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SPECTRUM SOUND
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華麗なる閨閥
シャルル・ミュンシュ/
ニコール・アンリオ=シュヴァイツァー(ピアノ)
パリ・ライヴ 1965 & 1966 |
シャルル・ミュンシュ(指揮) |
J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲第3番
ト長調 BWV1048
リスト:ピアノ協奏曲第1番 変ホ長調 S.124
ニコール・アンリオ=シュヴァイツァー(ピアノ)、ORTF国立管弦楽団
録音:1965年11月16日、パリ・シャンゼリゼ劇場でのライヴ(ステレオ)
モーツァルト:フリーメイソンのための葬送音楽
K.477/479a
ラヴェル:ピアノ協奏曲 ト長調 M.83
ニコール・アンリオ=シュヴァイツァー(ピアノ)、
ORTF国立管弦楽団
録音:1966年11月22日、パリ・シャンゼリゼ劇場でのライヴ(ステレオ)
以上、INAライセンス、初出音源 |
興奮のミュンシュ・ステレオ・パリ・ライヴ初出、姪のアンリオ=シュバイツァーと大共演!
大ミュンシュとかの医師にして音楽家、そして牧師であり世界の偉人、アルベルトを輩出したアルザスの名家シュバイツァー家は、よく知られたことですが親戚関係で、ミュンシュの姉が偉人アルベルトの弟パウルに嫁ぎました。このパウルの息子の海軍中将ジャン・ジャック・シュバイツァーと結婚いたしましたのが、このニコール・アンリオでミュンシュの義理の姪にあたります。また彼女らの甥にかのカルロス・ゴーン氏を見出したルノー会長であったルイ・シュバイツァー氏もおり、さらに偉人アルベルトのいとこの息子はジャン・ポール・サルトルという具合、大変な閨閥でございます。ミュンシュとアンリオ=シュバイツァーはパテでラヴェルも録音もしており息の合った演奏で評判でございましたが、ここではライヴ、ミュンシュのヴォルテージとスリリングなオーケストラの味わいが素晴らしい。そしてまさかミュンシュの「フリーメイソンの葬送音楽」と「ブランデンブルク」がライヴ録音で聴けるとは!熱いもののこみ上げるミュンシュ特有のライヴをステレオで!ラヴェル演奏後の拍手も聴きもの。
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フレンチ・ピアニズム ステレオ・ライヴ録音集
成功したフランス系統のピアニストは全て弟子ではないかといわれる大教授ピエール・サンカン
ハイティンクとの共演
さらにヴラド・ペルルミュテールはコシュラーと!
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モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番 ニ短調
K.466
ピエール・サンカン(ピアノ)
ベルナルト・ハイティンク(指揮)、RTF国立管弦楽団
録音:1962年12月12日、パリ・シャンゼリゼ劇場でのライヴ(ステレオ)
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番 ト長調
作品58
ヴラド・ペルルミュテール(ピアノ)
ズデニェク・コシュラー(指揮)、ORTFフィルハーモニー管弦楽団
録音:1973年1月9日、パリ、放送会館スタジオ104、大ホールでのライヴ(ステレオ)
以上、INAライセンス、初出音源 |
ラヴェルの2大権威として高名なペルルミュテールとサンカンがステレオで登場!門弟3000人の巨匠サンカンとハイティンクの粋の極み!初出モーツァル20番、ラヴェルとコルトーの愛弟子ペルルミュテールの絶品の語り口!初出ベートーヴェン
佐藤春夫級、門弟3000人と言われ、成功したフランス系統のピアニストは全て弟子ではないかと思われるパリ音楽院の大教授であり大ピアニストのピエール・サンカンは1916年パリに生まれ2008年に亡くなりました。
イヴ・ナットの弟子でナットの後を継ぎパリ音楽院の教授に就任、恐ろしい数の名ピアニストを輩出いたしました。その芸風はまさに粋と洗練の極みといったものでフランスのピアノの巨匠、そういった聴き手の思いを裏切りません。この若きハイティンクとのステレオ!の20番も絶品で美鈴なるがごときの美しさ、粋なスピード感と爽快さ、代えがたい味がございます。
そしてラヴェルの大権威として知られるペルルミュテールはラヴェルとコルトーの愛弟子で1904年帝政ロシアのコヴツ(現リトアニアのカウナス)にポーランド系ユダヤ人として生まれ2002年に亡くなりました。1907年にはパリに移住、パリ音楽院でコルトーに学びコルトーは「彼はリパッティとハスキルに連なる人物である」と述べております。そのピアノの語り口のうまさは他に代えがたく、このベートーヴェン4番など恐ろしいまでで!釘付けになります。両巨匠の真に聴きもののアルバム。さらにステレオ録音というのも大変うれしいものがございます。
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ベネディクト会の修道士になりその短い演奏活動を終えた
ティエリー・ド・ブリュノフ
~修道士の道を選んだ巨匠 |
ティエリー・ド・ブリュノフ(ピアノ) |
ショパン:ピアノ協奏曲第2番 ヘ短調 作品21
エドゥアール・ファン・レモールテル(指揮)、ORTF国立管弦楽団
録音:1968年5月15日、パリ・シャンゼリゼ劇場でのライヴ(ステレオ)
グリーグ:ピアノ協奏曲 イ短調 作品16
サー・ジョン・プリチャード(指揮)、ORTFフィルハーモニー管弦楽団
録音:1968年2月9日、パリ・サル・プレイエルでのライヴ(ステレオ)
ショパン:24の前奏曲 作品28より
録音:1973年7月29日、パリ、放送会館(ステレオ)
以上、INAライセンス、初出音源 |
「像のババール」作者の令息、あの幻のピアニスト、ティエリー・ド・ブリュノフはベネディクト会修道士になり神に身も音楽もささげていた!まさに祈りの音楽!その真摯さに誰もが心打たれるショパンとグリーグの協奏曲
「私は神の世界に飛び込んで全てを捧げなければならない。全てを捧げるということは、音楽も捧げるということです。なぜなら、私にとって音楽は生きてきたことの全てだからです」と友人に手紙を出し、1974年にサンゴノワのベネディクト会の修道士になりその短い演奏活動を終えた「像のババール」の作者ジャン&セシル・ド・ブリュノフの令息ティエリー・ド・ブリュノフは1934年パリに生まれコルトーに師事、パテにシューマン、ショパン、ウェーバーなどの録音を残し人気を博し愛好家に忘れえぬ印象を残しました。その音楽の掛け値なし、真実一路、誠実そのものの純粋さに心うたれました。商業主義と無縁の類をみない純粋ピアニスト、ブリュノフ。このアルバム、ブリュノフを知るに絶好の曲目、一聴の価値ある逸品です。
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アルフレート・ブレンデルへのオマージュ
パリ・ライヴ 1970
ユーゴスラビアの巨匠ズドラフコヴィッチと共演
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番 ト長調
作品58
そしてそのズドラフコヴィッチの「革命」
ショスタコーヴィチ:交響曲第5番 ニ短調
作品47 |
アルフレート・ブレンデル(ピアノ)
ギカ・ズドラフコヴィッチ(ジヴォイン・ズドラフコヴィチ)(指揮)
ORTFフィルハーモニー管弦楽団 |
驚きユーゴスラビアの巨匠ズドラフコヴィッチ、ブレンデルと共演!貴重なショスタコーヴィチ「革命」大発売。初出!
録音:1970年2月10日、パリ、放送会館スタジオ104、大ホールでのライヴ(ステレオ)
INAライセンス、初出音源
1970年フランス国立放送フィルにブレンデルが登場した一夜のライヴ。ブレンデルのすばらしさも特筆すべきものがございますが、なんといっても驚きはユーゴの大指揮者ズドラフコヴィッチの「革命」、まさか聴けるとは!ズドラフコヴィッチは1914年セルビア王国首都ベオグラードに鉄道員の子息としてうまれ、苦労して音楽の道に進みプラハに留学、ターリッヒに学びました。戦後チトー元帥のユーゴスラビア連邦人民共和国でベオグラード・フィルの首席指揮者、セルビア芸術家協会会長もつとめ、ユーゴを代表する指揮者となります。
ドイツEMI(エレクトローラ)にベオグラード・フィルと録音したドヴォルザークのスラブ舞曲集が代表盤でその演奏、かつて東芝EMIの美輪明宏「黒蜥蜴」のアルバム制作時、スラブ舞曲(美輪明宏の舞台「黒蜥蜴」のメインテーマ)はこの演奏、と美輪明宏氏自ら選んだ秀演で、その暗く濃厚な旋律美にあふれた演奏は真の好事家の皆様にしられたものでした。そんなズドラフコヴィッチ(東芝EMI表記ジトラフコヴィッチ)の「革命」がライヴで初登場!スペクトラム・サウンドらしい、音楽と演奏史を愛する皆様への素敵な贈り物と申せます。
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ジヴォイン・ズドラフコヴィチ(1914年11月24日
- 2001年9月15日)は、セルビアの指揮者。
ベオグラードの生まれ。ベオグラード音楽院でステヴァン・フリスティッチとミハイル・ブクドラゴヴィチの薫陶を受けるも、第二次世界大戦の影響で学業に十分に打ち込めぬまま、1940年に卒業。
第二次世界大戦後はプラハに留学してヴァーツラフ・ターリヒの薫陶を受け、1948年に帰国してベオグラード放送のオーケストラで指揮活動を開始した。
1951年にクレシミル・バラノヴィッチが首席指揮者を務めるベオグラード・フィルハーモニー管弦楽団の指揮者陣に加わり、1961年から1978年まで同楽団の首席指揮者を歴任した。
2001年にベオグラードにて没。
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初出!
ホルヘ・ボレット/パリ・リサイタル 1985 Vol.1
リスト:6つのコンソレーション S.172
シューベルト:
幻想曲 ハ長調 作品15「さすらい人幻想曲」(D.760)
シューベルト/リスト:「水の上で歌う」S.558-2
シューベルト/リスト:
「セレナード(ほら、ほら!ひばりが)」S.558-9
シューベルト/リスト:
「さすらい」S.565-1(シューベルト D.795
に基づく)
シューベルト/リスト:
「粉屋と小川」S.565-2(シューベルト D.795
に基づく) |
ホルヘ・ボレット(ピアノ) |
初出!ホルヘ・ボレット・1985年パリ・リサイタルVol.1 大技巧と味わい、ボレットはやはりすばらしい!デッカの録音に負けぬ国立ラジオ・フランスの音質
録音:1985年1月31日、パリ、放送会館スタジオ104、大ホールでのライヴ(ステレオ) INA/ラジオ・フランス
ライセンス、初出音源
ピアノの巨人ボレットの1985年1月31日パリでのリサイタルの前半。大変素晴らしい内容で録音も文句なしの抜群音質。それにしてもボレットのこのライヴほんとうに絶品でございます。この伝説のパリ・ライヴ全編はVol.1とVol.2で完全発売いたします。ホルヘ・ボレットは1914年ハバナ生まれの親米キューバ人、アメリカのカーティス音楽院でゴドフスキに学び指揮はフリッツ・ライナーに。1942年アメリカ人として陸軍に入隊、戦後は日本にGHQのアメリカ軍音楽監督として駐留、サリヴァンの最高傑作「ミカド」を東京で指揮、日本初演いたしました。除隊後ピアニストとしてアメリカでは不思議なことにあまり批評家には評価されず1978年デッカと契約し数々の録音を開始、世界的名声を獲得いたしました。1990年に亡くなりますが、1985年のこのライヴいまだ技巧衰えず、味わいと技巧が絶妙のこのパリ・ライヴ。まさに逸品でございます。
初出!ホルヘ・ボレット、円熟の極み――1985年パリ・リサイタル前半。
リストの《コンソレーション》では、まるで音が空気に溶け込むかのような繊細極まる弱音美を聴かせ、続く《さすらい人幻想曲》では一転、鋼のような打鍵と圧倒的な構築力で聴き手をねじ伏せる。
まさにボレットならではの「詩情とヴィルトゥオジティの同居」がここにある。
さらに白眉はシューベルト=リスト編曲群。
単なる編曲作品の枠を超え、「歌」を完全にピアノで再現するその技は、往年の巨匠ゴドフスキ直系の真骨頂と言ってよいだろう。
音質も特筆すべき充実度。ラジオ・フランス収録らしい奥行きと自然な響きが、この夜の“パリの空気”をそのまま封じ込めている。
技巧はいささかも衰えず、それでいてすべてが音楽に奉仕する――晩年ボレットの理想形が刻まれた、まさに逸品である。
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ホルヘ・ボレット/パリ・リサイタル 1985 Vol.2
シューベルト/リスト:
「別れ」S.563-1(シューベルト D.578 に基づく)
シューベルト/リスト:
「滞在」S.560(シューベルト D.957 に基づく)
リスト:超絶技巧練習曲
「夕べの調べ」S.139-11、「荒々しい狩」S.139-8
ショパン:夜想曲第15番 ヘ短調 作品55-1
ショパン:練習曲 作品25-1「エオリアン・ハープ」
ショパン:練習曲 作品25-2 ヘ短調
ショパン:バラード第3番 変イ長調 作品47 |
ホルヘ・ボレット(ピアノ) |
初出!ホルヘ・ボレット・1985年パリ・リサイタルVol.2
録音:1985年1月31日、パリ、放送会館スタジオ104、大ホールでのライヴ(ステレオ)
INA/ラジオ・フランス ライセンス、初出音源
初出!伝説のパリ・リサイタル、白熱の後半。
前半の詩的世界から一転、この後半ではボレットのもう一つの顔、「ヴィルトゥオーゾ」としての真価が全開となる。
リストの超絶技巧練習曲では、余裕すら感じさせる完璧なコントロールで難曲を悠然と制圧。《荒々しい狩》の躍動と推進力は圧巻の一語に尽きる。
一方ショパンでは、夜想曲の深い陰影、練習曲のしなやかな流動感、そしてバラード第3番での雄弁な語り口と構築力――ここでも技巧は決して自己目的に陥らず、すべてが音楽表現へと昇華される。
この一夜のリサイタルが特別であったことを決定づける、充実の後半。
Vol.1とあわせて聴くことで、ボレット芸術の全貌が鮮やかに浮かび上がる。
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