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BRILLIANT CLASSICS
在庫特価セール
その3 14アイテム
(1CD)\1,800→\990
~8/18(火)午前9時




 BRILLIANT CLASSICS。

 世界の冠たる廉価盤ボックス・レーベル・・・というのはもう昔の話。
 今はどちらかというと新録音の1枚もの、2枚もののアルバムがメイン。「超マニアックなNAXOS」というような雰囲気すら漂わせている。
 しかし毎月十数タイトルをリリース、その元気さは変わらない。
 ただ、最近は世界的な値上げの波にのみ込まれ、1枚価格が\1800という、「ちょっと安い」レーベルになってきた。

 そしてもうひとつ、最近の大きな特徴は・・・すぐに完売してしまうこと。
 おそらく1回のプレス枚数がきわめて少なくなっていると思われる。リリース点数は多いのだが、なんせすぐに廃盤になる。

 今回紹介するのは海外の特価セールなのだが、現在のBRILLIANT CLASSICSの主流商品の1枚ものがメインとなっている。そして¥990前後という価格になっているのでかなりお得感が強い。
 
 すでに通常ルートでは手に入らないものも多く含まれているようだし、もとよりこの価格であれば気になるものがあれば手に入れておくのが賢明なような気がする。

 在庫には限りがあるようなので、完売の際はご容赦ください。




 96596
\1800→\990
ウクライナ民謡が美しいノイコムのクラリネット五重奏曲
 ライヒャ、ノイコム:クラリネット五重奏曲集

アントン・ライヒャ [1770-1836]:クラリネット五重奏曲 変ロ長調 Op.89
 1. I. アレグロ 10:37
 2. II. アンダンテ 5:37
 3. III. メヌエット アレグロ 3:36
 4. IV. フィナーレ アレグレット 6:21

ジギスムント・ノイコム [1778-1858]:クラリネット五重奏曲 変ロ長調 Op.8
 5. I. アダージョ~アレグロ 10:20
 6. II. メヌエット アレグロ・モルト 4:04
 7. III. ポコ・アダージョ 5:18
 8. IV. アレグロ・モデラート 6:21

 
ステファン・ジーゲンターラー(クラリネット)
シュターミッツ四重奏団(チェコ語ではスタミッツ)
  インドジフ・パズデラ(第1ヴァイオリン)
  ヨゼフ・ケクラ(第2ヴァイオリン)
  ヤン・ピエルシュカ(ヴィオラ)
  ペトル・ヘイニー(チェロ)

 録音:2016年2月13-14日、プラハ、ストゥディオ・マルティーネク


 哀切なウクライナ民謡が美しいノイコムのクラリネット五重奏曲

 ベートーヴェンの友人で、ハイドンの弟子でもあった同世代作曲家、ノイコムとライヒャの書いたクラリネット五重奏曲を収録。
 演奏のシュテファン・ジーゲンターラーはスイスのクラリネット奏者で、幅広いレパートリーの持ち主。若い頃から共演していたシュターミッツ四重奏団との相性は素晴らしく、歌いまわしの魅力、合奏精度共に申し分ありません。




ノイコム:クラリネット五重奏曲 変ロ長調 Op.8


 ノイコム[1778-1858]のクラリネット五重奏曲は、当時ドイツやオーストリアで大流行していた「ロシアの歌」を主題とした変奏曲を第3楽章としています。
 「ロシアの歌」は、1808年にバーデンバーデンのパーティーで原曲のウクライナ民謡を耳にしたドイツの詩人、クリストフ・アウグスト・ティートゲ[1752-1841]が曲に感動し、ミンカという名前まで創作して自身の詩を発表。それが歌詞となって大流行したもので、曲を主題にした変奏曲を書くと楽譜がよく売れたことから、レッセル(1814)、リンデマン(1814)、ウェーバー(1815)、ベートーヴェン(1816)、ベートーヴェン(1817~1818)、フンメル(1818)、ヘンケル(1818)、チェルニー、ゾンネンフェルト等、多くの作曲家がピアノ曲や室内楽の変奏曲を作曲。ノイコムの作品は1815年にライプツィヒのペータースからフランス語で出版。
 曲は恋人に別れを告げるコサック兵士の悲しみを表現したもので、第3楽章でしっとりと描かれています。


ライヒャ(レイシャ):クラリネット五重奏曲 変ロ長調 Op.89

 理論家としても知られたライヒャ(レイシャ)[1770-1836]のクラリネット五重奏曲は、パリ音楽院作曲科教授時代の1820年に書かれ、1821年にライプツィヒのブライトコップ&ヘルテルからフランス語で出版されています。隙のない書法で構築されながらも工夫もみられ、第1楽章展開部冒頭のシンコペーション(5分33秒~)など注目されます。
 ハプスブルク帝国領ボヘミア王国プラハに生まれたライヒャは、11歳からはドイツの叔父ヨーゼフ・ライヒャ[1752-1795]の養子となって音楽教育を受けるようになり、ボンではベートーヴェンやジムロック(のちに出版で交流)と共に宮廷楽団で演奏。38歳でナポレオン時代のパリに移住してアントワーヌ・レイシャとなり、やがてパリ音楽院教授としてベルリオーズ、オンスロー、リスト、グノー、フランクなども指導。復古王政下のパリで暮らし66歳で没しています。
 



シュテファン・ジーゲンターラー (クラリネット)

1957年、スイスのベルン州ビール/ビエンヌに誕生。ベルン音楽院でクルト・ウェーバーに、ジュネーヴ音楽院でトーマス・フリードリに、北西ドイツ音楽アカデミーでハンス・クラウスとヨスト・ミヒャエルスに師事。1985年、マルティニー国際管楽器コンクールで優勝し、1989年から1995年までスイスのビール交響楽団の首席クラリネット奏者を務め、その後、ソロと室内楽の両方で活動。
 CDは、Brilliant Classics、Oehms Classics、CPO、Sterling、Sheva Collectionなどから発売。



シュターミッツ四重奏団


1985年に結成。設立当初から成功を収め、翌1986年、チェコ室内楽協会賞を受賞し、その後すぐにスイスで最初のレコーディングをおこなっています。
 同年、ザルツブルクで開催されたカルテットコンクールで優勝し、以後、世界各地で活動。
 レパートリーは幅広く、忘れ去られていた古典派時代のチェコ作品を復活させる一方で、現代作品にも熱心に取り組んでいます。
 最初のメンバーは、第1ヴァイオリン:ボフスラフ・マトウシェク、第2ヴァイオリン:ヨゼフ・ケクラ、ヴィオラ:ヤン・ペルーシュカ、チェロ:ヴラディーミル・レイクスネル。
 1995年、ボフスラフ・マトウシェクの退団により、第1ヴァイオリン奏者がヴィテスラフ・チェルノフに交代。
 2001年、ヴィテスラフ・チェルノフの退団により、第1ヴァイオリン奏者がインドジフ・パズデラに交代。
 2007年、ヴラディーミル・レイクスネルの死により、チェロ奏者がペトル・ヘイニーに交代。
 CDは、Brilliant Classics、Supraphon、Bayer、Panton、GMS、Sunrise、KOCH、Capriccio、ASV、Bonton、VMSなどから発売。


 

 96599
\1800→\990
ヴィオッティ:ヴァイオリン協奏曲第22番、
ケルビーニ:交響曲ニ長調


ジョヴァンニ・バッティスタ・ヴィオッティ [1755-1824]:ヴァイオリン協奏曲第22番 イ短調 G.97 (1793-95)
(カデンツァ:ヨーゼフ・ヨアヒム)
 1. I. モデラート 15:58
 2. II. アダージョ 6:46
 3. III. アジタート・アッサイ 8:23

ルイージ・マリア・ケルビーニ [1760?1842]:交響曲 ニ長調 (1815)
 4. I. ラルゴ~アレグロ 13:24
 5. II. ラルゲット・カンタービレ 10:22
 6. III. メヌエット(アレグロ・ノン・タント)~トリオ 4:58
 7. IV. アレグロ・アッサイ 5:29
マッシモ・クアルタ(ヴァイオリン/ヴィオッティ)
新フェルッチョ・ブゾーニ室内管弦楽団
マッシモ・ベッリ(指揮)

 録音:2021年10月5~6日、イタリア、ロザッツォ、コルノ修道院

 フランスで名声を築いた対照的なイタリア人の作品をイタリア勢が演奏

 18世紀から19世紀にかけて活躍したイタリア出身の作曲家、ヴィオッティとケルビーニは、共にフランスで名声を築いていて交流もあり、ベートーヴェンに影響を与えたという点でも共通していますが、その生涯は対照的。ヴィオッティはマリー・アントワネットに仕えていたことから、フェイド―劇場を任されるなどしていましたが、フランス革命で立場が危なくなったためイギリスに渡り、その後、帰化しています。遺品には高価なストラディヴァリウスも含まれていましたが、ワイン事業失敗の借金などのため、資産状態は不透明でした。
 一方、ケルビーニはフランス革命下でもそつなく行動し、復古王政下では王朝に仕えたのち、パリ音楽院の院長を20年務めて最後は国葬という具合に強運の持ち主でもありました。
 このアルバムでは2人の代表作を収録しています。
 演奏はイタリア勢によるもので、ヴァイオリン独奏はパガニーニのスペシャリストでもあるマッシモ・クワルタで、指揮はマッシモ・ベッリ。オケは新フェルッチョ・ブゾーニ室内管弦楽団。


 



マッシモ・クアルタ (ヴァイオリン)


 1965年、イタリア南部、サレント地方のレッチェに誕生。11歳からレッチェのティート・スキーパ音楽院でヴァイオリンを学び始め、続いてローマ聖チェチーリア音楽院でベアトリーチェ・アントニオーニに師事。その後、サルヴァトーレ・アッカルド、ルッジェーロ・リッチらの指導を受け、1986年、チッタ・ディ・ヴィットリオ・ヴェネト・ヴァイオリン・コンクールで優勝、1989年、オペラ・プリマ・フィリップス・ヴァイオリン・コンクールで優勝、1991年、ジェノヴァ・ニコロ・パガニーニ国際ヴァイオリン・コンクールで優勝。
 以後、ソロと室内楽、指揮の活動を組み合わせ、世界各地で演奏。スイス・イタリア音楽院で教えてもいます。
 CDは、Brilliant Classics、Dynamic、Delos、Amadeus、Suonareなどから発売。



マッシモ・ベッリ (指揮)


 1948年、ローマ近郊の古都ヴィテールボに誕生。最初、父アルド・ベッリからヴァイオリンを学び、その後ブルーノ・ポーリに師事。ヴェネツィアのベネデット・マルチェッロ音楽院卒業後、クレモナのシュタウファー高等教育アカデミーで2年間、サルヴァトーレ アッカルドに師事。以後、ソロ、室内楽、オーケストラ楽員、指揮者として活動し、現在は新フェルッチョ・ブゾーニ室内管弦楽団の音楽監督を務め、トリエステ音楽院でも教えています。
 CDは、Brilliant Classics、Concerto Classics、Amadeus、Sipario Dischiなどから発売。



新フェルッチョ・ブゾーニ室内管弦楽団


 1965年にアルド・ベッリ[1927-2006]によって「フェルッチョ・ブゾーニ室内管弦楽団」としてトリエステで設立。
 CDは、Brilliant Classics、Velut Luna、Concerto Classics、Movimento Classical、Bongiovanni、Suonare News、Amadeusなどから発売。


 


 96655
\1800→\990

ミラノ・スカラ座フィルのソリストを迎えた注目盤

 ジョヴァンニ・ボッテジーニ [1821-1889]:ヴァイオリン、コントラバス、弦楽オーケストラのための音楽


1. 弦楽のための「アンダンテ・ソステヌート」 ロ短調 7'17

2. コントラバスと弦楽オーケストラのための「《夢遊病の女》によるファンタジア」 9'49

3. ヴァイオリン、コントラバス、管弦楽のための「グラン・デュオ・コンチェルタンテ」 16'19

弦楽五重奏曲 ヘ長調(マッシモ・ベッリ編) 21'55
 4. モデラート 7'26
 5. スケルツォ 3'27
 6. アダージョ 6'28
 7. フィナーレ. アレグロ・ノン・タント 4'34

8. 弦楽のための「ピッコラ・プレギエーラ(小さな祈り)」 2'35
フランチェスコ・デ・アンジェリス(ヴァイオリン)
フランチェスコ・シラグーザ(コントラバス)
新フェルッチョ・ブゾーニ管弦楽団
マッシモ・ベッリ(指揮)


録音:2022年2月6~7日、イタリア、トリエステ、ITIS公社ホール

 「コントラバスのパガニーニ」と呼ばれたボッテジーニ[1821-1889]は、世界をまわるコントラバスの名手であっただけでなく、交響曲やオペラから教則曲まで多ジャンル多作な作曲家で、「アイーダ」初演を手掛けるなど指揮者としても活躍し、最後はヴェルディの推薦でパルマ音楽院の学長に就任し、半年後に67歳で亡くなるという多芸多才な人物でした。幼い頃から類まれな楽才を発揮しボッテジーニは、聖歌隊で歌う一方で劇場ではティンパニを演奏し、ヴァイオリンは公開演奏するほどの腕前でしたが、ミラノ音楽院ではコントラバスを習ってすぐに名手として知られ、やがて、ニューヨーク、ニューオーリンズ、ロンドン、ウィーン、サンクトペテルブルクなどで成功を収め、「コントラバスのパガニーニ」と呼ばれるようになります。コントラバスとヴァイオリンのソロは、ミラノ・スカラ座フィル(ミラノ/スカラ座管弦楽団)のソリストが担当。実に表情豊かな演奏を聴かせますが、低音がよく響く録音なのでコントラバスのソロが非常に心地よいです。

 


「コントラバスのパガニーニ」と呼ばれたボッテジーニ[1821-1889]は、世界をまわるコントラバスの名手であっただけでなく、交響曲やオペラから教則曲まで多ジャンル多作な作曲家で、「アイーダ」初演を手掛けるなど指揮者としても活躍し、最後はヴェルディの推薦でパルマ音楽院の学長に就任し、半年後に67歳で亡くなるという多芸多才な人物でした。


コントラバスの可能性を拡大

 幼い頃から類まれな楽才を発揮しボッテジーニは、聖歌隊で歌う一方で劇場ではティンパニを演奏し、ヴァイオリンは公開演奏するほどの腕前でしたが、ミラノ音楽院ではコントラバスを習ってすぐに名手として知られ、やがて、ニューヨーク、ニューオーリンズ、ロンドン、ウィーン、サンクトペテルブルクなどで成功を収め、「コントラバスのパガニーニ」と呼ばれるようになります。


コンサート的な楽曲配置

 このアルバムでは、協奏作品2曲と弦楽合奏曲3曲を収録。まるで映画音楽のように美しい弦楽合奏曲「アンダンテ・ソステヌート」に始まり、コントラバス協奏曲的な「ファンタジア」、ヴァイオリンとコントラバスの二重協奏曲的な「グラン・デュオ・コンチェルタンテ」と続き、弦楽合奏用に編曲された「弦楽五重奏曲」のあとに、アンコール小品的な「小さな祈り」で締めくくられます。


優秀ソリスト&優秀録音

 コントラバスとヴァイオリンのソロは、ミラノ・スカラ座フィル(ミラノ/スカラ座管弦楽団)のソリストが担当。実に表情豊かな演奏を聴かせますが、低音がよく響く録音なのでコントラバスのソロが非常に心地よいです。


マッシモ・ベッリ (指揮)

 1948年、ローマ近郊の古都ヴィテールボに誕生。最初、父アルド・ベッリからヴァイオリンを学び、その後ブルーノ・ポーリに師事。ヴェネツィアのベネデット・マルチェッロ音楽院卒業後、クレモナのシュタウファー高等教育アカデミーで2年間、サルヴァトーレ アッカルドに師事。以後、ソロ、室内楽、オーケストラ楽員、指揮者として活動し、現在は新フェルッチョ・ブゾーニ室内管弦楽団の音楽監督を務め、トリエステ音楽院でも教えています。
 CDは、Brilliant Classics、Concerto Classics、Amadeus、Sipario Dischiなどから発売。


新フェルッチョ・ブゾーニ室内管弦楽団


 1965年にアルド・ベッリ[1927-2006]によって「フェルッチョ・ブゾーニ室内管弦楽団」としてトリエステで設立。
 CDは、Brilliant Classics、Velut Luna、Concerto Classics、Movimento Classical、Bongiovanni、Suonare News、Amadeusなどから発売。


 96658
\1800→\990

ジョン・W・デュアルテ[1919-2004]
 ギター独奏のための作品集




パルティータ Op.59
 1. I. コン・ブラヴーラ 3:34
 2. II. メスト・エ・カンタービレ 3:55
 3. III. スケルツォ 2:11
 4. IV. ポコ・アジタート 4:38

5. イタリア民謡による変奏曲 Op.139 12:14
 I. 主題
 II. ポコ・アジタート
 III. アンダンティーノ・グラツィオーソ
 IV. ヴィーヴォ
 V. アッラ・シチリアーナ
 VI. ジョコーゾ
 VII. マエストーゾ/リゾルート

6. 抒情的なワルツ Op.137  3:39 (初録音)

7. ロンドーのワルツ Op.128 3:00

8. シュテパーン・ラークの主題による変奏曲 Op.100 15:58
 I. 主題
 II. コン・モート
 III. アンダンテ・ニキトーゾ
 IV. スケルツォーゾ
 V.レント、コン・テネレッツァ
 VI. アッラ・ガヴォッタ
 VII. フィナーレ
 VIII. 主題

カルロス・アンドレスのための3つの無言歌 Op.45  (初録音)
 9. I. 挨拶の歌 3:54
 10. II. 眠りの歌 3:12
 11. III. ラウンデレイ 3:02

12. エキセントリック・ダンス Op.138  2:43 (初録音)

13. 「朱色の塔」(アルベニス)による幻想曲とフーガ Op.30  10:14 (初録音)

14. アルペジオの前奏曲 Op.62  3:43 (初録音)
フラヴィオ・ナーティ(ギター)

 録音:2022年7月18-20日、イタリア、ゴルラ・ミノーレ、コレッジョ・ロトンディ、サン・マウリツィオ教会

 英国ギター界の名物作曲家の全貌に迫るシリーズ第3弾

 科学技術者として働きながら音楽活動もおこない、54歳から専業音楽家として世界的に活躍したデュアルテの音楽からギター独奏のための作品を集めたアルバム。
 世界初録音となる「エキセントリック・ダンス」、「抒情的なワルツ」、「 カルロス・アンドレスのための3つの無言歌」、「アルペジオの前奏曲」、「≪朱色の塔≫による幻想曲とフーガ 」のほか、「パルティータ」、「イタリア民謡による変奏曲」、「ロンドーのワルツ」、「シュテパーン・ラークの主題による変奏曲」を収録。
 演奏は2021年に武満徹のギター曲全集でCDデビューしたイタリア人ギタリスト、フラヴィオ・ナーティによるものです。



フラヴィオ・ナーティ (ギター)

 1995年、ローマに誕生。サンタ・チェチーリア音楽院でアルトゥーロ・タリーニに師事し2012年に卒業。その後、オランダのマーストリヒト音楽院でカルロ・マルキオーネの指導を受け、クラシックギター演奏の修士号を取得し、さらにサンタ・チェチーリア音楽院で現代音楽解釈、パルマのアッリーゴ・ボーイト音楽院でギター演奏という2つの修士号を取得。
 以後、ソリスト、室内楽奏者として、ヨーロッパ各地のほか、日本や韓国でも演奏。2016年からはイタリアのさまざまな音楽院で教育者としても活動。


 

 96663
\1800→\990
マウリツィオ・カッツァーティが書いた
 心優しく美しい作品のコレクション


マウリツィオ・カッツァーティ[1616-1678]
 1. ◆ 「サルヴェ・レジーナ」 9:24
 2. ◆ 7つの音によるカプリッチョ 5:27
  3. ◆ ソナタ第7番「ラ・ロッセッラ」 3:41
 4. ◆ 「主よ、われに救いをなしたまえ」 4:59
 5. ◆ ソナタ第12番「ラ・ストロッツァ」 3:12

ジョヴァンニ・パオロ・コロンナ[1637-1695]
 6. ◆ ソナタ第7番 3:17

マウリツィオ・カッツァーティ
 7. ◆ 「おお、天よ」 5:43
 8. ◆ カンツォーネ第3番「ラ・マウリツィア」 4:41

ベルナルド・パスクイーニ[1637-1710]
 9. ◆ ソナタ 3:15

マウリツィオ・カッツァーティ
 10. ◆ 「誰が戦争をするのか」 6:37
 11. ◆ ソナタ・ラ・タナーラ(2台のヴァイオリンのための) 4:55
 12. ◆ イタリア風クーラントと様々なパルティータ 4:26

ジューリオ・チェーザレ・アッレースティ[1619-1701]
 13. ◆ ソナタ第18番「ピエーナ」 2:33

マウリツィオ・カッツァーティ
 14. ◆ 「大地からの歓喜」 6:51

 小野綾子(ソプラノ)
 クリストフ・ルドルフ(バロック・ヴァイオリン)
 クリストフ・リード(バロック・ヴァイオリン)
 マルク・マイゼル(オルガン)

使用楽器:
ゼーバルト・マンダーシャイト[1620-1685]製作
(1998年修復)、ミーントーン調律(A=423Hz)


 録音:2019年9月7~11日、スイス、フリブール、聖ニコラ大聖堂
 プロデューサー: ロドルフォ・ツィテッリーニ
 エンジニア:ダニエル・コンプロイ



 大聖堂の音響を見事に捉えた優秀録音!

 少年時代にマントヴァ公国でペスト禍と戦争の地獄を経験したイタリア・バロックの作曲家、マウリツィオ・カッツァーティが書いた心優しく美しい作品のコレクション。気分転換用にカッツァーティと関わりのあった3人の作曲家のオルガン小品も収録。
 演奏は日本人ソプラノと、スイスのオルガニスト、ヴァイオリニスト2人によるもので、これは当時のボローニャ大聖堂での、アンサンブルの低音部をよくオルガンで演奏したという記録に従ったものだとか。
 使用したオルガンはカッツァーティと同時代に活躍したスイス、フリブールの製作者によるもので、適度な間接音で混濁なく低音も豊かなサウンドはオーディオ的にも魅力十分です。

 

 

 96673
\1800→\990

タルティーニ:協奏曲オルガン編曲集
ルーカ・スカンダリ(オルガン)
 ジュゼッペ・タルティーニ (1692-1770)
  オルガン協奏曲編曲集(レオンハルト・フリッシュムート編、アムステルダム、1750-60年頃)
   協奏曲第1番 ヘ長調 D.9
    1. 第1楽章 アレグロ 4'02/2. 第2楽章 アダージョ 2'42/3. 第3楽章 アレグロ 4'52
   協奏曲第2番ニ長調 D.63
    4. 第1楽章 アレグロ 4'48/5. 第2楽章 アンダンテ 3'13/6. 第3楽章 アレグロ・アッサイ 2'23
   協奏曲第3番 変ロ長調 D.32
    7. 第1楽章 アレグロ・モデラート 6'49/8. 第2楽章 アダージョ 3'02/9. 第3楽章 アレグロ 6'54
   協奏曲第4番変ホ長調 D.81(ハ長調に移調)
    10. 第1楽章 アレグロ・モデラート 3'47/11. 第2楽章 ラルゴ 2'32/12. 第3楽章 アレグロ 4'40
   協奏曲第5番 ハ長調 D.50
    13. 第1楽章 アレグロ・モデラート 6'08/14. 第2楽章 グラーヴェ 2'48/15. 第3楽章 プレスト 4'26
   協奏曲第6番ヘ長調 D.98(ハ長調に移調)
    16. 第1楽章 アレグロ・モデラート 3'52/17. 第2楽章 ラルゴ 3'31/18. 第3楽章 アレグロ 4'04

 バッハ時代の聖トーマス学校出身者によるオルガン編曲

 使用楽器:ピエトロ・ナキーニ・オルガン(1745~1750年頃製作)
 録音: 2024年5月1~2日、イタリア王国、マルケ州、アンコーナ県、カステルフェレッティ、サンタンドレア・アポストロ教会 / 74'46

 ヴァイオリンの名手で、理論家、学校創設者でもあったタルティーニは、ヴァイオリン協奏曲を約125曲作曲。それらの中から6曲を選んで編曲したのが、バッハ時代の聖トーマス学校で学んでいたレオナルト・フリッシュムート。
  そのフリッシュムートの編曲を、タルティーニゆかりのオルガン製作者ナキーニのつくったアンコーナのオルガンで演奏したのがこのアルバム。演奏のスカンダリはアンコーナ出身のオルガニスト。
  ブックレット(英語・8ページ)には、演奏者のスカンダリによる解説などが掲載。



 

 96676
\1800→\990
1888年から1950年にかけて作曲された
 クラリネット作品を、アルド・ボッタが演奏

  フランスのクラリネット
   (ドビュッシー、ピエルネ、ラボー、他 )
アルド・ボッタ(クラリネット)
クララ・ドゥット(ピアノ)

録音:2022年9月、イタリア、サレルノ県ファイアーノ、レコア・スタジオ


 フランスのクラリネット音楽界は19世紀なかばから、作曲、演奏ともに世界有数のレヴェルが維持されています。背景には、優れた課題曲の作曲を推奨し続けたパリ音楽院の存在や、楽器の改良に取り組んだ大手メーカーのビュッフェ・クランポン社、セルマー社の努力という非常に規模感の大きな活動があり、さらに技術的な進化を作品に反映させた目利きの作曲家たちの影響もあったと考えられます。このアルバムでは、1888年から1950年にかけて作曲されたクラリネット作品を、イタリアの名手、アルド・ボッタが演奏。


作品について

ドビュッシー:「小さな作品」(トラック1 1:30)
 クロード・ドビュッシー[1862-1918]が1910年に作曲。リズムとメロディーの即興に近い流れに加え、変化に富んだダイナミクスが心地良い作品。

ピエルネ:カンツォネッタ 変ホ長調(トラック2 3:49)
 ガブリエル・ピエルネ[1863-1937]が1888年に作曲。クラリネットの定番曲。後年のクライスラーのヴァイオリン小品を思わせるような洒落た雰囲気、美しいメロディーが魅力的な作品。

ラボー:コンクールのための独奏曲(トラック3 5:40)
 アンリ・ラボー[1873-1949]が1901年に作曲。パリ音楽院コンクールのために書かれた曲で、その後も5回使用された人気曲。手の込んだテクスチャー造形と明確な様式感、パリ音楽院コンクールのために書かれた曲技巧的に難度の高いカデンツァと聴きごたえのある作品です。

セムレ=コルリー:夢想とスケルツォ(トラック4 6:38)
 ジュール・セムレ=コルリー[1902-1988]が1950年に作曲。アンダンティーノ・カンタービレの「夢想」と、モルタ・レッジェーロの「スケルツォ」。カデンツァ風の部分も効果的です。パリ音楽院で学んだダンケルク生まれの作曲家セムレ=コルリーの作品のいくつかは、パリ音楽院の必修曲リストに含まれています。

オネゲル:ソナチネ(トラック5~7 6:30)
 アルテュール・オネゲル[1892-1955]が1921年から1922年にかけて作曲。第1楽章はオリエンタルな響きを持つ半音階的表現に基づく神秘的な冒頭が印象的。第2楽章は寂しげで神秘的。第3楽章は俊敏でジャズ風な即興的ソノリティの音楽。

コカール:メロディーとスケルツェット 変ロ長調(トラック8 6:16)
 アルテュール・コカール[1846-1910]が1904年に作曲。技術的、表現的な側面と魅惑的な旋律が融合したパリ音楽院の試験曲。コカールはパリ音楽院でフランクに師事。

P.ピエルネ:アンダンテ・スケルツォ(トラック9 6:20)
 ポール・ピエルネ[1874-1952]が1931年に作曲。パリ音楽院コンクールのために書かれた曲。修辞的なイメージとフランス風な思索を織り交ぜたスタイルの練習曲。ポール・ピエルネはガブリエル・ピエルネのいとこ。

カユザク:カンティレーヌ(トラック10 5:09)
 ルイ・カユザク[1880-1960]が1931年に作曲。パリ音楽院教授を務めながら奏者としても活躍したカユザクは南仏の出身で、美しい地中海と、海岸に迫る山々に響くエコーのような音が魅力的な作品。

アラベスク 変ホ長調(トラック11 5:23)
 ポール・ジャンジャン[1874-1929]が1926年に作曲。パリ音楽院でシリル・ローズに師事し、パリ音楽院で教えていたジャンジャンは、ギャルド・レピュブリケーヌ楽団とモンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団の首席クラリネット奏者として活躍したことで知られています。ジャンジャンの作品は技術を磨く要素が主目的ですが、アラベスクは観賞用としても魅力的な傑作。

メサジェ:コンクールのための独奏曲(トラック12 6:15)
 アンドレ・メサジェ[1853-1929]が1899年に作曲。パリ音楽院コンクールのために書かれた曲で、聴き映えのする曲調から人気があります。



演奏者について
 アルド・ボッタ(クラリネット)

 1994年、イタリアで誕生。幼少期から父レナートとジョヴァンニ・ダウリアの指導を受け、ナポリ近郊アヴェリーノのD.チマローザ音楽院ではアントニオ・ナポリターノの指導のもと最優秀の成績で卒業。同時に「音楽教育学」と「音楽の歴史的、批判的、分析的分野」で修士号を取得。
 並行して、ローマ・サンタ・チェチーリア国立アカデミーのユース・オーケストラ、ローマ歌劇場のユース・オーケストラで活動し、ナポリのサンカルロ劇場のオーケストラ・アカデミーでは、オーケストラのテクニック・コースを修了。
 ボッタは若い頃から、国内外の数々のコンクールで優勝・入賞したほか、イタリア放送協会(RAI)のテレビ番組でも、ソリストとして、またオーケストラ楽員として何度も演奏。
 イタリアの主要なオーケストラとの共演のほか、中国、アラブ首長国連邦、オマーン、ドイツなどでもツアーを実施。
 アカデミア2008エディツィオーニ・ムジカーリから出版されているクラリネットのための教則本シリーズの著者でもあります。
 CDは、Da Vinci Classics、Stradivarius、Brilliant Classicsなどから発売。

 クララ・ドゥット(ピアノ)

 イタリア西部のクーネオで誕生し、同地の国立G.F.ゲディーニ音楽院でピアノを学び、最優秀の成績で卒業。その後、ブルーノ・カニーノ、アンドレア・ルッケジーニらに師事。室内楽レパートリーの研究にも熱中し、アルテンベルク・トリオ・ウィーンや、ドビュッシー・トリオのマスタークラスにも参加。
 ラヴェンナ、ボルディゲーラ、ピネローロ、ラッコニージの各コンクールで入賞し、以後、ソロとアンサンブルの両方で演奏。
 教育にも力を入れ、国立G.F.ゲディーニ音楽院で音楽教育学のディプロマを取得し、トリノ大学では法学の学位を取得し、イタリア各地の音楽院で活動。
 CDは、Brilliant Classicsなどから発売。


 
 96711
\1800→\990
ベートーヴェン交響曲第9番
 ヴァイオリンとピアノのための編曲版

  ベートーヴェン:
   交響曲第9番 ヴァイオリン&ピアノ版(ハンス・ジット編)
マウロ・ログエルチョ(ヴァイオリン)
エマヌエラ・ピエモンティ(ピアノ)

録音:2022年6月、イタリア、サチーレ、ファツィオリ・コンサートホール


 グリーグ「ノルウェー舞曲」のダイナミックで色彩豊かな管弦楽編曲で知られる後期ロマン派の音楽家ハンス・ジットは、管弦楽から室内編成への編曲も得意で、ベートーヴェンの交響曲も9曲ともヴァイオリンとピアノのためにアレンジしています。今回のアルバムはそこから第9番が選ばれてレコーディングされたもので、約64分の巨大ヴァイオリン・ソナタとして聴いたり、オケや声楽のパートがどうやって表現されるか確認しながら聴いたりと楽しみ方もいろいろありそうです。ブックレットには、ヴァイオリニストによる解説のほか、アレッサンドロ・ソルビアティによるハンス・ジットの編曲に関する解説などが掲載されています。


ハンス・ジットについて

ハンス・ジットは1850年、オーストリア帝国プラハの生まれ。17歳でブレスラウ歌劇場管弦楽団の第1ヴァイオリン首席奏者に就任した1867年以降、1922年にライプツィヒで亡くなるまでの55年間はドイツを拠点に生活しているので「ハンス・ジット」と表記しておきます。ジットがいた頃のプラハは公用語がドイツ語でもありましたし。
 ジットは、著名なヴァイオリン製作者でヴァイオリニストでもあるアントン[1819-1878]の息子。ジットの音楽の才能は早くから明らかでしたが、両親は「神童」として売り出すことを避け、まずギムナジウムで通常の教育を受けてからプラハ音楽院に入学させています。
 1867年まで学んだ後、兄とリサイタル活動をおこない、同年、17歳でブレスラウ歌劇場管弦楽団の第1ヴァイオリン首席奏者に就任したのち、指揮もするようになり、1873年から1880年まではザクセン、ケムニッツ市の指揮者となって1880年まで在職し、スメタナ作品をチェコ以外で初めて紹介するなどして注目されます。
 以後、指揮者として、フランス、オーストリア、ドイツのオーケストラと3年ほど活動。
 1883年からはライプツィヒに腰を落ち着け、音楽院のヴァイオリン教授のほか、作曲家、編曲者、音楽学者、ライプツィヒ・バッハ協会の指揮者、ブロツキー弦楽四重奏団のヴィオラ奏者としても活躍し、亡くなるまでの39年間、同地を拠点としていました。
 ちなみにライプツィヒ音楽院での教え子には、ヴァーツラフ・ターリヒ、フランコ・アルファーノ、フレデリック・ディーリアスなどもいました。


 演奏者について

マウロ・ログエルチョ(ヴァイオリン)
 1957年、ローマで誕生。12歳の時にリッカルド・シャイー指揮ミラノ音楽院のオーケストラと共演し、ソリストとしてデビュー。以後、ソロとアンサンブルの両方で演奏をおこなうほか、近年はミラノ音楽院とロンドンのギルドホール音楽院でヴァイオリン科教授として教育活動にも注力。
 弦楽四重奏の「ダヴィッド四重奏団」では第1ヴァイオリンを担当し、ピアノ三重奏の「メタモルフォージ三重奏団」でも第1ヴァイオリンを弾いています。
 CDは、DECCA、BIS、Amadeus、Brilliant Classics、Naxos、Ricordi、Melodiya、Ponderosaなどから発売。


エマヌエラ・ピエモンティ(ピアノ)
 4歳から母親の指導でピアノを始め、11歳のときにはデュオからセプテットまでの室内楽に熱中し、その後ミラノ音楽院でアニータ・ポルリーニとアルベルト・モッツァーティに師事して1980年に満点で卒業。
 フィレンツェ・フィエーゾレ音楽院で開催された「トリオ・ディ・トリエステ(トリエステ三重奏団)」の講座に参加した際、ピアノのダリオ・デ・ローザ[1919-2013]から大きな影響を受け、1982年、パオロ・ギドーニ、アルベルト・ドルフーカと「トリオ・マティス」を結成。
 以後、ソロとアンサンブルの両方で活動し、イタリアのほか、ドイツ、スペイン、フランス、ポルトガル、イスラエル、オーストラリア、中国などで演奏。
 現代音楽にも熱心に取り組んでおり、これまでカーゲル、デ・パブロ、シャリーノ、クルターク、ソルビアーティといった作曲家らと交流して演奏。
 2013年にはNaxosレーベルに、カゼッラとゲディーニの三重協奏曲をレコーディングし、フランスの「Choc de Classica」賞を受賞。
 CDは、Brilliant Classics、Naxos、Aura、Amadeus、Limenmusic、Stradivariusなどから発売。
 

 96708
\1800→\990
ソロを断念しデュオに生きた女性天才ギタリストの傑作
 イーダ・プレスティ:2台のギターのための作品全集

イーダ・プレスティ[1924-1967]:
 2台のギターのための音楽全集

1. ● ハンガリー人 8'30
2. ● プレリュード 4'57
3. ● タランテラ 4'53
4. ● アヴィラの踊り 5'23
5. ● スペイン 9'04
6. ● バガテル 7'46
7. ● ジプシーの踊り 2'49
8. ● エチュード第1番 3'41
9. ● 母への子守唄 6'15
10. ● 歌とゲーム 3'15
11. ● エチュード第2番 4'09
12. ● セレナーデ 5'29
13. ● ニューイヤー・ワルツ 3'13
14. ● 幻想的エチュード 7'32

サルヴァトーレ・フォルトゥナート
ファビオ・ペルチバッリ(ギター)

 録音:2022年、イタリア、ジェンツァーノ・ディ・ローマ

 イーダ・プレスティ[1924-1967]はフランスのギタリスト兼作曲家。10歳で有名ホールでデビューし、13歳でフランスHMVにレコーディングをおこなうほどの神童でしたが、アレクサンドル・ラゴヤと出会うとデュオの表現力に夢中になり、ソロ活動を停止してデュオで世界をまわるようになります。全米ツアー中、肺腫瘍による大量の内出血で42歳で亡くなってしまったプレスティですが、その作品がこうして後の世代に受け継がれるのは素晴らしいことです。




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きっかけはセゴビアのコンサート


1924年4月7日、父クロードはパリでおこなわれたセゴビアのコンサートに出かけて深く感動。帰宅すると、妊娠8か月の妻に対して、生まれてくる子供を素晴らしいギタリストにすると宣言。父クロードは自身でピアノとアコーディオン演奏もおこなう音楽愛好家でした。
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6歳、パリ近郊で誕生


1924年5月31日、パリ近郊のシュレンヌにイヴェット・イーダ・モンタニョンとして誕生。父はパリ生まれのクロード・マルセル・モンタニョンで、1918年にモロッコで出会ったシチリア生まれのイタリア人女性オルガ・グラチア・ロー・プレスティと結婚していました。
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6歳、父クロードの奮闘とセゴビアのレコード


1930年、プレスティが6歳になると、セゴビアのSPレコードをお手本として使って、フルサイズのギターで教え始めますが、乳児の頃からギターの音に慣らされ、さらにピアノも弾かされていたプレスティの上達速度は驚くべきものでした。父クロードは、プレスティが生まれるとギターを買い求め、自分で教えられるようにギター演奏を勉強していました。
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8歳、和声と理論の勉強も開始


1932年、父のレヴェルをすぐに超えてしまったプレスティは、8歳からはイタリア人ギタリストで楽器製作者のマリオ・マッカフェッリに師事し、ギターのほか、和声と理論の指導も受けるようになります。マッカフェッリは楽器製作の修業をしていた16歳の時にシエナ・キジャーナ音楽院でも学び始め26歳の時に教授に任命。パリとロンドンでギタリスト、作曲家、教育者として活動。1931年にパリの楽器メーカー、セルマーでギターを作るためにパリに転居。マッカフェッリの指導のもと、新たにつくられたギター部門は、世界大恐慌の不況下にも関わらず工場もフル稼働で絶好調でしたが、翌1932年にはマッカフェッリはセルマーと対立して退職し、教育と演奏活動を再開。そこで教えを受けることになったのがプレスティでした。しかし翌1933年7月には映画の撮影中の水泳事故でマッカフェッリは手を骨折し、半年間のリハビリを経ても元の演奏水準には回復しなかったため、プレスティが教わった期間は1年に満たなかったものと考えられます。
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9歳、パリ・ギター友の会で演奏


1933年、「パリ・ギター友の会」会長のアンドレ・ヴェルディエ邸で演奏し、集まったギター愛好家たちを熱狂させ、その神童ぶりが評判となって行きます。プレスティはこのサークルで、アンドレ・ヴェルディエのほか、エミリオ・プジョル、ジャン・ラフォンの指導も受けています。
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10歳の本格デビュー公演は高名なガヴォティも絶賛


1934年、10歳になると父クロードがパリの有名劇場、サル・プレイエル内の中ホール「サル・ショパン」を借り、プレスティのソロ・リサイタルを開催。名前はミドル・ネームと母方姓を組み合わせた「イーダ・プレスティ」としていますが、これは父クロードがその響きの方が良いと判断したからでした。公演を聴いたオルガニストで音楽学者、音楽評論家のベルナール・ガヴォティ[1908-1981]も、「10歳にして確かなテクニックを持ち、その豊かな響きと多彩な音色は、この上なく魅惑的だ。」と絶賛。
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13歳、セゴビアが称賛


1937年、プレスティの演奏を聴いたセゴビアは、「私は彼女に教えることは何もない...彼女は他のギタリストのアドバイスを受け入れるべきではない」と述べ、プレスティの演奏がすでに完成していることを示唆しています。
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13歳、フランスHMVにレコーディング


1937年、Disque Gramophone(フランスHMV)にグラナドス:スペイン舞曲第5番、ポンセ:2つのメキシコ民謡、マラッツ:セレナータ・エスパニョーラ、モレーノ=トローバ:ソナチネ、そしてロベール・ド・ヴィゼとバッハの作品をいくつかレコーディング。
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14歳、映画に出演


1938年公開のアルフォンス・ドーデ原作の映画「プチ・ショーズ」にギタリスト役で出演。
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14歳、パリ音楽院管弦楽団と共演


1938年、パリ音楽院管弦楽団と初めてコンサートをおこなったギタリストとなり、ほどなく、パドルー管弦楽団とも共演しています。
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14歳、父が心臓発作により死去


1938年、父が心臓発作により死去したため、プレスティは3人の幼い弟と妹、母親の生活を支えることになります。
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16歳、パガニーニ没後100周年記念コンサートに出演


1940年、パガニーニ没後100周年を記念し、パガニーニの生家でパガニーニの弾いていたギターと、ベルリオーズの弾いていたギターを使用して演奏。
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19歳、結婚


1943年、アンリ・リゴーと結婚。プレスティは1940年のドイツ軍侵攻により、多くのパリ市民と同じく南仏に移動。ヴィシー政権下の自由地域であるマルセイユ近郊のアロー村で暮らし、ときおり小規模なリサイタルを開催していました。
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20歳、出産


1944年、第1子エリーザベトを出産。母オルガは数年前に再婚していましたが、幼い妹のジーナはプレスティと暮らしていたので、プレスティにとってエリーザベトは育児的には2人目の子供のようなものでした。
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24歳、アランフエス協奏曲フランス初演


1948年9月16日、ロドリーゴのアランフエス協奏曲のフランス初演ギタリストに選ばれ、エルネスト・ブール指揮フランス国立放送管弦楽団の演奏で中継。これによってプレスティの知名度は一気に上がり、自身のラジオ番組「ギターについて」を持つに至っています。
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24歳、アムステルダム公演

1948年10月、アムステルダムでの公演をフランスにも中継。
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25歳、アランフエス協奏曲、再演


1949年2月17日、ミュルーズでアランフエス協奏曲を演奏。
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25歳、アランフエス協奏曲、再演


1949年12月、南フランスと北アフリカでアランフエス協奏曲を演奏。
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26歳、アレクサンドル・ラゴヤとの出会い


1950年、イタリア系ギリシャ人ギタリスト、アレクサンドル・ラゴヤと出会い、翌年、結婚。ラゴヤは1947年からパリのエコール・ノルマルで学んでおり、出会ったときはプレスティ26歳、ラゴヤ21歳でした。
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27歳、イギリス・デビュー


1951年、ロンドンでリサイタルを開催して成功。
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28歳、再婚


1952年、23歳のアレクサンドル・ラゴヤと結婚。
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28歳、アレクサンドル・ラゴヤとデュオを結成


1952年、夫婦でのデュオ演奏を開始。
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29歳、出産


1953年、第2子シルヴァン誕生。
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31歳、ソロ活動停止


1955年、ラゴヤとのデュオに専念する道を選びます。以後、2千回以上のコンサートをおこないます。楽器はフランスの弦楽器製作者ロベール・ブーシェが製作したギター。
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36歳、ニースで教育活動開始


1960年、ニース国際音楽アカデミーで教えます。
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40歳、モスクワ公演


1964年、モスクワで演奏して大きな成功を収めます。
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42歳、セントルイスで喀血


1967年4月、アメリカ・ツアー中に喀血。セントルイスの病院で検査を受け、そこに留まって治療を受けるよう言われますが、プレスティは断って次のツアー地であるニューヨーク州ロチェスターに飛行機で向かいます。喀血が止まらなかったため、4時間37分のフライトの大半をトイレで過ごし、ロチェスターに着く頃には、非常に衰弱した状態でした。
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42歳、ロチェスターで死去


1967年4月24日、ロチェスター国際空港から直接ストロング記念病院に運ばれますが、肺腫瘍による大量の内出血で死亡。遺体はパリに運ばれ、パリ近郊のモンモランシー墓地に埋葬。
 夫のラゴヤはしばらく演奏活動を停止しますが、1969年にはパリ音楽院に初めてギター科が開設されてそこで教えることになり、65歳になる1994年まで25年間在職。ツアーは1972年に再開してソロ奏者として活躍し、モネルという女性と再婚。1999年にパリで70歳で亡くなると、プレスティの眠るモンモランシー墓地の同じ墓に埋葬されています。墓石の刻印は「Ida PRESTI 1924-1967」が上、「Alexandre LAGOYA 1929-1999」が下でした。


 

 96714
\1800→\990

ヴィオラとピアノのための音楽


カール・ハインリヒ・ライネッケ [1824-1910] 15:17
 3つの幻想曲 Op.43
  1. I. ロマンツェ 3:19
  2. II. アレグロ・モルト・アジタート 6:33
  3. III. 見世物小屋の情景:ユーモレスク。とても生き生きと 5:25

ロベルト・シューマン [1810-1856]
 おとぎの絵本 Op.113 17:44
   4. I. 急がずに 3:46
   5. II. 生き生きと 4:12
   6. III. 急速に 2:55
   7. IV. ゆっくりと、メランコリックに 6:51

アンリ・ヴュータン [1820-1881]
 8. エレジー ヘ短調 Op.30 7:18

ヘンリク・ヴィエニャフスキ [1835-1880]
 9. 夢想 嬰ヘ短調 7:41

ジャン・シベリウス [1865-1957]
 10. ロンド ニ短調 JS162 6:47

フランク・ブリッジ [1879-1941]
 ヴィオラとピアノのための2つの小品 07:54
   11. I. ペンシエロ H.53a 4:56
   12. II. アレグロ・アパッショナート H.82 2:58

マッシモ・ピーヴァ(ヴィオラ)
イネッサ・フィリストーヴィチ(ピアノ)

録音:2022年4月23~27日、イタリア、シルヴェッレ・ディ・トレバセレゲ、ストゥーディオ・ロッソ・ディ・ザノット・ストゥルメンティ

 ヴィオラの深みのある豊かな音を捉えた優秀録音

 アルバム前半は、詩情豊かなシューマンの「おとぎの絵本」と、それにインスパイアされたかのようなライネッケの幻想曲集というドイツ・ロマン派の音楽。後半は多国籍で、ベルギーのヴュータン、ポーランドのヴィエニャフスキ、フィンランドのシベリウス、イギリスのブリッジの書いた短調作品群が、ヴィオラの多彩な魅力を堪能させます。演奏は元プロメテオ四重奏団のヴィオラ奏者、マッシモ・ピーヴァです。



マッシモ・ピーヴァ (ヴィオラ)


 2018年までプロメテオ四重奏団のメンバーとしてヨーロッパのほか日本でもツアーをしていたピーヴァは、現在はソロと室内楽の両方で活動。ピーヴァはこれまで、スカラ座管弦楽団、サンタ・チェチーリア音楽院管弦楽団、マーラー室内管弦楽団、カメラータ・ザルツブルク、カメラータ・ダ・カメラ・ディ・マントヴァ管弦楽団、パドヴァ管弦楽団で首席ヴィオラ奏者として活躍。
 CDは、Brilliant Classics、ECM、Ermitage、SONY、Deutsche Grammophon、Deutsche Harmonia Mundi、Guto Italiano、Tactus、BMGなどから発売。


イネッサ・フィリストーヴィチ (ピアノ)


 ベラルーシの首都ミンスクの出身。M.グリンカ音楽大学を卒業後、イタリアに移住。現在はミラノのスカラ座アカデミーで伴奏者兼講師を務めています。
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\1800→\990

さまざまな時期のチレアの作品を収録
 フランチェスコ・チレア [1866-1950]:歌曲とピアノ曲集


1. 「ロマンツァ」 3'16
2. 「私の歌」イル・ミオ・カント 2'29
3. 「新しい夜明け」アルバ・ノヴェッラ 2'39
4. 「目が覚めたら」 2'22
5. 「セレナーデ」 1'55
6. 「ロマンツァ」(ピアノ独奏曲) 2'29
7. 「短い人生」 2'55
8. 「サヴォワの子守唄(ニンナ・ナンナ)」 1'32
9. 「マリア・マーレ」(ボルドリーニ編) 3'52
10. 「神がお決めになった」 0'48
11. 「ひやかし」(ピアノ独奏曲) 1'56
12. 「村で」オー・ヴィレッジ(ピアノ独奏曲) 1'38
13. 「アヴェ・マリア」 2'07
14. 「スペイン思想」(ピアノ独奏曲) 1'34
15. 「金髪の幻影」 3'22
16. 「ティルダのアヴェ・マリア」(ボルドリーニ編) 3'42
17. 「アニュス・デイ」 1'55
18. 「アドリアーナ・ルクヴルール“私は創造の神の卑しいしもべ”の主題によるフーガ」 2'17

レニー・ロレンツァーニ(ソプラノ)
ダーヴィド・ボルドリーニ(ピアノ)


録音:2023年7月11-13日、イタリア、トロペーア、サンタ・キアラ宮
 オペラ「アドリアーナ・ルクヴルール」や「アルルの女」で知られるイタリアの作曲家、フランチェスコ・チレア[1866-1950]の書いた歌曲とピアノ曲を収録したアルバム。


レニー・ロレンツァーニ(ソプラノ)

 レッジョ・エミーリアの生まれ。音楽院でピアノとオペラ歌唱を学んだのち、ルチアーナ・セッラらのマスタークラスで研鑽を積み、コンサート活動を開始し、プッチーニ、マスカーニ、ヴェルディ、モーツァルトのオペラにも出演。ピアノと児童合唱の教師でもあります。

ダーヴィド・ボルドリーニ(ピアノ)

 1974年、フィレンツェ近郊のエンポリに誕生。フィレンツェのルイジ・ケルビーニ音楽院で学び、ピアニスト、オルガニスト、チェンバロ奏者、作曲家として活動。
 CDは、Brilliant Classics、Da Vinci Classics、Amadeusなどから発売。


 

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\1800→\990
34歳でロシアに散った作曲家ドレイエルのオーボエ・ソナタ集
 ドメニコ・マリア・ドレイエル:
  オーボエと通奏低音のための6つのソナタ

ドメニコ・マリア・ドレイエル [1701-1735]
オーボエと通奏低音のための6つのソナタ

ソナタ第1番 ホ短調
 1. アダージョ・ソステヌート 1'34
 2. アレグロ 2'06
 3. アダージョ 3'35
 4. アレグロ 2'20

ソナタ第2番 ハ長調
 5. <ラルゴ> 1'53
 6. アレグロ 3'00
 7. アダージョ 2'36
 8. ジーガ 2'21

ソナタ第3番 ト長調
 9. グラーヴェ 2'19
 10. アレグロ・カンタービレ 2'08
 11. グラーヴェ 1'29
 12. アレグロ・アッサイ 2'02
ソナタ第4番 ニ短調
 13. アダージョ・カンタービレ 1'14
 14. アッフェットゥオーゾ 2'44
 15. ラルゴ 3'13
 16. アレグロ・アッサイ 2'20

ソナタ第5番 ト短調
 17. ラルゴ・エ・カンタービレ 2'23
 18. アレグロ 1'27
 19. ラルゴ 2'19
 20. ジーガ・アレグロ 2'24

ソナタ第6番 イ短調
 21. アダージョ 1'28
 22. アレグロ 2'04
 23. シチリアーナ 3'57
 24. アレグロ 2'13


アルフレード・ベルナルディーニ(オーボエ)
レベッカ・フェッリ(チェロ)
ジョヴァンニ・ベッリーニ(テノール・アーチリュート/トラック1~8、13~24)
ジャコモ・ベネデッティ (チェンバロ/トラック1~6, 8~12, 17~24)
アンナ・クレメンテ(オルガン/トラック1~4、13~16、21~24)

録音:2023年2月6-9日、イタリア、フィレンツェ、ポンテ・ヴェッキオ、聖フェリチタ教会

 ブックレットも内容充実! 34歳でロシアに散った作曲家のオーボエ・ソナタ集

 ヴィヴァルディ、マルチェッロ、アルビノーニ、サンマルティーニと続くイタリアのオーボエ音楽の伝統に連なるのがドレイエルの美しいオーボエ・ソナタ集。ドレイエルはこれまで、1680年頃に生まれて1740年頃に亡くなったとされてきましたが、最近になって記録が発見され、1701年にフィレンツェで生まれ、1735年にロシアでの「不幸な事故」により34歳の若さで亡くなったことがわかっています。生年で21年、没年で5年の違いです。
 ブックレット(英語・12ページ)には、音楽学者のエレナ・アバド(有名指揮者の姪)によるドレイエルに関する時系列を踏まえた事実の紹介や解説、演奏のベルナルディーニによる、ヴィヴァルディ作品との関連性の検証、バロック絵画「魂のための音楽家集団」の右端に置かれたオーボエが今回使用した楽器に酷似していることなど、マニアックな情報を読むことができます。





 

 96758
\1800→\990

ベートーヴェン時代の知られざるドイツ人作曲家によるデュオの世界初録音
 ルイ・マソノー


ルイ・マソノー [1766-1848]

ヴァイオリンとチェロのための3つの協奏的二重奏曲 Op.9
  二重奏曲第1番
1. I. アレグロ・ヴィヴァーチェ 8:26
2. II. アンダンテ・コン・エスプレッシオーネ 6:10
3. III. ロンド・アレグロ・ヴィヴァーチェ 4:21

  二重奏曲第2番
4. I. アレグロ・モデラート 8:50
5. II. アダージョ・ソステヌート 4:49
6. III. 変奏付きアンダンテ 7:19

  二重奏曲第3番
7. I. アレグロ・モデラート 8:12
8. II. 変奏付きアンダンテ 5:06
9. III. アレグレット 2:44
ディラン・バラルディ(ヴァイオリン)
デミアン・バラルディ(チェロ)

録音:2023年1月10日、イタリア、パードヴァ、トレバセレゲ、ザノット・ストゥルメンティ、スタジオ・ロッソ


 ベートーヴェン時代の知られざるドイツ人作曲家によるデュオ作品

 ルイ・マソノー[1766-1848]は、ベートーヴェンと同世代のドイツのヴァイオリニスト兼作曲家。さまざまな宮廷楽団でコンサートマスター職を歴任し、交響曲、オペラ、室内楽なども作曲。ヴァイオリンとチェロのための3つのデュオ・コンチェルタンテは、マソノーがチェリストのマルティン・カルムスと知り合った際に共演用に書いた作品。演奏者の妙技が要求される一方で、豊かな表現力と抒情性にも富んだウィーン古典派風な音楽です。
 演奏は北イタリアのトレントに生まれたデミアンとディランのバラルディ兄弟デュオ。数々の賞を受賞している彼らは、子供の頃から一緒にプレイしていて息もぴったり。イタリア国内のほか、オーストリア、ドイツ、中国、ノルウェー、アメリカなどで活動しています。




フランス名のドイツ人作曲家


 ルイ・マソノー[1766-1848]は、ベートーヴェンと同世代のドイツのヴァイオリニスト兼作曲家。さまざまな宮廷楽団でコンサートマスター職を歴任し、交響曲、オペラ、室内楽なども作曲。ヴァイオリンとチェロのための3つのデュオ・コンチェルタンテは、マソノーがチェリストのマルティン・カルムスと知り合った際に共演用に書いた作品。演奏者の妙技が要求される一方で、豊かな表現力と抒情性にも富んだウィーン古典派風な音楽です。ブックレット(英文)には、ラインハルト・ヴルフホルス博士によるルイ・マソノーについての解説が掲載されています。


トレント出身の兄弟デュオ


 演奏はイタリアのデミアン・バラルディとディラン・バラルディの兄弟デュオ。数々の賞を受賞している彼らは、子供の頃から一緒にプレイしていて息もぴったり。イタリア国内のほか、オーストリア、ドイツ、中国、ノルウェー、アメリカなどで活動しています。



  バラルディ兄弟 (ヴァイオリン、チェロ)


 北イタリアのトレントでイタリア人を父に中国人を母に生まれたデミアンとディランによる兄弟デュオ。数々の賞や賞を受賞している彼らは、子供の頃から一緒にプレイして研究もおこなっており、珍しい音楽の探索もおこなって、常にさまざまなレパートリーに取り組んでいます。
 ディラン・バラルディは、トリノのモラーノが1938年に製作したチェロ、デミアン・バラルディは、トリノのグエッラが1910年に製作したヴァイオリンを使用しています。


 

 96761
\1800→\990
甘美なチレア節をイタリア器楽勢の演奏で
 チレア:協奏組曲集
 レーオ(チレア編):チェロ協奏曲
 カッチョーラ:愛の歌


フランチェスコ・チレア [1866-1950]
 ヴァイオリンと管弦楽のための組曲 ホ長調 (1946) 12'05

ラッファエレ・カッチョーラ [b.1965]
  愛の歌 4'12

レオナルド・レーオ [1694-1744]
 チェロと弦楽オーケストラのための協奏曲ニ長調 (1737)(1934年、チレア編) 10'44

フランチェスコ・チレア [1866-1950]
 チェロと管弦楽のための小組曲 (1931) 17'23
マッシモ・クアルタ(ヴァイオリン)
エンリコ・ブロンツィ(チェロ)
イ・ヴィルトゥオージ・デッラ・スカラ
フィリッポ・アリーア(指揮)

録音 2022年9月11~13日、イタリア、ベルナレッジョ、アウディトリウム・エウローパ


 ヴェリズモ・オペラで人気を博した作曲家チレアによる珍しい協奏作品を収録したアルバム。「アドリアナ・ルクヴルール」と「アルルの女」で成功したチレアは、47歳までは主にオペラ作曲家として活動し、以後の37年間は、オペラは改訂などに留め、他の分野の作品に取り組んでいました。ミラノ・スカラ座管弦楽団(スカラ座フィル)のメンバーで構成される室内オーケストラ「イ・ヴィルトゥオージ・デッラ・スカラ」を活きの良い若手フィリッポ・アリーアが指揮。ヴァイオリンとチェロのソロは、共に知名度の高いマッシモ・クアルタと、エンリコ・ブロンツィが担当。


 


ブックレット

 12ページ。テキストは英語とイタリア語。イタリアの作曲家、リュート奏者、オルガン奏者で、パヴィアのヴィッタディーニ高等音楽院で作曲の教授を務めていたウーゴ・ナストルッチ[1953- ]による解説が掲載。チレアの受容状況と、収録作品について説明しています。


ヴァイオリンと管弦楽のための組曲

 1946年作曲。第2次大戦終戦の翌年に書かれた作品。第1曲から甘美で哀調を帯びた旋律がチレア節絶好調という感じで、第2曲もオペラ風。第3曲ではマーラー7番第3楽章をどこか思わせる旋律も登場し、そして第4曲は元気な無窮動風な音楽で元気に締めくくります。


愛の歌

 ミラノ音楽院で作曲と電子音楽を学んだイタリアの作曲家ラッファエレ・カッチョーラ[1965- ]による4分ほどのチレアへのオマージュ作品。


チェロと弦楽オーケストラのための協奏曲(第2番)

 バロック後期、ナポリ楽派の作曲家レオナルド・レーオ[1694-1744]の1737年の作品を、ナポリ音楽院の院長だったチレアが1934年に編曲。チレアはレーオの組曲風な協奏曲から短い第4楽章と第5楽章をカットし、ラルゲットを第2楽章に、アレグロ・コン・ブラヴーラを第3楽章とし、第1楽章に複雑なカデンツァを、第3楽章に短いカデンツァを加えて3楽章制の協奏曲に仕立てています。
 当時はバロック作品の普及を目指す「近代化」がよくおこなわれていた時代ですし、チレアにはこの曲の美しいメロディーを広めたい気持ちもあったのでしょう。1922年にはまず3楽章化したピアノ編曲をおこなっており、その12年後に完成したのがこの1934年の編曲です。


チェロと管弦楽のための小組曲

 1931年作曲。同時代フランス作品の影響を感じさせる色彩的で親しみやすい作品。甘美な第4曲ノットゥルニーノはチレア節満載です。




マッシモ・クアルタ(ヴァイオリン)

 1965年、イタリア南部、サレント地方のレッチェに誕生。11歳からレッチェのティート・スキーパ音楽院でヴァイオリンを学び始め、続いてローマ聖チェチーリア音楽院でベアトリーチェ・アントニオーニに師事。その後、サルヴァトーレ・アッカルド、ルッジェーロ・リッチらの指導を受け、1986年、チッタ・ディ・ヴィットリオ・ヴェネト・ヴァイオリン・コンクールで優勝、1989年、オペラ・プリマ・フィリップス・ヴァイオリン・コンクールで優勝、1991年、ジェノヴァ・ニコロ・パガニーニ国際ヴァイオリン・コンクールで優勝。
 以後、ソロと室内楽、指揮の活動を組み合わせ、世界各地で演奏。スイス・イタリア音楽院で教えてもいます。
 CDは、Brilliant Classics、Dynamic、Delos、Amadeus、Suonareなどから発売。


エンリコ・ブロンツィ(チェロ)


 1973年、パルマに誕生。1990年にトリオ・ディ・パルマを結成し、フィレンツェ、メルボルン、リヨン、ミュンヘンの国際コンクールの実績により、ヨーロッパ、南北アメリカ、オーストラリアの主要なコンサート・ホールで演奏。
 ソリストとしては、2001年、パリのロストロポーヴィチ・コンクールで上位入賞、ヘルシンキのパウロ・チェロ・コンクールでの優勝。
 指揮者としては、ヨルマ・パヌラに指揮法を師事し、アバドからの招待によりモーツァルト・オーケストラを指揮したほか、カメラータ・ザルツブルク、クレメラータ・バルティカ、タピオラ・シンフォニエッタ、パドヴァ・ヴェネト管弦楽団などに客演。
 2007年にはザルツブルク・モーツァルテウム音楽院の教授に就任。
 CDは、Brilliant Classics、Stradivarius、ONYX、Amadeus、Concerto Classicsなどから発売。


イ・ヴィルトゥオージ・デッラ・スカラ

 ミラノ・スカラ座管弦楽団(スカラ座フィル)のメンバーで構成される室内オーケストラ。オペラやコンサートで豊富な実績を持つ彼らは合わせものも得意です。
 CDは、Brilliant Classics、Amadeus、Da Vinci Classics、SONY Classicalなどから発売。


フィリッポ・アリーア(指揮)

 1989年、イタリア南部カタンザーロに誕生。姓の読みは「ア?リーア」に近い感じですが、ここでは「アリーア」としておきます。早くからピアノなどを学び、ヴィーヴォ・ヴァレンティア「ファウスト・トレフランカ」音楽院を2006年に17歳で卒業したのち、カタンザーロ大学で法学を勉強して人文教育を完了。
 2011年には指揮も始め、カラブリア・フィルハーモニー管弦楽団設立に携わり首席指揮者に就任。2015年にはトスカニーニ・フィルハーモニー管弦楽団を指揮したほか、2019年にはベルリン交響楽団も指揮するなどすでに世界30か国以上でソリストおよび指揮者として400回以上のコンサートに出演。
 CDは、Brilliant Classics、Fone、Warner Musicなどから発売。

 





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