アリア・レーベル第33弾
ARIA AR 0033 1CD-R\1700
ズザナ・・ラウテンバッハー/ブラームス:ヴァイオリン協奏曲
やっとラウテンバッハーの録音をリリースできるようになった。
最初に紹介するのは、ブラームスのヴァイオリン協奏曲。
厳しくも愛情あふれる演奏。
お花畑で踊っているようなアンドラードや、獰猛な肉食獣のようなヌヴーや、手下を引き連れた女海賊のようなムターの演奏とは随分様子が違う。
そこにラウテンバッハーの個性や体臭を感じることはあまりない。
言ってみれば「無私」とか「滅私」とかいうことなのだろうが、そういうとますます「自分」というものを意識してしまいかねない。ところが彼女の場合、「無私」とか何とかいう以前に、鼻っから演奏において「私」というものを意識していない感じがある。
あるのは作品だけ。作曲家だけ。そこに「自分」が介入する余地はない。
ただただ純粋に、どこまで「作品」をありのままにこの現実世界に顕現できるか・・・。彼女の演奏にはそんな徹底した純粋さと厳しさを感じる。
ところがそんな「純粋さ」と「厳しさ」の向こうに、ふと愛情深い温かさを感じる瞬間がある。
厳しいのだけれど、まるで母性に包まれたかのような温かな表情を見ることがある。
決して出そうと思って出しているわけではなく、にじみ出るような深くまっすぐな愛情。厳しく愛情深くわが子を見守る母親のまなざしとでも言おうか。
だから彼女の情熱はたたみかけるような激しさではなく、愛情を正面から受け止めてくれるような優しく真摯なもの。
その厳しくも落ち着いた優雅さや豊かな包容力というのは、・・・理想的な母親のもの。
だからこそあのビーバーの「ロザリオ・ソナタ」が、だからこそあのバッハの「無伴奏」が誕生した。
・・・そして、だからこそこのこのブラームスのヴァイオリン協奏曲が生まれた。
こんな真剣な演奏であれば作曲家のブラームスもきっと満足に違いない。
・・・と、書いてふと思った。
ブラームスが終生愛したクララ・シューマンのことを。
リストとワーグナーの人格を「軽薄!」と斬って捨て、夫ロベルトと若きブラームスの真摯な音楽に深い愛情を抱き、19世紀中盤以降のドイツ音楽に強烈な影響を与え、ついには最後のドイツマルク紙幣にその肖像を残したクララ・シューマン。
もしクララがヴァイオリンを弾いたら・・・きっとこんな演奏だったに違いない。
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とか何とかいいながら、実際のラウテンバッハーは案外ほんわかとした人だったりするのかもしれない。
おそらくまだドイツのミュンヘンにいるらしいので、もしもし機会があったら会ってみたい・・・
と思ったりもしたが・・・最近人づてで聞いた話では、やはりまわりの人が震え上がるくらい厳しくてまじめな人だったらしい。
教育者として弟子にも厳しかったらしいが、自らにも徹底した鍛錬を課し、休憩や寝る時間も惜しんで音楽に献身したという。
・・・店主がひょこひょこ会いに行ったりしたら、「ここにくるくらいなら、あなたには他にすることがあったのではないですか」と言われそうである。
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バッハ「無伴奏」のジャケット(VOX UNIQUE)
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