。本当にウィーン・フィルか?本当にプレートルか?間違えてマントヴァーニ・オーケストラのコンサートに入り込んだのか?
 いや、しかしやっぱりウィーン・フィルのようだ。
 でもステージが本当に狭そうなんだけど・・・。この編成ですでにいっぱい。合唱団が来るときはどうするんだろう。DVDで気にしたことがなかったな・・・。ステージを広げるのかな。
 さてさて、始まるぞ。ビゼーの交響曲。
 はちゃ〜。さっきのワインの続きのような。
 オケは絶品で絶品でたまらん、ということはないが、プレートルの優雅でしなやかな指揮を観ているだけでボーっとしてしまいそう。ときどきまったく棒をとめてじっとオケを見つめている瞬間があったりするが、それがまたかっこいい。
 ウィーン・フィルって、でもよくわからん。たとえば昨日はウィーン国立歌劇場とウィーン・フィルと同時間に公演があったが、そういうときのメンバーってどうなるんだ?たとえば今日のオーボエは4人いてそのうち2人は女性だが、パンフレットに載っているのは3人だし、全員男性の名前っぽい。じゃあ、今日吹いているオーボエは誰なんだ?なんだかみんな若いぞ。
 というのも、ビゼーのこの曲はオーボエがわりと目立つんだけど、第2楽章でトップがソロっぽく吹いている途中でセカンドが一瞬だけ交代するところがある。そのセカンドの女の子。まだ中学生くらいの若くて田舎っぽい女の子なんだけど、なんだかムチャクチャうまい。わずか2秒くらいなんだけど、こりゃ天才だわっと思わせるようなものすごい音色、節回し。世界中でこの2秒で天才を感じさせられるオーボエ奏者がいるだろうか?もちろんそのときのトップだってとてもうまかったけど、それを軽く上回る。で、名前を調べようと思ったのに、それらしい名前がパンフには載っていないのである。
 まあ、それはいいとして、プレートル、曲が進むにつれてさらに興が乗ってきて第2楽章などまるでワルツのよう!終楽章は作品的にちょっと物足りないが、それでもプレートルは充実した響きをたっぷりと聴かせてくれた。
 ブラボー!大拍手。みんな大喜び。隣のおばあさんも大喜び。

HARVEST
HC 06125
(2CD−R)
\2400
廃盤
ビゼー:交響曲第1番
マーラー:交響曲第1番「巨人」
プレートル指揮
ウィーン・フィル
2007年11月11日、ウィーン 楽友協会大ホール 音質良好 初出
なんと、店主が行ったときのプレートルとウィーン・フィルの演目が早くもCD-Rでリリースされるという。なんとも。ちなみに、日にちは店主が行った次の日。後で出てくるが、この11/11の演奏のほうが店主が聴いたコンサートよりよかったみたい。ビゼーの第1楽章のセカンドのオーボエは店主が聴いた人と同じかな?

HANSSLER
93 013
\2400→¥2190
ビゼー:交響曲
ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第2組曲/ラ・ヴァルス
ジョルジュ・プレートル指揮
シュトゥットガルト放送響
1997年、1995年、1991年。
これはHANSSLERからリリースされている1997年シュトゥットガルト放送響とのビゼー。店主はこれを聴いてプレートルのことを深く愛するようになった。

 さあ、休憩。しかし情けないことにコートを持ってきてるからホールをうろうろすることもできず、ずっとその場に。まあ、それもいいか。つぶさにホールを眺める。
 ムジークフェライン、大ホール。
 もしこの黄金の間が金色でなくて、普通の鉄色だったら。本当に体育館みたいだ。
 ホールとしての貴族的豪華さはコンツェルトハウスのほうがかなり上。近代的設備は言うに及ばず、音響的にもコンセルトヘボウのような、音が鳴った瞬間に頭がぼわわ〜んとなってしまうような陶酔美を感じさせてくれることはない。床下二重構造によるヴァイオリン的音響効果というのは、皮肉でもなんでもなく実感としてはあまり伝わらなかった。どっちかというとスリムにストレートに抜けていく。バルコニーだからか?サントリー・ホールに似てる気がした。あ、そうか、似せたのか。
 もし、万一万一万一、数十年後にウィーン・フィルがムジークフェラインを離れるときが訪れたら、ムジークフェラインは単体でその後も生き残れるだろか・・・。こんなことを言ったら誰かに暗殺されるか?
 しかし、培ってきた歴史というものが、そこに居合わせる者にさまざまなことを想起させる。そのすさまじいエネルギーは間違いなく世界最高。ただ単純にステージを見ているだけで、そこにフルトヴェングラーやカラヤンやカルロスが立っていたことを思わせてくれる。多くの才能ある芸術家がここで闘い、ここで成功し、ここで朽ち果てていったのである。そんな怖いほどの臨場感が、ぽつねんと席に座っているだけでひしひしと感じられる。ステージ上はもちろん、舞台裏や天井裏や床下からまでも、無数の成功者と失敗者の妄念と怨念を感じる。痛いほどに。
 さて、背筋が寒くなってきたところでマーラー。1番。拍手喝采で終わるには最高の曲だし、むかしカルロスのピンチヒッターでシノーポリがウィーン・フィルと日本に来たとき、ものすごい名演を聴かせてくれたのもこの曲だった。
 そして始まった。
 しかし開始数分で管がプヒャ。
 あとはもう負の連鎖反応であっちゃこっちゃでプヒャプヒャ外しまくって、さすがに5回目くらいになると場内がざわめき始め、後方の紳士は明らかに怒り始めた。
 が、プレートル、もちろんまったく意に介さず自分流に優雅に演奏し続ける。第2楽章、第3楽章と持ち直し、とくに第3楽章ではさっきのビゼー以上の優雅な舞踏音楽を聴かせてくれる。グロテスクで畸形的で・・・美しい。こういうちょっと皮肉っぽい洗練された美しさと言うのはプレートルならではか。
 そして間髪いれずに怒涛の終楽章へ。ものすごい迫力。
 昔シュトゥットガルト響がプレートルに首席指揮者をお願いしたが、プレートルは「自由でいたいのよん」と言って断ったのだそうだ。一般の音楽ファンからするとプレートルというと温和で中道のオペラ指揮者みたいなイメージがあるが、とんでもない、シュトゥットガルト響の人が言っていたが、とても斬新で大胆で、その思いつきは天才的、と褒め称えていた。
 それを思い出した。
 大胆なブレーキをかけたりギアチェンジをしたり、ウィーン・フィルを完全に自由自在に操っている。それに楽しげについてくるウィーン・フィルもすっかり前半の不調を吹き飛ばしてもうノリノリ。観客の熱気もガンガン上がっていく。こりゃ終演時にはえらいことになるなあ・・・。
 案の定、まさに地球に亀裂が入るかのような壮絶なラストを迎えると、場内大爆発。もちろん観客ほぼ全員スタンディング・オベーション。ウィーン・フィル定期公演のスタンディング・オベーションの割合ってどんなもんなのだろう?イメージとしてはみんなクールでシビアなような気がするのだけれど。だって日本人が自分を含めて2,3人しかいないことからも観光客はほとんどいないはず。その状況でこれだけの熱狂的スタンディング・オベーションはすごいんじゃない・・・?
 まあプレートル、来年ニューイヤーで振るわけだし、ウィーンでのキャリアも長いし、なんといってもこの年齢だからみんなが一目置くのも当然か。今年EMIがプレートルの80歳記念ボックスを出してきて、「ひゃ、そんなすごい人だったの」と思ったけれど、やっぱりヨーロッパではそうとう人気あるんだろうなあ。
 いやあ、最初はどうなることかと思ったけど、いいものを聴かせていただきました。ダンケ・シェ〜ン!
 さて終演。5時半。
 次のメータ&フィレンツェ5月祭まであと2時間。予定ではここでハウス・デア・ムジークというウィーン最大の音楽博物館に行くことになっている。往復に30分。見学に1時間。悲しいくらいにちょうどいい。
 席を立ち、ロビーを抜け、ホールを出る。あ、こっちが正面玄関だったのね。
 しかし寒い!寒い!何回言っても寒い!
 ややためらいながらハウス・デア・ムジークに向かう。行かんといかんのだろうなあ。決めたことだし。しかし・・・疲れている。酔いが完全に醒めて、逆に全身の疲れが一気にまわってきた。なんだか心臓がバクバクいっている。しかし、それでもハウス・デア・ムジークに向かう。雨がまた降ってきた。ほとんど雪。
 ハウス・デア・ムジークはさっきランチを食べたところのすぐ傍なので迷わずに着いた。
 ここでもまたコートを預ける。ヨーロッパでコートを預けることによって産み出される利益と、逆の有形無形の損失とはどういうものなのだろう。
 さて、この博物館、さすがに最近できたばかりとあって最新式。ウィーン・フィルの博物館も兼ねていて、入ってすぐに有名指揮者の部屋がある。トスカニーニやフルトヴェングラーやベームなどの指揮棒が展示されている。それぞれの個性が現れていて面白いがトスカニーニの指揮棒が真っ二つに折れているのはジョークか?
 ほかにもウィーン・フィルの歴史の部屋や現代音楽の館やウィーンに関係ある作曲家の部屋がお化け屋敷的に続くが、中でも面白かったのがバーチャル指揮ゲーム。画面のオーケストラに向かって指揮をするのだが、下手っぴだとコンマスが立ち上がって「お前の棒じゃ演奏できん!」と言って騒ぎ始めるのである。目の前で数人が「アイネ・クライネ」に挑戦するがみな最初の30秒であえなく撃沈。おそらく音楽に関係なく一定のテンポで最後まで手を振ればいいんじゃないかと思うが・・・悔しいけれどたくさんのギャラリーの前で挑戦する勇気なし!弱虫!ああ、やってみたかったなあ!
 で、最上階のお土産売り場に。もちろんCD売り場に直行。こういうところには売れ残った珍しい盤があったりする。
MAGNA
2153 126
¥1290
ベートーヴェン:
 序曲「コリオラン」 作品62
 序曲「エグモント」 作品84
 「アテネの廃墟」 作品113 序曲
 劇付随音楽「シュテファン王」序曲 作品117
 序曲「献堂式」作品124
 「レオノーレ」序曲第3番
 「フィデリオ」序曲作品72b
ベルリン放送交響楽団
ハインツ・レーグナー指揮
お、見たことのないCD。レーベルはMAGNAか?聞いたことがない。レーグナーのベートーヴェンは貴重だが、序曲だけはまめに録音してて、上記以外にも序曲「命名祝日」、序曲「レオノーレ」第1,2番、「プロメテウスの創造物」とかを録音してる。現在キングのシャルプラッテン・シリーズで国内盤は出ているが輸入盤はずっと廃盤だった。まあ珍しいレーベルだし話の種に5枚ほど買って帰ろう。
EMI
252201
¥3000
完売
プロコフィエフ:ピーターと狼
チャイコフスキー:組曲「白鳥の湖」
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
フィルハーモニア管
ロミー・シュナイダー(語り)
んまあ、こんなCDが残ってた。カラヤンが録音した唯一の「ピーターと狼」。CD番号はそうとう古い。もう20年近く前のCDでとっくに廃盤になってるものが、棚に2枚だけ残ってた。ジャケに、カラヤンとロミー・シュナイダーという当時人気絶頂の美男美女が仲良さそうに打ち合わせしている写真が載っていて、それだけで買ってしまった。確かこの録音はあれからずっと廃盤のままではないか?今回EMIからカラヤン大全集が出たが、そこで収録されている「ピーターと狼」は英語版のピーター・ユスティノフ版で、このロミー・シュナイダーのドイツ語版は収録されていない。貴重。
ちなみにロミー・シュナイダーはウィーン出身だが、この数年前に女王エリーザベトを主人公にした映画に主演して一躍大スターになった。そういう意味でもウィーンにゆかりのあるアルバムといえる。2枚。

 ということでこれからムジークフェラインに戻るというのに大買い物。どうすんの、これ。さすがに客席に持ってはいるわけには行かないから今度はクロ−クへ預けることにしよう。ちと怖いけど。
 外へ出ると、一段と寒さは増している。
 そして、疲労度もさらにヒートアップ。そしてこれだけ寒いのに喉がカラカラ。何か飲みたい。コーラでもなんでもいい。
 時間がないのでとりあえずホールへ向かう。とにかく疲れて喉が渇いたので近くのどっかで何か飲もう。
 途中、若者数人が悪ふざけしながら通りを歩いていた。そのとき女性が「キャー」とふざけて大声で叫ぶ。まあ、日本ならありがちな光景。街の誰も何とも思わない。・・・しかしウィーンは違う。すぐに近くのレストランから男性数人が飛び出してきた。すごい。これはすごいと思う。
 そこに、マック。
 マックだけには入らないぞ、と決めていたのに、ふらふらと吸い寄せられるようにカウンターに並ぶ。ゴージャスなウィ−ンの中心街で、ここだけがちょっと異世界。アメリカ的、とかいうのではなくて、え、こんな服装の人がいたんだ、というようなちょっと危ない人がいる。でももうなんでもいい。コーク、スモール。コークじゃ通じん。コカ・コーラ!ああ、やだやだウィーンでコーラだよ。
 5秒で飲む。
 さて、よし、元気だしていこう。ちょうど開演30分前。
 クロークに行って、今度はコートも荷物も預ける。1,7ユーロ。なんだ、はじめっから金額決まってんのか。チップはいつ渡すのか、いくら渡すのか、それがわからなくてドギマギしてたのに、これだったら何も考えずに気楽に預ければよかった。2ユーロ出して、お釣りは受け取らない。バッチリ決まった?よし。
 さて会場へ行こう。
 ん?なんかロープがされているぞ。なんでだ?
 ぎゃ〜!開演は8時だった!まだ1時間もある!
 ガクガクガク。
 疲れがまたまたどどっと全身を襲う。しかも休めそうな場所はない。歩き回る元気もない。じーーーーっと階段下の定位置で30分間待ち続ける。
 ようやくロープがほどかれて階段を上がり始める店主の姿はおそらく亡霊のようだった?
 さて、今度の席もバルコニー。さっきのちょっと後ろ。2回目なのにもう我が物顔で席へ。バルコニー席は椅子が硬くて、しかも最前列は足が伸ばせずかなり厳しい体勢を強要される。しかしホール全体は見渡せるし、もちろんステージも良く見えるので悪くない。
 あら、隣に日本人サラリーマンの集団が。そういえば今回は日本人多い。20人近くはいるかな。
 さて、と言っている間にいよいよ開演。団員入場。そしてメータ。メータの実演は初めて。想像通りの雰囲気。もっと悪役顔かと思ったが、思ったより人格者っぽい感じ。とにかく今やウィーンでも1,2を争う人気を誇るというメータをそのウィーンで聴けるというのは幸せ。最近のメータの進化・深化は著しいからほんっとに楽しみ。しかも曲がブラームスの1番ときたもんだ。
 しかしまずはウェーベルン。6つのオーケストラ小品。幸せな曲じゃないが、疲労困憊のときに聴くには眠気が来なくていい。
 うまい。ある意味ウィーン・フィルのようにひやひやしないですんだ。
 メータとフィレンツェ5月祭管といえば、あのクラシック史上最大のヒット・アルバムのひとつ「3大テノール」、あの伴奏オケ(ローマ国立歌劇場管との合同)。両者はずっといい関係できているのだろう。いずれにせよメイン・オケのないイタリアにあって、高い水準を誇る貴重なオケである。

 ウェーベルンは壮大な迫力ときびきびした技量でなかなか聴きごたえあった。ただ、拍手はそれなりという感じ。明らかに作品そのものに戸惑っている感じがありあり。え?ここはウィーンじゃないのか?曲が始まった瞬間に会場内になんとなく漂った「何じゃこりゃ、現代音楽か」という雰囲気はほんとだった。なんだ、ウィーンの人もウェーベルンは苦手なのか。でも観光客が半分以上いたかもしれないからほんとのところはわからない。
 さて、続いてワーグナー。ジークフリート牧歌。
 これは・・・眠い。寝ろと言われているようなもの。そして、30秒ほど意識を失った。
 2センチほど首がガクっと傾いたところで寸止め。よく寝た。意識朦朧の中、ワーグナーは終わる。
 よし、気を落ち着けて。今度は手ぶらだからうろうろしよう。カメラも持ってきたしね。
 観客はほぼ100%みんなロビーや休憩所に行く。これもまた強迫観念のように一斉に。なのでガラガラの1階の平土間に行ったり、オケのすぐ横の席に行ったり、間違えて団員の控え室に入って行ったり。
 写真はステージ横の席から撮ったもの。入り口に立っていた係員のおじさんがウィンクしてきたので店主に気があるのかと思ったが、「写真撮ってもいいよ」という意味だった。つまりほんとは撮っちゃだめ、ということ。・・・すみません。
 また、有名な話だが会場の最後部には立見席があって、安い金額で自由に見られる。学生向けなのだろう。日本のやんちゃな若者さながらに世界各地の音楽学生が楽譜を持って土間にじかに座ってペチャクチャやってる。

 さて、あっというまに休憩時間は終わり。いよいよメイン・ディッシュ!
 ブラームスの1番。
 う〜ん。ど、どうなんだろう。オケはうまいし、メータの指揮もそれなりに大胆でスケールでかい。
 しかし、何かが足りなかった。なんだ?ひらめきや感性に乏しかったのか。ザコンザコンとおおなたで断ち切られた高級魚。やはりよく切れる刺身包丁でさばく瞬間も必要ではなかったか。
 終演。拍手はまずまず。大喝采ではない。まあ、こんなものだろう。
 メータは何回か出てきて、何か喋り始めた。アンコール?
 おもむろにオケのほうを振り向くと何かを演奏し始めた。何の曲かわからなかった。イタリア・オペラの序曲。おそらくポンキエッリとかそのあたり?お恥ずかしい。
 拍手が終わるとまた何か喋り始める。そしてまたふりむきざま演奏し始めた。おお、2曲目。
 「カヴァレリア」。これは美しかった。オケがさっきの曲で今までの金縛りみたいなものから解き放たれ、この「カヴァレリア」で一気に花開いたかのよう。そのイタリア爛漫の香りは会場全体を包み、演奏が終わってメータが振り向くや観客は興奮して大喝采!やっと我々の本領を発揮できた、といわんばかりのメータとオケの人たちの高潮した顔。そう!これが聴きたかったんだ!
 するとますます調子に乗ってきたメータ、また何か喋り始めた。わ、3曲目やんの!?
 そして始まったのは「運命の力」。
 ぐう。
 やられた。
 カヴァレリアといい、「運命の力」といい、音楽史上最高に美しい曲のひとつだと思うのだが、この夜の「運命の力」はあまりにもすごすぎた。名曲目白押しのあのオペラの中から、もうやめてと言わんばかりに劇的で美しい部分だけを強引に詰め込んだこの序曲・・・。ドラマティックな前奏が終わってあの天国的に美しく悲しい旋律が流れた瞬間、ホールはまさに天国と化した。
 あ、もう書けない。
 なんて感傷的なことを、と言われるかもしれないが、その瞬間、人生で最も幸せな時間のひとつを体験したのである。
 意識は完全に遠のいて、涙が止まらず、遠い日本のことばかり思えてきた。
 クロークでコートを受け取ろうとしたとき、クロークのおばちゃんが心配して声をかけてくれたが涙は止まらず、道を歩いていても涙が止まらず、とりあえずどこかで休もうと思って、昼間に入ったバイスルにまた入った。ほかに誰も客がおらず、一人だった。昼間のお姉さんが出てきて注文をとってくれた。また白ワインを頼んだ。流した涙の分補充しないと。
 ようやく落ち着いた。
 ふう。すさまじいコンサートだった。
 ブラームスではメータもオケも満足しなかったんだ。もちろん観客も。だからそれがわかって自分たちが納得できる、そして観客が満足できるアンコールを次々と演奏した。そして最後の最後にみんなが満足できるものが完成した・・・あれがイタリア人(とインド人)のもつ芸術的パワーか!参った。完全に参った。
 さて。昼間食べて結構お腹はいっぱいだったが、ツヴィーベル・ローストブラーテン(ステーキです)をハーフで頼む。疲労を栄養でカバーしよう。ビールも飲むぞ。そんでもって赤ワインも。あははは。完全に酔っ払った。お店のお姉さんもものすごく優しい。
 店を出る。
 寒い。けど火照った体に心地いい。そうしたらまた無性に泣きたくなってきた。時間は11時。もう通りには誰もいない。エンエン泣いても誰も見ない。あははは。ホテルまで訳もなく泣きながら帰った。

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