アリア・レーベル第18弾
ARIA AR 0018 1CD-R\1700
ベーム&ベルリン・フィル
1956年 『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』
アリア・レーベルでリリースするのはいままで自分が親しんできた音源が中心。
しかし今回はちょっと違う。
今回のリリースは、会員の方のリクエストが発端。だからいままで聴いたことがなかった音源。恥ずかしながら存在することすらよく分かってなかった。
その方のリクエスト・メールとは、
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ベームの、ベルリン・フィルとの『アイネ・クライネ・ナハトムジーク』(DGG、モノラル)をリクエスト致します。
これは、ずっと後年の、ウィーン・フィルとのステレオ録音などバカバカしくて聴けなくなるくらいの名演です。
残念ながら殆どの音楽ファンにも知られていません。
この『アイネ・クライネ』はSP録音のワルターを超える名演だと思うのです。
今後、何かの機会に恵まれれば、是非アリア・レーベルからのCD−R復刻をお願いしたいです。
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最初、「ん??ベームとベルリン・フィルの『アイネ・クライネ』ってCDなかったっけ?」と思った。
ベームの『アイネ・クライネ』といえば、有名なのは74年のウィーン・フィルとの演奏。
これはもうやめてくれ、というくらいに何度も何度もCD化されている。改めて聴いてみたが、「ああ、ウィーン・フィル!」という美しい演奏。
しかしこの方の言うベルリン・フィルとの演奏は・・・調べた限りでは確かに現在CDでは出てない。一度CD化されたことがあったかどうか、という状況。
74年のウィーン・フィルとの演奏は飽きるほどCD化されてきたのに、1956年のベルリン・フィルとの『アイネ・クライネ』は、まるで避けるかのようにほとんど無視されてきたのである。
ということでさっそく探してみたら運よく10inch盤
LPE17101 が見つかった。
聴いてみた。
そうしたらびっくり。
さすがあれだけのリクエスト文を書かせるだけのことはある。稀有なる『アイネ・クライネ』。
一聴して分かるその重量級の響き。
あのウィーン・フィルと同じ指揮者とは思えないズシリと腹にこたえる演奏。
逆に言えばこれがこの当時のベルリン・フィルのすごさか。フルトヴェングラーが死んで2年後。この演奏に彼の影を見ることもできる。
しかし・・・なぜこれだけの演奏がこれまで不当に扱われてきたのか。
モノラルだったからか?
しかしお聴きになればお分かりのとおり、とても素直な音質。1956年だから当然である。
では非モーツァルト的だったからか?
しかしこの曲を作ったのは、モーツァルトの人生が大きく揺れ動いたとき。彼の心と体をずっと呪縛していた父レオポルドが死んだ2ヶ月後。
このときを境にモーツァルトは一気に転落する。自らそう望んだかのように。
そしてそんなときにモーツァルトは彼の人生で最も美しく爽やかな音楽を書いた。
だからこそこの曲の演奏は、限りない美しさを表面に湛えながら、どこかデモーニッシュでどこか薄暗い思いを抱いていてほしい・・・
ただ、なかなかそんな複雑な演奏には出会えない。
ところがこのベームとベルリン・フィルの演奏、もちろん天国的なほど美しいのだが・・・しかし何か・・・引きずっているのである。
美しく爽やかなだけの白痴的演奏ではない。どこか重々しく沈鬱。そしてもちろんベームだからそれが決してあざとくない。
こんな『アイネ・クライネ』、なかなかお目にかかれない。
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ということで主役は『アイネ・クライネ』なのだが、その前に主役級の2つの交響曲を入れてみた。
ベルリン・フィルとの有名な1959年の「ハフナー」と「プラハ」。
改めて聴くとその質実剛健な感性が意外だった。力強く、そして表情豊か。これは1959年の優秀なステレオ録音。
そしてもう1曲。
『アイネ・クライネ』とカップリングだった『セレナータ・ノットゥルナ』。
たえなる調べを聴かせるヴァイオリンは・・・1957年にカラヤンがベルリン・フィルの第1コンサートマスターに招いたミシェル・シュヴァルベ。
これがまた胸に迫る名演。
ちょっと詰め込みすぎたか、というくらいの充実内容になってしまった。
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