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33CDR 3983
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マリア・ユーディナ(ピアノ)
モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番ニ短調 K.466 |
マリア・ユーディナ(ピアノ)
セルゲイ・ゴルチャコフ指揮
ソビエト国立放送交響楽団 |
ソ連メロディア 33A-033461-2 1948年録音
ピアノのマリア・ユーディナ(1899-1970)はロシア帝国ヴィテプス県のユダヤ人家庭の生まれ。父親は医師。6歳からピアノを学び、1912年ペトログラード音楽院に入りピアノをアンナ・エシポアのクラスで学んだ。1917年の二月革命のあと一時休学したが、1921年に同音楽院を卒業した。同級にショスタコーヴィチやソフロニツキがいた。1921年の卒業時にはソフロニツキと共に金メダルを授与された。その後母校で教職につき1923年に教授になった。ユダヤ人でありながら公然とロシア正教を信仰したことで、教育活動や演奏活動を禁止されたことも何度かあった。しかしスターリンのお気に入りピアニストであり続け、ユーディナの弾くモーツァルトを聴いてスターリンが涙を流すこともしばしばあったと伝えられる。
1970年に死去、葬儀にはリヒテルがラフマニノフを演奏した。ユーディナの演奏は、超絶技巧と精神性、精悍なまでの力強さ、そして知性と精神力が特徴的。1998年以来「マリア・ユーディナ国際ピアノコンクール」が開催されていたが、2015年に閉会した。指揮者のセルゲイ・ゴルチャコフについては詳細不明。
復刻にはSchure M3D MM型カートリッジ(MONO接続)、新忠篤設計・製作
Nutube PHONO EQUALIZER、KORG DS DAC-10R DSD
録音機を使用した。
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78CDR 3984
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ダニール・シャフラン(チェロ)
チャイコフスキー:
ロココ風の主題による変奏曲イ長調作品33 |
ダニール・シャフラン(チェロ)
アレクサンドル・ガウク指揮
レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団 |
英 DECCA X.269/71 1948年頃録音
チェロのダニール・シャフラン(1923-1997)はペトログラード(後のレニングラード、現サンクトペテルブルク)生まれ。父親からチェロの手ほどきを受け、10歳の時、当時レニングラード音楽院の教授だったアレクサンドル・シトリメルの元で10年以上特別訓練を受けた。4歳下のムスチスラフ・ロストロポーヴィチ(1927-2007)が現れ、生涯の競争相手となった。この録音は音楽院在学中のシャフラン初レコーディング。西側では英デッカから発売された。指揮者のアレクサンドル・ガウク(1893-1963)はソ連の音楽界を支えた偉大な指揮者。
復刻にはDENON DL-102SDカートリッジ(針圧=19g)と新忠篤設計・製作
Nutube PHONO EQUALIZER、KORG DS DAC-10R DSD録音機を使用した。
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78CDR 3985
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ブロニスワフ・フーベルマン
米ブランズウィック機械式録音集(1921-1924)
(1)ブルッフ:コル・ニドライ
(2)ザラシツキ:マズルカ第2番ホ長調 作品39
(3)チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲ニ長調作品35-
カンツォネッタ(第2楽章)
(4)パガニーニ:ヴァイオリン協奏曲第2番ロ短調
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「鐘」(第3楽章)
(5)ヴィエニアフスキ:
ヴァイオリン協奏曲第2番ニ短調作品22-ロマンス(第2楽章)
(6)サラサーテ:
アンダルシアのロマンス(スペイン舞曲
作品22-1)
(7)サラサーテ:ホタ・ナバーラ(スペイン舞曲
作品22-2)
(8)メンデルスゾーン:
ヴァイオリン協奏曲ホ短調作品64-アンダンテ(第2楽章)
(9)メンデルスゾーン:
ヴァイオリン協奏曲ホ短調作品64-フィナーレ(第3楽章)
(10)ラロ:スペイン交響曲-アンダンテ(第4楽章)
(11)ラロ:スペイン交響曲- ロンド(第5楽章) |
ブロニスワフ・フーベルマン
(ヴァイオリン)
パウル・フレンケル(ピアノ)
(1)、(2)、(3)、(4)、(10)、(11)
ジークフリート・シュルツェ(ピアノ)
(5)、(6)、(7)、(8)、(9) |
ブロニスワフ・フーベルマン(1882-1947)はポーランド出身の大ヴァイオリニスト。パレスチナ管弦楽団(後のイスラエル・フィル)の創設者のひとり。ここでは初期のラッパ吹き込みによる演奏を集めた。
復刻にはDENON DL-102SDカートリッジ(針圧=19g)と新忠篤設計・製作
Nutube PHONO EQUALIZER、KORG DS DAC-10R DSD
録音機を使用した。
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78CDR 3986
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ロゼー弦楽四重奏団
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲第14番嬰ハ短調作品131 |
ロゼー弦楽四重奏団 |
独 ELECTROLA EJ 560/64 1928年10月6日&12月8日ウィーン録音
リーダーのアルノルト・ロゼー(1863-1946)
はルーマニア生まれ。1874-77年ウィーン音楽院に学び、1881年ウィーン宮廷歌劇場オーケストラのコンサート・マスターになり1938年までその地位にあった。さらに弦楽四重奏団も組織した。ロゼーはグスタフ・マーラー(1860-1911)の妹ユスティーヌと結婚した。1888年バイロイト・フェティバル・オーケスラのコンサート・マスターになり、また宮廷歌劇場オーケストラはウィーン・フィルハーニー管弦楽団として演奏会を開くようになった。コンサート・マスターの傍ら1893年から1924年までウィーン音楽院で教えた。1938年ナチスの迫害でロンドンに移住した。
ロゼー弦楽四重奏団はこの他にベートーヴェンの弦楽四重奏曲第4番作品18-4(独ELECTROLA
ES 388/90)と弦楽四重奏曲第10番作品74「ハープ」(独ELECTROLAES
594/6) を録音していた。
復刻にはDENON DL-102SD MC型カートリッジ(針圧19g)(昇圧トランスなし)と新忠篤
設計・製作 NUTUBE PHONO EQUALIZER、KORG
DS
DAC-10R DSD録音機を使用した。
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78CDR 3987
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イダ・ヘンデル(ヴァイオリン)
ドヴォルザーク:ヴァイオリン協奏曲イ短調作品53 |
イダ・ヘンデル(ヴァイオリン)
カール・ランクル指揮
ナショナル交響楽団 |
英 DECCA AK1744/47 1947年7月30-31日ロンドン、Kingsway
Hall録音
イダ・ヘンデル(1923.01.25-2020.06.30)はポーランド生まれ。これまで生年は1928年とされていたが、天才少女を売り出すための生年偽装が行われていた時代のことで、後年訂正された。ヘンデルは1935年ワルシャワで開催されたヴィエニャフスキ国際ヴァイオリン・コンクールでジネット・ヌヴー、ダヴィド・オイストラフに次いで第3位に入賞。ヘンデル一家は1939年に祖国ポーランドからイギリスに移住、1940年に市民権を得た。その年に英DECCAと契約し、契約期間中約50枚の録音を残した。その後英EMIに移籍した。2020年96歳で没した。
指揮者のカール・ランクル(1898-1966)
はオーストリア出身のイギリスの指揮者。
復刻にはDENON DL-102SD MC型カートリッジ(針圧19g)(昇圧トランスなし)と新忠篤
設計・製作 NUTUBE PHONO EQUALIZER、KORG
DS
DAC-10R DSD録音機を使用した。
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78CDR 3988
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レオニード・クロイツァー(ピアノ)
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番ハ短調作品13「悲愴」 |
レオニード・クロイツァー(ピアノ) |
日 COLUMBIA JD 6025/7 1940年
東京録音
レオニード・クロイツァー(1884-1953)
はドイツと日本で活躍したロシア生まれのピアニストで指揮者。両親はユダヤ系ドイツ人。サンクトペテルブルク音楽院でアンナ・エシポワにピアノを、アレクサンドル・グラズノフに作曲を学んだ。1908年ライプツィヒに移住、アルトゥール・ニキシュに指揮法を学んだ。1922年から1933年までベルリン高等音楽院教授。1931年に初来日、1933年再来日し、近衛秀麿の要請で帰国せず1937年から亡くなるまで東京音楽学校(現東京芸術大学音楽学部)教授をつとめた。1942年ナチス・ドイツの欠席裁判によってドイツ国籍を剥奪され無国籍になった。1953年10月28日リサイタル中に心筋梗塞を起こし2日後に死去した。
復刻にはDENON DL-102SD MC型カートリッジ(針圧19g)(昇圧トランスなし)と新忠篤
設計・製作 NUTUBE PHONO EQUALIZER、KORG
DS
DAC-10R DSD録音機を使用した。
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