クラシックCD通販ショップ「アリアCD」へようこそ
トップページへ

規約などはこちら・・・

お買い物の方法  

注文方法:
 ご希望商品のチェック・ボックスをクリックし、最後に 「かごに入れる」ボタンを押してください(enterキーを押してもかまいません)。
 新店内のほかのページのお買い物がありましたら、そちらもすませ、一番最後にページ下の「
注文フォームへ」のボタンをクリックして、注文フォーム・ページへ進んでいただいて、そこで注文を確定してください。
 (チェック内容を変更したら、必ずもう一度「かごに入れる」ボタンをクリックしてください。変更内容がかごに反映されませんので)

注文フォームへ




バルビローリ協会(Barbirolli Society)
名盤24タイトルが特別価格で入手できるかも
1CD(1CD-R)\3800→\2990
2CD(2CD-R)\5200→\3790
~4/28(火)午前9時



【奇跡の再上陸!】
 バルビローリ協会(Barbirolli Society)の名盤24タイトルが特別価格で入手できるかも!


 巨匠バルビローリの貴重な遺産を世に送り続けてきた「バルビローリ協会」。
 国内代理店の撤退により、ここ数年は日本での入手が完全に途絶えていました。

 かつては英国から無理やり取り寄せるも、その際は1枚5,000円を超える高値を覚悟するしかありませんでしたが、それすらも廃盤の波に飲まれ、もはや「いくら積んでも手に入らない」絶望的な状況に陥っていました……。


 しかし、ついに好機が訪れました。
 以下の名盤24タイトルが、まさかの「特価」で入荷いたします!
 久しぶりに皆様へご紹介できる喜びを噛み締めております。


※近年の新譜・再プレス盤はCD-R仕様となっております。国内流通が止まった背景にはこの仕様変更もあったと推察されますが、それを補って余りある貴重な音源ばかりです。この機会をお見逃しなく。
 また現地在庫はすでに少数とのこと。完売の際はどうかご容赦を。最終締め切りは4/28(火)午前9時ですがどうかお早めに。






SJB 1002
(CD-R)
\3800→\2990

ハレ管弦楽団との黄金期
 フランスの作曲家による作品集


ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲
 1953年12月23日録音/マンチェスター、フリー・トレード・ホール
  (HMV BLP1058)

フォーレ:組曲《ペレアスとメリザンド》 Op.80
 1954年1月4日録音/マンチェスター、フリー・トレード・ホール
  (HMV ALP1244)

イベール:ディヴェルティスマン
 1954年1月1日録音/マンチェスター、フリー・トレード・ホール
  (HMV ALP1244)

サン=サーンス:動物の謝肉祭
 1954年2月10日&11日録音/マンチェスター、フリー・トレード・ホール
  (HMV ALP1224)
   マルヤン・ラヴィチ、ワルター・ランダウアー(ピアノ)

ビゼー:《アルルの女》組曲
 1950年10月19日録音/ロンドン、キングズウェイ・ホール
  (HMV DB9656-7)
ジョン・バルビローリ指揮、
ハレ管弦楽団

マルヤン・ラヴィチ(ピアノ)、
ワルター・ランダウアー(ピアノ)
1950年、1953年、1954年録音

 バルビローリとハレ管、最も脂の乗り切った1950年代――その精華がここに凝縮。
 ドビュッシーでは詩情と官能が濃密に溶け合い、フォーレでは気品と陰影が静かに心を侵します。
 イベールの洒脱なユーモアも、単なる軽さに流れず、常に音楽の格を保つのがこの指揮者の真骨頂。そして圧巻は《動物の謝肉祭》。
 名手ラヴィチ&ランダウアーを迎えた豪華編成に加え、「白鳥」をチェロ群で奏する異色の編曲が強烈な印象を残します。
 黄金期ハレ管の厚みある響きとともに、今こそ味わうべき名演集です。


*********************************************************


 イタリア人の父とフランス人の母を持ち、ヴィクトリア朝ロンドンのブルームズベリーで生まれたジョン・バルビローリは、イタリア音楽・フランス音楽・イギリス音楽のすべてに自然な親和性を持つ人生を歩むことが運命づけられていたかのようである。まさに詩情豊かで繊細な音楽家にふさわしい血筋であった。

 本ディスクに収められたフランス音楽の演奏は、1950年代――ハレ管弦楽団との黄金期に録音されたものである。

 ドビュッシーの《前奏曲》では、詩的な細部に満ちた解釈が聴かれ、官能的なうねりが弦楽の響きを満たし、血の通った力強い金管がそれを支える。

 イベールの《ディヴェルティスマン》では、音楽的なユーモアが随所にちりばめられており、バルビローリはその楽しさを十分に引き出しつつも、決して作品の品格を損なわない。
 《美しき青きドナウ》のパロディ風ワルツもイベールの機知を示す好例であり、混乱の中で警官の笛が鳴り響く終盤の追跡劇は、誰しも抗いがたい魅力を放っている。

 《動物の謝肉祭》(“壮大な動物幻想”)は、名ピアノ・デュオ、ラヴィチとランダウアーのレパートリーとして親しまれていた作品であり、ここでは1954年のHMV録音で聴くことができる。特に有名な「白鳥」は、通常の独奏チェロではなく、チェロ・セクション全体で演奏されるという珍しい編曲が採られている。
 1920年、ロンドンのドルリー・レーン王立劇場でアンナ・パヴロワが有名な《瀕死の白鳥》を踊った際、ソロ・チェロを担当していたのは、ほかならぬ若きバルビローリであった。彼の演奏に感銘を受けたパヴロワは、ぜひ会いたいと申し出たという。
後年この出来事を振り返ってバルビローリはこう語っている――「彼女の握手は鉄のようだった。指が折れるかと思ったよ!」




SJB 1089
(CD-R)
\3800→\2990
The John Barbirolli Chamber Orchestra
1928年~1929年
 ジョン・バルビローリ室内管弦楽団


 エルガー:序奏とアレグロ、
 ハイドン:交響曲第104番、
 モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハトムジーク、
 パーセル:結婚した伊達男、
 ロッセ:ヴェニスの商人       
ジョン・バルビローリ指揮、
室内管弦楽団
録音:1928-29年、ロンドン

 チェリストとして出発したバルビローリ――その“弦の血”がもっとも純粋なかたちで刻まれた原点的録音。
 1928-29年、まだ無名に近い若き指揮者が残したエルガー《序奏とアレグロ》は、単なる初期録音ではありません。
 弦楽器奏者でなければ捉え得ない響きの重なり、呼吸、そして内側から湧き上がる音楽のうねり。
 エルガー自身が「こんなに大きな作品とは思わなかった」と語った逸話も、この演奏の説得力を物語ります。
 パーセル編曲や秘曲ロッセも含め、若き日の情熱と本能がむき出しになった、まさに“出発点の輝き”です。


*****************************


 ジョン・バルビローリの音楽家としてのキャリアは、オーケストラや弦楽四重奏でチェロ奏者として活動することから始まった。エルガーのチェロ協奏曲初期の演奏にも参加できるほどの腕前を持っていたが(1919年の初演ではオーケストラの一員として演奏)、彼自身は常に最終的には指揮台に立つことを目指していた。

 このCDには、1928年から1929年にかけてロンドンのスモール・クイーンズ・ホールでHMVのために録音された、ジョン・バルビローリ室内管弦楽団による演奏が収められている。

 まだ若く、ほとんど無名だったバルビローリが、エルガーの《序奏とアレグロ》をわずか2年の間に録音しているという事実は驚くべきことである。同時にこれは、この作品の真価を見抜くには、弦楽器奏者出身の指揮者であることが必要だったという教訓でもある。彼は最初にNGSで録音し、その後1929年にHMVで再録音を行った。バルビローリ自身の回想によれば、エルガーはこの録音について彼にこう語ったという――「こんなに大きな作品だとは思っていなかった」。実際、このHMV録音からも、そのスケールの大きさがはっきりと伝わってくる。

 またバルビローリは、自身の室内管弦楽団のためにパーセルの音楽から弦楽合奏用組曲を編曲しており、本盤にはその中から《マリード・ボー》の付随音楽によるホーンパイプが収録されている。さらに、フレデリック・ロッセによる《ヴェニスの商人》組曲という、めったに演奏されない作品も含まれている。

 ハイドンの交響曲第104番《ロンドン》は、バルビローリのキャリアにおいて重要な役割を果たした。1927年、ロンドン交響楽団が体調不良のビーチャムの代役として、かつての団員であった彼を指揮台に招いた際、バルビローリは予定されていたモーツァルトの交響曲の代わりにこの作品を指揮したのである。




SJB1059
(2CD-R)
\5200→\3790

バルビローリのディーリアス
  ハレ管、ウィーン・フィル、ボストン響、ニューヨーク・フィル


 楽園への道
  1956 stereo recording
  Halle Orchestra

 「イルメリン」前奏曲
  1956 stereo recording
  Halle Orchestra

 春を告げるかっこうを聞いて
  1956 stereo recording
  Halle Orchestra

 間奏曲(「フィニモアとゲルダ」より)
  1956 stereo recording
  Halle Orchestra

 牧歌-私はかつて人の多い街を通って
  1956 stereo recording
  Sylvia Fisher and Jess Walters
  Halle Orchestra

 夏の歌
  1950 recording
  Halle Orchestra

 Aquarelles (2)
  1948 recording
  Halle Orchestra

 夜明け前の歌
  1929 recording
  New Symphony Orchestra

 牧歌-私はかつて人の多い街を通って
  c. 1952 recording: Live Recording
  Sylvia Fisher and Jess Walters
  BBC Symphony Orchestra

 楽園への道
  30/31 January 1959 stereo recording
  Boston Symphony Orchestra

 楽園への道
  20 August 1947 recording
  Vienna Philharmonic Orchestra

 アパラチア (Variations on an old slave song): excerpt
  17 April 1938 recording
  Schola Cantorum of New York & New York Philharmonic Orchestra

ジョン・バルビローリ指揮

ハレ管、
ウィーン・フィル、
ボストン響、
ニューヨーク・フィル
 
 ディーリアスの夢見るような音世界――その真価を最も深く体現した指揮者こそバルビローリでしょう。
 ハレ管との1950年代録音では、柔らかく溶け合う弦、遠く霞むような管の響きが、時間そのものをゆっくりとほどいていきます。
 《楽園への道》《夏の歌》に満ちる静かな陶酔、そして《かっこうを聞いて》の自然の息づかい。
 さらにウィーン・フィル、ボストン響、さらには1930年代録音まで網羅し、同一作品の聴き比べも可能。
 ディーリアスを“雰囲気”ではなく“生命ある音楽”として蘇らせた、バルビローリの本質に迫る決定的集成です。


SJB1062
(2CD-R)
\5200→\3790
Barbirolli at the Opera
 バルビローリ・オペラ演奏集


 モーツァルト:歌劇「フィガロの結婚」序曲
 プッチーニ:
  Tu, tu, amore tu (マノン・レスコー)
  Che gelida manina (ラ・ボエーム)
  Si, mi chiamano Mimi (同)
  O soave fanciulla (同)
  E lucevan le stelle (トスカ)
  Ah! Franchiggia… O dolci mani mansuete e pure (同)
  Viene la sera (蝶々夫人)
 R.シュトラウス:
  Die Liebe der Danae: symphonic fragment
  「ばらの騎士」組曲
 ヴェルディ:
  歌劇「椿姫」第1幕への前奏曲、第3幕への前奏曲
 ワーグナー:
  「ローエングリン」第1幕への前奏曲、第3幕への前奏曲
 ウェーバー:
  歌劇「魔弾の射手」序曲
  歌劇「オイリアンテ」序曲
ジョン・バルビローリ指揮
ハレ管
レノーラ・ラファイエット(ソプラノ)
リチャード・ルイス(テノール)

1946~1958年


 もしバルビローリがオペラに専念していたら――そんな“もう一つの歴史”を想像させる貴重な一枚。
 スカラ座直系の血を引く彼のオペラ感覚は本物で、プッチーニでは旋律が深く歌い込み、息づかいそのものがドラマとなる。
 リチャード・ルイスらを迎えた名場面は、舞台さながらの緊張と抒情を湛え、単なる抜粋集の域を超える完成度。
 さらにヴェルディ、ワーグナー、R.シュトラウスまで幅広く網羅し、その懐の深さも圧巻。
 録音の少ない“オペラ指揮者バルビローリ”の真価に触れられる、見逃せない記録です。


**********************************


 このアルバムを聴くと、サー・ジョン・バルビローリがオペラハウスに登場する機会があまりにも少なかったことが惜しまれてならない。

 というのも、彼自身はロンドン生まれながら、その家系はイタリア・オペラの伝統に深く根ざしていたからである。父と祖父はイタリアを離れる前、ミラノ・スカラ座のオーケストラに所属しており(そこには若き日のアルトゥーロ・トスカニーニもチェロ奏者として在籍していた)、1887年にはヴェルディ《オテロ》初演にも参加していた。

 バルビローリは25歳にしてすでに自身のオーケストラを率いており、その才能はすぐに英国国民オペラ会社(BNOC)のフレデリック・オースティンに見出され、即座に起用された。その後の7年間、BNOCおよびコヴェント・ガーデン(1928年に初登場)で、《アイーダ》《ファルスタッフ》《リゴレット》《イル・トロヴァトーレ》《ラ・ボエーム》《トスカ》《トゥーランドット》《蝶々夫人》《ジャンニ・スキッキ》《セビリアの理髪師》《ロメオとジュリエット》《ヘンゼルとグレーテル》《ドン・ジョヴァンニ》《売られた花嫁》《こうもり》《ニュルンベルクのマイスタージンガー》《ばらの騎士》《難破船》など、幅広いレパートリーを指揮した。

 しかし1933年以降はオーケストラ活動に専念するようになり、コヴェント・ガーデンへの復帰は1951年まで待たなければならなかった。その後3シーズンにわたり、《トゥーランドット》《アイーダ》《ラ・ボエーム》《蝶々夫人》といった定番作品に加え、《トリスタンとイゾルデ》《オルフェオとエウリディーチェ》も指揮し、存在感を示した。当時はバルビローリが同劇場の後継者になるのではないかとも期待されていたが、オーケストラでの責務があまりに大きく、結局1953-54シーズンを最後に再びオペラハウスの指揮台に立つことはなかった。

 それでもオペラへの愛情は生涯変わることはなく、全曲上演形式の演奏会やオペラ名場面集のコンサートという形で発揮された。これらはバルビローリの名声もあって大きな人気を博し、聴衆を熱狂させた。その一部は録音にも残されており、本アルバムは彼の愛するプッチーニへの献身を伝える貴重な記録である。

 なお、彼が再びオペラハウスで指揮をする機会はほとんどなく、晩年になってようやくローマで《アイーダ》を指揮し、さらに《蝶々夫人》《オテロ》《ディドとエネアス》の商業録音を残すにとどまった。



SJB1048
(2CD-R)
\5200→\3790

ベートーヴェン:交響曲第1番、第5番、第8番
 カッツとの「皇帝」!



ベートーヴェン:

序曲《レオノーレ》第3番 Op.72b
 1959年4月録音/マンチェスター(ステレオ)

交響曲第1番 ハ長調 Op.21
 1958年1月1日録音/マンチェスター(ステレオ)

交響曲第8番 ヘ長調 Op.93
 1958年1月1日録音/マンチェスター(ステレオ)

序曲《エグモント》 Op.84
 1949年4月28日録音/ロンドン Abbey Road, No.1 Studio(モノラル)

ピアノ協奏曲第5番 変ホ長調 Op.73《皇帝》
 1959年4月録音/マンチェスター(ステレオ)
  ミンドゥル・カッツ(ピアノ)

交響曲第5番 ハ短調 Op.67
 1947年5月19日録音/ロンドン Abbey Road, No.1 Studio(モノラル)

ジョン・バルビローリ指揮
ハレ管

ミンドゥル・カッツ(ピアノ)


 12歳でベートーヴェンの弦楽四重奏をすべて弾き尽くした――その“古典の骨格”を体に刻みながら、バルビローリは生涯ロマンの情熱を燃やし続けた指揮者でした。
 本盤に収められたハレ管との録音は、まさにその両極が出会った瞬間。
 構造は揺るがず、しかし音は生き、呼吸し、熱を帯びる。
 《運命》の重厚さ、《皇帝》の気品、そして《レオノーレ》第3番の高揚――いずれも理性と情熱がせめぎ合う圧巻の演奏です。
 ロマン派の巨匠として知られる彼が、なぜ最後までベートーヴェンを手放さなかったのか。その答えがここにあります。



*********************************


 このセットには、1947年から1959年にかけてハレ管弦楽団と録音された、バルビローリのベートーヴェンの商業録音がまとめられている。
 なお、それ以前にハレ管と録音された交響曲第7番は未完成に終わっており、1945年にHMVのために78回転盤6面分のみが録音されたにとどまる。

 バルビローリが最後に録音したベートーヴェン作品は、1967年5月にBBC交響楽団と録音した《英雄》(エロイカ)であった(Barbirolli Society SJB1040)。

 また、放送用録音(いわゆる“オフエア録音”)としては、《コリオラン》序曲および交響曲第4番(ニューヨーク、1936-37年/SJB1038)、ヨーゼフ・ホフマンとのピアノ協奏曲第4番(1941年)、さらにハレ管との交響曲第5番(BBC、1966年/BBCL4193)などが残されている。

 バルビローリは長いキャリアを通じて、ベートーヴェンの作品を学び、演奏し、そして指揮し続けた。若い頃には余暇を使って交響曲や弦楽四重奏曲のスコアを研究し、バッハやハイドンなどの作品にも親しんでいた。12歳の時点でベートーヴェンの弦楽四重奏曲をすべてチェロで演奏しており、後年これを「それだけで十分な教養だった」と語っている。

 彼の音楽的基盤は明らかに“古典的”なものであり、10代から20代初めにかけては、チェリストとしての室内楽活動、オーケストラ奏者としての経験、さらには自身の弦楽合奏・室内管弦楽団での指揮活動によって、その基盤はさらに深められていった。

 性格的にはむしろロマン派的な資質を持ち、エルガー、ヴォーン=ウィリアムズ、ブラームス、マーラー、シベリウス、プッチーニ、ヴェルディといった作曲家との結びつきが強く、その作品に深い共感を示した指揮者であった。しかし同時にベートーヴェンも重視し、生涯を通じて繰り返し指揮し続け、最後までそのレパートリーから外すことはなかった。


***********************************************


 店主があのミンドル・カッツのすごさを初めて知った「皇帝」。そしておそるべき燃焼度を誇る「運命」。



 カッツは1925 年、ルーマニアのブカレストの生まれ。ユダヤ系だったために第二次世界大戦中は強制労働所に送られて苦労した。1947 年に遅めのデビューを果たし、その後西側での活動を経て、イスラエルを拠点として国際的な活躍をした。
 カッツはベートーヴェン弾きとしての評価が高く、録音ではジョン・バルビローリが伴奏指揮をした皇帝協奏曲が知られている。ちなみにカッツは1978 年、52 歳の時にトルコのイスタンブルでのリサイタルでテンペスト・ソナタを弾いている最中に急死した。



SJB1030
(2CD-R)
\5200→\3790

バルビローリ、ニューヨーク・フィル戦中録音



チャイコフスキー:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.35
 1942年3月29日録音
  ミシェル・ピアストロ(ヴァイオリン)

バラキレフ:交響詩《タマーラ》
 1937年10月24日録音

ワーグナー:楽劇《ニュルンベルクのマイスタージンガー》序曲
 1937年10月24日録音

ワーグナー:《ワルキューレ》より「ワルキューレの騎行」
 1938年11月20日録音

バルビローリ:パーセル組曲
 1937年10月24日録音

ヤロミール・ワインベルガー:クリスマス
 1939年12月24日録音

ポルトノフ:ピアノ協奏曲(世界初演)
 1941年2月23日録音
  ナディア・ライゼンベルク(ピアノ)

コリンズ:序曲《サー・アンドリューとサー・トビー》
 1942年3月22日録音

クレストン:スレノディ(哀歌)
 1942年頃録音

メノッティ:歌劇《老嬢と泥棒》序曲
 1942年頃録音

モーツァルト:交響曲第34番 ハ長調 K.338 より終楽章
 1938年頃録音
ジョン・バルビローリ指揮
ニューヨーク・フィルハーモニック
 

 放送録音という“裏側の記録”から浮かび上がる、もう一人のバルビローリ。1930?40年代ニューヨーク時代の演奏を集めた本盤には、商業録音だけでは決して見えなかった真の姿が刻まれています。
 驚異的ヴァイオリニスト、ピアストロとのチャイコフスキーはまさに啓示的体験。さらにポルトノフ協奏曲の世界初演など、未知のレパートリーも充実。
 何より圧巻なのは、オーケストラが心から音楽を楽しみ、その力を解き放っていること。バルビローリが“愛で統率した指揮者”であったことを、音そのものが証明する決定的記録です。


************************************


 フィルハーモニックとの放送におけるバルビローリの演奏は、当時録音されたアセテート盤として数多く現存しており、それらのおかげで、この時期の彼の指揮者としての仕事と才能(“天才”と言っても決して大げさではない)を、より完全な形で把握することが可能となった。
 これらの録音の多くは今回が初めての一般公開である。

 約4分の3世紀を経た今、私たちはバルビローリの芸術を、かつての音楽愛好家には不可能だった方法で検証・評価することができる。そしてその結果は、驚くべきものである。

 この2枚組の最初のCDは、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲で幕を開ける。独奏はミシェル・ピアストロ。1942年3月の演奏であり、多くの聴き手にとって啓示的な体験となるだろう。
 今日ではほとんど知られていないが、彼はトスカニーニ時代、そしてバルビローリ時代のフィルハーモニックでコンサートマスターを務めた人物である。
 実際に聴けば分かるように、驚異的なヴァイオリニストであった。
 ある人がフリッツ・クライスラーに「ピアストロは天才的だが怠け者で練習しない」と言ったところ、クライスラーは「それはありがたい!」と答えたという逸話も残っている。

 2枚目のCDは、ミーシャ・ポルトノフのピアノ協奏曲の世界初演で始まる。
 この協奏曲は非常に効果的で、独奏には高度な技巧が要求される華やかな作品であり、作風はプロコフィエフやショスタコーヴィチの当時の音楽に近い(ストラヴィンスキー的というよりはむしろそちらに近い)。
 独奏はリトアニア生まれで後にアメリカに帰化したピアニスト、ナディア・ライゼンベルク(1904-83)。彼女の家族はロシア革命後にニューヨークへ移住している。

 このセットに収められた作品群は、ニューヨーク・フィルハーモニック=シンフォニー管弦楽団によって、見事というよりむしろ息を呑むほどの演奏で演じられている。
 当時のバルビローリはすでに団員たちの心を完全につかんでおり、オーケストラのメンバーたちが自らのヴィルトゥオジティを存分に発揮する機会を心から楽しんでいる様子が伝わってくる。



SJB1047
(CD-R)
\3800→\2990
バルビローリのモーツァルト

モーツァルト:
 交響曲第41番 ハ長調 K.551《ジュピター》
  1956年12月13日録音/マンチェスター

 交響曲第29番 イ長調 K.201
  1956年12月13日録音/マンチェスター

 歌劇《魔笛》序曲 K.620
  1959年4月録音/マンチェスター
ジョン・バルビローリ指揮
ハレ管
  
 「バルビローリはモーツァルトが不得手だった」――
 そんな通説を鮮やかに覆す一枚。

 彼はキャリアの要所で常にモーツァルトを選び続けてきました。ハレ管初登場、ニューヨーク・フィル初公演、そのいずれにもモーツァルトを据えた事実がすべてを物語ります。
 本盤の《ジュピター》と第29番では、室内楽的に引き締められた編成から、しなやかで温かな歌が立ち上がり、構築と人間味が見事に両立。《魔笛》序曲の軽やかな推進力も魅力的。
 批評を超えてなお“選び続けた”バルビローリのモーツァルト、その真価に触れる決定的記録です。


*************************


 モーツァルトは、サー・ジョン・バルビローリと結びつけてまず思い浮かぶ作曲家ではないかもしれない。しかし実際には、彼の演奏会プログラムからモーツァルトの名が消えることはほとんどなかった。

 交響曲第40番ト短調は、1933年1月、マンチェスターの旧フリー・トレード・ホールでハレ管弦楽団と初めて共演した際のプログラムに含まれており、また1936年11月、ニューヨーク・フィルハーモニックの音楽監督としての初公演では、交響曲第36番《リンツ》を選んでいる。

 したがって、「批評家が彼の解釈を必ずしも評価しなかったため、バルビローリはモーツァルトを避けていた」という説は不当である。キャリア上きわめて重要なニューヨークでの初公演に、あえてモーツァルトを選んだという事実だけでも、その反証として十分であろう。

 バルビローリは1920年代、指揮活動を始めた頃、自身の室内管弦楽団でモーツァルトの交響曲を指揮しており、その頃に特に交響曲第29番イ長調を愛好するようになった(後年、モーツァルトやハイドンを指揮する際には、ほぼ室内楽的な小編成にオーケストラを縮小するのが常であった)。

 本盤に収められた交響曲第41番《ジュピター》および第29番は1956年に録音され、《魔笛》序曲は1959年録音。これらのPyeステレオ録音は、EMIによってデジタル・リマスターされている。



SJB1052
(CD-R)
\3800→\2990
バルビローリのワーグナー

 ワーグナー:序曲、前奏曲集

 
  「ニュルンベルクのマイスター・ジンガー」~
   第1幕前奏曲、徒弟たちの踊り、親方たちの入場、
   第3幕前奏曲
  「タンホイザー」序曲
  「さまよえるオランダ人」序曲
  「ローエングリン」第1幕前奏曲
  「トリスタンとイゾルデ」第1幕前奏曲、愛の死
ジョン・バルビローリ指揮
ハレ管

1959年9月16日-17日および4月録音/
マンチェスター、フリー・トレード・ホール(ステレオ) 


 ワーグナーは舞台だけのものではない――その真実を証明する一枚。
 バルビローリが愛した《マイスタージンガー》を中心に、《タンホイザー》《トリスタン》《ローエングリン》までを純粋な管弦楽として聴かせます。
 歌がなくとも、いや、歌がないからこそ浮かび上がる旋律の呼吸と和声のうねり。重厚でありながら決して重くならず、常に人間の体温を感じさせるのがこの指揮者の魅力です。
 劇場的誇張ではなく、音楽そのもののドラマへ――バルビローリならではの“聴くワーグナー”がここにあります。


**************************************

 これらのステレオ録音は、1959年9月16日および17日にPyeのために行われたセッションによるものである(《タンホイザー》序曲のみ、同年4月の別セッションで録音)。

 《ニュルンベルクのマイスタージンガー》序曲および第3幕組曲は、バルビローリが特に好んだレパートリーであり、1944年にはすでにHMVで録音している。そのほかにも、《ローエングリン》前奏曲(HMV、1946年/SJB1004)、《リエンツィ》序曲(HMV、1944年)などのワーグナー作品を録音している。

 さらに、1938年11月にニューヨーク・フィルハーモニックと行った放送ライヴでは、バルビローリによるオール・ワーグナー・プログラムが聴ける貴重な機会があり、そこでは商業録音を残していない《ジークフリート牧歌》も演奏されている(Barbirolli Society SJB1035)。

 ワーグナー自身は、オペラからの抜粋を演奏会で取り上げることに対して内心ためらいを抱いていた可能性もあるが、職業音楽家としてそれを受け入れていた。もちろん収益面の理由もあったが、それ以上に重要だったのは、自身の作品が広く知られ、理解されることであった。そのため彼は、歌手付きであれ、あるいは本盤のように純粋な管弦楽版であれ、オペラからの抜粋演奏を認め、むしろ積極的に推奨していたのである。


SJB1035
(CD-R)
\3800→\2990
バルビローリ・イン・ニューヨーク
 ワーグナー:管弦楽曲集

  「リエンツィ」序曲
  「タンホイザー」~ヴェヌスベルクの音楽(バッカナール)
  「トリスタンとイゾルデ」~前奏曲と愛の死
  ジークフリート牧歌
  「ニュルンベルクのマイスタージンガー」~
   前奏曲、徒弟たちのダンス、親方たちの入場
ジョン・バルビローリ指揮
NYP

1938年11月、カーネギー・ホール

 ニューヨーク時代――しばしば「失敗」と語られてきたその評価を、この一枚が鮮やかに覆します。
 1938年カーネギー・ホールでのワーグナー公演の放送録音。ここに刻まれているのは、楽団員から深く信頼され、心から愛された指揮者の姿です。あの気難しいニューヨーク・フィルが、わずか数日で彼に心を開いたという事実。そして夢のようだと本人が語った演奏の充実――そのすべてが音として残されています。
 これは単なるライヴではなく、歴史の修正であり、真実の証言。指揮者の本質に触れる、極めて重要な記録です。


****************************************

 ニューヨーク・フィルハーモニック(当時の正式名称はフィルハーモニック=シンフォニー管弦楽団)の指揮者としての7年間に、いくつかの商業録音を残してはいるものの、今回のバルビローリ・ソサエティ盤は、1938年11月にカーネギー・ホールで行われたワーグナー・コンサートの放送録音を聴くことができる、きわめて貴重な機会を提供してくれる。

 これは彼のキャリアの中でも重要な時期を思い起こさせる記録であり、しかもその時期は、しばしば表面的かつ誤解された形で「失敗」と見なされてきたものである。

 しかし実際には、オーケストラは彼の人格にすぐさま魅了され、深い敬意と信頼を寄せ続けていた。かつて「マーダー・インコーポレイテッド(殺し屋集団)」と呼ばれたほど気難しい楽団員たちが、もし彼を好まず、その音楽性を認めていなかったならば、初公演からわずか5日後に、マネージャーのアーサー・ジャドソンが正式任命の話を持ち出すなど到底あり得なかっただろう。

 1936年12月7日、わずか5週間の共演の後、理事会は彼に3年契約を提示し、さらに1940年には戦争という困難な状況下にありながら、2年間の契約延長が行われた。

 当の本人はこの状況に圧倒され、1936年12月11日、後に妻となるエヴリン・ロスウェルに宛てた手紙の中でこう記している。

「今夜のオーケストラの演奏は、まさに私が夢見ていたものだった……。私の任命に対する彼らの感動は、言葉では言い表せないほどだ。こんな評価に自分が値するとは、とても思えない。」



 

SJB1037
(CD-R)
\3800→\2990
バルビローリのウィンナ・ワルツ
 ウィーンの夜

 J.シュトラウス I:ラデツキー行進曲 Op. 228
 J.シュトラウス II:
  「ジプシー男爵」序曲
  ウィーンの森の物語 Op. 325
  「こうもり」序曲
  ピチカート・ポルカ
  アンネン=ポルカ Op. 117
  常動曲 Op. 257
  美しく青きドナウ Op. 314
  皇帝円舞曲 Op. 437

 シュトラウス幻想曲(ランダウアー編曲)
  ワルター・ランダウアー&マリアン・ラヴィッチ(ピアノ連弾)
ジョン・バルビローリ指揮
ハレ管


シュトラウス幻想曲
 マルヤン・ラヴィチ(ピアノ)、
 ワルター・ランダウアー(ピアノ)

 
 いわゆる「ウィーンもの」を、ここまで様式的に、しかも音楽的に成立させた例はそう多くありません。
 ワルツにおけるルバートの配分は絶妙で、決して感傷に流れず、それでいて呼吸は常にしなやか。ポルカにおいてもリズムの弾性は保たれつつ、決して崩れない精度がある。さらに注目すべきは管弦楽の扱いで、ピッコロやオーボエ、打楽器に至るまで音色の配置が極めて洗練され、単なる軽音楽とは一線を画す立体感を生んでいる。ここで鳴っているのは“気の利いた小品”ではなく、ジャンルとしての完成度を持った音楽。その本質を見抜き、過不足なく提示した見事な演奏です。


*************************************


 「ウィーンの夜」は、バルビローリ時代のハレ管弦楽団の定番プログラムのひとつであり、ベル・ヴューやフリー・トレード・ホールだけでなく、オーケストラが巡演した多くの都市、そしてとりわけロイヤル・アルバート・ホールでのヘンリー・ウッド・プロムナード・コンサート(プロムス)でも頻繁に取り上げられていた。

 特に1960年代には、「ラスト・ナイト」に匹敵するほど、くつろいで楽しめる人気の催しとなり、彼はどこか父親のような温かさで聴衆の熱狂を見守っていた。
 観客がワルツに合わせて身体を揺らすなら、必ず音楽の拍にぴったり合わせることが求められ、ポルカで足を踏み鳴らす場合も同様に、正確なテンポでなければならなかった。

 本盤に収められた演奏は、シュトラウス一家やレハールといった、いわゆる「ウィーン黄金時代」を代表する作曲家たちの音楽に対する彼の見事な手腕を雄弁に物語っている。
 彼らのすべてがウィーン生まれではないが、この街に迎え入れられた作曲家たちである。

 イタリアとフランスの血を引くこのイギリス人指揮者は、時にウィーン人以上にウィーン的であった。
 彼は、ワルツが甘さに傾きすぎることなく成立するための「絶妙なルバートの加減」を知り尽くしていたのである。同時に、そのリズムの生命力や、弦楽だけでなくピッコロ、オーボエ、打楽器に至るまでの華やかな管弦楽法の妙にも深い理解を示している。

 そして何より、こうしたウィーン風の軽妙な小品を単なる“お菓子(ボンボン)”として扱うのではなく、その中に多くの傑作が含まれていることを見抜いていた点こそが、彼の演奏をこれほどまでに魅力的なものにしているのである。


SJB1038
(CD-R)
\3800→\2990
バルビローリ・イン・ニューヨーク

ベートーヴェン:序曲《コリオラン》 作品62
 1937年12月19日 ニューヨーク、カーネギー・ホール  ライヴ録音

モーツァルト:交響曲第33番 変ロ長調 K.319
 1936年11月29日 ニューヨーク、カーネギー・ホール  ライヴ録音

メンデルスゾーン:八重奏曲 作品20 より スケルツォ
 1936年12月13日 ニューヨーク、カーネギー・ホール  ライヴ録音

ベートーヴェン:交響曲第4番 変ロ長調 作品60
 1936年12月13日 ニューヨーク、カーネギー・ホール  ライヴ録音
ジョン・バルビローリ指揮
ニューヨーク・フィルハーモニック
 
 トスカニーニの後を継ぎ、ニューヨーク・フィルに登場した直後のライヴ。
 ここにあるのは、いわゆる“完成された巨匠”ではなく、音楽と真正面から格闘する若き指揮者の姿です。
 《コリオラン》の緊張感、《第4交響曲》のしなやかな推進力、そしてモーツァルトやメンデルスゾーンにおける透明な構築感――いずれも後年に通じる本質が、すでに驚くほど明確に刻まれています。しかもこれは、批評に左右される前の“現場の音”。
 楽団との関係、呼吸、反応、そのすべてが生々しい。伝説ではなく事実としてのニューヨーク時代を聴く、極めて重要な証言です。


**************************************************


 これらの演奏は、ニューヨーク・フィルハーモニック=シンフォニー管弦楽団を指揮したバルビローリによるもので、トスカニーニの後任として首席指揮者・音楽監督に就任した最初の2シーズン(1936-37、1937-38)に行われた放送録音である。

 ニューヨーク時代における彼の「失敗」についてはしばしば語られるが、ここで思い出すべきは、著名なアメリカの批評家ローレンス・ギルマンが、彼の渡米後まもなく指揮したベートーヴェンの交響曲第2番について記した言葉である。

 ギルマンはこう述べている。
「これまで彼から聴いたすべてと同様に、この演奏は生命力に満ち、明晰で、深く感じ取られ、的確に把握されている――対象、すなわち音楽そのものに目を据えて。彼の指揮には揺るぎない誠実さがある。決して偽りも、不誠実さも、外面的なものもない。それは、解釈者にとって最も重要な一点――作曲家の思想を妨げることなく、飾ることなく伝えること――ただそれだけを追求する音楽家の成果である。」

 これは、私たちがハレ管やベルリン・フィルで知るあの姿とまったく同じものである。

 さらに数週間後、ニューヨーク・フィルの理事会は「聴衆の熱狂は明らかであり、とりわけ日曜午後の演奏会では入場者数が驚くほど増加している」と報告している。

 これに対して、ヴァージル・トムソンの激しい敵意、さらにはオリン・ダウンズのより陰湿な批判こそが、バルビローリのアメリカ時代に対する“失敗”という伝説の根源となっている。

 トムソンは、ベートーヴェンの《エグモント》序曲について「聴き逃しても損はない」と書き、エルガーの《エニグマ変奏曲》を「学究的な作品…管弦楽法の口実にすぎない」と評し、さらにシベリウスの交響曲第2番を「下品で自己満足的、しかも救いようのないほど地方的」と切り捨てている(彼はもともと「シベリウスを好む教養ある音楽家に会ったことがない」と言っている人である。気の毒な人だ!)。

 ダウンズもまた後に、エルガーの交響曲第2番を「とうの昔に根腐れしてしまった文化の残骸のような印象…終わりを祈りたくなる」と書いている。

 こうした言説をあえて持ち出したのは、彼がどれほど敵対的な批評環境の中でプログラムを組み、活動していたかを示すためであり、同時にこの録音の意義――すなわち、オーケストラと指揮者が実際に音楽を作り上げている“証拠”を私たちに直接聴かせてくれるという、バルビローリ・ソサエティの優れた姿勢――を明確にするためである。







バルビローリ
コロムビア・マスターズ


 これらのアメリカ・コロムビア録音は、オリジナルのメタル原盤およびラッカー盤から復刻されており、1940~1942年という時代の録音としては驚くべき音質を実現している。

 トスカニーニとバルビローリの対比は、単に二人の指揮者の違いにとどまらず、世代の違い、そして指揮者という存在の役割の変化そのものを象徴している。

 トスカニーニは旧時代の典型的な“絶対君主”であり、恐怖、叱責、激しい気性、そして悪魔的とも言える強烈な意志によってオーケストラを支配した。一方、30歳以上若いバルビローリは“慈悲深き専制君主”であり、より民主的で、奏者との仲間意識を大切にし、自らの音楽への喜びを演奏者や聴衆と分かち合おうとした。

 この哲学の違いは解釈にもはっきり現れている。トスカニーニは聴き手に「畏敬」を抱かせる指揮者であり、バルビローリは「愛情」を呼び起こす指揮者であった。

 この対照は、ヴェルディ《オテロ》と《レクイエム》の録音において特に明確に示される。トスカニーニは容赦なく、電撃的で、極限まで劇的、比類なき興奮を生み出す。一方バルビローリはより大らかで人間味に富み、細部に美しい工夫があり、まるで恋人のようにフレーズを慈しむ。

 どちらも正当な解釈であり、いずれも音楽の精神に忠実であり、ヴェルディの天才、そしてそれぞれの指揮者自身の天才の異なる側面を明らかにしている。

 もちろん当時のバルビローリは、後年のような大指揮者ではまだなかった。多くの指揮者がそうであるように、年齢とともに成長するものだからである。しかし録音(商業録音・放送録音)を聴けば、すでに非常に優れた指揮者であり、オーケストラも豊かで繊細な響きを持っていたことが分かる。
  (彼自身、晩年には若い頃の解釈を思い出して「時々微笑んでしまう」と語っている。また、どれほど馴染み深い交響曲であっても、常に再研究を続けていた。)




SJB1025
(CD-R)
\3800→\2990

バルビローリ

 コロムビア・マスターズ Volume 1

リムスキー=コルサコフ:スペイン奇想曲 作品34
 1940年11月16日録音(11477-8D/X185)

チャイコフスキー:組曲第3番 ト長調 作品55 より 第4楽章(主題と変奏)
 1942年4月11日録音(11826-7D/X226)

シベリウス:交響曲第1番 ホ短調 作品39
 1942年4月11日録音(11923/M325)


ジョン・バルビローリ指揮
ニューヨーク・フィルハーモニック
 

SJB1026
(CD-R)
\3800→\2990

バルビローリ
 コロムビア・マスターズ Volume 2


モーツァルト:
 ピアノ協奏曲第27番 変ロ長調 K.595
  1940年11月3日録音(11699-702D)
   ロベール・カサドシュ(ピアノ)

 交響曲第25番 ト短調 K.183
  1940年11月3日録音(11734/M490)

 クラリネット協奏曲 イ長調 K.622
  1940年12月16日録音(未発表音源)
   ベニー・グッドマン(クラリネット)

ジョン・バルビローリ指揮
ニューヨーク・フィルハーモニック

 ロベール・カサドシュ(ピアノ)
 ベニー・グッドマン(クラリネット)
  

SJB 1027
(CD-R)
\3800→\2990

バルビローリ
 コロムビア・マスターズ Volume 3


ベルリオーズ:序曲《ローマの謝肉祭》 Op.9
 1940年11月16日録音(11670D)

ドビュッシー:小組曲(ビュッセル編曲)
 1940年12月16日録音(11641D/11517D)

ドビュッシー:第1狂詩曲 L.116(クラリネットと管弦楽)
 1940年12月16日録音(11641D/11517D)
  ベニー・グッドマン(クラリネット)

ラヴェル:ラ・ヴァルス
 1940年11月16日録音(11640-1D)

ブルッフ:ヴァイオリン協奏曲第1番 ト短調 Op.26
 ナタン・ミルシテイン(ヴァイオリン)


ジョン・バルビローリ指揮、
ニューヨーク・フィルハーモニック

ベニー・グッドマン(クラリネット)
ナタン・ミルシテイン(Vln)
1940年、1942年録音

 1940年ニューヨーク録音――トスカニーニと並び立った時代のバルビローリの真価がここに。
 鋭利で電撃的なトスカニーニに対し、バルビローリはあくまで人間的、歌い、慈しむ。ベルリオーズやラヴェルでは色彩と躍動が豊かに息づき、ドビュッシーでは柔らかな詩情が広がる。
 そして何より注目はベニー・グッドマンとの共演による《第1狂詩曲》、さらにミルシテインを迎えたブルッフ。
 スターたちを包み込みながら音楽を生きたものとして立ち上げる手腕は圧巻。若き日のバルビローリ、その魅力が鮮やかに刻まれた記録です。


SJB1039
(CD-R)
\3800→\2990

バルビローリ
 コロムビア・マスターズ Volume 4

ブラームス:大学祝典序曲 作品80
 1940年11月16日録音

ブラームス:交響曲第2番 ニ長調 作品73
 1940年4月2日録音


スメタナ:歌劇《売られた花嫁》序曲
 1940年8月2日録音

バルビローリ:エリザベス朝組曲
 1942年4月12日録音

ジョン・バルビローリ指揮
ニューヨーク・フィルハーモニック

すべてニューヨーク市リーダークランツ・ホールでの録音





SJB1009
(CD-R)
\3800→\2990

バルビローリ
 オーボエ協奏曲集第1集


コレッリ:オーボエ協奏曲(バルビローリ編)

ペルゴレージ:オーボエ協奏曲(バルビローリ編)
 1957年5月24-25日 マンチェスター録音/ハレ管

チマローザ:オーボエ協奏曲 ハ長調/ハ短調(ベンジャミン編)
 1959年6月5日 クリクルウッド録音/プロ・アルテ管

アルビノーニ:オーボエ協奏曲 作品7-3(変ロ長調)
アルビノーニ:オーボエ協奏曲 作品7-6(ニ長調)

マルチェッロ:オーボエ協奏曲 ハ短調(ロスウェル編)
 1959年6月5-6日録音

ヘンデル:オーボエ協奏曲第1番 変ロ長調 HWV301
(ロスウェル/マッケラス編)
 1958年9月2日 マンチェスター録音
エヴリン・ロスウェル(Ob)
ジョン・バルビローリ指揮

録音:1957-59

 オーボエ奏者のエヴリン・ロスウェルはご存知のようにバルビローリの奥さん。
 バルビローリは妻と多くのオーボエ協奏曲の録音を残し、いずれもがバルビローリらしい優雅さと温かさをもった名演となっている。
 またバルリローリは『コレッリの主題によるオーボエ協奏曲』、『ペルゴレージの主題によるオーボエ協奏曲』などいくつかの作品を編曲している。


****************************************************

 1933年、エヴリン・ロスウェル(1911-2008)は、コヴェント・ガーデン巡回歌劇団のオーケストラで第2オーボエ奏者として働き始めて2年目のとき、スコティッシュ管弦楽団の首席オーボエ奏者のオーディションに招かれた。彼女がそのようなポストに応募できるまでに成長するスピードは驚くべきもので、というのも彼女がオーボエを始めたのは10代後半になってから、ほんの数年前のことだったからである。

 1935年12月、ロスウェルはペルゴレージの協奏曲を初演し、その際の指揮がバルビローリだった。
 お互い通じるものがあったのだろう、1939年には二人は結婚、ニューヨーク・フィルの音楽監督を務めていたバルビローリに伴って二人はアメリカへ渡る。

 ある演奏会で彼女がこのペルゴレージ協奏曲を演奏した際、オーストラリアの作曲家アーサー・ベンジャミンがこれを聴き、大いに感銘を受けた。
 彼はドメニコ・チマローザの音楽に基づく同様の作品を書こうと申し出た・・・が、その後しばらく音沙汰がなかった。
 ところが、バルビローリ夫妻がロサンゼルス(ハリウッド・ボウルでの指揮のため)へ向かう列車でバンクーバーを発つまさにその瞬間、ベンジャミンが突然現れ、完成したばかりの楽譜を、驚くエヴリンの手に押し込んだのである。

 1945年、バルビローリは妻のために2つ目の協奏曲編曲を作り、今回はコレッリの作品を素材とした。
 通奏低音付きヴァイオリン・ソナタから5つの楽章を選び、ヴァイオリン・パートをオーボエ用に書き替え、通奏低音を弦楽合奏の伴奏へと拡充している。
 この作品でもペルゴレージ協奏曲と同様、原曲の様式と精神が丁寧に保たれている。

 なお、マルチェッロの録音については、従来ボネッリ編曲とされることがあったが、実際にはレディ・バルビローリ(エヴリン)が自身の版で演奏していたものである。


 

SJB1012
(CD-R)
\3800→\2990

バルビローリのグリーグ


グリーグ:ノルウェー舞曲(全4曲) 作品35
 1970年5月22日録音
 (HMV ASD 2773/2YEA4273)

グリーグ:抒情組曲 作品54
 1969年8月6日録音
 (HMV ASD 2773/2YEA4274)

グリーグ:交響的舞曲(全4曲) 作品64
 1957年8月9日~10日録音
 (Pye GSGC14077)

グリーグ:「忠誠行進曲」(「十字軍の戦士シーグル」より) Op. 56, No. 3
 1969年8月6日録音
 (HMV ASD 2773/2YEA4273)

ジョン・バルビローリ指揮

 グリーグは、バルビローリと特に結びつけて語られる作曲家ではないが、彼がこの音楽に深く共感していたことに疑いはない。

 1933年10月、彼はバックハウスとともにグリーグのピアノ協奏曲イ短調を録音している。第2楽章のテスト録音の際、この楽章は弱音器付き弦楽による美しい主題で始まるが、ピアノが入る直前、バックハウスは顔を上げてこう言った。
 「ここにピアノが入ってきて、この美しさを壊してしまうのが残念だね・・・なんて魅力的なんだ!」
 そのときバルビローリはどんな甘美な音楽を奏でていたのだろう!

 1957年、バルビローリは再びグリーグに取り組み、《交響的舞曲》をパイ・レーベルに録音し、さらに1969年には《ペール・ギュント》音楽から12曲をEMIに録音している。

 また1969年8月および1970年5月には、アビー・ロード・スタジオで《ノルウェー舞曲》《抒情組曲》《「シグルド・ヨルサルファル」からの行進曲》をEMIに録音した。
 《交響的舞曲》は1957年8月9日および10日、マンチェスターのフリー・トレード・ホールで録音されている。



SJB1065
(2CD-R)
\5200→\3790
バルビローリ&ハレ管
 ベルリオーズ:幻想交響曲 op.14

 ベルリオーズ:「ファウストの劫罰」からの3曲
 ベルリオーズ:「ファウストの劫罰」~鬼火のメヌエット(リハーサル風景)
 ドビュッシー:交響詩「海」
 ラヴェル:「ダフニスとクロエ」第2組曲
 ラヴェル:「マ・メール・ロワ」組曲
 ラヴェル:ラ・ヴァルス
ジョン・バルビローリ指揮、
ハレ管弦楽団
1957年、1959年  録音方式:ステレオ(セッション)  録音レーベル:英パイ    
バルビローリ好きにはたまらないベルリオーズの「幻想」が協会から。  


 バルビローリが生涯をかけて向き合い続けたフランス音楽、その核心がここに凝縮されています。
 構築と情念が一体となった《幻想》は、緻密でありながら常に呼吸し、音楽が内側から燃え上がるような凄みを放つ名演。
 さらに《ファウストの劫罰》、ドビュッシー《海》、ラヴェル作品群と、彼の美意識を決定づけたレパートリーが一望できる贅沢な内容です。
 加えてリハーサル音源収録――完成された音の裏側まで覗ける貴重な証言。音楽に対する誠実さと覚悟、そのすべてが刻まれた決定的セットです。


***********************************


 1927年12月、ロンドン交響楽団との大成功のデビューを果たした後、バルビローリは王立フィルハーモニー協会のコンサートを指揮した史上最年少の指揮者となった。当時29歳である。彼が選んだのはドビュッシー《海》。この作品はロンドンでは10年間演奏されていなかった。
 オーケストラはこの不慣れな楽譜により多くの時間を必要としていたため、彼は追加リハーサルの費用を自費で負担した。その額は、コンサート全体の指揮料にほぼ匹敵するほどだった。

 その後も彼は生涯にわたってフランス音楽に深い愛情と献身を注ぎ続けた。1970年5月、マンチェスターでのハレ管弦楽団との最後の演奏会でも、ラヴェル《マ・メール・ロワ》組曲を指揮している。

 ベルリオーズの《幻想交響曲》は、彼のレパートリーの中核をなす作品となった。
 ハレ管の歴史においても重要な2つの場面――1951年、新フリー・トレード・ホールでの最初の演奏会、そしてその2年後のハレ管初のプロムス出演――いずれにおいても、この作品が取り上げられている。

 このたび、その《幻想交響曲》の名盤が、《ファウストの劫罰》からの3曲とともにカタログに復活した。
 さらにボーナストラックとして、本録音セッションからのリハーサル風景(「鬼火のメヌエット」)も収録されている。

     
 



SJB1083
(CD-R)
\3800→\2990
チェコ放送局所蔵、初出音源
 ブラームス:交響曲第1番

  ~プラハの春音楽祭 1958~
ジョン・バルビローリ指揮、
ハレ管弦楽団

1958年5月24日録音

チェコ放送局所蔵、初出音源!



 目隠しして聴けば、ウィーン・フィルと錯覚するだろう。
 バルビローリ指揮ハレ管は、このスメタナ・ホールでのほとんど驚異的とも言える演奏で燃え上がっている。ホルンやフルートのソロも実に見事だ。
――BBCミュージック・マガジン(2014年クリスマス号)★5つ星

****************************


 1958年、バルビローリとハレ管弦楽団はプラハの春音楽祭に招かれた。5月24日、音響に優れたスメタナ・ホールで行われた最初の演奏会では、ベルリオーズ《ローマの謝肉祭》序曲、エルガー《エニグマ変奏曲》、ブルックナー交響曲第4番が演奏された。

 翌日の演奏会(本CDに収録されたもの)は、ウェーバー《オベロン》序曲で幕を開け、続いてヴォーン・ウィリアムズ交響曲第8番、そして最後にブラームス交響曲第1番で締めくくられた。

 チェコ放送がウェーバーとブラームスの原テープを保存し、今回バルビローリ・ソサエティのために提供してくれたことは、極めて意義深く、感謝すべきことである。というのも、このブラームスのハ短調交響曲(第1番)は、彼の指揮による現存録音がきわめて少なく、ライヴ・商業録音を含めても他にわずか2例しか知られていないからである。どのような事情によるものかはともかく、このような音楽的に貴重な記録を残してくれたチェコの録音技術者たちには感謝すべきであろう。

 演奏は、強烈な集中力と構築性の高さにおいて特筆すべきものであり、特にウェーバー序曲では必要とされる場面での各奏者の個性と繊細さが際立っている。

 各作品の後に聴かれるチェコの聴衆の自発的で熱狂的な喝采は、この演奏の価値を雄弁に物語っている。当時の観察者は、交響曲の終演後について「バルビローリは聴衆を完全に手のひらの上で操っていた」と記している。

 これらの録音はチェコ放送のアーカイヴからのものであり、今回が初めてのリリースである。







SJB 1096
(CD-R)
\3800→\2990

ジョン・バルビローリ~最初のオーケストラ録音

 ・EDISON BELL RECORDING 1927
 ・SPANISH HMV RECORDING 1928
 ・NGS RECORDING 1927
THE EDISON BELL RECORDINGS 1927
 ワーグナー:「さまよえるオランダ人」序曲
 ワーグナー:「マイスターシンガー」第3幕の前奏曲
 フンパーディンク:「ヘンゼルとグレーテル」序曲
 プッチーニ:「蝶々夫人」よりデュエット
 マスカーニ:「カヴァレリア・ルスティカーナ」よりアリア
LILIAN STILES-ALLEN (soprano)
DAN JONES (tenor)
SYMPHONY ORCHESTRA
THE SPANISH HMV RECORDINGS 1928
 カザルス:サルダーナ(チェロ・アンサンブルのための)
 モーツァルト「魔笛」-[誰でも恋の喜びを知っている]からのバルビローリ編曲
ロンドン・スクール・オブ・チェロズ
LONDON SCHOOL OF CELLOS
THE NGS RECORDINGS 1927
 エルガー:弦楽のための序奏とアレグロ
 ウォーロック:セレナーデ
 ディーリアス:川面の夏の夜
 ドビュッシー:神聖な舞曲と世俗的な舞曲(ハープ独奏と弦楽合奏のための)
 B・マルチェロ:ハ長調のソナタ Op.1 No. 5:アレグレット
ナショナル・グラモフォニック協会室内管弦楽団
CHENIL GALLERIES CHAMBER ORCHESTRA
(NGS Chamber Orchestra)
初CD化


 これは“ただの復刻”ではありません――若きジョン・バルビローリの核心に迫る、驚異の記録集です。
 エディソン=ベルでの初期録音からすでに、ワーグナーにおける楽譜把握の鋭さと、遅いテンポを崩さず支え切る統御力が明確に刻まれています。
 そして最大の衝撃は、チェロ合奏という異色編成で録音されたカザルス《サルダーナ》世界初録音。これは単なる珍品ではなく、弦の呼吸そのものを掴んだ指揮者の本質が露わになった瞬間です。
 さらに、エルガー自身が録音しなかった《序奏とアレグロ》という決定的資料、加えてハープではなくピアノで演奏されたドビュッシーというレコード史上の異端まで収録。
 初録音、未録音作品、特異編成――すべてが揃った本盤は、“知られざるバルビローリ”を覆す決定的証言であり、収集家なら見逃すことのできない一枚です。


*************************************


 このコレクションは、最大50人編成のオーケストラを収容可能なエジソン=ベル社の大録音室で行われた録音から始まる。
 冒頭はワーグナー《さまよえるオランダ人》序曲であり、録音の古さにもかかわらず、楽譜への確かな把握が明瞭に伝わってくる。
 同様に《ニュルンベルクのマイスタージンガー》第3幕前奏曲では、内在する気品が見事に表現され、極めて遅いテンポも完全にコントロールされている。
 フンパーディンク序曲では、冒頭のアダージョから緻密に構築され、《ヘンゼルとグレーテル》の家庭的で森の情景を豊かに描き出す統率力が際立っている。


 また、本セットには極めて珍しい録音が2点収められている。
 これはロンドンでスペインHMVのために制作されたもので、ロンドン・スクール・オブ・チェロズを指揮している。若き彼にとって特別な意味を持つ企画であったに違いない。
 レパートリーについては純粋主義者が疑問を持つかもしれないが、音楽性と感情の深さは際立っており、特にパブロ・カザルスの作品においてその魅力が顕著である。
 ひとつは、1926年に作曲されたばかりのカザルス《ラ・サルダーナ》のチェロ合奏版による世界初録音である。優れたチェリストから別の偉大なチェリストへのオマージュとも言える演奏で、アンサンブルの精度と技術の高さは驚くべきものである。
 さらに《魔笛》のバス・アリア編曲では、原曲に極めて忠実な音楽的ドラマと感情表現が実現されている。


 コレクションの最後は、ロンドン・チェニル・ギャラリーで活動していた室内管弦楽団との録音で締めくくられる。
 この著名な美術ギャラリー(チェルシー、キングス・ロード)は定期的な演奏会場でもあり、録音は1927年1月および10月、ロンドン中心部のヴォカリオン・スタジオで行われた。当時、楽団はナショナル・グラモフォニック協会室内管弦楽団と呼ばれていた。
 これら1927年の録音セッションは重要である。というのも収録曲の多くが当時存命の英国作曲家の作品であり、しかもすべて初録音だったからである。
 中でも最も重要なのは、エルガー《弦楽のための序奏とアレグロ》である。当時エルガーは自作の録音をHMVで進めていたが、この作品だけは自ら録音することがなかった。
 また、ピーター・ウォーロックの《セレナード》(1922年、ディーリアス60歳記念作)や、ディーリアス《川の上の夏の夜》も1927年1月3日のセッションから収められている。

 そしてこの中には、ドビュッシー《神聖な舞曲と世俗的な舞曲》の世界初録音も含まれる。
 この作品は1904年にフランスのハープ製造会社プレイエルの依頼で作曲されたが、当時クロマティック・ハープは一般的ではなかったため、出版社デュランはピアノでも演奏可能とするようドビュッシーに提案した。そのため、この作品の最初の録音がピアノと弦楽合奏版であるという事実は、レコード史上の興味深い逸話となっている。本盤ではピアノをエセル・バートレットが担当しており、通常ハープで聴かれるこの作品において、ピアノの音色は多くの聴き手にとって新鮮な驚きとなるだろう。しかしその音楽的完成度は非常に高い。
 最後に収められているのは、ベネデット・マルチェッロ(1688-1739)のソナタ作品1第5番からアレグレット楽章を編曲したもの。この演奏では弦楽のダイナミクスを自在に操る手腕が明確に示されており、まさに名指揮者の仕事ぶりが刻まれている。





SJB 1097
(CD-R)
\3800→\2990
1947年12月5日金曜日
 バルビローリ/BBC放送コンサート


 モーツァルト:「アイネクライネナハトムジーク」
 ディーリアス:「フェニモアとゲルダ」間奏曲
 ベートーヴェン:交響曲第4番


1951年5月10日

 ポール・クレストン:トロンボーンとオーケストラのための幻想曲 Op.42
ハレ管弦楽団
ジョン・バルビローリ指揮

メイジー・リンガム(トロンボーン)

すべて初登場音源。

 1947年12月5日(金)、BBCによって放送された、ハレ管弦楽団とジョン・バルビローリ(叙勲の2年前)の演奏会。
 モーツァルト《アイネ・クライネ》では弦楽器奏者としての本領が発揮され、理想的な均衡と気品を聴かせます。
 続くディーリアスでは繊細な色彩感が光り、そして最大の聴きものは商業録音を残さなかったベートーヴェン第4番。放送音源でしか触れられない深い解釈は極めて貴重です。
 さらに英国初演となるクレストンのトロンボーン作品も収録。

 歴史的価値、希少性、演奏の充実――三拍子揃った注目盤です。

************************************

 1947年12月5日(金)、BBCによって放送されたハレ管弦楽団の演奏会(当時まだナイト叙勲前、音楽への功績により叙勲される2年前)は、プログラムだけを見ると一見ごく標準的なものに思えるかもしれない。

 演奏会は、クラシック音楽の中でも最もよく知られた作品の一つ、モーツァルトの弦楽セレナード第13番《アイネ・クライネ・ナハトムジーク》で始まる。バルビローリの演奏はテンポ、内部のバランスともに理想的であり、優れた弦楽器奏者であった彼らしい解釈と言える。

 続いて演奏されるのは、ディーリアス最後のオペラ《フェニモアとゲルダ》からの間奏曲。この選曲がバルビローリ自身によるものか、あるいはBBCの担当者によるものかは定かではないが、いずれにせよ適切な選択であった。というのも、このオペラは本来大編成(木管三管編成とハープ2台)を要求するが、この間奏曲は作曲者の助手エリック・フェンビーが1936年に編曲した小編成版で演奏されているからである。

 バルビローリがベートーヴェンの交響曲全集を商業録音として残さなかったことは惜しまれる。しかし現存する放送録音によって、国際的な演奏会レパートリーの中核を成すこれらの交響曲に対する彼の深い理解を、より十分に知ることができる。特に交響曲第4番の演奏(彼はこれを商業録音していない)は、彼の芸術を考察するうえで極めて重要であり、大きな価値を持つ。

 1936年、ニューヨーク・フィルハーモニック=シンフォニー協会の指揮者に就任した際、バルビローリはキャリアで初めて本格的にアメリカ音楽と向き合うこととなった。当時はまだコープランド、バーバー、ロイ・ハリス、バーンスタインといった後の重要作曲家の作品は広く知られておらず、ガーシュウィンのコンサート音楽でさえ十分に定着していなかった時代である。

 それでも彼はその職務に伴う責任を回避することなく、在任中の6年間にわたりアメリカ作品を積極的にプログラムに取り入れた。イギリス帰国後も、その姿勢は変わらず、現代アメリカ音楽を英国の聴衆に紹介し続けた。

 このアルバムの最後を飾るのは、1951年5月に行われたポール・クレストン《トロンボーンと管弦楽のための幻想曲》作品42の英国初演である。この印象的な作品は、アメリカの名トロンボーン奏者ロバート・マーステラーのために、アルフレッド・ワレンスタインとロサンゼルス・フィルによって委嘱され、1948年に初演された。

 1940年代のアメリカでは、トロンボーン奏者でありバンドリーダーでもあったトミー・ドーシーが絶大な人気を誇り(1938年にはフランク・シナトラを見出している)、この楽器の認知度向上に大きく貢献した。さらにマーステラーの活躍によって、その人気は一層高まった。

 バルビローリはすでにクレストンの《ダンス序曲》を2度取り上げており、この新作《トロンボーン幻想曲》にも即座に関心を示した。そして本盤では、ハレ管の名手メイジー・リンガムによる優れた独奏でその演奏が聴かれる。





SJB 1999
(2CD-R)
\5200→\2990

グローリアス・ジョン
 没後40周年記念アルバム

ビーネ:壊れた旋律
 1911年 ジョン・バルビローリ(チェロ)

モーツァルト:弦楽四重奏曲第16番 変ホ長調 K.428
 1925年

マスカーニ:歌劇《カヴァレリア・ルスティカーナ》より「ママも知るとおり」
 1927年 リリアン・スタイルズ=アレン

ヴェルディ:歌劇《オテロ》より「誰も恐れることはない」
 1928年 レナート・ザネッリ

プッチーニ:歌劇《トスカ》より「三人の密偵…馬車だ…急げ、“テ・デウム”」
 1929年 ジョヴァンニ・インギレッリ

ヨハン・シュトラウス2世:喜歌劇《こうもり》より「兄弟よ、姉妹よ」
 1930年

サン=サーンス:結婚のケーキ(ワルツ=カプリース) Op.76
 1932年 イヴォンヌ・アルノー

バルフ:歌劇《ボヘミアン・ガール》序曲
 1933年 

コリンズ:序曲《サー・アンドリューとサー・トビー》
 1942年3月22日録音(ニューヨーク、カーネギー・ホール/ライヴ)

ワインベルガー:クリスマス
 1939年12月24日録音(ニューヨーク、カーネギー・ホール/ライヴ)

ウェーバー:歌劇《オイリアンテ》序曲
ディーリアス:楽園への道
 1947年8月20日録音(ザルツブルク祝祭劇場/ライヴ)
 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団


ストラヴィンスキー:弦楽オーケストラのための協奏曲 ニ調《バーゼル》
 1948年 ハレ管弦楽団

モーツァルト:カッサシオン K.63
 1950年 ハレ管弦楽団

モーツァルト:ディヴェルティメント第11番 ニ長調 K.251
 1952年 ハレ管弦楽団

グリーグ:抒情小曲集 Op.57より 第4曲「秘密」
 1953年 ハレ管弦楽団

ヴィラ=ロボス:ブラジル風バッハ第4番
 1955年 レ管弦楽団

ファリャ:《スペイン民謡集》より 第2曲「ムルシアのセギディーリャ」(ハルフテル編)
 1957年 マリーナ・デ・ガバライン

レハール:ワルツ《金と銀》 Op.79
 1966年 ハレ管弦楽団

バッハ:カンタータ第208番より「羊は安らかに草を食み」
 1969年 ハレ管弦楽団

 没後40周年記念アルバム。
 1911年の少年時代のチェロ録音から、1969年の国際指揮者としての録音まで、「ライブ」録音とスタジオ録音の両方で構成されています。
 特別ボーナスは、彼がウィーン・フィルを指揮した1947年8月20日ザルツブルク音楽祭コンサートでのウェーバーとディーリアスの放送録音です。

***********************

 この2枚組は、サー・ジョン・バルビローリ(1899-1970)の没後40年を記念して企画されたもので、1911年の少年チェリスト時代から1969年の国際的指揮者としての姿までを、ライヴ録音およびスタジオ録音によってたどる内容となっている。

 バルビローリは1899年12月2日、ロンドンのブルームズベリー、サウサンプトン・ロウに生まれた。本人は誇らしげに“コックニー(ロンドンっ子)”と称していたが、正確にはジョヴァンニ・バッティスタ・バルビローリとして生まれた。父はイタリアからの移民ヴァイオリニスト、母はフランス人という血統であり、イギリス生まれのイタリア=フランス系という、音楽家として理想的な背景を持っていた。

 その資質は見事に開花し、エルガー、ヴェルディ、ドビュッシー、ヴォーン=ウィリアムズ、プッチーニ、ラヴェルといった作曲家たちを、等しく鋭い感性と洞察、そして直感によって指揮した。

 本アルバムは、そうした彼の歩みをたどる“音による伝記”ともいうべき内容であり、マイケル・ケネディによる解説(多数の貴重な写真付き)が、その生涯を録音とともに描き出している。

 特筆すべきは、1947年8月20日、ザルツブルク音楽祭でウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮した際のオーストリア放送録音で、ウェーバー《オイリアンテ》序曲とディーリアス《楽園への道》が収められている点である。
 ケネディは「ウィーン・フィルがディーリアスを演奏したのはこれが初めてではないか」と問いかけている。

 また本盤には、ニューヨーク時代の貴重な記録も含まれている。アンソニー・コリンズは長年の友人で(ロンドン交響楽団で共に演奏していた)、1936年から1945年までアメリカで活動していた。彼の《サー・トビーとサー・アンドリュー》(シェイクスピア『十二夜』の喜劇的登場人物に基づく)は、見過ごされがちな才能を示す好例である。

 さらに今日ではほとんど忘れられた存在となった作曲家に、チェコ出身のヤロミール・ワインベルガーがいる。彼のオペラ《バグパイプ吹きのシュヴァンダ》は戦間期に人気を博した。《クリスマス》(オルガンと管弦楽のための作品)は1929年に作曲されている。
 そして1939年、彼は《古いイギリスの旋律による変奏曲とフーガ〈広がる栗の木の下で〉》を、バルビローリとニューヨーク・フィルハーモニックに献呈している。








 SJB 1107
(CD-R)
\3800→\2990
未発表音源
 バルビローリ・コンダクツ
・エルガー
  エルガー:交響曲第2番Op.63
ジョン・バルビローリ指揮
BBC交響楽団

 録音:1964年5月20日 コヴェントリー大聖堂

 エルガー交響曲第2番――その真価は“全曲がひとつの生命として呼吸すること”にあります。
 本演奏で聴けるのは、まさにその理想形。冒頭から終結まで、音楽が途切れることなく有機的に連なり、内側から自然に立ち上がる。表面的な壮大さではなく、失われたものへの追憶と静かな痛みが、全体を貫く一本の流れとなって響きます。
 スケルツォの激しさも、終楽章の静かな受容も、すべてが必然として結びつく。構造を示すのではなく、音楽そのものを“生き物”として鳴らしたバルビローリの真骨頂。後の指揮者にとっても指標となる、決定的名演です。


***************************************

 1964年のエルガー交響曲第2番のこの演奏において、今なお強く心を打つのは、解釈全体に貫かれた本質的な「一体性」である。すなわち、注意深い聴き手であれば、この傑作のスコアが最初の一音から最後の一音へと展開していく過程を、深い理解に基づいて追うことができるのである。

 エルガーの2つの交響曲が初めて世に現れた時から、それぞれの作品に通底する有機的で精妙な構造は、これを取り上げる指揮者が必ず把握し、演奏に反映させなければならない本質であった。しかし、どれほど高い評価を受けた演奏であっても、必ずしもそうした理解に基づいているとは限らない――バルビローリの場合は明らかにそれが成されている。

 彼のアプローチは、とりわけこの交響曲において、他の指揮者よりも「柔軟」で「感情を深く探る」ものだと感じる批評家もいる。多くの指揮者が“全体像”を提示することに重点を置くのに対し、エルガーの有機的統一をより深く把握することで、表現の微細なニュアンスにまで踏み込み、他の指揮者が見過ごしがちな細部を浮かび上がらせているのである。

 この作品の感情的核心――いわば“メッセージ”――は、総譜の冒頭に掲げられたシェリーの詩「まれに、まれにしか来たらぬ、歓喜の精よ(Rarely, rarely comest thou, Spirit of Delight)」にある。実際、交響曲作曲の前年にエルガーの親しい友人が6人も亡くなっていたことを思えば、この言葉の重みは一層深く理解されるだろう。

 BBC交響楽団の緊密なアンサンブルと、当時新しく献堂されたコヴェントリー大聖堂の豊かな残響が相まって、この作曲家の芸術の真価を改めて浮かび上がらせている。

 解釈として、この演奏は模範的である。極めて難解なこのスコアを完全に把握しきっており、後の指揮者にとって一つの指標となるべき存在である。歓喜に満ちた冒頭から、追悼の想いを秘めた緩徐楽章、悪意すら感じさせるスケルツォの激発、そしてこの交響的生命が眠りへと収束していく終結に至るまで――そのすべてにおいて、見事であり、深い表現力に満ちている。まさに偉大な演奏である。



 
 .


 SJB 1108
(2CD-R)
\5200→\3790
バルビローリ・コンダクツ
 バルトーク、プロコフィエフ、シューベルト

  Disc. 1
   シューベルト:交響曲第5番D.485
   プロコフィエフ:ヴァイオリン協奏曲第2番Op.63
  Disc. 2
   バルトーク:管弦楽のための協奏曲
ジョン・バルビローリ指揮
Disc. 1
 イオン・ヴォイク(Vln)
 ジョルジェ・エネスク
  国立フィルハーモニー管弦楽団
Disc. 2
 ハンガリー国立交響楽団

 Disc. 1 録音:1961年9月16日、17日 ジョルジュ・エネスク国際フェスティバル ライヴ(ステレオ録音)
 Disc. 2 録音:1961年9月26日 ブダペスト(モノラル録音)

 プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番は、バルビローリにとって非常に魅力的な作品であり、しかも、当代随一のルーマニア人ヴァイオリニストで偉大なジョージ・エネスコの弟子であるイアン・ヴォイクという素晴らしいソリストを迎えたことは注目に値する。

 バルトークの管弦楽のための協奏曲は、1961年9月にバルビローリが訪れたブダペストで、その1週間後に録音されたもので、ハンガリー国立交響楽団が素晴らしい音楽性で応えています。
 この作品は、20世紀のオーケストラのための最高のショーピースであると同時に、この時期の他の作品ではほとんど要求されない卓越した技術と結びついた音楽性を、個人的にも団体的にも演奏者が要求される、真の協奏曲であると考えられているます。

 バルトークとプロコフィエフは未発表の録音。
 プロコフィエフとシューベルトの録音はステレオ。

************************************


 プロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第2番のように、即座に魅力を放つ作品がバルビローリに強く訴えかけたであろうことは疑いない(実際、彼はこの協奏曲を生涯で13回も指揮している)。しかも独奏は、当時ルーマニアを代表するヴァイオリニストの一人であり、エネスクの高弟でもあるイオン・ヴォイクという理想的な存在である。
 1961年の訪問時に収められたこの演奏は見事で、とりわけ第2楽章の「チクタク」と刻まれる12/8拍子の伴奏、そしてその終結部の精妙なオーケストレーション(コントラバスとクラリネットの独奏)を完璧に捉えている点が印象的である。

 一方バルトークの演奏は、その約1週間後、1961年9月に行われた東欧訪問の際、ブダペストで録音されたものである。作品は壮大な《管弦楽のための協奏曲》。ハンガリー国立交響楽団はこの作品に対し、見事な演奏能力で応えている。

 この作品は、20世紀を代表するオーケストラのための名作の一つであると同時に、真の意味での“協奏曲”でもある。というのも、各奏者、そしてオーケストラ全体に、極めて高度な技術と音楽性の両立が要求されるからである。

 このような強い意志と芸術的完成度を備えた作品が、バルビローリの心を捉えたのは当然であり、彼がハンガリー作品の中で最も多く取り上げたのも頷ける。そしてこのブダペストでの演奏では、技術的完成度とともに、比類ない音楽的な温かさが表現されており、非常に印象的であると同時に、深い感動を呼び起こす。
 とりわけ「エレジー」におけるハンガリーの奏者たちの表現は、バルトーク自身が最後のメッセージを楽譜に刻みつけようとした際の情熱を映し出すかのような強烈なものとなっている。

 自然な表現と、精神的な抵抗の力強さ――その両方を併せ持つこの演奏は唯一無二であり、だからこそ極めて価値が高い。
 偉大な音楽家たちによる、偉大な演奏である。
 








ページ内の商品チェック・ボックスをクリックしたら、最後に 「かごに入れる」ボタンを押してください。
新店内のほかのページのお買い物がありましたら、そちらもすませ、最後に「注文フォームへ」ボタンを押して注文フォームで注文を確定してください。
(チェック内容を変更したら、必ずもう一度「かごに入れる」ボタンをクリックしてください。変更内容がかごに反映されませんので)


注文フォームへ


アリアCD トップページへ



Copyright(C) 2013 ARIA-CD.All rights reserved.44.45.46