
fr 1564
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大指揮者エレアザール・デ・カルヴァーリョのチャイコフスキー:交響曲第4番
Webern-Albeniz-Tchaikovski-
Orchestre Symphonique de Boston - Eleazar
de Carvalho
ウェーベルン:大管弦楽のための6つの小品 作品6
エレアザール・デ・カルヴァーリョ指揮/ボストン交響楽団
録音:1962年
アルベニス:イベリア(管弦楽編曲:エンリケ・フェルナンデス・アルボス)
エレアザール・デ・カルヴァーリョ指揮/ボストン交響楽団
録音:1962年
チャイコフスキー:交響曲第4番 ヘ短調 作品36
エレアザール・デ・カルヴァーリョ指揮/ボストン交響楽団
録音:1962年
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エレアザール・デ・カルヴァーリョ(Eleazar de Carvalho, 1912年6月28日 - 1996年9月12日)は、ブラジルの指揮者。
ブラジルセアラー州イグアトゥに生まれた。
アメリカに渡ってバークシャー音楽センターでセルゲイ・クーセヴィツキーに師事し、彼のアシスタントになった。
この時の同僚には、レナード・バーンスタインがいる。
1963年に音楽博士号をワシントン大学で取得し、セントルイス交響楽団の首席指揮者を1968年まで務めた。
ブラジル本国では、リオ・デ・ジャネイロのブラジル交響楽団やサンパウロ州立交響楽団の音楽監督を務めていたことが知られている。
教育者としても有名で、ジュリアード音楽院やイェール大学などでも教鞭をとり、クラウディオ・アバド、シャルル・デュトワ、小澤征爾やホセ・セレブリエール等を教えている。
サンパウロで死去。
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fr 1565
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フリッツ・レーマン指揮、フランク:交響曲
フランク:交響曲 ニ短調
フリッツ・レーマン指揮/バンベルク交響楽団
録音:1954年
オーベール:「フラ・ディアヴォロ」序曲
フリッツ・レーマン指揮/ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1951年
オーベール:「黒いドミノ」序曲
フリッツ・レーマン指揮/ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1951年
ボワエルデュー:「バグダッドの太守」序曲
フリッツ・レーマン指揮/バンベルク交響楽団
録音:1952年
アダン:「もし私が王様だったら」序曲
フリッツ・レーマン指揮/バンベルク交響楽団
録音:1952年
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フリッツ・ルートヴィヒ・レーマン(Fritz Ludwig Lehmann, 1904年5月17日 - 1956年3月30日)は、ドイツの指揮者。
マンハイムに生まれた。
1918年にピアニストとしてデビューしたが、その年から地元の音楽院で研鑽を積み、1918年から1921年までハイデルベルク大学とゲッティンゲン大学で勉学を続けた。
1923年から1927年までゲッティンゲン市立劇場の指揮者陣に加わり、1927年からヒルデスハイム、1929年からハノーファーの各都市の指揮者として1938年まで活動した。
1934年にはゲッティンゲンのヘンデル音楽祭の指揮者とバート・ピルモントの音楽総監督も任されたが、1938年にヴッパータール市の音楽総監督に転出し、1947年まで務めた。
1946年から1950年までゲッティンゲン市立劇場の音楽監督を歴任。1949年には自ら設立したベルリン・モテット合唱団らとヨハン・ゼバスティアン・バッハの声楽曲の録音を行うようになった。
1953年にはミュンヘン音楽院の教授となり、後進の指導も行った。
ミュンヘンでバッハの《マタイ受難曲》を演奏中に急逝した。
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fr 1566
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ドヴォルザーク2題
ティボール・デ・マヒュラのチェロ協奏曲
ヨハネス・シューラーの交響曲第5番
Dvorak-Concerto pour violoncelle-Symphonie
n° 5
Tibor de Machula-Artur Rother-Johannes
Schuler
ドヴォルザーク:チェロ協奏曲 ロ短調 作品104
ティボール・デ・マヒュラ(チェロ)
アルトゥール・ローター指揮/ベルリン交響楽団
録音:1960年
ドヴォルザーク:交響曲第5番 ヘ長調 作品76
ヨハネス・シューラー指揮/ライプツィヒ放送交響楽団
録音:1952年
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ティボール・デ・マヒュラ(Tibor de Machula, 1912年6月30日 - 1982年12月18日)は、オーストリア=ハンガリー帝国出身のチェロ奏者。
コロジュヴァールの生まれ。
7歳の頃よりブダペスト音楽院でアドルフ・シッファーにチェロを学ぶ。
1924年にブダペストでデビューを飾ったが、1927年にイェネー・フバイの助言に従い、アメリカに渡ってカーティス音楽院のフェリックス・サモンドの薫陶を受けた。
1936年にベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の首席チェロ奏者に就任。
1947年にはアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団の首席チェロ奏者に転任し、1977年に勇退。
アップカウデにて没。

ヨハネス・シューラー(Johannes Schuler, 1894年6月21日 - 1966年10月3日)はドイツの指揮者。
ノイマルク地方のヴェッズの生まれ。ベルリン高等音楽院卒。
1920年からグライヴェッツ、1922年からケーニヒスベルク、1924年
- 1928年までハノーファー市立歌劇場で補助指揮者を務め、1932年からオルデンブルクの音楽監督になった。
1933年からはエッセン歌劇場の指揮者となり、1936年から1949年までベルリン国立歌劇場の指揮者を務めた。
1949年以降はハノーファーの歌劇場の音楽総監督を務めていたが、1960年からはベルリン国立歌劇場でもタクトを振っている。
1966年にベルリンで死去。
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アンドール・フォルデス(ピアノ)
モーツァルト:ピアノ協奏曲第27番 変ロ長調
K.595
アンドール・フォルデス(ピアノ)
アルトゥール・ゴルトシュミット指揮/プロ・ムジカ管弦楽団
録音:1950年
モーツァルト:「愚かな民は思う」による10の変奏曲
ト長調 K.455
アンドール・フォルデス(ピアノ)
録音:1950年
モーツァルト:セレナード第9番 ニ長調 K.320「ポストホルン」
アルトゥール・ゴルトシュミット指揮/コンセール・ラムルー管弦楽団
録音:1950年
Original edition: Vox PL 6810, Pathe DTX
104
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20世紀を代表する真の巨匠のひとり。

フォルデシュ・アンドール(Foldes Andor、1913年12月21日 - 1992年2月9日)は、ハンガリー出身のピアニスト。
ブダペストの生まれ。
叔父のイシュトヴァン・イポリはブダペスト弦楽四重奏団の初代ヴィオラ奏者、叔母は歌手、母はピアニストという家庭に育つ。
母親から音楽の手ほどきを受け、ティボール・サットマリに師事。
8歳でモーツァルトのピアノ協奏曲第15番を弾いて神童と目されるようになり、フランツ・リスト音楽院でドホナーニ・エルネーの薫陶を受けた。
また、音楽院では、ヴェイネル・レオーやバルトーク・ベーラ等からも教えを受けた。1933年にはフランツ・リスト国際ピアノ・コンクールでリスト賞を獲得。
その後一時演奏活動を止めて哲学と語学を学び、1939年から演奏活動を再開したものの、第二次世界大戦の影響でノルウェーやスウェーデンを経由してアメリカに亡命し、1948年に市民権を獲得した。
1957年にはヴァルター・ギーゼキングの後任としてザール音楽院のピアノ科教授となり、1965年まで務めた。
在任中には日本を含めた世界各国への演奏旅行の他、ダルムシュタット夏季現代音楽講習会の講師としてバルトークの音楽のレクチャーを行っている。
1961年からスイスに移住してヨーロッパを中心に演奏し、指揮活動もおこなったが、1992年にヘルリベルクの自宅で階段から落下する事故のために亡くなっている。
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ヒンデミット歴史的録音集
Hindemith / Concerto pour violon
ヒンデミット:ヴァイオリンと管弦楽のための協奏曲(1939年)
アンリ・メルケル(ヴァイオリン)
ロジェ・デゾルミエール指揮/コンセール・ラムルー協会管弦楽団
録音:1948年
ヒンデミット:クラリネット、ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための四重奏曲
ヘ長調(1938年)
ギ・ドゥプル(クラリネット)、ナディーヌ・ドゥスーシュ(ピアノ)、ロベール・ジャンドル(ヴァイオリン)、ロジェ・アルバン(チェロ)
録音:1953年
ヒンデミット:チェロとピアノのためのソナタ
ホ長調(1948年)
エンリコ・マイナルディ(チェロ)、フリッツ・レーマン(ピアノ)
録音:1950年
Original edition: His Master's
Voice DB 11212 |
ヒンデミットの1930~40年代の重要な器楽作品を、戦後間もない時期の名手たちで聴く歴史的録音集。中心となるのは、アンリ・メルケルを独奏に迎え、ロジェ・デゾルミエールがコンセール・ラムルーを指揮したヴァイオリン協奏曲。さらに、クラリネット、ヴァイオリン、チェロ、ピアノという珍しい編成の四重奏曲、そして名チェリスト、エンリコ・マイナルディによるチェロ・ソナタを収録。作品成立からさほど時を置かない録音だけに、後世の「現代音楽」としてではなく、まさに同時代の新しい音楽としてヒンデミットが鳴り響くのが興味深い。演奏史的にも貴重な一枚です。
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ジョゼフ・ベルンシュタイン(ヨゼフ・バーンスタイン
Bach-Vivaldi-Concertos pour violon
et pour
violoncelle
-Joseph Bernstein-Leo Rostal
バッハ=ヴィヴァルディ:ヴァイオリンとチェロのための協奏曲集
ジョゼフ・ベルンシュタイン、レオ・ロスタル
バッハ:ヴァイオリン協奏曲 イ短調
BWV 1041
ジョゼフ・ベルンシュタイン(ヴァイオリン)
録音:1950年
ヴィヴァルディ:ヴァイオリン協奏曲
イ短調
RV 356(「調和の霊感」より)
ジョゼフ・ベルンシュタイン(ヴァイオリン)
録音:1950年
ヴィヴァルディ:ヴァイオリンと鍵盤のためのソナタ
イ長調 RV 31
ジョゼフ・ベルンシュタイン(ヴァイオリン)、ロバート・ステアラー(ピアノ)
録音:1950年
ヴィヴァルディ:チェロ協奏曲
変ロ長調(ソナタ第1番
変ロ長調 RV 47 をヴァンサン・ダンディが協奏曲に編曲)
レオ・ロスタル(チェロ)
録音:1949年
ヴィヴァルディ:チェロ協奏曲
ホ短調(ソナタ第5番
ホ短調 RV 40 をヴァンサン・ダンディが協奏曲に編曲)
レオ・ロスタル(チェロ)
録音:1949年
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ジョゼフ・ベルンシュタイン(ヨゼフ・バーンスタイン/Joseph
Bernstein)はモルドバ生まれのヴァイオリニスト、1914年生まれ、1976年死去。
1960年代のニューヨーク・フィルハーモニック・オーケストラのメンバー。
ロバート・ステアラー(Robert
Starer, 1924-2001)は、ウィーン生まれのアメリカの作曲家・ピアニスト。
幼少期からピアノを学び、ウィーン国立音楽アカデミーやエルサレム音楽院、ジュリアード音楽院で学んだ。
第二次世界大戦中はイギリス空軍に従軍し、その後アメリカに移住して作曲家・教育者として活躍した。
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fr 1570
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パスカル四重奏団
ダレラック、リヴィエ、ジョリヴェ Dalayrac-Rivier-Jolivet-Quatuor
Pascal
ニコラ=マリー・ダレラック -
Nicolas-Marie
Dalayrac (1753-1809)
弦楽四重奏曲第5番 変ホ長調
パスカル四重奏団 録音:1939年
ジャン・リヴィエ - Jean Rivier
(1896-1987)
弦楽四重奏曲第2番 ヘ長調
パスカル四重奏団 録音:1951年
アンドレ・ジョリヴェ - Andre
Jolivet (1905-1974)
弦楽四重奏曲
パスカル四重奏団 録音:1950年
Original edition: L 'Anthologie
Sonore AS
127, Columbia LF 280/2, Contrepoint
C. O.
7/9)
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パスカル四重奏団は、モンペリエ出身のヴィオラ奏者レオン・パスカル[1899-1969]によって1940年代初めにマルセイユで結成され、O.R.T.F.(フランス国立放送)弦楽四重奏団へと改称を経て、1973年に解散したアンサンブル。
メンバーはすべてフランス勢で固められ、名門カルヴェ四重奏団でもヴィオラを担当し、1930年代に第2期黄金時代を築いたパスカルのほか、第1ヴァイオリンにパスカルと同じくパリ音楽院出身のジャック・デュモン、第2ヴァイオリンがモーリス・クルト、そしてチェロはロベール・サルという陣容となっています。
第2次大戦後に表舞台に登場し、フランスの伝統を汲む名アンサンブルとして1940年代から1950年代にかけて活動したパスカル四重奏団は、レコーディングを1945年以前に開始しており、とりわけすぐれた業績を残したベートーヴェン演奏は、かれらの代表的なディスコグラフィに挙げられます。
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fr 1571
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ゲルハルト・プフリューガー指揮/ライプツィヒ放送管弦楽団
ドヴォルザーク:交響曲第8番・第9番「新世界より」
Dvorak-Symphonies no 8 et
9 -Gerhard
Pfluger
ドヴォルザーク 交響曲第8番 ト長調
作品88
ゲルハルト・プフリューガー指揮/ライプツィヒ放送管弦楽団
録音:1954年
ドヴォルザーク 交響曲第9番 ホ短調
作品95「新世界より」
ゲルハルト・プフリューガー指揮/ライプツィヒ放送管弦楽団
録音:1953年
オリジナル盤:Urania UR-RS 7-29,
Urania UR-RS
7-3 |
ゲルハルト・フリードリヒ・ヴィルヘルム・プフリューガー(1907年4月9日-1991年10月24日)はドイツの指揮者。
ドレスデンで生まれ、シュターツカペレ・ドレスデンの音楽学校でフリッツ・ブッシュに師事し、1927年まで学んだ。
1927年から1930年までは東プロイセンのティルジットでソロ・レペティトゥール、カペルマイスター、合唱指揮者を務め、1930年から1932年はシュトラールズント、1932年から1935年はゴータで第一カペルマイスターを務めた。
1935年から1938年はノルトハウゼンで音楽監督、1940年までアルテンブルク、続いてマイニンゲンで第一カペルマイスターを歴任した。
1940年にナチ党へ入党している。
1946年からはドイツ社会主義統一党(SED)の党員となった。
1948年から1955年まではロストック市民劇場と市立管弦楽団の音楽総監督・芸術監督を務め、ロストック音楽演劇大学で指揮クラスも指導した。
1949年から1957年まではMDR交響楽団の常任指揮者、1957年から1973年まではドイツ国立劇場およびワイマール国立管弦楽団の常任指揮者を務めた。1962年からはワイマール・フランツ・リスト音楽大学で教授および指揮クラス主任も兼任した。
1972年にはドイツ民主共和国芸術賞を受賞している。
1991年、プフリューガーはワイマールで84歳で亡くなった。

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fr 1572
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パウル・ヒンデミット指揮/スイス・ロマンド管弦楽団
ジュネーヴでのライヴ
ハイドン:交響曲第22番 変ホ長調
Hob. I/22「哲学者」
パウル・ヒンデミット指揮/スイス・ロマンド管弦楽団
録音:1959年
ベートーヴェン:バレエ音楽「プロメテウスの創造物」作品43(抜粋)
パウル・ヒンデミット指揮/スイス・ロマンド管弦楽団
録音:1959年
ヒンデミット:「白鳥の使い」
ロン・ゴラン(ヴィオラ)
パウル・ヒンデミット指揮/スイス・ロマンド管弦楽団
録音:1959年
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1959年11月18日、ヴィクトリア・ホール、ジュネーヴでのライヴ
ヒンデミット指揮の珍しいライヴ音源。ロン・ゴランはスイス・ロマンドの首席ヴィオラ奏者。
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fr 1573
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ヴァルター・ゲール指揮
Dvorak-Symphonie no 5-Smetana-La
Fiancee
vendue-La Moldau
-Walter Goehr
ドヴォルザーク:交響曲第5番 ヘ長調
作品76
ヴァルター・ゲール指揮/オランダ・フィルハーモニー管弦楽団
録音:1951年
スメタナ:歌劇「売られた花嫁」より
序曲・道化師の踊り・フリアント
ヴァルター・ゲール指揮/フランクフルト歌劇場管弦楽団
録音:1956年
スメタナ:ヴルタヴァ(モルダウ)―連作交響詩「わが祖国」より抜粋
ヴァルター・ゲール指揮/ロンドン交響楽団
録音:1958年
オリジナル盤: Concert Hall CHS
1240, Musical
Masterpiece Society MMS 932,
MMS 920
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ワルター・ゲールもしくはワルター・ゲーア(Walter
Goehr, 1903年5月28日 ベルリン
- 1960年12月4日
英国シェフィールド)は、ドイツ出身のユダヤ系作曲家、指揮者。
同じくユダヤ系のアルノルト・シェーンベルクの門弟の一人で、英国の作曲家アレクサンダー・ゲールの父。
後にユダヤ系という理由でナチスの弾圧を避けるために英国に亡命した後、指揮者として永らく活動した。
指揮者としては、協奏曲における伴奏指揮者として知られたほか、ロシア音楽を中心に国民楽派的な作品を得意とした。
また、ラヴェルに先駆けて《展覧会の絵》のオーケストレーションを試みた一人としても知られている。
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