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ORFEO歴史的録音
海外在庫特集
1CD\3000→\2190
~10/27(火)午前9時



 ドイツの名門ORFEOの、いま海外に残っている在庫から注目のアイテムだけを丁寧に選びました。
 ザルツブルク音楽祭、バイエルン国立歌劇場、ウィーン国立歌劇場――正規アーカイヴならではの、二度と同じ形では出会えないライヴ記録が中心です。

 フィッシャー=ディースカウ、サヴァリッシュ、ヴェーグ、ノリントン、ラサール弦楽四重奏団……大アーティストの“定番外”に、驚くほど濃い内容が眠っています。
 すべて数量限定、1CD \3000→\2190。この機会にぜひ!



CD 953
\3000→\2190
シューマン/ブラームス:声楽四重唱とピアノのための歌曲集

 シューマン:スペインの歌芝居 作品74(全9曲)
 ブラームス:愛の歌 作品52(全18曲)

エディト・マティス(S)
ブリギッテ・ファスベンダー(Ms)
ペーター・シュライアー(T)
ヴァルター・ベリー(Bs-Br)
エリク・ヴェルバ、パウル・フォン・シルハウスキー(P)
1CD/50分48秒


 4つの個性が本気で溶け合う奇跡の録音です!

 マティスの無垢な光、ファスベンダーの温かな陰影、シュライアーの鋭く若々しい言葉、ベリーの堂々たる低音。この4人を同じ舞台に並べるだけでも十分に贅沢ですが、この録音の真価は、誰か一人が主役になるのでなく、互いの声を聴き、相手の一言を受け取って音楽を前へ進めるところにあります。

 シューマン《スペインの歌芝居》は、ドラマと民謡的な素朴さが同居する愛らしい小宇宙。ブラームス《愛の歌》は、ワルツの優雅さの奥に、恋の不安やためらいが覗きます。二台ピアノを含む編成だからこそ、歌曲でありながら、ほとんど弦楽四重奏のような緊密さです。

 スター歌手の“独唱集”を何枚も持っている方にこそ聴いてほしい、彼らがもっとも贅沢に互いを引き立て合う一枚。歌好きには、これは本当に宝物です!


CD 606
\3000→\2190
サヴァリッシュ指揮ロンドン響/ザルツブルク音楽祭

 シューベルト:交響曲第3番
 モーツァルト:歌劇《偽の女庭師》のアリア、演奏会用アリアほか
 クルト・ヴァイル:交響曲第1番《ベルリン交響曲》
 R.シュトラウス:ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)
ロンドン交響楽団
ヴォルフガング・サヴァリッシュ(指揮)
1973年8月8日
ザルツブルク音楽祭ライヴ

サヴァリッシュ、LSO、DFD――“一晩のプログラム”そのものが作品になった、1973年ザルツブルク!

 この盤の面白さは、名演を寄せ集めたアンソロジーではなく、実際に一夜で組まれたプログラムの大胆さにあります。まずシューベルト第3番で瑞々しく幕を開け、フィッシャー=ディースカウがモーツァルトの機知と悲哀を言葉の隅々まで彫り出す。そこから一気にクルト・ヴァイルの都市の冷気へ、最後は《ティル》の大見得へ――何という振幅でしょう。

 サヴァリッシュは、端正なドイツ楽派の人というだけではありません。作品ごとの性格を一瞬で切り替えながら、全体には揺るぎない品位を通す名人です。ロンドン響もこの時代らしい鋭さと推進力を見せ、DFDのモーツァルトは、歌詞を“うまく歌う”のでなく、舞台上の人物をその場に出現させます。

 ザルツブルク音楽祭がまだ“プログラムを組むこと”そのものに誇りを持っていた時代の記録。サヴァリッシュを好きなら、これは絶対に外せません!


CD 463
\3000→\2190
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウのプッチーニ
 プッチーニ:歌劇《外套》全曲


 ドイツ語歌唱

ユリア・ヴァラディ
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ
ロベルト・イロシュファルヴィ、ヘルタ・テッパーほか
バイエルン国立歌劇場管弦楽団・合唱団
ヴォルフガング・サヴァリッシュ(指揮)
1973年12月7日ライヴ

DFDがプッチーニを歌う――それだけで、これは普通の《外套》ではありません!

 《外套》は一幕ものですが、その短さの中に貧しい河岸の空気、妻の焦燥、夫の猜疑、若い恋人の熱がぎゅっと圧縮されています。フィッシャー=ディースカウの主人公ミケーレは、ただ恐ろしい男ではない。言葉をひとつひとつ噛みしめるように歌うため、裏切られた男の孤独と、そこから嫉妬へ滑り落ちる怖さが痛いほど伝わります。

 その相手に立つヴァラディが素晴らしい。大輪の声で押し切るのではなく、切羽詰まった女の体温を持ち込み、イロシュファルヴィの若々しいテノールが悲劇をさらに鋭くします。サヴァリッシュはプッチーニを甘く流さず、ドラマの骨格を冷徹なほど明確にします。

 ドイツ語歌唱ゆえに、むしろ人間関係の言葉が前に出る。大歌手たちが歌劇場で作った“生の悲劇”をそのまま聴ける、ORFEOらしい凄い一枚です!


CD 454
\3000→\2190
ミュンヘン・クリスマス・コンサート 1972-1985

 ヘンデル:ハープ協奏曲 作品4-6、合奏協奏曲 作品6-12
 J.S.バッハ:オーボエ・ダモーレ協奏曲 イ長調 BWV1055
 ハイドン:ノットゥルノ第3番
 モーツァルト:レジーナ・チェリ K.127

ウルズラ・ホリガー(Hp)
マリー=リーズ・シューバッハ(Ob d'amore)
アグネス・ギーベル(S)
ミュンヘン室内管弦楽団
ハンス・シュタットルマイア(指揮)

これはミュンヘンの聖夜に流れていた、本物の“祝祭の音楽”です。

 1972年から1985年にかけてのクリスマス・コンサートから選ばれた一枚。だからこそ、安易な季節商品の顔をしていません。ヘンデルのハープ協奏曲の柔らかなきらめき、バッハのオーボエ・ダモーレの人肌の温度、ハイドンの夜曲の優しい会話――会場に集った人々が、年の終わりに静かに音楽を囲む情景まで見えてきます。

 ハープのホリガー、オーボエ・ダモーレのシューバッハ、そしてアグネス・ギーベル。派手な名前を並べるのでなく、“この曲にはこの人”という選び方の贅沢さが光ります。最後のモーツァルト《レジーナ・チェリ》は、祈りと喜びがふっと空へほどけていくようです。

 クリスマスを過ぎても、冬の夜にはずっと聴ける盤。ミュンヘン室内管の古き良き透明な響きも、今となってはかけがえがありません!


CD 567
\3000→\2190
ノリントン指揮/モーツァルト&ストラヴィンスキー/ザルツブルク音楽祭

 モーツァルト:ディヴェルティメント ニ長調 K.136
 ストラヴィンスキー:協奏的舞曲
 モーツァルト:交響曲第41番《ジュピター》K.551

ザルツブルク・カメラータ・アカデミカ
サー・ロジャー・ノリントン(指揮)
ザルツブルク音楽祭ライヴ

“古楽器でなくても、モーツァルトはここまで若返る”――ノリントンの本領が出た一枚!

 ノリントンは、ただ速く、軽く演奏する人ではありません。音符の重さを取り払い、リズムの跳ね、和声の変化、各声部の会話をむき出しにする人です。ザルツブルクのカメラータはその要請に鮮やかに応え、K.136では弓が空気を切るような身軽さを見せます。

 そこへストラヴィンスキー《協奏的舞曲》。モーツァルトとの間にこの作品を置くのが実にうまい。18世紀の明晰さが、20世紀の新古典主義にどう受け継がれたのかが耳でわかり、最後の《ジュピター》は、巨大な建造物ではなく、生き物のように呼吸する交響曲として立ち上がります。

 “重厚で立派な《ジュピター》”を聴き慣れた耳ほど驚くはず。モーツァルトが本来持つ危険なほどの若さと、音楽の推進力を浴びてください!


CD 573
\3000→\2190
ヴィル・クヴァトフリーク:詩と散文の朗読

 シェイクスピア、ゲーテ、ホーフマンスタール、リルケ、ブレヒト、
 マックス・フリッシュ、リヒテンベルクほか
 ドイツ語朗読

ヴィル・クヴァトフリーク(朗読)
1983年録音
1CD/約79分

【ご注意:ドイツ語による朗読盤です】しかしこれは“おまけ”ではない。ドイツの声の文化、その頂点のひとつです。

 ヴィル・クヴァトフリークは、ただ低く良い声で詩を読む俳優ではありません。シェイクスピアなら人物の息遣いを、ゲーテなら言葉の均衡を、リルケなら一語の奥にある沈黙まで、音量ではなく発音と間によって描き分けます。ドイツ語がわからなくても、声の速度や子音の置き方、沈黙の長さだけで、何か重大なことが起きていると感じさせる力があります。

 音楽でいえば、これは名歌手のリート集に近い聴き方ができます。意味を旋律に預ける代わりに、ここでは言葉そのものが旋律になる。シェイクスピア、ゲーテ、ホーフマンスタール、リルケ、ブレヒトと、選ばれた作家の幅も大きく、この人がドイツ文学の長い時間を一人で案内してくれるようです。

 一般的なクラシックCDではありませんが、ドイツの文化に深く触れたい方には、むしろ強烈におすすめしたい一枚。店主の“隠し球”。



CD 770
\3000→\2190
ウィーン国立歌劇場ライヴ:ヴァルデマール・クメント

 モーツァルト、グルック、ベートーヴェン、ロッシーニ、グノー、
 オッフェンバック、スメタナ、ヤナーチェク、ストラヴィンスキー、R.シュトラウスより

ヴァルデマール・クメント(T)
ヒルデ・ギューデン、セーナ・ユリナッチ、
ヴィルマ・リップ、アンヤ・シリヤ、ヴァルター・ベリーほか
ウィーン国立歌劇場管弦楽団
ベーム、バーンスタイン、クリップス、プレートルほか(指揮)
1955~1996年ライヴ

これは戦後ウィーン国立歌劇場の“現場”が、一人の歌手を通して甦る一枚!

 クメントは、スターが短期間に名声をさらう時代とは別の意味で偉大でした。モーツァルトからヤナーチェク、ストラヴィンスキー、R.シュトラウスまで、劇場が必要とする役を確実に、自分のものとして歌い続けた名テノール。そのためこの盤には、華やかな名場面だけでなく、ウィーンのレパートリー・オペラがどう生きていたかが刻まれています。

 しかも共演者がすごい。ギューデン、ユリナッチ、リップ、シリヤ、ベリー、指揮はベーム、バーンスタイン、クリップス、プレートル。1950年代の若々しいクメントから1996年の出演までを追うことで、声の変化だけでなく、歌劇場という場所で一人の歌手が積み上げる時間まで聴こえてきます。

 “ウィーンのモーツァルト歌手”という一言では収まらない芸の深さ。歌手好き、歌劇場史好きのどちらにも、これはたまらないアンソロジーです!


CD 842
\3000→\2190
ロンキッヒ:モーツァルト(弾き振り)

 モーツァルト:6つのドイツ舞曲 K.571
 交響曲第36番《リンツ》K.425
 フリーメイソンのための葬送音楽 K.477
 ピアノ協奏曲第22番 K.482

アレクサンダー・ロンキッヒ(P、指揮)
ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団
1CD/78分21秒

 ロンキッヒは、鍵盤からオーケストラの内部へ入っていく!

 モーツァルトの協奏曲は、独奏と管弦楽が対立する音楽ではありません。話しかけ、受け、時に相手の言葉を遮りながら、一緒に思考する音楽です。ロンキッヒはこの対話を知り尽くしているため、K.482ではピアノの一音が出る前から、オーケストラ全体の呼吸がひとつになっています。

 しかもこの選曲がいい。舞曲の素朴な喜び、《リンツ》の疾走、K.477の異様なほど深い影、そして協奏曲第22番の豊かさ。モーツァルトにはいつも明るさだけでなく、ふいに底知れない闇がある――その明暗を、78分の一夜で自然に体験させます。

 土地の楽団モーツァルテウム管との相性も抜群。モーツァルトを“軽くする”のではなく、内側から生き返らせる、実に上質な弾き振りです!


CD 844
\3000→\2190
フィッシャー=ディースカウ指揮モーツァルト

 モーツァルト:アダージョとフーガ K.546
 ピアノ協奏曲第18番 K.456
 交響曲第30番 K.202、交響曲第32番 K.318

コンスタンチン・リフシッツ(P)
ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(指揮)
2006年ザルツブルク音楽祭ライヴ

“歌わないDFD”が、器楽の一音一音に言葉を与える。これは希少というだけでなく、実に彼らしいモーツァルトです!

 フィッシャー=ディースカウは、歌曲で長年、言葉の子音ひとつ、母音の長さひとつに意味を与えてきました。その人が指揮台に立つと、モーツァルトの器楽フレーズまでが、まるで台詞を持っているように聞こえてきます。冒頭のK.546の厳粛さから、すでにただならぬ集中があります。

 協奏曲第18番で相対するのは、若きコンスタンチン・リフシッツ。透明で研ぎ澄まされたピアノと、DFDの言葉を大切にする指揮が、派手な競演ではなく、知的で親密な会話を作ります。K.202とK.318をあえて並べた選曲にも、短い交響曲の中にある劇場性を聴かせたいという意図が見えます。

 歌手DFDのファンはもちろん、彼がモーツァルトをどんな“文章”として読んだのか知りたい方へ。これは記念品ではなく、ちゃんと聴くべき演奏です!


CD 379
\3000→\2190
フィッシャー=ディースカウ:クリスマス
 夜、昼よりも明るく


 古今のクリスマス詩・散文の朗読とギター音楽

ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(朗読)
フォルクヴァング・ギター・デュオ
全26トラック/約75分

【ご注意:歌曲集ではなく、朗読とギターによるクリスマス盤です】だからこそ、DFDの本当のすごさが見えてくる。

 この人は、歌う前にすでに“語る人”でした。言葉の意味を音にし、文章の起伏を呼吸に変える。歌詞に旋律がついたリートでなくても、フィッシャー=ディースカウが読むと、一節の詩がそのまま小さな音楽になります。そこにフォルクヴァング・ギター・デュオの素朴で温かな響きが寄り添い、声を飾るのでなく、沈黙を深くします。

 収録されるのは古今のクリスマス詩・散文。つまり、賑やかな祝祭のBGMではなく、年の終わりに人がひとりで言葉と向き合う時間のための盤です。声が少し低く沈むところ、言葉の前でほんの一瞬置くところ、そのすべてに長年のリート歌手の仕事が滲みます。

 キャロル集を期待すると違います。しかし、静かな夜に一人で聴けば、これほど贅沢なクリスマス盤はありません。DFDの“声の遺産”としてぜひ!


CD 735
\3000→\2190
イングリッド・ビョーナー:バイエルン国立歌劇場ライヴ 1967-1976

 ヴェルディ:《運命の力》《仮面舞踏会》
 プッチーニ:《トゥーランドット》、ベートーヴェン:《フィデリオ》
 ワーグナー:《神々の黄昏》より

イングリッド・ビョーナー(S)
ジャン・コックス、カール・リッダーブッシュ、クレア・ワトソンほか
バイエルン国立歌劇場管弦楽団
サヴァリッシュ、サンティ、ハーガー、インバル(指揮)

“強い声”だけなら他にもいる。ビョーナーは、強靱なのに決して鈍くならない――そこが凄いのです!

 1967年から1976年、バイエルン国立歌劇場という最高の現場で歌われた記録。ヴェルディでは祈りの言葉がまっすぐ届き、《フィデリオ》のレオノーレでは正義感が声の芯になる。《トゥーランドット》では冷たい威光があり、そして《神々の黄昏》ではブリュンヒルデの巨大な感情を、ただ絶叫にせず最後まで音楽として支え切ります。

 この幅広さは、リサイタル用に選んだ得意曲を安全に並べたものではありません。歌劇場で実際に役を生きた人のレパートリーです。サヴァリッシュ、サンティ、ハーガー、インバルという指揮者たちが、時代ごとの彼女の声を支え、共演者にもコックス、リッダーブッシュ、ワトソンが名を連ねます。

 有名盤の多さでは決して測れない、戦後オペラの大きな存在。ドラマティック・ソプラノを聴く喜びを、もう一度思い出させてくれる一枚です!


CD 630
\3000→\2190
ヴェーグ指揮/モーツァルト、メンデルスゾーン、ドヴォルザーク、ヴォルフ

 モーツァルト:セレナータ・ノットゥルナ K.239
 メンデルスゾーン:弦楽のための交響曲第9番
 ドヴォルザーク:弦楽セレナード 作品22
 ヴォルフ:イタリアのセレナード

ザルツブルク・カメラータ・アカデミカ
シャーンドル・ヴェーグ(指揮)
1986年8月19日
ザルツブルク音楽祭ライヴ

ヴェーグは弦楽合奏を“オーケストラ”にしない。何十人いても、全員を室内楽奏者にしてしまう人です!

 弦楽四重奏の巨匠として生きたヴェーグにとって、良い演奏とは大きな音をそろえることではありません。どの声部にも発言権があり、互いの息を感じながら音楽が前へ進むこと。このカメラータ・アカデミカとの演奏を聴くと、ヴァイオリンもヴィオラもチェロも、伴奏に回る瞬間すら自分の言葉を持っているのがわかります。

 K.239の愉悦、若きメンデルスゾーンの瑞々しい発想、ドヴォルザークの尽きない歌心、ヴォルフの洒脱な身振り。四曲は一見ばらばらですが、“弦が歌い、会話し、踊る”という一点で美しくつながります。1986年ザルツブルク音楽祭のライヴであることも、この上ない魅力です。

 弦楽セレナードをすでに何枚もお持ちの方ほど、このドヴォルザークには驚くはず。ヴェーグの音楽づくりを知るための、抜群の入口です!


CD 632
\3000→\2190
ラサール弦楽四重奏団/ザルツブルク音楽祭

 シューベルト:弦楽四重奏断章 D.703
 ルトスワフスキ:弦楽四重奏曲
 ラヴェル:弦楽四重奏曲 ヘ長調

ラサール弦楽四重奏団
1976年ザルツブルク音楽祭ライヴ

ラサール弦楽四重奏団は、20世紀音楽を“難しいもの”のまま放っておかなかった伝説の団体です。

 このプログラムの凄さは、シューベルト、ルトスワフスキ、ラヴェルを時代順に並べたことではありません。シューベルト《四重奏断章》にある切迫、ルトスワフスキの不安定で大胆な音の連鎖、ラヴェルの完璧に計算された色彩――三者の異なる言葉が、ラサールの手にかかると、すべて“いま、この瞬間に生まれる緊張”としてつながります。

 ラサールは明快で、音の輪郭を決して濁しません。しかし冷たいわけではない。ルトスワフスキの複雑な仕掛けにも、ラヴェルの精巧な書法にも、人が互いに呼びかけ、反発し、寄り添う室内楽の熱があることを聴かせます。1976年ザルツブルクのライヴならではの張り詰め方も格別です。

 ラヴェルだけを目当てに買っても損はありませんが、ぜひルトスワフスキまで通して聴いてください。弦楽四重奏の世界が、ぐっと広がる歴史的な一枚です!





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