ようやくこの日が来た。
アリア・レーベル第100弾。
タイトルはずっと前から決まっていた。
というかこのアルバムしかなかった。
ラウテンバッハーが弾く、ビーバーの「ロザリオ・ソナタ」。
お墓にもっていく10枚のアルバムというのは少しずつ決まってきているが、天国か地獄の門番に「1枚だけ」と言われたら・・・このアルバムになる。
今回復刻するに当たって、復刻担当のARDMOREの社長に言い続けた。
「おれたちが死んでもこのアルバムは残り続ける。そのつもりで復刻してほしい。」。
ご存知のようにこの録音は本家VOXからもリリースされている。決して悪い音ではないのだが、少し軽く、少しきついところがある。今回のARDMOREのLP復刻は優しく深い。そして・・・CDよりもLPのほうがほんの少しピッチが低い。それが柔らかく落ち着いた雰囲気を生み出すのかもしれない。だがその差が大きい。よくLP復刻アルバムが出たときに「すでにそのCD持っているんですが、買いなおしたほうがいいでしょうか」と聞かれることがあるが、たいてい「いえ、わざわざ買いなおさなくてもいいとおもいます」と答える。だが、今回は違う。今回の「ロザリオ」に関しては、VOXのCDをお持ちの方も買いなおしたほうがいいかもしれない。
ビーバーの「ロザリオ・ソナタ」。
別名「ミステリー・ソナタ」とも呼ばれ、多くの謎と神秘、そして底知れぬ魅力をもつヴァイオリン作品です。
通常宗教曲というのは「人の声」によって歌われますが、この作品は極めて珍しいヴァイオリンと伴奏鍵盤楽器だけの宗教曲です。ヴァイオリンだけで聖母マリアの、「受胎告知」から「キリストによる戴冠」までを描いたのです。
しかし店主はそんなこと全く知らずにフラリと聴いて、そのあまりの美しさにびっくりしました。
・・・いえ、ただ美しいというだけではないのです。
まるで天国から降りてきたような崇高で気高く、しかもやわらかく優しい音楽。
どんな人間でも受け容れてくれて、そして温かく抱きしめてくれそうな、そんな慈愛に満ちた音楽だったのです。
日常のさまざまな雑事にささくれだった自分の気持ちが、この曲を聴くことでどれほど癒されたことか。
あのバッハが生まれる10年も前に、こんなすばらしい作品が誕生していたとは。
しかもこの曲の最後は「守護霊のソナタ(ガーディアン・エンジェル・ソナタ)」と呼ばれる美しい曲。この最終秘曲より美しい音楽が、この世にはあとどれくらい存在するでしょうか。
・・・まさに奇蹟です。
それ以来、この作品のCDが出るたびに聴いてきました。
ここ数年はまるでブームのようにこの曲の録音が相次ぎましたが、そのほとんどを聴きました。
ところが、それら数十種類あるCD録音の中で、ほかのCDとくらべてまったく特別な存在のものがありました。
それがこのラウテンバッハーの録音。いまから60年近く前の録音。
でも別格なんです。
多くの演奏家がこの作品の前で強烈に自己を主張し、自分と神とを対峙させようとしているのに対し、彼女だけは、この作品を神の賜いしものとして、その神の意志のもと、ただただ無心でヴァイオリンを奏でています。
そこにあるのは安らかな慈しみの思いのみ。
ビーバーは作曲しているとき、そしてラウテンバッハーは演奏しているとき、おそらく自分たちを見守る天使の姿を見ていたに違いありません。
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