アリア・レーベル第127弾
これが・・・ルフェビュールか
ベートーヴェン:ソナタ第30番・第31番
ARD 0127 (1CD-R)\1800
イヴォンヌ・ルフェビュール。
1898年生まれのフランスのピアニスト。
20世紀を代表するフランスのピアニストのひとりと言われるが、教育活動に熱心だったので録音はあまり多くない。
そんな中ずば抜けて有名なのはフルトヴェングラーとのモーツァルトのピアノ協奏曲第20番。
1954年5月15日、ルガノのアポロ劇場で行われたライヴ録音。
ただそこでのルフェビュールはもちろんすごいのだが、やはり彼女を聴くというよりフルトヴェングラーを聴く、という録音だと思う。
さてそれから何十年も経って、フランスのSOLSTICEから、いきなり80歳近いルフェビュールの録音が登場。年齢を感じさせないそのみずみずしい演奏はファンを驚嘆させた。SOLSTICEでその後発売された一連のシリーズは、レーベルの大黒柱としていまだにベストセラーを続けている。
・・・とはいうものの、さすがに「これはルフェビュールの全盛期の演奏ではないよ」と言われてしまうと、決して悪い演奏ではないのにどこか壊れ物を扱うような感じでハラハラしながら聴いてしまい、あげくに「全盛期はどんなだったのだろう」と思ってしまう自分がいた。
今回のルフェビュールは50代。
まさに「全盛期」の録音ということなのだが、一体どうなのか。
聴いた。
すごいというのはいろいろな人の話でわかっていたのだが、それほど大きな期待をしないで気軽に聴いてしまったものだからかなり大きな衝撃を被ってしまった。
最初の一音から、びっくりするほどの圧力。太くて強い。女性とは思えないといっては失礼なのかもしれないが、ピアノの音が黒光りしているのである。聴いているこちらの胸に「ズン!」と響いてくる。こんな迫力は後年の録音にはなかった。しかももちろん力任せとかいうのとは違う。まったく力んでないのに音圧がこちらにブンブン響いてくる。この類まれな重厚さ、荘厳さ。だからバッハが生々しくも神々しく聴こえる。こんなバッハを演奏する人がいたか。
そして・・・ベートーヴェン。
しかも曲はピアノ・ソナタ第31番。おそらくベートーヴェン好きの人が最も愛するこの曲。こんな人の演奏でこの曲の終楽章を聴かされたら一体どんなことになってしまうのか。
後年のSOLSTICEの第31番の演奏はもちろん聴いた。とても自然体で、悟ったような清らかな演奏だった。でもこの50年代の演奏はそんな「清純」な演奏じゃない。もっともっと深くて強くて重い。峻厳な響きの中に、きわめて人間くさい何かを感じさせる。
そしてあの終楽章。
まるで魔物が夜の闇から降りてくると聞かされているかのように、まんじりともせず演奏が始まるのを待った。
やがてにわかに始まった「悲痛な歌」。
これが・・・ルフェビュールか・・・。
こんな・・・人だったのか。
間違いなくここ最近で、最も衝撃的な瞬間を味わった。
スタッフがいる事務所で、顔が上げられなくてしばらくうつむいたままだったのは、本当に久しぶりのことだった。
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