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<グッディーズ・オリジナル>
ダイレクト・トランスファー CD−R
その5  最新新譜
1CD−R¥1429+税


 グッディーズ・オリジナル・ダイレクト・トランスファーCD−R。予想通りのすごい反響。その生々しさはやはりただものではなかった。
 グッディーズは東京にあるクラシック専門のCDショップなのだが、ここが自社製作しているSPレコードの復刻CD-Rの評判がすこぶる良い。東京在住のお客様からときどき「グッディ−ズのCD-R扱わないんですか?いいですよ。」と言われるてきた。
 ということで「グッディーズ・オリジナル ダイレクト・トランスファー CD−Rシリーズ。」
 ご覧のように誰もが知る名盤中の名盤から、知る人ぞ知るレアな演奏家の貴重録音まで、実に多彩。お手持ちの復刻版との比較を楽しんでもよし、ようやくの再会にむねをときめかしてもよし。
 なお編集を一切行っていないため、盤が変わる間には空白が入る。これこそがSPの醍醐味か。

 これ以前の旧譜はこちらをどうぞ。その1 その2 その3 その4

グッディーズより

●SPレコード本来の音を追求したダイレクト・トランスファー CD-R
 SPレコードの真の音は残念ながら、これまで市販された復刻CDではなかなか聴くことができません。それはSPレコードの音ミゾに刻まれた音声信号を拾い出すプロセスで、重要な情報が失われているからです。このCD-Rシリーズは復刻プロセスを最短にしてSPレコードのありのままをお届けするダイレクト・トランスファーです。LPとは比較にならない強大な音響勢力を持つSPレコードのために、専用のカスタムメイド真空管式フォノイコライザをの使用しています。またノイズ除去と共に失われる音楽情報に最も気を配り、一切のノイズリダクションを排除してあります。従来のSP復刻CDよりノイズの量は多くなりますが、ノイズの奥に演奏者の確かな息づかいが聴き取れます。プレスCDより音の鮮度の点で優位と判断し、CD-Rを採用しました。
 収録はSPレコード3枚から5枚の初発売時のアルバム単位を基本としています。また、録音時に原盤に混入したノイズが大きく再生されることもございますが、一切修正をしておりません。ケースには録音データ(オリジナル・レコード番号、マトリクス番号、テイク、録音年月日等)を記載してありますが、曲目解説はありません。ジャケット等の仕様は簡素なものです。

■ご注意
 編集作業を一切行っておりませんので、曲はつながっていません。1トラックはSP盤片面分となります。
 トラック間の空白部分は統一されていません。
 リードアウト部分の短い盤は、終わりの部分のノイズが入る場合があります。
 一部のCDプレーヤーにおいて、ディスクの最終トラックの音楽が終了した後で無音部分が終了する際に、デジタル信号が切れることによるノイズが発生する場合がございますが、ご了承下さい。

 

<2019/5/8 紹介新譜>
78CDR-3758
\1429+税
J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲集-1
 協奏曲第2番ヘ長調 BWV.1047
   ジョージ・エスクデール(tp), マルセル・モイーズ(fl)
   イヴリン・ロスウェル(ob), アドルフ・ブッシュ(vn)
   アドルフ・ブッシュ指揮、ブッシュ室内合奏団
   1935年10月13日ロンドン、アビー・ロードEMI 第1スタジオ録音
 協奏曲第1番ヘ長調 BWV.1046
   アドルフ・ブッシュ(vn), イヴリン・ロスウェル(ob)
   オーブリー・ブレイン(horn-1), フランシス・ブラッドレー(horn-2)
   アドルフ・ブッシュ指揮、ブッシュ室内合奏団
   1935年10月17日、ロンドン、アビー・ロードEMI 第1スタジオ録音
 協奏曲第4番ト長調 BWV.1049
   アドルフ・ブッシュ(vn), マルセル・モイーズ(fl-1), ルイ・モイーズ(fl-2)
   アドルフ・ブッシュ指揮、ブッシュ室内合奏団
   1935年10月15日録音
 シチリアーノ(ラルゴ)BWV.1031
   アドルフ・ブッシュ(vn), ルドルフ・ゼルキン(pf)
   1935年11月18日ロンドン、アビー・ロードEMI 第1スタジオ録音
  COLUMBIA LX-8197/8203 automatic couplings same as LX436/442(U.K.)

 豪華なソリストを迎えたバッハの名曲。アドルフ・ブッシュ(1891-1952)はドイツの名ヴァイオリニスト。ピアニストのルドルフ・ゼルキン(1903-1991)とデュオを組んで活躍した。
 ジョージ・エスクデール(1897-1969)は英国のトランペット奏者。SPレコードにハイドンのトランペット協奏曲(第2と第3楽章のみ)の名録音があった。
 マルセル・モイーズ(1889-1984)はフランスのフルート奏者。第2フルートのルイ・モイーズ(1912-2007)はマルセルの息子。ピアニストでもあった。
 イヴリン・ロスウェル(1911-2008)は英国のオーボエ奏者で名指揮者サー・ジョン・バルビローリ(1899-1970)夫人(1939年結婚)となった。この録音は24歳の時のもの。当時オーケストラではハープ奏者を除いてすべて男性だった時代で女性楽員は珍しかった。
 オーブリー・ブレイン(1893-1955)は名ホルン奏者デニス・ブレイン(1921-1957)の父親。第2ホルンのフランシス・ブラッドレーはオーブリー・ブレインの師アドルフ・ブルスドルフの息子。イングリッシ・ナショナル・オペラのホルン奏者をつとめ1975年に引退した。

 復刻には「音のエジソン」SPレコード専用MC型カートリッジ(3mil針)とコルグのNu 1 DSD録音機を使用した。

 
78CDR-3759
\1429+税
J.S.バッハ:ブランデンブルク協奏曲集-2
 協奏曲第5番ニ長調 BWV.1050
   マルセル・モイーズ(fl), アドルフ・ブッシュ(vn), ルドルフ・ゼルキン(pf)
   アドルフ・ブッシュ指揮、ブッシュ室内合奏団
   1935年10月9&15日ロンドン、アビー・ロードEMI 第1スタジオ録音
 協奏曲第6番変ロ長調 BWV.1051
   アドルフ・ブッシュ指揮、ブッシュ室内合奏団
   1935年10月14-15日ロンドン、アビー・ロードEMI 第1スタジオ録音
 協奏曲第3番ト長調 BWV.1048
   アドルフ・ブッシュ指揮ブッシュ室内合奏団
   1935年10月10日ロンドン、アビー・ロードEMI 第1スタジオ録音
  COLUMBIA LX-8204/8210 automatic couplings same as LX443/449(U.K.)

 アドルフ・ブッシュ(1891-1952)はドイツの名ヴァイオリニスト。1912年20歳の時ウィーンのコンツェルトフェライン(後のウィーン交響楽団)のソロ・ヴァイオリンに抜擢され、1918年にはベルリン高等音楽院教授になった。1922年からピアニストのルドルフ・ゼルキン(1903-1991)とデュオを組んで活動した。
 1936年ゼルキンはブッシュの娘イレーネと結婚したが、ゼルキンはナチスのユダヤ人迫害を避けてアメリカに移住した。その後ブッシュもドイツを去ってスイスに移住、1939年実弟でチェリストのヘルマン・ブッシュと共にアメリカに移住した。

 マルセル・モイーズはフランスのフルート奏者。パリ音楽院でポール・タファネル(1844-1908)、フィリップ・ゴーベール(1879-1941)に師事し1906年に一等賞を得た。1932年から1949年までパリ音楽院の教授をつとめる一方、パドルー管弦楽団、パリ音楽院管弦楽団の首席奏者もつとめた。1960年代にはスイス、イギリス、アメリカ、日本で後進の指導にあたった。

 復刻には「音のエジソン」 SPレコード専用MC型カートリッジ(3mil針)とコルグのNu 1 DSD録音機を使用した。

 
78CDR-3760
\1429+税
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番変ロ短調作品23
 仏 COLUMBIA LFX595/8
 1941年4月17-21日パリ録音
コスチャ・コンスタンチィノフ(ピアノ)
シャルル・ミュシュ指揮
パリ音楽院管弦楽団

 コスチャ・コンスタンチィノフ(1903-1947)はオデッサ生まれのロシア人ピアニスト、作曲家、指揮者。1947年5月30日、43歳の時航空機事故で死去した。18歳の時トルコのコンスタンチノープル、ベルリンを経てパリに定住した。数々の音楽活動後1941年にピアニストとしてこの録音でレコード・デビューした。大戦下ではパリで指揮活動を続けた。

 指揮のシャルル・ミュンシュ(1891-1968)はストラスブール生まれ。生地の音楽院でオルガンを学んだ後、パリ音楽院でリュシアン・カペー(1873-1928)にヴァイオリンを学び、その後ベルリンでカール・フレッシュ(1873-1928)に師事した。1926年ライプツィヒ音楽院の教授に就任、1925年から32年にはゲヴァントハウス管弦楽団のソロ第一ヴァイオリン奏者もつとめ、ブルーノ・ワルター(1876-1962)やヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886-1954)のもとで演奏し指揮法も身につけた。パリに戻り1935年から38年にはパリ・フィルハーモニーの指揮者、1938年から45年にはパリ音楽院管弦楽団の指揮者をつとめた。1939年には同音楽院の指揮科教授に任命されされた。大戦後の1949年にボストン交響楽団の正指揮者となり1962年までつとめた。

 復刻には「音のエジソン」 SPレコード専用MC型カートリッジ(3mil針)とコルグのNu 1 DSD録音機を使用した。

 
78CDR-3761
\1429+税
モーツァルト:交響曲第39番変ホ長調 K.543
 米 DECCA 25007/9(独 Odeon O-6735/7 と同一録音)
 1929年10月1日ベルリン録音
ハンス・クナッパーツブッシュ指揮
ベルリン国立歌劇場管弦楽団

 ハンス・クナッパーツブッシュ(1888-1965)は20世紀の半ばに活躍したドイツの指揮者。オランダ国境に近いウッパータールに生まれた。ボン大学で哲学を修めた後ケルン音楽学校で指揮法を学んだ。この録音は電気録音初期のもので、おそらくクナッパーツブッシュの初の交響曲録音と思われる。このシリーズで同時期の録音のベートーヴェン:交響曲第7番(78CDR-3374)、1933年録音のハイドン:交響曲第100番「軍隊」(78CDR-3751)、1941年録音のハイドン:交響曲第94番「驚愕」(78CDR-3401)、大戦中の1943年録音のベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」(78CDR-3102)が出ている。

 復刻には「音のエジソン」 SPレコード専用MC型カートリッジ(3mil針)とコルグのNu 1 DSD録音機を使用した。

 
78CDR-3762
\1429+税
ハイドン:交響曲第92番ト長調「オックスフォード」
 米 RCA VICTOR 12974/6 (英 HMV DB3559/61と同一録音)
 1938年5月7日パリ録音
ブルーノ・ワルター指揮
パリ音楽院管弦楽団

 ブルーノ・ワルター(1876-1962)はドイツ生まれの大指揮者。ベルリンのシュテルン音楽院を卒業後ピアニストとしてデビュー、後に指揮者に転向した。1894年ハンブルグ歌劇場の指揮者だった時、音楽監督のグスタフ・マーラー(1860-1911)と出会い交友を深めた。その後ウィーン国立歌劇場、バイエルン州立歌劇場、ベルリン市立歌劇場、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団などの楽長、音楽監督を歴任、またウィーン・フィルハーモニーやベルリン・フィルハーモニーを指揮した。1938年オーストリアがナチスドイツに併合されると、迫害を避けてフランスを経由してアメリカに逃れた。この録音はその途中に立ち寄ったパリでの録音。この翌年パリでベルリオーズ:幻想交響曲(HMV DB3852/7)も録音していた。耳を澄ますとこのオーケストラの木管・金管セクションの妙技が鮮やかに聞こえ
てくる。

 復刻には「音のエジソン」SPレコード専用MC型カートリッジ(3mil針)とコルグのNu 1 DSD録音機を使用した。

 
78CDR-3763
\1429+税
ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調作品92
 英 COLUMBIA L1480/84
 1923年6月1日ロンドン録音
 ※機械式録音盤(電気録音以前)の復刻音源
フェリックス・ワインガルトナー指揮
ロンドン交響楽団

 フェリックス・ワインガルトナー(1863-1942)はオーストリア生まれの大指揮者。ライプツィヒ大学で哲学を専攻したが、音楽への魅力に惹かれグラーツ、ライプツィヒ、ヴァイマルの各音楽院で学んだ。最初作曲家を志したが生活の安定を求め指揮者に転じた。1885年からドイツ各地の歌劇場を転々としたが、1908年にはグスタフ・マーラーの後任としてウィーン宮廷歌劇場とウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督に就任した。
 1937年夫人のカルメン・テューダーと来日し夫妻で新交響楽団(現在のNHK交響楽団)と共演した。この録音は機械式録音時代のもの。ワインガルトナーの交響曲録音の最初だった。この録音についてあらえびす(1882-1963)は大正13年(1924年)7月6-7日の報知新聞に電気録音以前のベートーヴェンの九つの交響曲を総括している中で、この7番を「ベートーヴェンの交響曲中こんなによくレコードに入ったのはありません」と吹き込みの良さを誉めていた(野村あらえびす「音楽は愉し」音楽之友社)。
 その後ベートーヴェン:交響曲第8番(英 COLUMBIA L1538/41)、モーツァルト:交響曲第39番(英 COLUMBIA L1569/72)、ブラームス:交響曲第1番(英COLUMBIAL1596/1600)、ベートーヴェン:交響曲第5番(英 COLUMBIA L1640/43)が機械式録音で発売されていた。そして本シリーズの78CDR-3708ベルリオーズ幻想交響曲(1925年10-11月録音)はワインガルトナー初の電気式録音だった。いずれもロンドン交響楽団。

 復刻には「音のエジソン」SPレコード専用MC型カートリッジ(3mil針)とコルグのNu 1 DSD録音機を使用した。

 

 


<2019/3/14 紹介新譜>

78CDR-3749
\1429+税
シューベルト:アルペジオーネ・ソナタ イ短調 D.821
 仏 DISQUE GRAMOPHONE L1037/8
 1937年5月4日&9月22日録音
 (一部強音で原盤のオトミゾが削れているところがあります)
ピエール・フルニエ(チェロ)
ジャン・ユボー(ピアノ)

 アルペジオーネは1823年にウィーンのシュタウファーが開発した6弦のフレットをもつ弦楽器。この曲は今日ではチェロで弾かれる。ピエール・フルニエ(1906-1986)はパリ生まれ。最初ピアノを学んだが9歳のとき小児麻痺による右足障害のためチェロに転向した。1923年パリ音楽院で一等賞を得て楽壇にデビュー、ヴァイオリンのガブリエル・ブイヨン、ピアノのヴラド・ペルルミュテールとのトリオで注目された。1937年エコール・ノルマル教授、1941年から1949年までパリ音楽院教授をつとめた。

 1942年にヴァイオリンのシゲティ、ピアノのシュナーベルとのピアノ・トリオ、ヴィオラのプリムローズを加えて四重奏で活動、さらに1945年にはヴァイオリンのティボー、ピアノのコルトーと演奏活動をした。1954年に初来日、その後何度も日本を訪れた。ジャン・ユボー(1917-1992)は9歳でパリ音楽院に入学を許されピアノをラザール・レヴィに師事し1930年13歳で一等賞を得た。また作曲ではローマ賞次点(1934年)を得ている。

 復刻には「音のエジソン」SPレコード専用MC型カートリッジ(3mil針)とコルグのNu 1 DSD録音機を使用した。

 
78CDR-3750
\1429+税
ベートーヴェン:
 弦楽四重奏曲第9番ハ長調作品59-3「ラズモフスキー第3番」
  独 ELECTROLA DB5599/5602S
  1940年秋録音
シュトループ弦楽四重奏団
マックス・シュトループ(第1ヴァイオリン)
ヘルマン・フーブル(第2ヴァイオリン)
ヘルマン・ヒルシュフェルダー(ヴィオラ)
ハンス・ミュンヒ=ホーラント(チェロ)

 マックス・シュトループ(1900-1968)はドイツのヴァイオリン奏者。1922年ザクセン国立歌劇場の音楽監督だったフリッツ・ブッシュ(1890-1951)の招きでコンサートマスターに就任。1924年から1928年ワイマール音楽学校のヴァイオリン科教授をつとめ、1928年から1934年までベルリン国立歌劇場のコンサートマスターもつとめた。大戦後の1947年からはデトモルト音楽アカデミーでヴァイオリンと室内楽の指導にあたった。
 シュトループは1936年第一次シュトループ弦楽四重奏団を組織したがその後メンバーが替わり1940年代に入ってこのメンバーになり戦後まで活動を続けた。シュトループはこのシリーズでカール・ベーム指揮のベートーヴェン:ヴァイオリン協奏曲(78CDR-3215)が出ている。

 
78CDR-3751
\1429+税
ハイドン:交響曲第100番ト長調「軍隊」
 英 Parlophone R1537/40
  (独 Odeon O-11848/51 と同一録音)
 1933年4月ベルリン録音
ハンス・クナッパーツブッシュ指揮
ベルリン大交響楽団

 ハンス・クナッパーツブッシュ(1888-1965)は20世紀の半ばに活躍したドイツの指揮者。オランダ国境に近いウッパータールに生まれた。ボン大学で哲学を修めた後ケルン音楽学校で指揮法を学んだ。これはドイツOdeonへのスタジオ録音。これはこの名曲の初の全曲録音だった。
 クナッパーツブッシュはこのシリーズでハイドン:交響曲第94番「驚愕」(78CDR-3401)、ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」(78CDR-3102)、ベートーヴェン:交響曲第7番(78CDR-3374)が出ている。

 復刻には「音のエジソン」SPレコード専用MC型カートリッジ(3mil針)とコルグのNu 1 DSD録音機を使用した。

 
78CDR-3752
\1429+税
ハイドン:交響曲第104番ニ長調「ロンドン」
 英 HMV DB4615/7
 1938年4月11日ベルリン録音
エトヴィン・フィッシャー指揮
フィッシャー室内管弦楽団

 エトヴィン・フィッシャー(1886-1960)はスイス生まれ。主にドイツで活躍したピアニスト、指揮者で教育者でもあった。ベルリンでリストの最後の弟子だったマルティン・クラウゼ(1853-1918)に師事した。1933年にEMIのアーティストとなり、ハッハの「平均律クイラヴィーア曲集」全曲の世界初録音を行った。

 フィッシャーは協奏曲の演奏ではピアノを弾きながら指揮をする「弾き振り」を現代に復活した。これはフィッシャーが指揮者に専念した唯一のもので大変貴重。この録音の4年後、第2次世界大戦下のウィーンでフィッシャーはハイドンのピアノ協奏曲ニ長調をウィーン・フィルと弾き振りで録音した(78CDR-3129)。
復刻には「音のエジソン」SPレコード専用MC型カートリッジ(3mil針)とコルグのNu 1 DSD録音機を使用した。

 
78CDR-3753
\1429+税
ベートーヴェン:
 弦楽四重奏曲第7番ヘ長調作品59-1「ラズモフスキー第1番」
  英 COLUMBIA L1837/41
  1926年10月29日&1927年3月2日録音
レナー弦楽四重奏団
イェノ・レナー(第1ヴァイオリン)
ヨーゼフ・スミロヴィッツ(第2ヴァイオリン)
シャーンドル・ロート(ヴィオラ)
イムレ・ハルトマン(チェロ)

 レナー弦楽四重奏団は1918年にハンガリーのブダペストで結成された。メンバー全員がブダペスト音楽院出身。リーダーのイェノ・レナー(1894-1948)、第2ヴァイオリンのヨーゼフ・スミロヴィッツとヴィオラのシャーンドル・ロートがイェノ・フバイ(1858-1937)の弟子、チェロのイムレ・ハルトマンがダヴィド・ポッパー(1843-1913)に師事した。4人はブダペスト・オペラの楽員だったが、1918年のハンガリー革命を機に弦楽四重奏団を結成した。2年に渡って田舎の村にこもって練習を積んだ後、1920年にウィーンでデビューした。そこに居合わせた作曲家のラヴェル(1875-1937)が演奏に感動し、彼らをパリに招いた。公演はセンセーショナルの成功を収めた。

 その後1922年にロンドン、1929年にアメリカにデビューした。1927年のベートーヴェン没後100年を記念して16曲の弦楽四重奏曲中11曲(SPレコード40枚)をイギリス・コロンビアに録音した。これはその中の一曲。

 復刻には「音のエジソン」SPレコード専用MC型カートリッジ(3mil針)とコルグのNu 1 DSD録音機を使用した。

 
78CDR-3754
\1429+税
ドヴォルザーク:ピアノ五重奏曲イ長調 作品81
 英 COLUMBIA LX150/53
 1930年10月1-2日ロンドン録音
オルガ・レーザー=レーベルト(ピアノ)
レナー弦楽四重奏団
イェノ・レナー(第1ヴァイオリン)
ヨーゼフ・スミロヴィッツ(第2ヴァイオリン)
シャーンドル・ロート(ヴィオラ)
イムレ・ハルトマン(チェロ)

 ピアニストのオルガ・レーザー=レーベルト夫人とレナー弦楽四重奏団はピアノ五重奏曲の録音を4曲残している。1番目は1923年11月8日にラッパ吹き込みでフランク:ピアノ五重奏曲ヘ短調 - 第2楽章(英COLUMBIA L1620)、2番目が1927年3月4日に録音されたブラームス:ピアノ五重奏曲ヘ短調作品34(英COLUMBIA L2040/4)、3番目が1930年10月1-日録音のこのドヴォルザーク、4番目が1933年3月9&13日録音のシューマン:ピアノ五重奏曲変ホ長調作品44(英COLUMBIA LX266/9)である。

 このピアニストの経歴は不詳だが、この名四重奏団と完全に同化した演奏は見事。また不思議なことにソロのレコーディングは残っていない。レナー弦楽四重奏団は1922年にロンドン・デビュー。すぐにイギリスCOLUMBIAの専属アーティストとなり、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の全曲録音を1938年に完成させた。また売り上げは合計100万枚を記録した。

 復刻には「音のエジソン」SPレコード専用MC型カートリッジ(3mil針)とコルグのNu 1 DSD録音機を使用した。

 
33CDR-3755
\1429+税
ラヴェル:ヴァイオリン・ソナタ
 仏 LE CHANT DU MONDE LDY-8115(17cmLP)
 1950年4月11日パリ録音
ジャンヌ・ゴーティエ(ヴァイオリン)
イヴォンヌ・ルフェビュール(ピアノ)

 ジャンヌ・ゴーティエ(1898-1974)はフランスの女流ヴァイオリン奏者。パリ郊外のアニエール生まれ。パリ音楽院でジュール・ブーシュリ(1877-1962)のクラスで学び1914年に一等賞を得た。1915年から第一線で演奏活動を始めた。第2次大戦中はオーストラリアに居住し、1942年から1944年までメルボルン大学で教鞭を取った。大戦後フランスに戻り、1952年からチェロのアンドレ・レヴィ(1894-1982)、ピアノのジュヌヴィエーヴ・ジョワ(1919-2009)とフランス三重奏団を結成。1962年から1968年までパリ音楽院教授を務めた。

 イヴォンヌ・ルフェビュール(1898-1986)はフランスの女流ピアニスト。パリ音楽院に学び12歳で一等賞を得た。1924年エコール・ノルマルでアルフレッド・コルトー(1877-1962)の助手をつとめ、後にパリ音楽院の教授に就任した。弟子にディヌ・リパッティ(1917-1950)がいる。1965年サン・ジェルマン音楽祭を創設した。レコード録音は少ないが、フランスの大物ピアニスト。これは彼女の数少ないスタジオ録音。

 復刻にはWESTREX 10Aカートリッジ(MONO接続)とコルグのNu 1DSD録音機を使用した。

 
78CDR-3756
\1429+税
ラヴェル:ピアノ三重奏曲イ短調
 米 VICTROLA 11243/5
  (仏 Disque Gramophone DB4803/5 と同一録音)
 1931年3月12-13日パリ録音
アンリ・メルケル(ヴァイオリン)
マドレーヌ・マルセリ=エルソン(チェロ)
エリアーヌ・ズルフル=タンロック(ピアノ)

 ヴァイオリンのアンリ・メルケル(1897-1969)はパリ生まれ。パリ音楽院でギヨーム・レミに師事し1914年に一等賞を得た。パリ・オペラ座管弦楽団、コンセール・ラムルー管弦楽団のヴァイオリン奏者を務めた後、1929年からパリ音楽院管弦楽団のコンサート・マスターを務め、後に音楽院の教授になった。ピアノのエリアーヌ・ズルフル=タンロックは1900年生まれ。このシリーズでフォーレ:ピアノ四重奏曲(78CDR-3441)が出ている。チェロのマドレーヌ・マルセリ=エルソンはSPレコード時代小品の録音がいくつか発売されていた。

 復刻には「音のエジソン」SPレコード専用MC型カートリッジ(3mil針)とコルグのNu 1 DSD録音機を使用した。

 
78CDR-3757
\1429+税
ラヴェル:弦楽四重奏曲ヘ長調
 英 COLUMBIA LX270/3
 1933年2月27日& 3月2日録音
イェネ・レナー(第1ヴァイオリン)
ヨーゼフ・スミロヴィッツ(第2ヴァイオリン)
シャーンドル・ロート(ヴィオラ)
イムレ・ハルトマン(チェロ)

 レナー弦楽四重奏団は1918年にハンガリーのブダペストで結成された。メンバー全員がブダペスト音楽院出身。リーダーのイェネ・レナー(1894-1948)、第2ヴァイオリンのヨーゼフ・スミロヴィッツとヴィオラのシャーンドル・ロートがイェネ・フバイ(1858-1937)の弟子、チェロのイムレ・ハルトマンがダヴィド・ポッパー(1843-1913)に師事した。

 4人はブダペスト・オペラの楽員だったが、1918年のハンガリー革命を機に弦楽四重奏団を結成した。2年に渡って田舎の村にこもって練習を積んだ後、1920年にウィーンでデビューした。そこに居合わせた作曲家のラヴェル(1875-1937)が演奏に感動し、彼らをパリに招いた。公演はセンセーショナルな成功を収めた。その後1922年にロンドン、1929年にアメリカにデビューした。1927年のベートーヴェン没後100年を記念して16曲の弦楽四重奏曲中11曲(SPレコード40枚)をイギリス・コロンビアに録音した。これは作曲者ラヴェルが存命中の録音。

 復刻には「音のエジソン」SPレコード専用MC型カートリッジ(3mil針)とコルグのNu 1 DSD録音機を使用した。







ページ内の商品チェック・ボックスをクリックしたら、最後に 「かごに入れる」ボタンを押してください。
新店内のほかのページのお買い物がありましたら、そちらもすませ、最後に「注文フォームへ」ボタンを押して注文フォームで注文を確定してください。
(チェック内容を変更したら、必ずもう一度「かごに入れる」ボタンをクリックしてください。変更内容がかごに反映されませんので)


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