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在任期間3か月
悲劇のベルリン・フィル首席指揮者
レオ・ボルヒャルトの芸術
ALTUS
1CD\3500→\1290
~10/13(火)午前9時


 ALTUS超特価セール。
 この衝撃的価格で。
 数に限りがあるので、抽選漏れの際はご容赦を。

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 20世紀のベルリン・フィルの歴代指揮者のリストを見ると、ひとりだけ知らない人がいる。

 ハンス・フォン・ビューロー(1887年 - 1892年 常任指揮者)
 アルトゥル・ニキシュ(1895年 - 1922年 常任指揮者)
 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1922年 - 1945年 常任指揮者)
 ★レオ・ボルヒャルト(1945年 常任指揮者)

 セルジュ・チェリビダッケ(1945年 - 1952年 常任指揮者)
 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1952年 - 1954年 終身指揮者)
 ヘルベルト・フォン・カラヤン(1955年 - 1989年 終身指揮者・芸術監督)
 クラウディオ・アバド(1990年 - 2002年 首席指揮者・芸術監督)
 サイモン・ラトル(2002年 - 2018年 首席指揮者・芸術監督)
 キリル・ペトレンコ(2019年 -首席指揮者・芸術監督)

 レオ・ボルヒャルトである。

 1945年に短期間常任指揮者を務めているらしいが・・・何かの間違いなのか?
 そんな人の名前、聞いたこともない。録音ももちろん聴いたことはない。


 しかし戦後 ベルリン・フィルの歴史の第1ページを飾ったのは フルトヴェングラーでもなければチェリビダッケでもなかった。
 レオ・ボルヒャルトだった。
 彼は戦争中、反ナチスの活動をしていたため、ベルリン・フィルを指揮することはあっても トップ 指揮者になることはなかった。ただ、当然そんな状況だったので、やがて ベルリンの地下に潜って反ナチスの活動を続けることになる。
 そして時代は終戦を迎える。ベルリンでの戦いは終わり ドイツは無条件降伏をした。レオ・ボルヒャルトはここでようやく表舞台に登場する。

 彼は、無条件降伏のわずか半月後、瓦礫をかきわけベルリン・フィルの団員たちを必死に集め、声をかけ、口説き、導き、さらにロシア軍 司令官を説得し、ベルリン・フィルのコンサート活動の許可を得る。
 そうして、芸術に飢えたドイツの聴衆たちの前で ベルリン・フィルの戦後初のコンサートを開催した。1945年5月26日。それからボルヒャルトは22回にわたって ベルリン・フィルを指揮した。
 まぎれもなく、颯爽たる常任指揮者である。
 時代は彼を必要としていた

 ・・・はずだった。

 それから3か月。1945年8月23日。
 ボルヒャルトは、音楽愛好家のイギリス人 大佐の夕食の招待を受けていた。その食事が終わった後、ボルヒャルトは大佐の運転する車で家路についた。街は真っ暗。前夜にはロシア軍とロシア アメリカ軍の兵士の間で打ち合いがあったため、アメリカ軍の兵士には、通行する全車両を点検するようにという通達が出ていた。そして指示に従わぬものがいれば 発砲するようにという命令も下っていた。
 ボルヒャルトを乗せたイギリス人 大佐の車はアメリカ人歩哨兵の前を通った。歩哨兵は即刻停車を命じた。しかしイギリス人大佐は無視して走り抜けようとした。アメリカ兵士は命令通り発砲した。車輪を狙ったつもりだったかもしれない。しかしその弾は、・・・不幸にもレオ・ボルヒャルトの頭を貫通した。

 こうしてボルヒャルトの短いベルリン・フィル常任指揮者の時代は終わりを告げた。


 そんなボルヒャルトの貴重な録音。
 存在は知っていて、その演奏を一度は聴いてみたい、と思っていてもなかなか実際にその演奏を聴くことはできなかった。
 その録音をいい感じでまとめたのがTAHRA。
 今回はそのTAHRAの音源をALTUSがさらに丁寧に復刻。もちろんさすがに高音質とは言えないが、その芸術の真価を知るにはまたとないアルバム。日本語解説もある。


 その演奏はなかなか大したもの。
 「ボルヒャルトがベルリン・フィル常任指揮者となったのはたまたまタイミングがあっただけ」、という人もいるがこの演奏を聴けばそうは言ってられない。あの事故がなければ、ボルヒャルトの時代はその後も長く続いたと考えるのが自然だし、今回のアルバムを聴けばそれを納得していただけると思う。
 「ロメオとジュリエット」なんて、われわれが頭に思い浮かべるドイツの大巨匠たちとまったく同格の大スケール演奏。

 この人が普通に活動していたら、チェリビダッケもカラヤンも、その人生は大きく変わっていたはずなのである。






 TALT 068
\3500→\1290
レオ・ボルヒャルトの芸術
 (1)チャイコフスキー:バレエ組曲『くるみ割り人形』 作品71a
 (2)ウェーバー:『オベロン』序曲
 (3)チャイコフスキー:幻想序曲『ロメオとジュリエット』
 (4)グラズノフ:交響詩『ステンカ・ラージン』
レオ・ボルヒャルト(指揮)
ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

 米兵の凶弾に倒れた悲劇の指揮者が残した偉大な演奏、ベルリン・フィルが完全燃焼、ボルヒャルトの名盤復活。

 録音:(1)1934-1935年、(2)(3)1945年6月30日、(4)1945年6月17日/モノラル、国内プレス、日本語帯・解説付

 長らく廃盤で復活を望む声が多かったボルヒャルトの名盤。
 ターラ音源をAltus がライセンスしリマスター復刻いたしました。

 戦後フルトヴェングラーに代わりベルリン・フィル首席指揮者として活躍したものの、1945年8月23日に米軍の誤射で亡くなってしまった悲劇の大巨匠ボルヒャルト。残された録音は少なくどれも貴重なもので、ベルリン・フィルの白熱した演奏からはお互い強い信頼関係にあったことが見て取れます。
 30-40年代の録音としては聴きやすい音質で、ボルヒャルトの至芸を十二分に堪能できるディスクとなっています。

 収録された作品はどれもいわゆる大曲というものではありませんが、ボルヒャルトの音楽を知るに十分なバラエティに富んだ内容と言えます。引き締まったスマートな響きを基調としつつも、細やかな構築力で大きなクライマックスを立派に作り上げる手腕に脱帽。オーケストラの統率も見事でベルリン・フィルならではの輝かしさが大いに生かされています。
 あまり聴く機会のない『ステンカ・ラージン』なども素晴らしい出来栄えで、襟を正して聴きたくなる名演。ボルヒャルトの個性が強烈に刻印されたアルバムです。

 解説書にはオリジナルの輸入盤に載っていたミリアム・シェルヘンとルネ・トレミヌによる文章の日本語訳を掲載。ボルヒャルトの人となりや誤射事件の日の話など、資料としても価値ある内容です。





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