アリア・レーベル第23弾でモントゥー&ウィーン・フィルの「幻想交響曲」を出したとき、「50年のサンフランシスコ響との演奏も出してほしい」と言われた。
・・・そう、誰もがそう思う。
店主もそう思った。
モントゥーの50年のサンフランシスコ響との「幻想交響曲」。
数ある「幻想」の演奏の中でもトップ3に入るといわれ、モントゥーの膨大な録音の中でももちろんトップクラスに位置する名録音。
モントゥーは1935年にアメリカ・サンフランシスコ交響楽団の常任指揮者となり、このアメリカ・マイナー・オケを短期間で鍛え上げ、バリバリのメジャー・オケに急成長させた。
この1950年の「幻想」はまさにそんな彼らの集大成的録音。
モントゥーは1952年にサンフランシスコ響の常任指揮者を退くが、この「幻想」こそ彼らが生んだ最高の果実といっていい。ためしにネットで 「モントゥー
幻想交響曲 サンフランシスコ」 と検索してみるといい。「この曲のベスト」、「モントゥーの録音中最上」、「「幻想交響曲」の演奏中ベスト3に入る」、「圧倒的名演」、「気迫漲る豪演」・・・もう数知れない賛辞の言葉を発見するだろう。
評論家たちにもこの録音を絶賛する人は多く、15年以上前に発行された「名指揮者120人のコレを聴け!(洋泉社)」のなかで、普段おとなしい板倉重雄氏がこの録音がCD化されていないことを激しく嘆いていたのをよく覚えている。
そんなモントゥーの50年のサンフランシスコ響との「幻想交響曲」。
もちろん第23弾のウィーン・フィルとのステレオ録音もすばらしい演奏なのだが、あれはモントゥーとウィーン・フィルという夢の組み合わせをゴージャスに楽しむ録音。本当にモントゥーらしい演奏という点では、やはりこの録音ということになる。
注目すべきは、徹頭徹尾モントゥーの厳しく激しい意思に貫かれているにもかかわらず、音楽にオケの覇気と感情を強く感じることができること。
これがモントゥーがサンフランシスコ響に望んだものだったのだろう。いっしょに仕事をし始めて15年、ようやくここまできたのである。
がんじがらめの緊縛演奏ではなく、奥の奥までにらみは利かすが、自然で自由な感情は忘れない。
音楽からあふれる情熱と優雅さと明快さ・・・そして温かさ。
これぞモントゥ−。
ただ惜しいのは録音。
50年代であればレーベルによってはびっくりするような音質を聴かせてくれるが、これは「古さ」ということではなく「粗さ」という点で残念ながら万全とはいえない。だが、モントゥーはサンフランシスコ響から明快でストレートでスピード感あふれる演奏を引き出し、音質の悪さを忘れさせてくれる。
そして・・・特筆すべきは「鐘」。
どうしてそこまで「鐘」にこだわったかというくらい強烈で鮮烈で激烈な「鐘」の音色。とにかく異常なリアルさで聴くものを戦慄させる。
「幻想」の「鐘」マニアという人がいると思うが、きっと彼らも納得の「録音史上五本の指に入る」すさまじいリアルさ。オケ部分の「粗さ」が嘘のように、『鐘』の音色だけは中空まで突き抜ける。
ARDMOREの親父もはっきり言っている。「今回はこの『鐘』の音をよみがえらせるために復刻した」、と。
事実、事務所でこの『鐘』が鳴り始めたとたん、仕事していた女子スタッフがみな梱包の手を止めた。地震が来ても作業を止めない彼女たちが、音楽を聴いてそんな反応をするのはきわめて稀。
自称「幻想マニア」のドニャが、演奏終了後やっぱりすぐにとんできた。「誰の演奏ですか!?あんな『鐘』聴いたことないです」。
誤解を恐れず言うなら、この『鐘』のためにだけでも聴く価値がある。
モントゥーのおそるべき置き土産である。
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