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MELO CLASSIC
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MC 1081
(2CD)
\3500 →\2490
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「イェルク・デムス/ドレスデンでのコンサート1962-1972」
(1)バッハ:パルティータ第1番変ロ調 BWV.825
(2)シューベルト:
2つのスケルツォD.593、11のエコセーズ
D.781、
6つのワルツ D.145
(3)フランク:前奏曲、コラールとフーガ FWV21
(4)(以下3曲は演奏前にデムスによるアンコールのアナウンスあり)
ドビュッシー:前奏曲集~
アナカプリの丘、西風の見たもの、亜麻色の髪の乙女
(5)シューマン:交響的練習曲Op.13
(6)シューマン:
ノヴェレッテ ニ長調Op.21-2、
ロマンス 嬰ヘ長調Op.28?2、トッカータ
ハ長調Op.7、
ピアノ・ソナタ第2番ト短調Op.22、アベッグ変奏曲Op.1、
(以下3曲アンコール)
ウィーンの謝肉祭の道化Op.26、
幻想小曲集~夜にOp12-5、森の情景~別れOp.82-9
(7)シューマン:ピアノ協奏曲イ短調Op.54 |
イェルク・デムス(ピアノ)
(7)キリル・コンドラシン(指揮)
シュターツカペレ・ドレスデン |
ヒストリカル・ファン待望のMELOCLASSIC新譜9タイトル!
※全9タイトル。プラスチック・トレイ付のデジパック仕様。特記無いものはモノラル。
録音:(1)-(4)1972年1月15ゴベリンザール、ゼンパー・ギャラリー、ドレスレン(ライヴ録音、ステレオ)、(5)(6)1968年4月20ゴベリンザール、ゼンパー・ギャラリー、ドレスレン(ライヴ録音)、(7)1962年3月22日衛生博物館コングレスザール、ドレスデン(放送用スタジオ録音)
イェルク・デムス(1928-2019)はウィーンで、モーリッツ・ローゼンタールの弟子であるヴァルター・ケルシュバウマーのもとでピアニストとしての道を歩み始めました。
1943年、第二次世界大戦中にソロ・リサイタルでデビューし、戦後間もない数年間は主にウィーンでコンサート活動を行いました。
1950年代には国際舞台に登場し、ヨーロッパ、南米、米国各地で演奏しました。
高い評価を得ながらも、デムスは芸術面での成長に専念し、著名な指導者のもとで高度な研究を進めました。
1953年から1955年にかけて、パリで著名なフランス人ピアニスト、イヴ・ナットと個人的に練習し、その後ザールブリュッケンでヴァルター・ギーゼキングのマスタークラスに参加しました。
彼の卓越性の追求は、1956年にアレッツォでアルトゥーロ・ベネデッティ・ミケランジェリの夏期講習に参加し、続いて1957年にポジターノでヴィルヘルム・ケンプが主催したベートーヴェン解釈セミナーに参加することで続きました。
このアルバムには、東ドイツのドレスデンでの未発表の放送録音が収録されており、2つのソロ・リサイタルと、キリル・コンドラシン指揮によるシューマンのピアノ協奏曲の注目すべき録音を収録しています。
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MC 1082
(2CD)
\3500 →\2490
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「ジュリアス・カッチェン/コンサート・ツアー
1951-65」
(1)ブラームス:ピアノ協奏曲第1番ニ短調Op.15
(2)ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第23番Op.57
(3)リスト:ハンガリー狂詩曲第12番嬰ハ短調HS.244
(4)ガーシュイン:ピアノ協奏曲 ホ長調、ラプソディ・イン・ブルー
(5)ハジキタス:小さな白い貝殻のためにOp.1
(6)ブラームス:4つの小品Op.119 |
ジュリアス・カッチェン(ピアノ)
(1)ルイ・ド・フロマン(指揮)
ルクセンブルク放送管弦楽団
(4)カーメン・ドラゴン(指揮)
ミュンヘン放送管弦楽団 |
録音:(1)1965年10月8日ルクセンブルク、RTL大劇場(放送用スタジオ録音)、(2)&(5)1951年11月4日ミュンヘン放送フンクハウス(放送用スタジオ録音)、
(3)1963年11月20日ミュンヘン放送フンクハウス(放送用スタジオ録音)、(4)1961年3月16日ミュンヘン、コングレスザール
ドイツ博物館(ライヴ)、
(6)1963年9月15日ミュンヘン、フライマン・スタジオ(放送用スタジオ録音)
ジュリアス・カッチェン(1926-69)は、これまでMELOCLASSICでも度々リリースされ再評価されています。
今回の歴史的なコレクションは、これまで未発表だったミュンヘンの放送録音を中心に、ブラームスのピアノ協奏曲第1番のルクセンブルクの素晴らしい録音が追加されています。
初期のミュンヘンの録音は特に注目に値します。ギリシャの作曲家マノス・ハジダキスの「小さな白い貝殻のために」のカッチェンによる唯一の録音が含まれており、彼の録音されたレパートリーを理解する上で貴重な情報を提供します。
ガーシュインのピアノ協奏曲とラプソディ・イン・ブルーの魅惑的なライヴ演奏も収録。
さまざまな音楽スタイルにわたるカッチェンの多才さを堪能できます。
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MC 1083
(2CD)
\3500 →\2490
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「ポルディ・ミルトナー ドイツでの放送録音集」
(1)シューマン:謝肉祭Op.9
(2)ブラームス:ヘンデルの主題による変奏曲とフーガOp.24
(3)ショパン:舟歌 嬰ヘ長調Op.60
(4)ベートーヴェン:32の変奏曲ハ短調 Wow80
(5)ハイドン:ピアノ・ソナタ 変ホ長調Hob
XVI:52(*)
(6)ショパン:マズルカ イ短調Op.17-4、マズルカ嬰ハ短調Op.30-4
(7)リスト:
超絶技巧練習曲集~第3番「風景」、第5番「鬼火」、第10番「熱情」
(8)リスト:
超絶技巧練習曲集~第8番「荒々しき狩」、第12番「雪嵐」
(9)リスト:ブラヴーラ風タランテラ
(10)サン=サーンス(リスト編):「死の舞踏」
(11)ボルトキエヴィッツ:即興曲 変ホ長調「エロス」Op.24-3
(12)リスト:バラード第2番ロ短調 HS171
(13)リスト:
パガニーニよる大練習曲第3番「ラ・カンパネラ」HS140-3
(14)リスト:メフィスト・ワルツ第1番HS.514(*) |
ポルディ・ミルトナー(ピアノ) |
(*印)の1938 年にドイツ国営放送協会 (RRG)
の短波送信機 (KWS) 向けに制作された 2 つの放送録音は、第二次世界大戦後に各セットのディスクの一部が失われたため欠落があります。
(14)リストのメフィスト・ワルツの最初、(5)ハイドンのソナタ
の第 3 楽章の最後が欠落しています。
これらは不完全ではありますが、ポルディ・ミルトナーのこれらの作品の唯一の現存する録音であるため、芸術的な理由からこれらの演奏を収録することにしました。
ポルディ・ミルトナーは、MELOCLASSICの2枚のCDリリースで絶賛されました。ミルトナーは神童として頭角を現し、12歳で母国ウィーンでデビューを果たしてキャリアをスタートさせました。
彼女の国際的なキャリアは1930年代に始まり、ヨーロッパ、アメリカ、後に南米で公演を行い、1942年にアルゼンチンに永住して市民権を取得しました。ミルトナーはその才能にもかかわらず、現代では比較的無視され続けています。
このアルバムは、1933年12月にベルリンで行われたドイツ国営放送協会(RRG)の短波放送局(KWS)でのラジオ・デビューから、1950年から1961年にかけてミュンヘンで行われた録音まで、これまで未発表だった放送録音を収録。
このリリースで取り上げられているレパートリーの多くは、これまでのLPやCDリリースには登場したことがなく、ベートーヴェン、ハイドン、シューマン、リスト、ブラームスの作品に対する彼女の解釈を初めて発見する貴重な機会を提供し、彼女のピアニストとしての業績をより包括的に評価できるようになるでしょう。
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MC 1084
(2CD)
\3500 →\2490
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「サンソン・フランソワ/コンサート・ツアー
1956-1962」
(1)シューマン:ピアノ協奏曲イ短調Op.54
(2)ショパン:ピアノ協奏曲第1番ホ短調Op.11
(3)リスト:ロシアの2つの旋律~アリャビエフの「夜鳴き鶯」
(4)リスト:ピアノ協奏曲第1番変ホ長調HS.124
(5)ドビュッシー:前奏曲集~
デルフィの舞姫、アナカプリの丘、
亜麻色の髪の乙女、沈める寺、パックの踊り、花火
(6)フォーレ:
即興曲第2番 ヘ短調Op.31、夜想曲第2番
ロ長調Op.33-2、
夜想曲第3番 変イ長調Op.33-3、夜想曲第4番
変ホ長調Op.36
(7)ドビュッシー:12の練習曲~
装飾音のための練習曲、
組み合わされたアルペッジョのための練習曲 |
サンソン・フランソワ(ピアノ)
(1)ルドルフ・ミヒル(指揮)
ザールブリュッケン放送交響楽団
(2)カール・メレス(指揮)
ルクセンブルク放送管弦楽団
(3)ハンス・シュミット=イッセルシュテット(指揮)
スイス・ロマンド管弦楽団 |
録音:(1)1956年2月19日ザールブリュッケン、ヴァルトブルク(ライヴ録音)、(2)(3)1962年4月4日ルクセンブルク、オーディトリアム・ヴィラ・ルヴィニー(ライヴ録音)、
(4)1962年3月28日ジュネーヴ、ヴィクトリア・ホール(ライヴ録音)、
(5)1962年2月8日ミュンヘン、ヘラクレスザール(ライヴ録音)、
(6)(7)1962年2月9日ハンブルク、NDRフンクハウス(放送スタジオ録音)
サンソン・フランソワ(1924-70)のこれまで未発表だった放送録音を収録。3つのドイツでの放送録音はハンブルクのスタジオ・セッションにミュンヘンのコンサートで演奏されたドビュッシーの前奏曲選集、ザールブリュッケンでのシューマンのピアノ協奏曲と魅力的なライヴ演奏が収録されています。
他にルクセンブルクでのショパン:ピアノ協奏曲第
1 番とジュネーヴで録音されたリストのピアノ協奏曲第1番という、2つの注目すべき協奏曲を収録し充実しています。
これらの貴重なアーカイブは、サンソン・フランソワの並外れた解釈の芸術性を明らかにし、ヨーロッパの複数の会場での彼の卓越した技量を記録しています。
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MC 1085
(2CD)
\3500 →\2490
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「ステファン・アスケナーゼ(ピアノ)/コンサート・ツアー
1958-1972」
(1)
モーツァルト:
ピアノ・ソナタ変ロ長調KV.333/315c(第13番)、
「ああ,ママに言うわ」による変奏曲
(きらきら星変奏曲)KV.265/300e
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第31番変イ長調Op.110
プロコフィエフ:束の間の幻影Op.22
ショパン:
即興曲第1番変イ長調Op.29、
夜想曲嬰ヘ短調 op.48-2(第14番)、
マズルカ ロ長調Op.41-2、
マズルカ Op41-4、練習曲イ短調Op.25-4
(2)
ショパン:
練習曲ヘ短調Op25-2、練習曲嬰ト短調Op.25-6、
練習曲嬰ハ短調Op.10-4
リスト:忘れられたワルツHS.215
メンデルスゾーン:スケルツォ ホ短調Op.16-2
(3)モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番変ロ長調KV595
(4)ショパン:ピアノ協奏曲第2番ヘ短調Op.21 |
ステファン・アスケナーゼ(ピアノ)
(3)スタニスワフ・ヴィスウォツキ(指揮)
ライプツィヒ放送交響楽団
(4)ジェルジ・レーヘル(指揮)
バーゼル放送交響楽団 |
録音:
(1)1964年11月23日スタジオ・オーディトリオ、ベッソ、ルガーノ(ライヴ)
(2)1964年2月6日スタジオ・オーディトリオ、ベッソ、ルガーノ(ライヴ)
(3)1958年12月8ライプツィヒ、コンクレスハレ(放送用スタジオ録音)
(4)1972年4月14日リーエン、ランドガストホフ(放送用スタジオ録音、ステレオ)
MELOCLASSICから既に4タイトルがリリースされているポーランドのピアニスト、シュテファン・アスケナーゼ(1896-1985)。今回は新たに発見された放送録音を収録しています。
詩的な洞察力、明晰さ、そして完璧なテクニックで知られるアスケナーゼの芸術性は、1964年にルガーノで収録されたリサイタルで輝いています。
プログラムには、彼のお気に入りの作曲家であるモーツァルトとショパンのピアノ作品のほか、ベートーヴェン、プロコフィエフ、リスト、メンデルスゾーンの作品を含む珍しいレパートリーが取り上げられています。
さらにこのアルバムには2曲の協奏曲が収録され彩りを添えています。
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MC 2060
(2CD)
\3500 →\2490
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「伝説的なイタリアのヴァイオリニスト」
・ワンダ・ルッザート
・アルド・フェラレージ
・レナート・デ・バルビエリ
・ワンダ・ルッザート
(1)ハチャトゥリアン:ヴァイオリン協奏曲ニ短調
(2)モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第4番ニ長調KV218
・アルド・フェラレージ
(3)フバイ:花の生命Op.30-5
(4)フィビヒ:詩曲Op.41-6
(5)デュンシェーデ:ワルツ・カプリッチョOp.15
・ワンダ・ルッザート
(6)グラズノフ:ヴァイオリン協奏曲イ短調Op.82
・レナート・デ・バルビエリ
(7)パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第1番ニ短調Op.6~第1楽章
(8)パガニーニ:うつろな心(バルビエリ編)
(9)パガニーニ:ヴァイオリン・ソナタ ホ短調Op.3-6
(10)モーツァルト:ヴァイオリン・ソナア変ロ長調KV.454 |
(1)(2)(6)ワンダ・ルッザート(ヴァイオリン)
(1)(2)オトマール・ヌッシオ(指揮)
スイス・イタリアーナ放送管弦楽団
(6)リヒャルト・ミュラー=ランペルツ(指揮)
スイス・イタリアーナ放送管弦楽団
(3)(4)(5)
アルド・フェラレージ(ヴァイオリン)、
レオ・リーバー(ピアノ)
(7)-(10)
レナート・デ・バルビエリ(ヴァイオリン)
(7)ルドルフ・ケンペ(指揮)
ヘッセン放送交響楽団
(8)-(10)ハンス・プリークニッツ(ピアノ) |
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録音:(1)1952年10月1日ルガーノ、カンポ・マルツィオ(放送用スタジオ録音)、
(2)1968年2月3日ルガーノ・ベッソ、スタジオ・オーディトリオ(放送用スタジオ録音、ステレオ)、
(6)1973年2月14日リーエン、ランドガストホフ(放送用スタジオ録音、ステレオ)
(3)(4)(5)1939年6月29日ザールブリュッケン・フンクハウス(放送用スタジオ録音)
(7)1954年2月25日フランクフルト、アルテス・フランクフルト(放送用スタジオ録音)
(8)-(10)1953年1月19日シュトゥットガルト・ウンターテュルクハイム(放送用スタジオ録音)
20世紀の3人の著名なイタリアのヴァイオリニストを収録。
ワンダ・ルッザート(1919-2002)は 2016年にMELOCLASSICからドイツ放送録音がリリース(MC2026)されるまで、その並外れた才能はほとんど知られていませんでした。
スイスの未発表放送録音から3つの重要なヴァイオリン協奏曲を収録。
特に歴史的に重要なのは1948年にイタリアで初演されたばかりのハチャトゥリアンのヴァイオリン協奏曲です。
また、1939年にドイツのザールブリュッケン帝国司令官のために行われたアルド・フェラレージ(1902-78)の3つの初期の放送録音も貴重。戦前のドイツでフェラレージが絶賛されていたことがわかります。
最後はヨーロッパ中で大きな評価を得ていたレナート・デ・バルビエリ(1920-91)の未発表のドイツの放送録音です。
今回の3人は店主にとっても特に思い入れの強い人たちなの厚く推しておきます。
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ワンダ・ルッザート(1919-2002)は北イタリア、スイスとの国境に近いヴァレーゼの生まれ。
少女の時から天才ヴァイオリニストと騒がれた。
1932年、伝説的なヴァイオリン・コンクール、ウィーン・コンクールが催され、第1
位にジョコンダ・デ・ヴィート、第2 位にリカルド・オドノポソフ、第3
位にジークフリート・ボリスなどが入る中、僅か13
歳のルッザートが12 歳のジネット・ヌヴー(二人は同年の5
ヶ月違い)と共に第4 位を獲得して大いに話題となった。
デ・ヴィートとオドノポゾフとボリスとヌヴー・・・一体どんな年だ、と思わずにはいられないが、この時の審査員の一人が偉大なヴァイオリニスト、イェネー・フバイ。これが縁で、ルッザートは晩年のフバイの弟子になった。
ちなみにこのコンクールの審査員、イェネー・フバイを筆頭に、クレメンス・クラウス、エネスコ、ヤン・クーベリック、アドルフ・ブッシュ、カール・フレッシュ、フーベルマン、フィテルベルク(!)、エーリヒ・クライバー、クーレンカンプ、モントゥー、ジョゼフ・スーク、シマノフスキー・・・という前代未聞の陣容だった。
さてルッザート、第二次世界大戦が終わるとルッザートは欧米で幅広く活躍し、1964
年には来日も果たしている。
そのヴァイオリンは、知的な上品さと(彼女はミラノの裕福な一族の出)とフバイ仕込の深い音楽性が見事に融合したもので、非常に魅力的と言われていた。
ところが彼女はまだ50 代の頃に早々に引退してしまう。だから残念なことに彼女はレコード用の商業録音を一つも残さなかった。そしてルッザートは生前から完全に幻のヴァイオリニストになってしまったのである。
したがってこのCD に収録された録音はどれも極めて重要。

フバイを中心としたレッスン風景。
『このヴァイオリンを手にしている少女は誰だ?
』と話題になったが、この少女がルッザートだった。
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大昔、あるアルバムで無名のヴァイオリニストのパガニーニの協奏曲を聴いた。
そうしたらそれはまあなんともすごい演奏だった。
それはアルド・フェラレージというイタリアのヴァイオリニストの演奏だった。
ヴァイオリンが始まった瞬間から、「圧倒的」に強烈な香りで聴くものをクラクラにさせる。ヴァイオリンの音にシルクのようななめらかさがあり、氷上のスケーターか風を切るライダーか、そのクールで華やかな技巧も抜群。
こんな天才の録音が日の目も見ずまだ埋もれているのだ。
アルド・フェラレージ(1902年5月14日 - 1978年6月29日)は、イタリアのヴァイオリン奏者。
フェラーラの生まれ。1902年生まれだからハイフェッツなどと同時代。
だがその経歴がすごい。ヴァーシャ・プルジーホダとヤン・クベリークに認められてベルギーに留学し、ウジェーヌ・イザイの下で研鑽を積んだという。絶句。
1965年にバチカンの教皇パウロ6世の御前で演奏を披露したこともあったらしい。
しかしこれだけの凄腕の人であるにもかかわらず、CDがほとんど出てなかった。
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IDIS盤のジャケット |
パガニーニ国際コンクールの記念賞にその名を残すレナート・デ・バルビエリ(1920 - 1991)は、ジェノヴァ出身で、ミッシャ・エルマンとヴァーシャ・プシホダに学んだ名手。
録音が極めて少なく、今ではよほどのマニアでないと知らない名ヴァイオリニストになってしまった。
数年前にidisから2枚のアルバムが出てヴァイオリニスト・ファンを狂喜させた。 |
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MC 2061
(2CD)
\3500 →\2490
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「ティボール・ヴァルガ/初期放送録音集」
(1)チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲ニ長調Op.35
(2)サラサーテ:ツィゴイネルワイゼンOp.20
(3)ラヴェル:ツィガーヌ
(4)サン=サーンス:序奏とロンド・カプリチオーソOp.28
(5)サン=サーンス:ハバネラOp.83
(6)シューベルト:ロンド イ長調D.438
(7)ベルク:ヴァイオリン協奏曲Op.35
(8)メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲
ホ短調 Op.64
(9)クライスラー:コレッリの主題による変奏曲(アンコール) |
ティボール・ヴァルガ(ヴァイオリン)
(1)カール・ガラグリー(指揮)
バンベルク交響楽団
(2)ヤン・クーツィール(指揮)
バンベルク交響楽団
(3)(4)(5)ヴィンフリート・ツィリヒ(指揮)
ヘッセン放送交響楽団
(6)ティボール・ヴァルガ室内管弦楽団
(7)ゲオルク・ショルティ(指揮)
ケルン放送交響楽団
(8)エリアフ・インバル(指揮)
ブダペスト・フィルハーモニー管弦楽団 |
録音:(1)1954年6月18日バンベルク、クルトゥルラウム、(2)1954年8月24日バンベルク、クルトゥルラウム、(3)1951年6月5日フランクフルト、アルテス・フンクハウス、
(4)1953年8月3日フランクフルト、アルテス・フンクハウス、(5)1953年9月28日フランクフルト、アルテス・フンクハウス、
(6)1957年12月12日ミュンヘン、フンクハウス・スタジオ1、(7)1957年1月17日ケルン、放送大ホール、
(1)~(7)放送用スタジオ録音、(8)(9)1970年8月27日シオン、サル・デラ・マッツェ(ライヴ録音、ステレオ)
ハンガリー出身のティボール・ヴァルガ(1921-2003)は20世紀を代表するヴァイオリニストで、指揮者・教育者としても地位を確立しています。
このアルバムは、ハンガリーからの移住後のヴァルガの芸術的発展の極めて重要な時期を明らかにする、ドイツの放送録音から細心の注意を払って復元したものです。
特に重要なのは、ハンガリーの出身の指揮者との2つの共演です。
カール・ガラグリーとのチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲
(1954) の魅力的な演奏と、ゲオルク・ショルティの指揮によるベルクのヴァイオリン協奏曲
(1957) の歴史的に重要な解釈です。
またヴァルガとベルクの協奏曲とのつながりは特別な歴史的意義を持ち、1946年にヘルマン・シェルヘンの指揮でウィーン交響楽団とともにウィーン初演を果たしています。
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MC 2062
(2CD)
\3500 →\2490
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「ハインツ・シュタンスケ/ヴァイオリニストの再発見」
(1)シベリウス:ヴァイオリン協奏曲ニ短調Op.47
(2)グラズノフ:ヴァイオリン協奏曲イ短調Op.82
(3)プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲第2番ト短調Op.63
(4)ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番ト短調Op.26
(5)モハウプト:ヴァイオリン協奏曲
(6)ミヨー:「屋根の上の牛」シネマ幻想曲Op.58b
(7)サラサーテ:グノーのファウストによる演奏会用幻想曲Op.13
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ハインツ・シュタンスケ(ヴァイオリン)
(1)フランツ・コンヴィチュニー(指揮)
ベルリン放送交響楽団
(2)クルト・シュレーダー(指揮)
ヘッセン放送交響楽団
(3)ハンス・ミュラー=クライ(指揮)
シュトゥットガルト放送交響楽団
(4)エドゥアール・ヴァン・ルモーテル(指揮)
南西ドイツ放送交響楽団
(5)リヒャルト・モハウプト(指揮)
南西ドイツ放送交響楽団
(6)オトマール・ヌッシオ(指揮)
南ドイツウンターハルトゥング管弦楽団
(7)ヴェルナー・シュミット=ベルケ(指揮)
ミュンヘン放送管弦楽団 |
録音:
(1)1951年1月14日ベルリン、放送会館(ライヴ録音)
(2)1953年6月17日フランクフルト、ドルンブッシュ・ゼンデザール(放送用スタジオ録音)
(3)1956年11月19日シュトゥットガルト、ヴィラ・ベルク(放送用スタジオ録音)
(4)1963年3月6日バーデン=バーデン、スタジオ5(放送用スタジオ録音)
(5)1957年1月28日バーデン=バーデン、スタジオ5(放送用スタジオ録音)
(6)1957年10月22日シュトゥットガルト、ヴィラ・ベルク(ライヴ録音)
(7)1957年6月13日ミュンヘン、フンクハウス・スタジオ1(放送用スタジオ録音)
ハインツ・シュタンスケは、ヴァイオリン愛好家の間でも比較的無名の人物である。ベルリンのシュテルン音楽院でマキシム・ヤコブセンに師事した彼は、1932年にUFAトーンフィルム管弦楽団のコンサートマスターとしてキャリアを開始し、その10年間ミュージカル映画やスペクタクル映画に貢献した。
1937年6月にウィーンで行われた国際コンクールで金メダルを獲得、翌年、ベルリンのベートーヴェン・ザールで公式デビューを果たし、これが批評家の間で広く認知されるきっかけとなり、指揮者のカール・シューリヒトは彼を同世代の最も傑出したドイツ人ヴァイオリニストと称賛した。
シュタンスケの初期のキャリアのハイライトには、1940年にカール・ベーム指揮のシュターツカペレ・ドレスデンと共演したプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番のドイツ初演、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(シューリヒト指揮)とのシベリウスのヴァイオリン協奏曲、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(やはりベーム指揮)とのプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番の演奏などがある。
第二次世界大戦中はスペインやイタリアでもコンサート活動を行っていたが、ユダヤ系のヴァイオリニストと結婚していたため、ナチスの人種政策下では不安定な立場に置かれていた。
この結婚によりドイツのラジオ放送から排除され、この制限は第二次世界大戦の終結まで続いた。
戦後、シュタンスケはキャリアを再開し、1950年にハンス・ロスバウトによって、バーデン=バーデン南西放送管弦楽団の特別ソリスト担当の第一コンサートマスターに任命され、1971年に引退するまでその職を務めました。
このアルバムは、これまで未発表だった放送録音で構成されており、彼のレパートリーの広さを紹介するとともに、彼の芸術的遺産に対するより深い理解を促すことを目的としています。
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MS 3019
(2CD)
\3500 →\2490
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「ガスパール・カサド/コンサート・ツアー
1944-1961」
(1)シューベルト:アルペジオーネ・ソナタ
イ短調D 821(カサド編)
(2)ハイドン:チェロ協奏曲第2番ニ長調Hob.VIIb:2
(3)ラロ:チェロ協奏曲 ニ短調
(4)ドヴォルザーク:チェロ協奏曲ロ短調Op.104
(5)カサド:緑色の悪魔の踊り
(6)カサド:愛の言葉
(7) ショパン:チェロ・ソナタOp.65
(8)グラナドス:「ゴイェスカス」~間奏曲(カサド編)古い様式の組曲
(9)アルフテル:ハバネラ(カサド編) |
ガスパール・カサド(チェロ)
(1)ハンス・ロスバウト(指揮)
ハンブルク帝国放送交響楽団
(2)(3)ルイ・ド・フロマン(指揮)
ルクセンブルク放送管弦楽団
(4)カール・ベーム(指揮)
ヘッセン放送交響楽団
(5)(6)ヴォルフガング・ルドルフ(ピアノ)
(7)(8)(9)ヘルムート・バルト(ピアノ) |
録音:(1)1944年6月8日ハンブルク、帝国放送フンクハウス(ライヴ録音)、(2)1960年12月8日ルクセンブルク市立劇場(ライヴ録音)、
(3)1961年12月8日ルクセンブルク、ヴィラ・ルヴィニー(放送用スタジオ録音)、(4)1954年2月8日フランクフルト、アルテス・フンクハウス(ライヴ録音)、
(5)(6)1952年4月26日フランクフルト、アルテス・フンクハウス(放送用スタジオ録音)、(7)(8)(9)1955年4月29日ハンブルク・フンクハウス(放送用スタジオ録音)
20世紀で最も傑出したチェロ奏者の一人として広く認められているスペインのチェロ奏者ガスパール・カサド(1897-1966)による、1944年から1961年の未発表放送録音集成です。
カサドは日本ではピアニストである原智恵子の夫としても知られています。このアルバムにはカサドがハンス・ロスバウトとともに1944年6月にハンブルク帝国放送で行った最後の放送録音も収録されています。
この録音は、同年8月にカサドがフィレンツェに移住する直前の、第三帝国の最後の数か月間に録音されました。
また、ルイ・ド・フロマンが指揮したルクセンブルクの放送録音で2曲、フランクフルトでのカール・ベームとの共演を含むドイツの放送シリーズ、チェロとピアノのための作品も収録されています。
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